婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第三章

20 彼と王子様の愛する人の対峙

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 第二王子サミュエルに擬態している男の名は、おそらく、レオナルト・スペンサー。


 学園での彼は、第二王子として誰に対しても温和で平等に振る舞い、学力優秀で魔術の才もある非の打ちどころのない模範生である。そんな彼に対してほとんどの生徒は好意的に受け止めており、慕う者も多い。生徒会では会長に就いており、他者を牽引するカリスマ性も備えている。彼を崇拝してやまない狂信的なファンも存在しているくらいだった。

 彼が本物のサミュエルであれば、ノアも迷いなく忠誠を誓い、献身的に支え続けていただろう。実際には偽物なのでそうはならないのだが。


 ただひとつだけ、彼には悪い噂が存在した。深夜寄宿舎を抜け出して、夜な夜な歓楽街に出没しているというものだ。実際のところ真相は分からないが、目撃談もあり、何度も特定の店に出入りしている様子も確認されていた。


 彼には『愛人』がいると皆が噂し始めていた。


 調べてみれば、その『愛人』は高等部から学園に編入してきた外部生であり、推薦枠での入学を果たした平民の男子生徒だった。
 彼の推薦者は国王陛下からの信頼厚い天才魔術師ファルシュ・シルフォード。全属性持ちとの噂もあり、賢者として民衆からの人気も高い宮廷魔術師団の団長だ。そんな大物に加え、あの只者ではないレオナルトまで誑かして虜にしているとは、一体どんな大層な逸材なのかと興味を持っていたのだが。









 ノアは魔術の発動ができずに地べたに倒れ込んでしまった輩を冷ややかに見下ろした。

 目の前で踞ったままプルプル震えている小動物みたいな少年。

 彼の名は、ルカ・クラルヴァイン。

 コレが賢者の愛弟子で、レオナルト扮する第二王子の『愛人』だなんて信じられないが、紛れもない事実のようである。


***


「北部辺境の魔物討伐は今どういう状況なんだ?」

 落ちこぼれ生徒であるルカに、魔術の実技指導を施しながら、ノアはさり気なく探りを入れる。
 ルカは今日もいつもの通り見事に魔術の発動に失敗しているわけだが。何故、魔力量が多いのに初歩的な魔術すら発動させることができないのか。天才魔術師たる賢者殿は、弟子である彼にどのような指導を行っていたのだろうか。それが一番不可解な点ではある。

「……なぜ僕に聞くの?」
「なぜって、貴様の師匠のライフワークだろう?」

 遠慮がちな態度で返答に困るルカに向かって、ノアは容赦なく畳み掛ける。

 現在、賢者は数年前から頻発するようになった北部辺境領における魔獣氾濫に対処すべく、定期的に行軍を伴った討伐に赴いている。北部の旧ルシフェン王国領にて、稀に魔物に因る被害が発生することは昔からあったが、6年前を境に規模が大きくなり、大氾濫以降は定期的に魔物による大きな被害が出ており、甚大な損失が生じるようになってしまった。

 ヴェイルの主張する前世の記憶によれば、魔物は定期的に、古の魔王が復活する前兆として大量発生して人の領域に侵攻を開始する。それを防ぐためにかつての勇者一行は魔族に戦いを挑み、平和を取り戻してきた、とのことだった。よくある創作話と同じだが。


 つまり、魔物の大氾濫が起こるということは、魔王の復活が原因である可能性を孕んでいる。


 魔物の集団が人の領域に押し寄せるたびに、領土は荒廃し農耕地や森林は消滅し村や町は壊滅してしまう。北の領地は人々にとって重要な食糧供給地となっているため、領地全体の被害は深刻さを増していく一方で、放置すれば国の崩壊にも繋がりかねない危険性があるのだ。
 ルカは意味が分からないのか、首を傾げている。


「えっと、僕に師匠はいないけど」
「は?」

 ルカはノアの質問にキョトンとしている。だが、ルカの斜め横の返答にノアも聞き返さずにはいられない。

 
「貴様、ファルシュ・シルフォード卿の愛弟子ではないのか?」
「誰?それ……」
「………………」

 また一つ、新たな謎が増えたことで、ノアは思考停止したくなった。自分を学園に推薦した彼の人物を知らないだと?しかし、ルカは嘘を吐いているように見えない。

 そもそも、魔術師を志している者が、スタンピードから国を救った救国の英雄で、宮廷魔術師団を束ねる長でもあるファルシュ・シルフォードの名を知らないなんてあり得るのだろうか?記憶喪失か?
 コイツ、もしや何か悪い奴に騙されていないか?


 そこまで考えて、ノアはハッとひとつの可能性に思い至った。


「……お前、サミュエル殿下の愛人は辞めたんだろうな?」
「は、そ、そそれ、ちちちち違うよ!!ごごご誤解でしゅっ!!!」
「噛むな。見苦しい。愛人などやめておけと言っただろうが」

 明らかに挙動不審で、嘘がヘタクソすぎる。隠し事が下手な上に表情に出やすいタイプのようだ。しかしこれでハッキリした。
 ルカはレオナルトに都合よく利用されているだけの被害者のようだ。このポンコツぶりではレオナルトに良いように扱われているだけに違いない。見るからに騙されやすそうなお人好しである。

 とすれば、決行の日はコイツをレオナルトから引き離して隔離しておく方が安全だ。巻き込まれて囮や盾にされては可哀想だ。ノアは次の行動計画を密かに練っていた。
 険しい顔で考えこんでいるノアに向かって、ルカがおずおずと口を開いた。

「あ、あの……ノア。僕、本当にサミュエル殿下の愛人じゃないから、その……だから、し、絞め殺さないで……」

 ルカは青ざめた顔でガタガタ震えながら、ノアに向かって必死に無実を訴え、命乞いをしている。

「失敬な。俺がそんな酷いことするわけないだろ」

 ルカは悪人レオナルトに騙されているだけなので、別に敵対する必要はない。
 
 もし、本当にサミュエルの愛人だったら、あまりにも相応しくないので。存在を抹消するために間違いなく絞め殺していただろうけれど。
 
 ノアが心の中でそう呟いた瞬間、何故かルカは「ひょええっ」と間抜けな悲鳴を上げ、涙目になってノアから距離を取った。


 
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