婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第三章

22 過去と現在の彼の罪

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 幼い頃のノアは、闇に魅入られていた。

 夜になると闇から現れる魑魅魍魎たちと遊ぶのが好きだったのだ。暗闇の中を自由に駆け巡り様々なモノたちを従え、彼らと戯れるその時間を心待ちにしていた。 

 闇の眷属に囲まれて楽しそうに笑う幼いノアを発見したとき、母は酷く怯えて取り乱し、ノアを罵った。

 ノアの母は、清廉な心を持つ優しい人だった。敬虔な信者で、いつも聖歌を口ずさんでいた母にとって『闇』は悪であり忌むべき存在でしかなかった。 

 ノアのことを大事に思い、大切に育ててくれていたはずの母は、「悪魔憑き」「早く私の愛しい子の中から出て行って」などとノアに向かって叫びながら、涙を流し必死に神に祈り続けていた。

 そんな母の姿に胸が痛くなった。母が大好きだったノアは、それが自分のせいだと悟ると、困惑し泣きながら謝罪した。


「……可哀想なノア。心配しなくても大丈夫よ。必ず私が貴方の中の穢れを浄化する方法を見つけ出して、貴方を普通の子に治してあげるからね」

 悲嘆にくれる母に無垢な笑顔で誓われて、ノアは言葉を失った。母は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えなかった。ノアの中の闇属性の魔力を穢れとみなし、その力を封印して正常な状態に戻すこと――それが母の願いであり目標だったのだ。


 母はノアを連れて神殿に通うようになった。祈祷師にお布施を払って治療を依頼したり、聖水を買ってきてノアに飲ませたりする日々が続いたが、ノアに変化はなく、ノアが治ることはなかった。

 それでも諦めずに母は神に祈り続けた。ノアのために毎朝必ず礼拝を行った。時には徹夜で祈祷を行いノアを救う方法を探し続けた。母にとって魔族と同じ『闇属性』の力を持つ子は災厄の種でしかなかったようだ。



 再婚してからは、光属性で『治癒』の使い手だったマティアスの影響もあり、母はさらに熱心にノアを矯正しようと努力した。

 国の要職につき多忙だった父は、再婚した妻が実の息子に異常なほどの愛情を注ぎ込んでいることに気づいていなかった。兄マティアスは王立学園に通学していて昼間は不在。二歳歳上の姉カロリーナは、母の愛情が全てノアに注がれていることに憤っていた。


 ノアは母の期待に応えるために必死に勉学に励み優等生になり、母が望む理想の息子であろうとした。母を失望させたくなくて完璧を目指した。完璧でいなければいけなかった。そんなノアの努力を知ってか知らずか母は徐々に精神を病んでいった。


 やがて母は怪しげな民間宗教に傾倒するようになり『光の教団』と呼ばれる集団に入信した。闇属性の力を取り除くという触れ込みで活動をしているらしい。

 ノアは母に連れて行かれた教団施設で『悪魔祓い』と称する儀式という名の虐待を受けた。抵抗した場合や途中で気を失ったりすれば体罰を受けた。痛みと恐怖の中でノアはただ耐えるしかなかった。心が壊れそうになりながら必死に自我を保とうとした。そんなノアの様子に気づいた母は優しく微笑んだ。




「ノア、よく頑張ってるわね。偉いわ」
「もう大丈夫よ。これできっと貴方は救われるわ」



 はじめて自分を褒めてくれた母の言葉を聞きながら、ノアは絶望した。
 母はノアを本当に愛していて、だからこそ自分を助けて救いたいのだろう。その一心で自分を苦しめているのだ。母に悪意なんて全くない。善意による虐待だった。その事実がノアには一番堪えた。



 結局自分は生まれつき異常で、他の人とは違う欠陥品でしかないのだ。せっかく母が治してくれようと頑張ってくれているのに、申し訳なさすぎて胸が痛かった。
 自分の存在が母を苦しめていて、自分がいなければ母はもっと幸せなのにと考えた途端に、涙が溢れて止まらなくなった。


(……ごめんなさい)


 自分がこの世に生まれてきたことを神様に懺悔し、謝罪の言葉を心の中で呟いた次の瞬間、ノアの中で心の奥底に溜め込んでいた何かが弾け飛んだ。

 強い衝撃と共に全身から魔力が放出される感覚があった。次の瞬間ノアの中に蓄積された魔力が暴走した。『闇』の波動が解き放たれ周囲に広がっていく。建物が崩壊していく音と断末魔のような叫び声が響き渡る中、ノアの意識は闇へと落ちていった。




 

 ノアの実の父は、魔物に殺されたことを後に知った。母が闇属性を忌み嫌い恐れていた理由は、きっとそこにあったのだろう。

 



