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番外 モブの弟、シオン・エイデンの悩み ②
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ぼくは十四歳になり、猫になる生活を十年過ごしてきた。
店の最上階で、兄上と暮らす生活にもすっかり慣れて、特に支障もありません。
ではなにが、ぼくの悩みなのかというと。
ズバリ、兄上が、兄上の素晴らしさに自覚がないことですっ。
まず、十歳という子供のうちから、ぼくと母を養おうとする男気は、言うに及ばずですが。
猫に変化するようになったぼくのことも、気持ち悪がらずに受け入れてくれる、心の広さ。
あまつさえ『あったかぁい』なんて言いながら抱き締めてくれる、愛情の深さ。
その微笑みは、慈愛の女神のごとく。美しく気品に満ちあふれています。
そう思っているのは、ぼくだけではないのです。
ドレス専門店の店員は、客層から女性が多いのだが。
ほぼ全員、兄上のことを、ハート型の目で見ている。
兄上は優しくて、教えるのも上手なので。穏やかな声で『ここの縫い方は、丁寧に。急がなくていいんですよ。一針一針…そう、上手ですよ』なんて耳元で言われたら。どんな女性もポッとするでしょう?
もう、無自覚に、女性を惚れさせるのだから。
兄上もお年頃だし、そのうち女性とお付き合いすることもあるでしょうが。
変な女に、兄上が騙されるとか。考えると、気が気ではありません。
それでなくても兄上は、純粋で清らかなのだから。
あぁ、やっぱり駄目です。兄上に、女性とのお付き合いはまだ早い。
だから不用意に女性に近づかないようにと、ぼくは兄上に注意した。すると。
「ん? シオン。僕なんかを、うちの店の女性陣が相手にするわけないだろう? 一級品を扱う店だけあって、店員はみんなきらびやかな美人揃いだ。モブなど、道端の小石以下に過ぎないよ。それに、いかにも金に困っていそうな僕を騙そうとする輩はいないから、心配するな?」
前髪をちょんちょこりんにするゴムを外し、仕事にひと息ついた兄上は。ぼくに、微笑みかける。
癖っ毛なぼくと違い、兄上の髪はサラサラのストレートで。顎の辺りまで伸びる長い前髪を真ん中分けにしている。
兄上が、手で髪をかき上げると。光沢が輝いて、黒い瞳までも、キラキラ光った。
一重だから、目蓋が重めなのだが。切れ長な目元と相まって、流し目のような色っぽさを見せ。美人に拍車をかける。でも笑うと、ほんわかとして、優しい印象。
美人のときは凛としていて、ほのぼののときは可愛らしい。
そのギャップが、兄上を超絶魅力的にしているのだっ。
鼻と唇は、控えめな小ささ。でもそれが、清らかな印象を増大させる。
兄上は成人しているが、そのたたずまいは少年のように若々しく。
黒のシャツにズボンという装いを好んで着ているが、それは兄上の痩身を際立たせ。
細身の彼を守りたいという庇護欲を、誰にも抱かせるものだった。
兄上は、知らないのだ。この店にくる貴族の御令嬢に『幻の、黒衣の麗人』と呼ばれているのを。
素晴らしいドレスを仕立てる職人を、一目見たいと令嬢たちは思っているが。
兄上は、目立つことを嫌って接客はしていなかった。
しかし、兄上もずっと、部屋にこもっているわけではないから。
たまには、店先に現れることもある。
その場面を、運よく目にした令嬢が。兄上を見て抱いた感想が『黒衣の麗人』なのだ。
華奢な体躯に、美しい黒髪の、清楚な御仁だ。
遠目からでは、女性だと思う者もいたのかもしれない。
