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第三章
21 彼とペットとの別れ
建国記念祭は、元々古王朝時代に遡り、ルシフェン王家創設の祖たる建国王の生誕を祝う行事として盛大に行われてきた由緒正しい祭典である。現ルシフェン王国では、その日に王宮内で建国功臣の子孫達が一堂に会し、その伝統を後世に継承するために貴族を集めて催される国家行事である。
勿論貴族だけでなく、王都の中央広場でも市民向けに様々な催しが行われている。
近年、大災厄に続き北部辺境領の魔物の襲撃が続いており、景気は下降気味のルシフェン王国ではあったが、それでも王国民は祭りを楽しみにしており、建国記念祭は華やかに盛り上がっている。
ノアがこの日を決行日に選んだのは、別に目立ちたいからではない。公爵令息であるノアが、正々堂々と罠を張り巡らせた王宮の庭園に侵入できる日だったからである。お蔭で普段は入れないようなエリアにも忍び込めるのだから感謝すべきかもしれない。
王宮なら、強固な結界が施され防御能力が高いはずだ。それに宮廷魔術師や騎士団もいる。もし何かあっても大事には至らないだろうと考えたのだ。
無論、それ相応の準備は必要だったが、少しずつ時間をかけて必要な手筈は全て整えた。
最後の準備としてノアは手紙を書いた。勿論「果たし状」の方を。対価がその場にいなければ意味がないからだ。媒介となるレプリカの聖剣の場所も示唆した。
ノアは自らの筆跡で丁寧に文字を書いて署名した。流麗な文章とは言い難いが、サミュエルならばきっと本物であると気がついてくれるだろう。多分。
これまで全ての情報を共有してきたヴェイルには、今回の決行に関して何も伝えなかった。
恐らく反対されて、引き留められるからだ。
入学式のときのように、決行する場所が王宮ではなく学園なら、あるいはノア自身がその場に赴くのではなく、魔導具を使っていたら。多分呆れ果てつつも、ヴェイルはノアの犯罪行為を許して、手伝ってくれていたかもしれない。
けれど、王宮で誰にも気が付かれずに召喚術を発動させるのはおそらく不可能だ。大規模な魔術を使用したら、少なくとも宮廷魔術師には気付かれるに違いない。
ノアが実際に今回『対価』として考えている人物はサミュエルではないが、客観的にみれば彼は『第二王子』である。彼はおそらくサミュエルのふりをして現れるだろう。というか、そう願いたい。
ノアのやろうとしていることは、「禁術を使って王族である『第二王子』を謀殺しようとしている」ように見えるはずだ。
それに今回魔法陣を構築するために使用する魔石は、公爵家の研究の中で開発され、特別な加工が施された禁制品でもある。普通にノアが犯人だとバレたら問答無用で投獄案件だ。
捕まったら、どのような処罰が為されるかは不明だが、ただでは済まない。少なくとも、今後ノアは表舞台には二度と出て来られなくなるだろう。
***
「社交の場が嫌で、気が進まないのは分かるが、顔が怖くなってるぞ。少しは笑ったらどうだ?」
王宮の庭園で開かれるお茶会に出席するため、学園には外出届を出し、久しぶりに公爵家のタウンハウスに戻ってきたノアは、朝からずっと憂鬱な気分を抱えていた。
いつまでもダラダラとしていて着替える気配のないノアの寝間着を手際よく剥ぎ取って無理やり着替えさせて、髪型をセットし、襟元のタイをキュッと絞めるように縛ると、ヴェイルは苦笑した。
ノアの身支度を整えるのは、ヴェイルにとってはすっかり習慣になってしまっている作業だった。ノアの世話をしているときは、彼は今のように人型の姿であることが多い。白狼の姿と違って手が自由に使えるので、色々便利だからだ。
これから自分が何をしようとしているのかヴェイルは知らないから、能天気に普段のような冗談を言ってくることができるのだろう。いつもみたいに罵る気にはなれなくてノアは無言のまま俯いた。表情を取り繕えるほど心の余裕は残っていない。
「何だ、珍しく緊張してるのか?可愛いところもあるんだな」
「……うるさい。それより、今日は流石に連れて行けないからな。ちゃんと俺の部屋で大人しくしていろよ」
もしかしたら、今日は帰って来られないかもしれない。ヴェイルとは暫く会えなくなるかもしれない。何となくそんな不安がよぎり、ノアはヴェイルの服の裾を掴んだ。縋り付いて、離れたくなくなってしまう。
