【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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41 つい言ってしまった  穂高side

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 不意打ちで腹を拳で殴られて、僕は思い切り咳き込んで前に倒れる。腹を抱えてうずくまった。
「あんた、本当に邪魔よね」
 地面に倒れ込む僕に言い放ったのは、元園芸部の須藤美里香先輩だった。
「あんたがベタベタするから私と遊ぶ時間取れないんだって、藤代くんに言われたの。私が藤代くんの彼女なのに」

「はぁ? 付き合ってないぞ」
 説明の最中に、藤代が口を挟んだ。
 僕は現実に立ち返り、彼を見やる。
「それは知っているよ。けど、そのとき須藤先輩はそう言っていたのっ。で…」

 僕はもう一度その場面に頭を切り替える。
 男子生徒が背後から僕を蹴りながら言った。
「そうだ、穂高がいなきゃ、俺が副会長だった。俺のほうが藤代の役に立てるのにっ。おまえ、マジ邪魔」
 僕を先ほど羽交い絞めにしたのは、高瀬だった。

 つか、副会長は二名選出で、僕はトップ合格だったんだけどな。僅差で競っていたならともかく、僕と高瀬の間に堀田先輩が挟まっているんだから、それって僕がいなかったらとかいう話じゃなくね?

 僕がそう思う間にも、息荒く興奮している須藤先輩が言った。
「ねぇ、だからさ、あんた高瀬に副会長譲ってよ。そうしたら高瀬が合コンに藤代くん呼んでくれるんだって。藤代くんだって女の子と遊びたいのに決まってる。なのに、あんたが親友面していっつもそばにいるからぁぁ、藤代くん困ってるのよ。きっかけさえあれば、私たちすぐ元さやできるしぃぃ」

「彼女なのに合コンなんかして、藤代に女の子あてがっちゃっていいんですか?」
 なんか須藤先輩が興奮しているから、僕は逆に冷静になって正論を述べてしまった。
 すかさず、須藤先輩の蹴りが肩に入る。
 痛いってぇ。けど、もう一言言わせてっ。

「それに、譲れと言われても、そう簡単に譲れるものじゃありませんよ。選挙結果は生徒の意思の表れですから、無視できません。たぶん、再選挙になるんじゃ…」
 僕は、僕に言われても困るという意味で言ったのだが。
「だったら、消えちゃえばいいよ」
 キャハハッと笑いながら、須藤先輩がさらに荒っぽく蹴りはじめた。
 話、通じないってぇぇ??
 蹴りのひとつひとつの衝撃は弱いものの、数を受ければそれなりにダメージを受ける。
 僕は体を丸めて、ひたすら痛みに耐えた。
 そうして体を丸めて耐える間、目の端で高瀬がロッカーの備品を外に出しているのが見えた。
 さっき蹴られた衝撃でカギを落としていたんだ。
 あぁぁあ、誰がそれ片付けると思ってんだよぉ。嫌がらせか? 地味に嫌ぁな嫌がらせだなっ。

 胸の内で文句を述べていると、突然攻撃がやんで、須藤先輩が言った。
「ねぇ、見てよ」
 僕はゆるりと顔を上げる。すると目の前にスマホの画面があって。
 須藤先輩と藤代のツーショットが映っていた。

 彼は、それはそれは美しくて完璧な…作り笑いだった。

「他にも、藤代くんの写真、いっぱいあるわよ」
 そう言って須藤先輩はスクロールしていくが、それはどれもこちらを見ていない藤代で、いわゆる隠し撮りのようなのだ。
「新聞部が提供するデータ画像、全部買ってるんだから。でもさ、そこに必ずあんたが映りこんでんのよね」
 前半部は明るい声だったけど、でもさのあとは抑揚のない、感情の見えない声になる。
「せっかく自然な感じで藤代くんが笑ってんのに、あんたが邪魔で、いつもムカついてたのよっ」

 ……と、ここまで大まかに事の全容を告げ、僕は警官に目を向けた。

「僕は須藤先輩にそう言われたので、つい言ってしまったんです。藤代が自然な顔で笑うのは僕の前だけだから、僕が写真に映ってしまうのは仕方がないです…って」
 すると、学園長も警官も、少し呆気にとられたような顔になった。