つまり。とにかく。身内の贔屓目ではなく。兄上は美しいのだ。
けれど。それを本人だけが認めない。
道端の小石以下だなどと、卑下して。そこが、困るのだ。
だって。
ジェラルドいわく。商売中はいろいろな情報が集められるという。
なので、ぼくは猫の姿のときに、客の動向を探っている。
客のこぼれ話の中に、なにか重要な話があるかもしれないからな。
ドレスを買いに来た御令嬢に付き添う、婚約者や父親などは。その待ち時間に、他の男性客と情報交換したりする。
仕立て屋というのは、一種、社交の場でもあるのだ。
それで、男性陣の話に耳を傾けると。だいたい。
「今日は、黒衣の麗人はいないのか?」
「エイデンは、仕事中はこちらに顔を出さないのです。申し訳ありません」
「そうか。私も噂の御仁を目にしてみたいものだ」
「私は先日、見かけたのですが。まるで百合の花のように、可憐で美しい人でしたよ?」
というような話になるのだ。
女性がそばにいなければ、もっと下世話な話になる。
触れたいとか、キスしたら落とせるとか、ひと晩お願いしたいとか…。
ふっざけんなっ。兄上が男に押し倒されるとか、想像もしたくない。
そんな場面に出くわしたら…ぼくは。殺す。確実だ。
だが、兄上はきっと。
男どもの、邪な心根などに気づかず、あの柔らかい微笑みで、優しく話しかけたりするのだろう。
だ、か、ら、自覚してほしいのだ。
兄上は、美しく繊細で素敵な御仁なのだと。
男にも狙われるほどの美丈夫なのだと。
夜ならば、いくらだって、兄上のことを守れる。
でも、猫のうちは、爪で引っ掻くのがせいぜいだ。
情報収集には便利でも、兄上を守るのだとすれば。この子猫の体は小さすぎる。
それでも、そばにいないよりは、そばにいた方が兄上を守れる。
だから、ぼくも兄上と一緒に王城へ行くのだ。
バミネが来たあと、大叔母様の屋敷で、兄上が王城へ行くという話になり。ぼくもついて行くことになった。
兄上は最初、ぼくを連れて行くのを渋った。
バミネが持ってきた話だから、当然だが。危険があるということは、察しているようだ。
でも、そのようなところへ、ぼくが、兄上をひとりで行かせるわけがないでしょう?
それに、命の危険は、もちろん気に掛かるが。
ぼくは兄上の貞操の危機も感じていた。
王城には、国王の他に、警護の兵士など、多くの勤め人がいるだろう。
それに今は、孤島からの出入りが制限されていて。いわゆる閉鎖空間に、欲求不満の若者が多くいる状態ではないか?
そんな中に、兄上がひとりで入っていったら。狼の群れに、子羊を放り込むようなもの。
男も女も、兄上に近寄る者はみんな敵である。
華奢な兄上が、数多の手に押し倒され、体をいじくられる想像をしたら。
もう、無理無理無理。ぼくが兄上を、そばで守って差しあげねばっ。
夕食のあと、兄上はぼくとともに自室に入り。困ったという様子で、眉を情けなく下げた。
「シオン、本当に行くのか? 陛下は御気性が荒いという噂もある。表に出てこないから、噂の信ぴょう性は少ないものの。もしも猫のシオンが陛下に斬られでもしたら…」
「心配しないでください、兄上。猫歴も十年です。そのようなヘマはいたしません」
そう言い、ぼくは手のひらを表に向け、兄上の前に差し出した。
「…なんだ?」
「ワルツですよ。昼間は猫の姿でお付き合いしましたから。夜は、僕のリードで踊りましょう?」
兄上は、小花が咲くようなのどかな笑みで、クスリと笑う。
「なんだ、おまえも踊りたかったのか?」
っていうか、ぼくは、いつでも兄上と踊りたい。
ただ踊りたいのではなく。兄上と手をつないで、兄上のぬくもりを感じたいのだ。