 初めて魔力を暴走させたとき、やはり助けてくれたのは兄のマティアスだった。あの時も、罪悪感と後悔に苛まれて苦しむノアをしっかりと抱きしめて、ずっと側にいてくれた。そして、何度も励ますように声をかけてくれた。


「ノアは何も悪くない」
「気がつくのが遅れてごめん」
「もう大丈夫だから」
「何も心配しなくていいから。全部俺が引き受けるから」
「絶対に俺が守るから、安心してくれ」
「生きていてくれてありがとう」



 怯えるノアを安心させるように何度も優しく語りかけ、暖かな治癒の光を浴びせて、傷ついた心を労るように寄り添ってくれた。そのおかげでノアは完全に壊れずに済んだのだ。

 ノアの母を通報したのもマティアスだった。 
 告発により、ノアの母は『闇属性』の息子を虐待していた狂信的カルト教団の犠牲者であり、洗脳されていた被害者として評価されることとなった。母はすぐにノアから隔離され、南部の辺境領にある教会附属の療養施設に入居することになり、そこで治療と更生プログラムを受けることになった。

 『光の教団』は事件をきっかけに調査が入り、その後強制捜査され、多くの信徒が逮捕されて壊滅した。組織を牛耳っていた教祖や幹部はすべて極刑に処された。



 

「母さんは今や重度の精神病患者だ。治療して社会復帰ができるようになるまで、ノアのことは忘れてもらうしかない」
「……うん」
「ノアから母さんを奪ってごめんな。その代わりに俺がずっと傍にいると約束するよ。だからもう一人で抱え込むな。辛かったら我慢しないで、ちゃんと頼ってくれ」

 ノアを優しく宥めるマティアスの表情が苦悩に満ちていたことを覚えている。母を失ったノアよりもマティアスの方がショックを受けて憔悴していたと思う。それでもノアに負担がかからないように努めて明るく振る舞っていた。彼はそういう人なのだ。

 ノアは母と会えなくなって寂しさを覚えたが、同時にホッとしてもいた。これでもうノアは母を苦しめなくて済むのだと思うと嬉しかった。

 

 ノアにとっての幸せの形と自分の人生は、自分を救ってくれた兄に捧げる形になった。その想いと決意は一生揺らぐことはないと思っていた。


 
 

***



 
 


 結論から述べると、建国記念祭の日、ノアの構築した召喚術で、魂の召喚は成し遂げられなかった。
 

 ノアが王宮に呼び寄せた膨大な数の魔物や闇属性の魔力は、第二王子に扮していたレオナルトによってほぼ全てが『浄化』され消滅した。ノアが仕掛けた召喚術の魔法陣は、完全ではないが発動したにも関わらずだ。召喚元の座標は北部の辺境領に位置しており、恐らくそこに魔界の入口が存在するのだろう。


 レオナルトが操る『浄化』の力は、美しく煌びやかで圧倒的な強さを持っていた。それはまさに勇者の輝きといえる眩しさだった。

 ノアが闇の眷属を召喚すると同時に闇の魔力は『浄化』されて消滅していくのに、自分自身の内にある魔力に変化は感じられず消失しない。不思議な感覚だった。魔物と人間の差なのだろうか。
 かつて自分自身を浄化する術を母と探し求めたことを思い出したが、まさかこんな形でその答えを知る日が来るとは思ってもみなかった。皮肉なものだ。
 結局、生まれ持ってしまった自分の中にある闇属性の魔力を無くすのは、自分自身の命を終わらせるしかないということなのだろう。

 
 ノアはぼんやりと上空を見上げていた。



 



 

 







 本当は、あの召喚術の術式で魂の召喚なんて出来ないことは分かっていた。


 
 子どもの頃、王宮でクライヴ・スペンサーの研究施設にヴェイルと一緒に侵入したあの日、ノアが欲しがっていたであろう召喚術の魔導書を拝借してきたのは、ヴェイルだ。
 それが本物かどうか、ノアには判断できない。
 なのに、信じてしまった。






「……信用してるって、言ったのに」


 舌打ちをしながら、この場にいない自分のペットに愚痴をこぼす。結局奴はノアに何も語ってくれなかった。

 多分、ヴェイルがずっと指摘していたとおり、ノアは騙されていたのだ。
 最初は、彼の言うことは信じていなかった。単なる戯言だと切り捨てていたのに。なのに。
 


(お前が、前世で『勇者』に殺された、なんて言うから)



 大切な人を失わないためには、どうすれば良かったのだろう。
 どこで行動を間違えたのだろう。

 普通に『勇者』であるレオナルトを先に殺しておけば良かったのだろうか。
 でもきっと、ノアはあの男に敵わない。



 






 

 



 多分、最初から間違えていたのだ。

 幼かった日、新月の夜、大好きな兄と二人で星降る美しい夜空を見上げたあの日から。

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