ノアの緊張と不安に気付いたのか、ヴェイルは少し笑うと、慰めるようにそっと抱き締めてきた。彼の温かい体温が、ノアに安堵感をもたらしてくれる。落ち着く匂いに包まれ、微睡むような心地好さを感じる。
やっぱり、やめておこうかな。
そんな弱気な気持ちが芽生えてしまいそうになる。
「ちゃんと待ってるよ。今日はノアにとっての記念日だしな。帰ってきたら……そうだな、綺麗な景色を見に行くか、なんか美味いもんでも一緒に食べようぜ」
「……記念日?」
「おいおい、自分の誕生日くらい覚えておけよ。今日で成人だろ?」
「……あ」
呆然とするノアの頬を両手で包むと、ヴェイルは額に唇を軽く触れ合わせてきた。
まるで祝福の儀式のように。
「ノア。誕生日おめでとう」
ヴェイルは優しく笑っている。あの人生最悪の日から毎年、彼はその言葉とともにノアに祝福を贈ってくれていた。
彼の心からの笑顔を見て、ノアは泣きそうに眉を歪め、ぎこちなく笑った。なんとか、口角を上げることに成功したと思う。
ヴェイルはそんなノアの様子を目を細めて眺めると、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「あのさ、ノア。……いつか、いつかお前が大丈夫だって思ったらさ。お前の母親に会ってみないか?」
「え?」
唐突な提案に戸惑いながら、ノアはヴェイルを見上げた。南部の地方都市にある療養院にいる母とは、もう何年も会っていない。正直、どう接していいかもわからない。
ヴェイルは真摯な眼差しでノアを見つめている。
「急がないし、いつか、でいいから。お前がそうしたいって思ったときに」
「……考えてみる」
「うん、それでいい。ありがとう」
ノアが成人するのを待って提案してくれたのかもしれない。もしかしたら、贖罪のつもりなのだろうか。
今のノアは未来の約束なんて出来ないから、期待を込めた答えは返せない。
それでも、ヴェイルはほっとしたように顔を緩めると、ノアの頭を撫でた。ノアはヴェイルの背中に腕を伸ばし、しがみつくように強く抱きついた。
期限は、ノアが成人するまで、だ。
ヴェイルに決行を伝えなかったのは、ただ単にノア自身が怖かっただけかもしれない。
真実を知ることが。それによって、彼がどう行動するのか。
ヴェイルは何も言わずに、笑顔でノアを送り出してくれた。
勿論貴族だけでなく、王都の中央広場でも市民向けに様々な催しが行われている。
近年、大災厄に続き北部辺境領の魔物の襲撃が続いており、景気は下降気味のルシフェン王国ではあったが、それでも王国民は祭りを楽しみにしており、建国記念祭は華やかに盛り上がっている。
ノアがこの日を決行日に選んだのは、別に目立ちたいからではない。公爵令息であるノアが、正々堂々と罠を張り巡らせた王宮の庭園に侵入できる日だったからである。お蔭で普段は入れないようなエリアにも忍び込めるのだから感謝すべきかもしれない。
王宮なら、強固な結界が施され防御能力が高いはずだ。それに宮廷魔術師や騎士団もいる。もし何かあっても大事には至らないだろうと考えたのだ。
無論、それ相応の準備は必要だったが、少しずつ時間をかけて必要な手筈は全て整えた。
最後の準備としてノアは手紙を書いた。勿論「果たし状」の方を。対価がその場にいなければ意味がないからだ。媒介となるレプリカの聖剣の場所も示唆した。
ノアは自らの筆跡で丁寧に文字を書いて署名した。流麗な文章とは言い難いが、サミュエルならばきっと本物であると気がついてくれるだろう。多分。
これまで全ての情報を共有してきたヴェイルには、今回の決行に関して何も伝えなかった。
恐らく反対されて、引き留められるからだ。
入学式のときのように、決行する場所が王宮ではなく学園なら、あるいはノア自身がその場に赴くのではなく、魔導具を使っていたら。多分呆れ果てつつも、ヴェイルはノアの犯罪行為を許して、手伝ってくれていたかもしれない。
けれど、王宮で誰にも気が付かれずに召喚術を発動させるのはおそらく不可能だ。大規模な魔術を使用したら、少なくとも宮廷魔術師には気付かれるに違いない。
ノアが実際に今回『対価』として考えている人物はサミュエルではないが、客観的にみれば彼は『第二王子』である。彼はおそらくサミュエルのふりをして現れるだろう。というか、そう願いたい。
