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第四章
24 彼と王子様の楽しい旅路2
「あの、私としては、殿下が望む限り、誠心誠意努めさせていただく所存です。どんな命令にでも従います。多大なるご迷惑をおかけしたお詫びと、これまでのお力添えに対する恩返しの意味でも」
「……君の忠誠心が厄介すぎるな。そう言う発言は控えなさい。ものすごく自分勝手な命令をしてしまいそうになる」
なぜか怒られてしまった。自分の無能さを詫びつつ、せめて精一杯の努力をしようと意思表示をしただけなのだが。残念ながら彼の求める回答ではなかったらしい。ノアはしゅんと項垂れた。
サミュエルは困ったように笑うと、ノアの頭を優しく撫でた。
「……君は私が命じれば、何でも従ってしまうだろう?それが怖いんだ。もっと自分を大切にして欲しいし、自分の意思で行動してほしいと思っている」
「……承知しました」
ノアは静かに返答した。ノアとしてはいつでも自分の意思で動いているつもりなのだが、それでもサミュエルは納得していない様子だ。
兄を失ったあの日から、ノアは兄を取り戻すというひとつの目標に執着し、それだけを支えに生きてきた。それが断たれてしまった今、正直なところ自分が生きる意味や目的がよく分からない。
こんな自分にまだ利用価値があり、唯一尊敬できて心酔している存在であるサミュエルに求められるのなら、この先の自分の人生は、彼にこの身を捧げたいと考えてしまうのは、当然の感情であると思っている。
ただ、ノアはその前にひとつだけ、どうしても確かめたいことがあった。そのためには。
(やはり、何処かで殿下を一度撒かなければならない)
そうノアが心の中で決意した次の瞬間、ガチャンという無機質な音とともにノアの手首には再び忌々しい金属製の手枷がはめられていた。身体の中から魔力が消失していく感覚に襲われ、嫌な汗が噴き出す。
いつの間にか隣に座っていた犯人へ恐る恐る視線を向ければ、そこにはいつも通りの涼やかな笑顔があった。しかし目はまったく笑っていない。
「……殿下?」
「到着まで暫くかかる。ゆっくり休みなさい」
彼は思考回路が読めるのか、ノアが分かりやすいのか。
有無を言わせぬ圧力を持って放たれた台詞に、ノアは反論することも出来ず素直に従うしかなかった。
やはり、逃亡は難しいようだ。
***
特等車両の個室というのは非常に快適で過ごしやすい空間だった。静かな車内で、外の景色を見ようと窓を開けたノアの横ではサミュエルが優雅に寛いでいる。二人とも窓枠に凭れて佇んでいるのに、側から見るといい雰囲気に見えるのかもしれない。
時折乗務員が訪れ軽食や飲み物を提供したり、毛布などの貸し出しを行ったりしてくれていた。手枷を嵌められたノアに気が付いても表情を変えずに丁寧な接客ぶりだった。こういった胡散臭いお客様も多いのだろう。プロフェッショナルな対応だった。
「少し横になってていいよ。疲れただろう?」
個室内には簡易的な寝台も完備されている。長旅になる場合もあるので各部屋に設置されているのだろう。しかし、今ノアが最も欲しいものは休息ではなく自由である。逃走防止のための魔術封じの手枷さえサミュエルに嵌められていなければ。
それに、ノアが寝台を占領してしまうと、必然的にサミュエルは椅子に座りっぱなしになってしまうことになる。それは申し訳なさすぎる。
「私は大丈夫です。殿下こそお休みになられては?」
「なら一緒に横になろうか」
「いえ、それは結構です」
ノアは即座に断った。二人同時に寝台に横になるとなると、お互い体が触れ合ってしまう。物理的かつ精神的な負荷があまりにも大きすぎるのでそれは勘弁してほしい。
「……そんなに警戒しなくても。まだ手は出さないよ」
「まだ?」
「うん、まだ」
「……」
サミュエルの意味深な発言に困惑してしまう。それはつまり、彼の肉体的な好みにノアが合致していて、いずれは婚約者として閨を共にする可能性もあるという意味だろうか。
いや、ないな。
そう結論付けて、ノアは彼の問題発言を聞き流すことにした。
サミュエルはそんなノアの様子を見て、小さく笑みを零した。
***
列車は夕刻に終点の南部の主要都市トニトルスに無事到着した。王都から南へと続く街道沿いに広がる商業都市であり、交易拠点としても栄えている土地だ。途中の主要駅からは東西へ別の鉄道路線が伸びており、それぞれ北西部と東部地域へと続いているらしい。
駅前の中央広場には活気に溢れた市場が開かれており、多くの商人たちが露店を出していた。
駅舎の周辺は近代化された建物が立ち並び、華やかな街並みとなっていた。舗装された道路には路面電車が通っている。駅内のレストランには高級感のある洒落た内装で統一されていた。
ちなみにサミュエルは目立つ容姿をしているわりに誰も気付かない。変装してきていることもあるが、そもそも庶民が王族の顔など詳しく知らないのだろう。
母親のいる療養院がある街ヘミングは、ここから南方へと馬車で半日程度かかるらしい。母を訪ねてきたことのあるノアの家の人間も少なく、ノアが生まれ育った住まいは遥か北方なので、この場所は馴染みがない。家族旅行を兼ねて訪れた思い出もない。ノアにとっては初めて訪れる街だ。
とうとうこんな場所まで来てしまった。
今さらだが、ノアは母に会いに来たわけではない。咄嗟に言い訳の方便で述べたものの、実際に面会を求めている訳ではなかった。それどころか、今のノアの心情は複雑だ。ヴェイルに言われたときは、考えてみるとは答えたが、今までそんなことを考える余裕はなかった。母に会いたい気もするし、一生会わない方が良いような気もする。
ノアは思い切ってサミュエルに率直な意見を述べることにした。
「……殿下、申し訳ございません。やはり今日は止めておきましょう。母の世話をする人たちにも迷惑がかかってしまいますし、彼女の病状も安定しないかもしれません。これ以上、迷惑をかけるような真似はすべきではありません」
母親を気遣っている様子を取り繕うように見せかけながら、ノアは静かに訴えた。自分でも情けないことに声が少し震えているのがわかる。
正直にいえば、ここまで来て急に怖くなったのだ。母に拒絶されるのではないかという恐怖があった。彼女が今の自分と会って、どう反応するのか全く予測出来なかったのだ。
「ノアが母上に会うことを躊躇っている理由はなんとなく理解してるよ。君が会いたくないなら、このまま帰ってもいい。どちらにしろ、今日このまま向かっても夜遅くなって迷惑になるし、面会するとしても明日かな」
恐らく、サミュエルはノアと母に何があったのか、ある程度把握しているのだろう。それでも、彼の態度はあくまで冷静だ。そこに非難や呆れといったマイナス感情は含まれていないように感じた。むしろ、どこか優しい眼差しでノアを見据えている。慈しむような視線を送ってくる彼の瞳の奥底には確かな暖かさがあった。
それを見ると申し訳なくて、余計に胸が苦しくなる。
「殿下、ありがとうございます。明日以降のことについては、明日の朝までに考えさせて頂きます」
「そうだね。今日はゆっくり休もう」
ノアの精一杯の礼に、サミュエルは優しく微笑んで応えてくれた。この様子なら、大丈夫かもしれない。
ノアは自らの手首に嵌められた枷をサミュエルの前にゆっくりと差し出した。
「……それでは、明日の朝こちらの広場に集合ということで、手枷を外してください。一時解散でお願い致します」
「却下だ」
バッサリと断られた。
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