婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第四章

25 彼と王子様の楽しい旅路3



 結局手枷はそのままの状態で宿屋に向かうことになった。手を繋ぐような格好になっているせいで、道行く人々から好奇の目に晒される羽目になる。ノアとしては一刻も早く解放されたいのだが、サミュエルは全く気にする様子もなく平然としている。

 サミュエルは王都にも劣らない格式高いホテルを選択した。最上階の貴賓室に泊まるらしい。王族御用達の宿泊施設なのだろうか。昨日と宿のランクが違い過ぎる。一泊いくら掛かるのだろうか。豪奢な内装の部屋のソファの隅っこに腰掛けながら、ノアはぼんやりとそんなことを考えていた。当然のように同室にさせられたが、ノアは一銭も支払っていない。

 昨日の庶民的な宿屋のほうがまだ気楽でよかったかも知れない。贅沢な環境だと妙に落ち着かない気分になる。居心地が悪い。


 食事は部屋へ運んでもらえたため、完全にサミュエルと二人きりの状況だった。
 ノアに嵌められた手枷はまだ外してくれない。一体何時になったら外してもらえるのだろう。魔導具の一種だと思うのだが、囚人用の物に違いない。サミュエルは一体コレをどこで手に入れたのであろうか。合法的なのかどうかは怪しい代物である。

 テーブルに並べられた料理は、彩り豊かで見た目にも美しいものばかりだった。上等な高級食材を使っているのは分かるが、明日のことを考えると、ノアは食欲が湧かなかった。胃腸の調子が良くないし、緊張のせいもあり喉を通らない。

「ノア、ちゃんと食べたほうがいい。体力つかないよ」
「……食欲がありません。すみません」

 サミュエルは優しい声音で窘めてくれるが、やはり食べる気になれないので謝罪するしかなかった。せっかくの厚意を無駄にしてしまうのは忍びないのだが仕方がない。


 食事の後、ノアはソファの上で膝を抱えて丸くなっていた。これからどうすべきか悩み続けていたからだ。沈鬱な気分は晴れない。サミュエルがノアの隣に来て腰掛けた気配がする。

「ノアは、療養院にいる君の母上と最近は全く会っていないんだろう?」
「……そうですね。確かに久しく会っておりません。幼少期以来でしょうか」
「じゃあ、ずっと会っていなかったのに『今』、会おうと思った理由は?」
「……」

 サミュエルからの問いかけに答えられなかった。咄嗟に嘘をついた理由に言及されてしまうと困ってしまう。本来の目的地へは、サミュエルを絶対に連れて行けないのだ。


「療養院に君の母上の現在の状況を少し確認させてもらったんだが……。心を病んでいる君の母上の言葉を誰も信じていないけれど、彼女のもとには定期的に『息子』が面会に来るって本人は言っているらしいんだよ。面会の記録はないし、君が会っていないと言うなら、ノアじゃないはずだけど」
「……は?」
 
「妄想や幻覚の類だと診断されているみたいだけれど、ノアはどう思う?」

 サミュエルの告げた言葉の意味を咀嚼するために時間がかかった。ノアはゆっくりと目を見開く。動悸が激しくなり呼吸が荒くなる。

 
「……明日、母に面会しに行きます」

 迷っていたノアの心は一瞬にして決まった。そうしなければいけないと強い衝動に突き動かされる。
 もし、本当に母と会っていた者がいるのなら、それが誰なのか、どのような目的があるのかを明らかにしなければならない。その存在を看過することは出来ない。




 ノアは、サミュエルが複雑そうな顔を向けていることには気が付かなかった。



  
***

「ノア、折角だから浴槽で温まって休むといい。お湯を運ばせるよ。身体を洗ってくれるのは使用人がついてくれるけど、私が代わりに洗ってあげてもいいよ」
「いえ、大丈夫です」

 サミュエルは、冗談なのか本気なのか分からない発言をしてくるので油断ならない。しかも真顔で言ってくるあたりが余計にタチが悪い。この人は天然なのか計算高く振舞っているのかわからない時がある。

 昨日は洗浄魔法だけで終わらせたが、やはり湯につかってゆっくりしたい気持ちはある。明日はいろいろとやらねばならないことが多いので、今は極力体力を温存しておきたいのだ。 

 浴室に入る前、改めて手枷を外して貰えないかサミュエルに懇願したが、却下されてしまった。流石に裸で逃げ出すつもりはないし、明日は母に会いに行く決意を固めたので、今夜は逃亡する予定はないのだが。信頼されていないようだ。困ったものである。

「私と一緒に入るなら、目が届くから外してあげるけど」
「一人で入れます、結構です」

 どうせまた揶揄っているだけだろうと思いながらキッパリ拒否すると、サミュエルは肩を竦めつつ苦笑しながら引き下がってくれた。 

 
***

 翌朝、目が覚めるとノアは後ろから羽交い締めにされていた。


 昨晩も何故か当然のように同じベッドで就寝している。
 王都で泊まった庶民派の宿屋はベッドがひとつしかなかったので、それならばと諦めていたのだが、今回はキングサイズの大きなベッドが二つある。なのに何故一緒に寝なければならないのか。しかも抱き枕みたいに抱え込まれる始末だ。一体全体どういう了見なのだ。 

 しかし、二日連続この状態でノアがぐっすり眠れた理由がなんとなく分かってしまった。多分夜の間、サミュエルが光属性の魔力をノアに分け与えているのだろう。

 光属性の魔力の作用としては『治癒』が有名だが、他にも癒しや安らぎを齎す効果があると言われている。精神が落ち着き、不安や焦燥感などが和らいで心穏やかになるそうだ。安眠の効果まであるなんて知らなかった。

 魔力供給は接している部分が多いほど効果を得やすくなるという特性を持っている。サミュエルが眠っている間にノアを抱き込んでくるのは、無意識なのかわざとなのかは不明だが。
 恐らく意図的な気がするが、それを指摘するのは憚られた。感謝するのも何か違う気がする。なんとも言えないモヤモヤとした気持ちが、ノアの胸の中に広がっていく。

 おかげでノアの体調は比較的良好だ。目覚めも悪くない。しかし、それとこれとは別問題だ。正直言って困る。主に精神衛生的に。


 背後を確認する勇気はなかったが、サミュエルの穏やかな寝息が耳に届いた。なんとか彼を起こさぬようこの腕から抜け出したいのだが、拘束力が強すぎて身動きすら出来ない。
 こうして密着してみれば、サミュエルは優美な外見に反して、意外と逞しい筋肉質な肉体を持ち合わせていることに気付かされる。鍛錬を怠っていないのだろう。

 昨晩は結局抵抗しきれずに一緒のベッドで眠ってしまったが、それ以外は至って健全に過ごしている。手枷はつけられたままだが。



「ノア、起きた?おはよう」
「……おはようございます、殿下」

 耳元で低く響く声にびくりと肩を震わせた後、平静を装って挨拶を返す。どうやらサミュエルは起きていたらしい。狸寝入りを決め込んでいたようだ。
 

「少しは慣れた?それともまだ怖い?」
「慣れました」

 何に対して尋ねられたのかいまいち分からなかったが、とりあえず肯定しておくことにした。


「そうか、良かった」

 サミュエルは満足げに笑いながら腕の力を緩めてくれた。彼の身体が離れる際、耳朶に唇が触れた気がしたが、気のせいだと思っておくことにした。

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