ノアのやろうとしていることは、「禁術を使って王族である『第二王子』を謀殺しようとしている」ように見えるはずだ。
それに今回魔法陣を構築するために使用する魔石は、公爵家の研究の中で開発され、特別な加工が施された禁制品でもある。普通にノアが犯人だとバレたら問答無用で投獄案件だ。
捕まったら、どのような処罰が為されるかは不明だが、ただでは済まない。少なくとも、今後ノアは表舞台には二度と出て来られなくなるだろう。
***
「社交の場が嫌で、気が進まないのは分かるが、顔が怖くなってるぞ。少しは笑ったらどうだ?」
王宮の庭園で開かれるお茶会に出席するため、学園には外出届を出し、久しぶりに公爵家のタウンハウスに戻ってきたノアは、朝からずっと憂鬱な気分を抱えていた。
いつまでもダラダラとしていて着替える気配のないノアの寝間着を手際よく剥ぎ取って無理やり着替えさせて、髪型をセットし、襟元のタイをキュッと絞めるように縛ると、ヴェイルは苦笑した。
ノアの身支度を整えるのは、ヴェイルにとってはすっかり習慣になってしまっている作業だった。ノアの世話をしているときは、彼は今のように人型の姿であることが多い。白狼の姿と違って手が自由に使えるので、色々便利だからだ。
これから自分が何をしようとしているのかヴェイルは知らないから、能天気に普段のような冗談を言ってくることができるのだろう。いつもみたいに罵る気にはなれなくてノアは無言のまま俯いた。表情を取り繕えるほど心の余裕は残っていない。
「何だ、珍しく緊張してるのか?可愛いところもあるんだな」
「……うるさい。それより、今日は流石に連れて行けないからな。ちゃんと俺の部屋で大人しくしていろよ」
もしかしたら、今日は帰って来られないかもしれない。ヴェイルとは暫く会えなくなるかもしれない。何となくそんな不安がよぎり、ノアはヴェイルの服の裾を掴んだ。縋り付いて、離れたくなくなってしまう。
ノアの緊張と不安に気付いたのか、ヴェイルは少し笑うと、慰めるようにそっと抱き締めてきた。彼の温かい体温が、ノアに安堵感をもたらしてくれる。落ち着く匂いに包まれ、微睡むような心地好さを感じる。
やっぱり、やめておこうかな。
そんな弱気な気持ちが芽生えてしまいそうになる。
「ちゃんと待ってるよ。今日はノアにとっての記念日だしな。帰ってきたら……そうだな、綺麗な景色を見に行くか、なんか美味いもんでも一緒に食べようぜ」
「……記念日?」
「おいおい、自分の誕生日くらい覚えておけよ。今日で成人だろ?」
「……あ」
呆然とするノアの頬を両手で包むと、ヴェイルは額に唇を軽く触れ合わせてきた。
まるで祝福の儀式のように。
「ノア。誕生日おめでとう」
ヴェイルは優しく笑っている。あの人生最悪の日から毎年、彼はその言葉とともにノアに祝福を贈ってくれていた。
彼の心からの笑顔を見て、ノアは泣きそうに眉を歪め、ぎこちなく笑った。なんとか、口角を上げることに成功したと思う。
ヴェイルはそんなノアの様子を目を細めて眺めると、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「あのさ、ノア。……いつか、いつかお前が大丈夫だって思ったらさ。お前の母親に会ってみないか?」
「え?」
唐突な提案に戸惑いながら、ノアはヴェイルを見上げた。南部の地方都市にある療養院にいる母とは、もう何年も会っていない。正直、どう接していいかもわからない。
ヴェイルは真摯な眼差しでノアを見つめている。
「急がないし、いつか、でいいから。お前がそうしたいって思ったときに」
「……考えてみる」
「うん、それでいい。ありがとう」
ノアが成人するのを待って提案してくれたのかもしれない。もしかしたら、贖罪のつもりなのだろうか。
今のノアは未来の約束なんて出来ないから、期待を込めた答えは返せない。
それでも、ヴェイルはほっとしたように顔を緩めると、ノアの頭を撫でた。ノアはヴェイルの背中に腕を伸ばし、しがみつくように強く抱きついた。
期限は、ノアが成人するまで、だ。
ヴェイルに決行を伝えなかったのは、ただ単にノア自身が怖かっただけかもしれない。
真実を知ることが。それによって、彼がどう行動するのか。
ヴェイルは何も言わずに、笑顔でノアを送り出してくれた。
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