【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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7  説得開始だ  穂高side

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 自分の周りの異変に、僕は気づいてしまった。
 クラスメイトが僕を遠巻きにしている。よく話しかけてきた高瀬すら、まったく僕に近寄らなくなった。
 なにか気に障ることをしちゃったかな? と思って、高瀬がひとりになったところを捕まえて、僕は彼に理由を聞いてみた。
「ヤベェよ、こんなところ見られたらマズイってぇ。穂高と話すと藤代めっちゃ機嫌悪くなんだもん。だからな、わかるだろ?」
 そう言って、高瀬は僕を振り切るようにして去っていった。
 なんも、わからんが。
 でもおそらく、他の生徒も同じ理由で僕から離れていったのだろう。
 すなわち、藤代がめっちゃ機嫌悪くなるから、ってこと。

 朝、おはようと声をかけて、あからさまに無視はされないが、さりげなく遠ざかる。そんなクラスメイトの様子を見て、さすがにちょっと怖くなってきた。本格的ないじめかもしれない。
 今までも、誰かとべったり一緒にいたわけじゃなくて、いい感じの距離感をキープしてきた僕だ。だから、それほどショックというわけでもないけれど。あんまりクラスメイトとの距離感が離れると、体育や授業の課題で二人組組まされたりするときや、イベントのときなどでボッチになっちゃいそうで、ヤバイ。
 そんな考えに耽っていた矢先……。
「穂高、俺、保住と席変わってもらっちゃったぁ。前後の席で、これからいっぱい話ができるな」
 自分の席の前に、藤代が座ることになった。
 ええぇぇ? と、表情には出さずに思う。
 しかし藤代がせっせと話しかけてくることで、奇しくも完全な孤立ではなくなった。
 藤代が間に入れば、他のクラスメイトも話しかけてくるのだ。
 藤代の机には絶えず誰かが来て、するとその話に僕も巻きこまれたりして。
 なんだかんだ、そんなわけで、まぁ、いじめとは少し違う様相だな。

 でも僕が藤代を差し置いて別の人と話しこんだりすると、途端に空気が冷える。話はそれ以上続かないのだった。
 なんなんだ、これは?
 とは思うけど。まぁ、おおよその関係性が見えたような気がした。

 つまりみんな、藤代に気を使っているのだ。
 藤代に嫌われたくない、藤代の機嫌を損ねたくない。だから僕とは話さない、みたいな。
 なんで僕が他者と話すと、藤代の機嫌が悪くなるのか、その彼の気持ちはわからないが。
 クラスメイトたちの心の機微は、よく理解できたよ。

 クラスで僕を孤立させていく藤代が、包囲網を狭めるようにして段々接近してくる。
 それがあからさますぎるから、彼を狡猾に思い、やはり好きになれなかった。

 たとえ話しかけてくる者が藤代ひとりだけになったとしても。

 放課後、下駄箱で靴を履き替えようとしていたら、校内に放送がかかった。
「一のA、穂高。至急生徒会室まで」
 僕は口を引き結び、メガネのつるを中指で押し上げた。
 聞かなかったことにして、帰っちゃおうかな?
 一瞬そんな考えが頭をよぎったけど。呼び出しを無視しきれない融通の利かないバカ真面目な部分があった。
 別名、クソ生真面目な僕。はぁぁ。
 重いため息付きで、そっと下駄箱に靴を戻す。
 そして渋々、二階にある生徒会室へ足を向けた。

 生徒会と言ったら、生徒会長になった藤代が一番に思い浮かぶ。
 それゆえに、運ぶ足取りは重い。
 でもまぁ、生徒会だからといって、用があるのが藤代だとは限らないよな。そうだそうだと思い直し、己に言い聞かせる。
 他に、生徒会で用事とか、思い当たらないけど。

 ノックをして、生徒会室の扉を開ける。
 室内にいるのが藤代だけだと知り、僕はやはり帰ってしまえば良かったと後悔したのだった。

「園芸部の顧問から、穂高の退部届を受け取ったよ。穂高が辞めたから、俺が部長をやれってさ」
 藤代は大概笑っている。でも今は、珍しく不機嫌な表情だ。
 あ、僕が藤代以外の人と話しても、機嫌は悪くなるけど。笑顔で空気を凍らす器用なやつなのだ。

 それはともかく。
 藤代は生徒会室中央に置かれた円卓に用紙を叩きつけた。僕が書いた園芸部の退部届である。
「こんなの、受け取らないから。つか、なんで穂高はいつも俺から逃げようとするんだ?」
 彼の指摘は正しい。まさしく僕は、藤代から逃げているのだ。
 だがっ、とぼける。
「それは自意識過剰だな、藤代。なんで僕が君から逃げる必要があるんだ? 君が園芸部に入ってくれたから、藤代効果で部員が増えただろ? でもさ、園芸部なら植物園に見学に行こうなんて提案があって。正直、めんどくさ」
 本音をつぶやくと、藤代は吊り上げていた眉を情けなく下げた。
「藤代と植物園でデートしたいっていう女子部員の気持ちが駄々漏れで、萎えるよな」
「それは…」
 なんだか眉間を動かしながら、藤代が変な顔をしているけど。
 僕は話を続けた。
「まぁ、それはいいんだけどさ。僕は元々、水まきくらいの仕事量が性に合っていた。残った時間を勉強に当てたいからね。でも学校以外のところで時間が割かれるのは嫌だし、部員が増えて水まきの心配はなくなったから、僕は帰宅部になって勉強に精を出そうと思っただけ。藤代から逃げたわけじゃないよ」
 最後の言葉を言い終えて、藤代の疑念を晴らしてやった。
 まぁ、逃げるんだけど。

 すると藤代は、眉を情けなく下げたままで、言うのだ。
「そんなぁ、俺は穂高と話がしたいから園芸部に入ったのに。教室の席も変わってもらったのに。それでも穂高はちっとも俺を見てくれない。なんでなんだ。どうしたらもっと穂高と仲良くなれるんだよ。もう、穂高がいないのなら、俺も園芸部やめる」

 なぜ、藤代がそんなにも僕にこだわるのか、まったくわからなかった。

 ため息が出る。子供みたいな駄々をこねる藤代を、僕はげんなりと見やった。
 夕日に照らされている藤代は、茶系の髪が赤く染まって見え、スッと通った鼻筋に影が落ちて、端正な顔がより彫り深く、綺麗に見えた。
 僕は、色が白くて軟弱に見えたり、メガネがすぐにずれ落ちるくらい鼻が低くて地味な顔つきだったり、そんな容姿にコンプレックスがある。
 でも実は、美意識が高いんだ。それゆえに、自分の地味な外見を受け入れられないんだけどね。
 綺麗なものは、人物でも物でも芸術でも、素直に感嘆するタイプ。
 だから、藤代の綺麗な顔立ちに見惚れたりもするよ。
 君の顔は、嫌いじゃない。でも、僕は藤代が嫌い。

 だけど。僕はなんにも言っていないから、僕の気持ちは藤代にはわからないことだよね。
 仕方がない。ここはじっくり話をしようか。
 君が嫌いだって本心を言わずに、なんとか僕への興味を薄れさせられるように。

 藤代の美麗な顔から視線を落とし。僕は円卓の上に腰かけた。説得開始だ。

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