婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第四章

23 彼と王子様の楽しい旅路1

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 朝食を簡単に済ませてから支度をして、宿屋を後にした。ノアの衣服を見繕うため一度商店街に向かうとのことだ。通りは賑わっていて老若男女様々な人々が行き交っていた。 
 なんとか理由をつけてサミュエルを撒いて逃げ出したいノアは、その機会を探っていた。できれは理由をつけて合法的に姿を消したい。


「殿下、服は自分で目立たないものを選んできます。暫く別行動にさせていただきたいのですが」
「却下だ」

 ノアの控えめな提案は即座に拒否された。サミュエルはノアの肩を引き寄せて歩調を合わせるように促す。まるで恋人同士のような距離感に戸惑ってしまう。
 他の人間なら即振り払って怒鳴りつけながら距離を取るところだが、相手がサミュエルだとどうしても強く出られないのが困りものである。

 彼が一緒だと、やたらと周囲の注目を集めてしまって居心地が悪い。そもそも王族が一般市民と同じ区画を歩いている時点で色々おかしい。その身元を知られていないだけマシと言えばマシだが。

 サミュエルは慣れた様子で表通りの衣料品店に入ると、勝手知ったる風に店内を見て回っている。店内の客層は若者が多いようで、平民向けの商品を取り扱っているお店のようだ。あまりにもサミュエルが普通に溶け込んでいる光景に唖然としてしまう。普段からこういった店を利用しているのだろうか。



「ノア、これに着替えて」

 サミュエルが差し出したのはシンプルなブラウスにジャケット、そしてパンツスタイルのセットアップだった。靴も黒いショートブーツを選ぶ。どれも庶民にしては上等な素材を使って作られた品物だと分かる。
 ノアとしては襟と袖口がヒラヒラしているデザインが子供っぽくて好みではないのだが、サミュエルの命令には背くことはできない。

 店員に奥の試着室へと案内されると、何故かサミュエルも一緒に中へ入ってきてギョッとしてしまう。

「殿下、着替えるので外に出ていただけると……」
「逃げるから却下だ」

 有無を言わせぬ口調だった。どうやら、ノアが隙をついて逃げ出してしまうことを警戒しているらしい。
 ノアは、ヴェイルの前では裸を見られても気にせずに着替えができたが、流石にサミュエルの前で着替えるのは躊躇われる。だが、ノアに拒否権はないので致し方なく従うしかなかった。




「……似合ってるし可愛いけど、これはこれで誘拐される危険性が高い気がしてきた」
「殿下、もはや暴言にしか聞こえないのですが」

 サミュエルにボソリと呟かれた感想は文句なのか誉め言葉なのか微妙なラインだった。だが、不快感よりも呆れの方が大きいのでまあ良しとする。


***

 北部と違い、南部へは鉄道で赴くことができる。駅へ辿り着くと乗降客が多く忙しない空気に包まれていた。 

「殿下は特等席をお使いになられてください。私は三等席の方を利用いたしますので」
「どっちの席でもいいけど、別々は却下だよ。いい加減諦めて私の傍にいてくれ」
「……はい」

 サミュエルの意志を覆すことは難しそうだ。ノアは諦めて従うことにした。彼を三等席に座らせることなどできるわけがないので、仕方なしに特等車両の乗車券を購入する。
 一応貴族令息の立場であるノアは、一人で外出したことが殆どない。このためこういった手続きを自ら行ったことがないのだが、サミュエルは慣れた様子で乗車券の支払いを済ませてくれた。
 自ら乗車券を手配する王族。一体どういう生活をしているのだろうか。謎だ。