「兄上が嬉しそうにしているのだから、僕も嬉しいのですよ」
駄目ですか? という、うかがう眼差しを向ければ。
兄上はぼくの手を取り。ホールドする。
今はぼくの方が、兄上より頭半分くらい背が高い。
なので兄上は自然、女性のパートを踊ることになるが。
その身のこなしは、どんな女性よりも華麗で、妖精のように軽やかだと思う。
少し下げた目線の先に、ぼくを見上げる兄の顔がある。
楽しそうに微笑んでいる。うーん、ベストバランス。
満足し、ぼくは目を細める。そしてダンスをしながら、かつてから気になっていたことを兄上に聞いた。
「兄上が、たまに口にする、モブとはなんですか?」
兄上は、ぼくが知らない言葉を口にすることがある。
自分が知識不足なのか、と思ったこともあるのだが。
母上や大叔母様に聞いても、その言葉は知らないと言われた。
しかも、モブという言葉だけではない。
アイキンとかイケメンとかもわからない。
「うーん、モブっていうのは。その他大勢って意味だな。顔面も性格も能力も身分もパッとしない、通りすがりの人物ってほどに印象の薄い感じ、かなぁ?」
「しかし、兄上は以前、モブだから女性店員に相手にされない、というようなことをおっしゃっていましたよ? でも、今の要素は兄上にすべて当てはまっていないではありませんか。兄上は母上に似て、面差しの柔らかな、ふんわりした笑顔が素敵な、美形です。針仕事のときの真剣な顔は、ちょっと色気もあるし。職人として大成していますから、人並み以上の能力もお持ちで。性格も穏やかで気品があって、清楚で正義感が…」
「待て待て、身内の欲目は良くないぞ。まぁ、シオンは優しいから、僕を慰めてくれるんだろうけど」
えっ、ぼくの本音を、全部弾かれた? 兄上、どんだけ過小評価なんですかっ?
あんまり自然な感じで、誉め言葉をスルリとかわされてしまい。驚きに目を丸くしていると。
兄上は、ぼくをうっとりした顔でみつめてくる。
ヤバいですよ、その顔は、色っぽすぎます。
「そんなことより、シオン…」
そんなこと…ぼくの渾身の兄賛辞を、そんなこと呼ばわりっ。ひどいです、兄上。
「おまえは。トモエトシズカがキョウキランブした、あのカミエシが、モブに弟がいたらこんな感じぃ? とか言いながら、面白半分に格差の象徴として、総力をあげて作り出した、究極イケメンの体現のような男に育ったな?」
は?
ぼくは。兄上のことが大好きだ。
でも、たまについていけません。
「…兄上。今の話、半分しかわかりませんでした」
「父上に似て、麗しい美形に育ったな、と言ったんだ」
嘘ですよね? そんなこと言っていませんでしたよね?
「そうは聞こえませんでしたし。言葉数も、もっと多かったように思いますが? それに麗しい美形は兄上の方ですからね?」
「モブはイケメンスパダリ弟にデロアマジゴクでトロトロにされなさーい、とカミエシが言っているかのようだ」
「…はい?」
「少々欲目が過ぎて目が腐っているが、弟に愛されて、兄は幸せだと言ったんだ」
絶対嘘だと、ぼくは思ったが。
兄の魅惑の黒い瞳がキラキラつやつやしているものだから。気が抜けた。
「…ま、いいです。それで、大筋あっていますから」
愛している。そう、胸の内でつぶやいて。ぼくは、兄上の体を抱き締めた。
ぼくは、早く大きくなりたかった。
大きくなったら、大好きな兄上を、この手で守ってあげられるから。
そして、今。ぼくは、兄上の体を、腕の中にすっぽりとおさめられるくらい、大きな体になった。
兄上を守れる剣技も、身につけている。
けれど。小さな体だったときのように、兄上に、もうギュッとはしてもらえない。