「そのあとは、思いっきり顔を蹴られて、あんまり覚えていないんです。でもやっぱり、あれは失言だったんでしょうね。僕は事実を言っただけなんですが、よくよく考えたら須藤先輩にとって僕の言葉は優越感に満ちた上から目線だったのかもしれない。たぶん、僕が彼女を挑発してしまったんです」

「そんなことない。あれは計画的だった。千雪が花壇に水まきに行くことをやつらは認識していたんだ。ガムテも紐も用意してあったし。千雪、覚えていないみたいだけど、備品入れのロッカーの中に入っていたんだぞ」
 ずっと黙っていた藤代だったが、怒りを溜めこんでいたらしく、とうとう激しい口調で言い捨てた。
 つか、なんだって?
「え? あんな小さなロッカーに? いくらなんでも僕がそんな中に入るわけないだろ」
 気づいたときには、藤代の顔が目の前にあった。だから、覚えていないけど。
 いやいや、まさかまさか。と、首を振る。

「マジで、先生も萩原も見ていたんだからな。あんな小さな中に押しこめられて、千雪が窒息でもしたらと思うと、今も恐ろしくて震えが走るよ。ロッカーのカギは職員室に戻されていた。それって、千雪がずっとロッカーの中でいいと思ったってことだろ。気づかなかったら千雪、マジで死んでたかもしれないんだぞ!」
 僕以上に藤代が怒っちゃうから、僕は逆に頭が冷えちゃうというか。
 そうなのか? って感じで。

「本当に身勝手な犯行理由で、迷惑極まりない悪行だ。あとな、俺は一回も須藤を恋人にしたことなんかない。なのに、どうしてそんな勘違いをするんだっ! クソな思いこみで千雪がこんな怪我をさせられるなんて…許せない…俺は許さないっ!」
 あぁあ、ネガティブオーラ&怒りの波動が学園長室に伝播していく。
 このまま藤代が憤激し続けると、学園長や警官も影響を受けるかもしれない。
 僕はなだめるように彼の背中を手で撫でて、気を落ち着かせる。
 怒りをおさめろ、という僕の気持ちが伝わったようで、藤代は震える手で己の顔を覆って項垂れた。

 許さないと藤代は言うけれど。
 僕の気持ちはそうではないので、警官に目を合わせた。

「須藤先輩のこと、僕は中等部の頃から尊敬していました。快活で、人見知りの僕に園芸のこといろいろ教えてくれて。だから、こんなことされたけど…彼女は来年受験だし、須藤先輩の将来を考えると今回の件のことを言い出せなくて。黙っていて、すみませんでした」
 まぁ、高瀬も僕によく話しかけてくれていたけど。今回のは逆恨みがはなはだしかったので、特にかばう気持ちにはならなかったな。
 僕がこの話をしたくなかったのは、おおよそ須藤先輩のことだったんだ。

 話を聞き終えた警官は、うなずいた。
「大体、彼らの供述と合っているようだ。穂高くん、被害届を出しますか?」
「いいえ、もういいです」
「千雪っ、それはちゃんとご両親とも話し合って決めるべきだ。俺の意見も聞け!」
 震えていた藤代が牙をむいて顔を上げた…元気だな。
「あぁ、そうだね。藤代が立て替えてくれた病院代は取り立てないとな。じゃあ、君に任せる」
「千雪、面倒くさいだけだろ」

 呆れたような声を出す藤代を、僕は見やる。
 わかっているじゃないか。
 そうだ、面倒くさいのだ。
 どちらかというと彼らにもう会いたくはないけど、僕のせいで誰かの人生が狂うの、ちょっと重いし。
 警察沙汰とか、よくわからない。

「わかりました。個人的には君のお友達が言うように悪は許しちゃならないって思いますよ、穂高くん! しかし強制はできないのでね。警察はいつでも訴えを受理するので、被害届などのことを親御さんにも話して、その気になったら警察までお出でください」
 藤代の波動に若干影響されているみたいな警官は、あとは学園側のほうで解決してくださいと言って、退室していった。

 数日後。学園側は高瀬と須藤先輩に一ヶ月の停学処分を下し、この件は終了した。
 しかし…これで終わりではなかったのだ。

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