【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

文字の大きさ
7 / 44

6  穂高にだけ効かない  穂高side

しおりを挟む
 藤代の足は長い。ひがみではなくて。
 僕の弁当の入ったカバンを持って行かれてしまったので、僕は藤代を追いかけているわけだが。低身長でそれなりの手足である僕は、小走りしないと彼に追いつけなかった。
 くっそう、長い足自慢か? これはひがみだ。

「園芸部に入部したって、嘘だろ?」
 花壇にたどり着いたときには、息が上がっていた。
 でも、先ほど聞いてギョッとしたことをたずねずにはいられない。
 僕がカバンを取り返そうとして手を伸ばすのに、藤代は手を上げてカバンを奪われないようにする。ジャンプしても届かないとか、高身長自慢かっ? ムカつくぅ。

「花壇に座って。そうしたらカバンを戻してあげる」
 太陽を背負って、キラッとした笑みを浮かべる藤代。イケメンなのはわかってる。はいはい。
 まぁ、もう教室まで戻るのは面倒だ。僕はカバンを取り返すのをあきらめ、仕方なく花壇のふちに腰かける。すると、藤代はようやくカバンを返してくれた。
 彼も僕の隣に座り、袋からパンを取り出して食べ始める。

「本当だよ。この前ここで話したあと、入部届を出した」
「え? ひと月も前じゃね?」
 藤代と一緒に昼食するのは嫌だったけど、入部の話は聞きたかったので、僕もその場で弁当を広げた。
 つか、座っている位置は同じなのに、投げ出した足の長さがまるで違うから。またまたムカつくぅぅ。

「生徒会選挙で忙しくて、顔は出せなかったけどね。はは、芽が出てる。種が芽吹く間、ここに来てなかったってことか」
「須藤先輩がまいた種だ」
 花壇には、苗も植えたが、種もまいた。ひまわり。春は種まきにいい季節だからな。
「穂高が世話をしたから芽吹いたんだろ?」
「まぁ、そうだけど」
 どちらでもよく、どちらも間違っていない。

 というか。彼とご飯を食べながら話をする、そんな気はなかった。けど、他愛ない話でも、話しかけられているのに無視するほど僕は意地悪じゃない。
 かといって、談笑するのも違うような気がして。僕はひたすら前を見て弁当を食べていた。

 すると、隣で藤代がクスクスと笑い出す。なに笑ってんの?
 横を見やると、いつも張り付けたような笑みの藤代が、今は頬まで動かして本当に愉快そうに笑っている。
「は? 今の会話に、なにか笑う要素あった?」
「いや、いっそ見事なくらいに、こっちを見ないなって思って」
 なに当たり前のこと言ってんのかなって、僕はちょっと首を傾げる。
「男の顔を見ながらご飯を食べる趣味はない」
「でも、見るもんなんだよ。普通の人はね」
 肩が触れるくらいの近い位置で、藤代に顔をのぞきこまれた。

 アーモンド形の、くっきりした目の中に、丸い薄茶色の瞳が輝いている。
 風になびく髪は、無造作でも格好良く整い。
 黒のシックな制服は彼のきらびやかな顔貌を際立たせていた。
 いや。イケメンなのはわかっているってば。

 うらやましいとか、そういう負の感情に支配されたくなくて、僕は彼から目線を外した。
「あぁ、わかった。千雪は照れ屋なんだな?」
 まったく的外れなことを言われて、訂正したかった。
 しかしそれよりも重大案件が頭の上から落ちてきたから、まずそれを処理しなければならない。
「名前で呼ぶな」
 僕は口をへの字に曲げて、彼に言い渡す。
 色白で、限りなく純粋無垢。生まれたばかりの赤子を見て親がつけた名前だったが、僕は女の子みたいで、自分の名前が好きではなかった。
 大体、男が色白なのは男らしくないし。
 それに僕は純粋無垢じゃない。僕の内側は妬みと嫉みと極悪な黒い感情でドロドロなのだっ。

「どうして? とても美しい名前じゃないか」
「僕は好きじゃない」
 いちいちムカつく藤代に、理由を説明する気はなかったが、簡潔に己の気持ちを述べた。
「俺は好き。それに穂高のこと、誰も名前で呼んでいないから特別っぽいしぃ」
 ふふっと、藤代は嬉しそうに笑う。
 目を細めて、どこかくすぐったそうな、その表情を見ると、なんだかイライラして仕方がない。