兄上の膝の上に座って『だぁいすき』と言って、思うさま抱きつくこともできない。
それだけが悲しい。
いや、でも。兄上が、ぼくの体を腕の中に包んで抱き締められなくなったのなら。
ぼくが兄上を抱き締めればいい。強く、熱く、甘く…。
「僕が、必ず貴方を守ります…兄上」
耳元に囁いて、なんだか甘い香りがする兄上の首筋に鼻先をうずめた。良い匂い。
兄上は、少しだけ体をピクリと震わせて。またよくわからない言葉をつぶやいた。
「イケボの破壊力、パネェ…」
店の最上階で、兄上と暮らす生活にもすっかり慣れて、特に支障もありません。
ではなにが、ぼくの悩みなのかというと。
ズバリ、兄上が、兄上の素晴らしさに自覚がないことですっ。
まず、十歳という子供のうちから、ぼくと母を養おうとする男気は、言うに及ばずですが。
猫に変化するようになったぼくのことも、気持ち悪がらずに受け入れてくれる、心の広さ。
あまつさえ『あったかぁい』なんて言いながら抱き締めてくれる、愛情の深さ。
その微笑みは、慈愛の女神のごとく。美しく気品に満ちあふれています。
そう思っているのは、ぼくだけではないのです。
ドレス専門店の店員は、客層から女性が多いのだが。
ほぼ全員、兄上のことを、ハート型の目で見ている。
兄上は優しくて、教えるのも上手なので。穏やかな声で『ここの縫い方は、丁寧に。急がなくていいんですよ。一針一針…そう、上手ですよ』なんて耳元で言われたら。どんな女性もポッとするでしょう?
もう、無自覚に、女性を惚れさせるのだから。
兄上もお年頃だし、そのうち女性とお付き合いすることもあるでしょうが。
変な女に、兄上が騙されるとか。考えると、気が気ではありません。
それでなくても兄上は、純粋で清らかなのだから。
あぁ、やっぱり駄目です。兄上に、女性とのお付き合いはまだ早い。
だから不用意に女性に近づかないようにと、ぼくは兄上に注意した。すると。
「ん? シオン。僕なんかを、うちの店の女性陣が相手にするわけないだろう? 一級品を扱う店だけあって、店員はみんなきらびやかな美人揃いだ。モブなど、道端の小石以下に過ぎないよ。それに、いかにも金に困っていそうな僕を騙そうとする輩はいないから、心配するな?」
前髪をちょんちょこりんにするゴムを外し、仕事にひと息ついた兄上は。ぼくに、微笑みかける。
癖っ毛なぼくと違い、兄上の髪はサラサラのストレートで。顎の辺りまで伸びる長い前髪を真ん中分けにしている。
兄上が、手で髪をかき上げると。光沢が輝いて、黒い瞳までも、キラキラ光った。
一重だから、目蓋が重めなのだが。切れ長な目元と相まって、流し目のような色っぽさを見せ。美人に拍車をかける。でも笑うと、ほんわかとして、優しい印象。
美人のときは凛としていて、ほのぼののときは可愛らしい。
そのギャップが、兄上を超絶魅力的にしているのだっ。
鼻と唇は、控えめな小ささ。でもそれが、清らかな印象を増大させる。
兄上は成人しているが、そのたたずまいは少年のように若々しく。
黒のシャツにズボンという装いを好んで着ているが、それは兄上の痩身を際立たせ。
細身の彼を守りたいという庇護欲を、誰にも抱かせるものだった。
兄上は、知らないのだ。この店にくる貴族の御令嬢に『幻の、黒衣の麗人』と呼ばれているのを。
素晴らしいドレスを仕立てる職人を、一目見たいと令嬢たちは思っているが。
兄上は、目立つことを嫌って接客はしていなかった。
しかし、兄上もずっと、部屋にこもっているわけではないから。
たまには、店先に現れることもある。