 列車は客車と貨物車の混合編成となっており、貴族専用の車両もあるようだ。基本的に一両ごとに独立した部屋が並ぶ構造になっているらしい。サミュエルと共に乗り込むと、まずは案内人の男性が近づいて来た。彼は恭しく頭を下げると指定の個室へと案内してくれた。
 個室は広々としており、内部には上質な木材を使ったテーブルセットと寝台があった。壁紙やカーテン、絨毯も凝ったデザインが施されている。清掃も行き届いており埃ひとつ見当たらない。何より落ち着く空間だった。これが特等の待遇という訳か。今まで馬車か、見知った場所なら転移を使って移動することが殆どだったので、列車を使う機会がなかったノアは、こんなときでなければ興味津々に部屋を見渡していたかもしれない。


「ノアの母上に会うなんて緊張するなぁ」


 全く緊張していないような明るい口調で言われて、ノアは顔を顰めた。

「……殿下は会う必要ございません。母の現在の病状は不明ですが、どんな失礼な態度をされるか分かりませんので、ご遠慮ください」
「まあ、ノアが心配なのは分かるけど。婚約者の親なんだから、一度きちんと挨拶する機会は持ちたいと思うのは普通の気持ちだと思うよ」
「……は?」 
「ん?」

 笑顔でとんでもないことを宣ったサミュエルの言葉に、ノアは咄嗟に聞き返してしまう。

「誰と誰が、婚約者なのですか……?」
「私とノアだけど」 
「……」

 学園にいるホラ吹き第二王子の言動について、いつの間にか報告をもらったのだろうか。やはりそういった噂を流すことで、ノアの犯罪行為を単なる壮大な痴話喧嘩という形に仕立て上げようとしているのだろう。ノアは溜息をついた。


「……ここには私と殿下しかおりませんので、嘘をつく必要はありません。そのような噂を流せば殿下の評判を更に落とすことになります。お止めください」
「いや、本当だよ?あれ、公爵から何も聞いていない?」

 心底不思議そうな表情を浮かべるサミュエルを見て、ノアは益々混乱してしまった。
 本当に冗談のつもりはないのだろうか。学園で第二王子に扮したレオナルトからその話を聞いたときは、単なる嫌がらせの可能性も含めて聞き流したが、今、目の前にいる本物のサミュエルが真面目な表情で語る内容を考えると、虚言や与太話とは到底思えなかった。


「……父からは何も聞いておりません」
「じゃあ、婚約したことまだ知らないんだ。そりゃ驚くよね」

 サミュエルは特に気にした様子もなくサラリと言ってのける。ノアは理解が追い付かずに固まってしまった。
 まさか本当に国王陛下から勅命が出ており、父公爵もそれを承諾しているというのか?

「……殿下にとって、私と婚約してもメリットがないと思いますが」
「メリットはあるよ。君は賢くて優秀な魔術師で、将来的には政治的手腕も期待できる逸材だ。公爵令息で身分も問題ない。私は君の実家である公爵家の後ろ盾が得られる」
「優秀ではないですし、犯罪者です」
「何度も言わせないでくれ。そもそもノアは最初から最後まで、人を傷付けていない。何の犯罪も犯していないよ」
「……」

 淡々と述べるサミュエルに対し、ノアは反論する言葉を見つけられなかった。

 とりあえず、ノアは形だけの婚約者で政略結婚の対象としての役割を担うことになるということなのだろうか。この先、正式な伴侶を迎えるまでの時間稼ぎという名の虫除けのようなものかもしれない。
 公爵の後ろ盾だけなら、姉カロリーナも検討の余地はあるが、サミュエルが彼女を欲している様子はなく人間的にも合うイメージはない。一方ノアならば、利用価値もあるし、面倒な関係性も築かなくて済む。おそらくこういう意図なのだろう。
 
 
「ただ、そういった事情と関係なく私がノアを放っておけないのは確かだよ。危なっかしくて目が離せない」

「自分が危険人物だと思われているのは理解しています」
「……そうじゃなくて、あー……、上手く伝わらないな」 

 サミュエルは苦悶の表情を浮かべながら額に片手を当てると溜息を吐く。
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