「おまえ、なんなんだ?」
 僕は食べ終わった弁当をカバンにサッと片付けて、花壇から立ち上がった。
「なんで、いちいち僕に構う? 僕だけが君に従わないから嫌がらせしているのか?」
 憤るままに言い捨てると、藤代も立ち上がり、なんだか感激した様子で僕をみつめた。
「え、どうしてそんなふうに感じたんだ? そんなことを言われたのははじめてだよ」
 キラキラと瞳を輝かせ、藤代は僕の手を握る。
 なに? なんなの? 意味不明すぎる。
 藤代のリアクションが予想外過ぎて、僕はたじろぐが。
 とにかく僕は藤代と慣れ合う気はないんだ。だから、僕が感じていたことを口にした。
「そんなの、見ていればわかるし。生徒総会のとき、みんなが君を見てた。女子はもちろん、男子も、先生までもだ。そして、君の言葉に従っている。まるで宇宙人に操られているみたいにね」
「すっごいよ、穂高。自力でそこに気づいたのか? でも、じゃあさぁ、なんでそれ、穂高にだけ効かないんだと思う?」
「そんなの、知らんけど。別にひとりくらいそういうやつがいたっていいんじゃね。僕は、君の邪魔をするつもりはない。だから、僕のことなんか無視してくれよ」
 僕はとにかく、藤代に放っておいてもらいたかったのだ。
 自分は彼に関わりたくない。みんなは藤代の気を引きたいみたいだけど、僕はそうじゃない。
 僕は構われたくないんだ。
 しかし、そんなぼくの気持ちを推し量ることもなく、藤代はグイグイきた。
「でも、俺は穂高が気になるし。穂高だけが、みんなと違うものを見ているなんて。俺を、見ていないなんて…」
 なんだか悲しげな目で、藤代は僕を見下ろした。
 つらそうに眉を寄せているから、なんだか可哀想な気になってしまう。
 でも、藤代が言っていることってさ。
 ようは、自分を見ていない者がひとりでもいるのは許せない。ってことじゃね?
「…宇宙人的には、全員征服しないとダメ?」
「ううん、俺は穂高を征服できればいい。他はいらない。穂高だけでいい」
 宇宙人なのは否定しないんだ? と思いつつ。
 僕以外のみんなは、好きで藤代を見ているんだ。でも僕は、藤代が好きじゃない。
 僕は藤代に囚われていないのだ。そんな僕に、自分を見ろと迫る藤代は、傲慢に思えた。

「そういうの、嫌い」
 正直につぶやき、僕はフイと顔をそらした。

「じょ、冗談だよ。征服とか宇宙人とか、あるわけないじゃん」
 すると藤代は、僕をなだめるような声で言いつくろった。
「ただ、穂高がいっぱいしゃべってくれたから、嬉しくなって、調子に乗っちゃったんだ」
「君の気持ちはわかったよ」
 言うと、彼はホッと息をついた。
「でも、さっきも言ったけど、君の邪魔はしないから、僕のことは放っておいて。君と友達にはなれないんだ」
 安堵してすぐ、ガンと叩かれたみたいな表情になる藤代を、僕は冷たく見やった。

「なんで? どうして友達になれないんだ?」
「君は、得体の知れない不気味なやつだから」
 僕が口にした瞬間、藤代の瞳の色が曇った。
 彼は、傷ついたのだ。

 僕は、今まで誰かをいじめたこともなかったし、意図的に傷つけるようなこともしたことがなかった。
 でもなぜか、藤代のことは、すごく傷つけたいと思う。
 そんな自分が、醜くて、嫌いだ。
 だけど、彼から離れたい気持ちの方が先に立つ。
 傷ついたら、藤代は逃げていくだろう。誰だって、自分に当たりのきついやつと一緒にいたくないはずだ。
 早く逃げてと、僕は胸の内で叫んだ。

 もう、僕に近寄らないで。僕はもう、僕の嫌な面を見たくないんだ。
 醜く狭量な僕を、思い知りたくないんだ。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

ガラス玉のように

イケのタコ
BL
クール美形×平凡 成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。 親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。 とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。 圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。 スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。 ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。 三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。 しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。 三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

処理中です...