その場面を、運よく目にした令嬢が。兄上を見て抱いた感想が『黒衣の麗人』なのだ。
華奢な体躯に、美しい黒髪の、清楚な御仁だ。
遠目からでは、女性だと思う者もいたのかもしれない。
つまり。とにかく。身内の贔屓目ではなく。兄上は美しいのだ。
けれど。それを本人だけが認めない。
道端の小石以下だなどと、卑下して。そこが、困るのだ。
だって。
ジェラルドいわく。商売中はいろいろな情報が集められるという。
なので、ぼくは猫の姿のときに、客の動向を探っている。
客のこぼれ話の中に、なにか重要な話があるかもしれないからな。
ドレスを買いに来た御令嬢に付き添う、婚約者や父親などは。その待ち時間に、他の男性客と情報交換したりする。
仕立て屋というのは、一種、社交の場でもあるのだ。
それで、男性陣の話に耳を傾けると。だいたい。
「今日は、黒衣の麗人はいないのか?」
「エイデンは、仕事中はこちらに顔を出さないのです。申し訳ありません」
「そうか。私も噂の御仁を目にしてみたいものだ」
「私は先日、見かけたのですが。まるで百合の花のように、可憐で美しい人でしたよ?」
というような話になるのだ。
女性がそばにいなければ、もっと下世話な話になる。
触れたいとか、キスしたら落とせるとか、ひと晩お願いしたいとか…。
ふっざけんなっ。兄上が男に押し倒されるとか、想像もしたくない。
そんな場面に出くわしたら…ぼくは。殺す。確実だ。
だが、兄上はきっと。
男どもの、邪な心根などに気づかず、あの柔らかい微笑みで、優しく話しかけたりするのだろう。
だ、か、ら、自覚してほしいのだ。
兄上は、美しく繊細で素敵な御仁なのだと。
男にも狙われるほどの美丈夫なのだと。
夜ならば、いくらだって、兄上のことを守れる。
でも、猫のうちは、爪で引っ掻くのがせいぜいだ。
情報収集には便利でも、兄上を守るのだとすれば。この子猫の体は小さすぎる。
それでも、そばにいないよりは、そばにいた方が兄上を守れる。
だから、ぼくも兄上と一緒に王城へ行くのだ。
バミネが来たあと、大叔母様の屋敷で、兄上が王城へ行くという話になり。ぼくもついて行くことになった。
兄上は最初、ぼくを連れて行くのを渋った。
バミネが持ってきた話だから、当然だが。危険があるということは、察しているようだ。
でも、そのようなところへ、ぼくが、兄上をひとりで行かせるわけがないでしょう?
それに、命の危険は、もちろん気に掛かるが。
ぼくは兄上の貞操の危機も感じていた。
王城には、国王の他に、警護の兵士など、多くの勤め人がいるだろう。
それに今は、孤島からの出入りが制限されていて。いわゆる閉鎖空間に、欲求不満の若者が多くいる状態ではないか?
そんな中に、兄上がひとりで入っていったら。狼の群れに、子羊を放り込むようなもの。
男も女も、兄上に近寄る者はみんな敵である。
華奢な兄上が、数多の手に押し倒され、体をいじくられる想像をしたら。
もう、無理無理無理。ぼくが兄上を、そばで守って差しあげねばっ。
夕食のあと、兄上はぼくとともに自室に入り。困ったという様子で、眉を情けなく下げた。
「シオン、本当に行くのか? 陛下は御気性が荒いという噂もある。表に出てこないから、噂の信ぴょう性は少ないものの。もしも猫のシオンが陛下に斬られでもしたら…」
「心配しないでください、兄上。猫歴も十年です。そのようなヘマはいたしません」
そう言い、ぼくは手のひらを表に向け、兄上の前に差し出した。
「…なんだ?」
「ワルツですよ。昼間は猫の姿でお付き合いしましたから。夜は、僕のリードで踊りましょう?」
兄上は、小花が咲くようなのどかな笑みで、クスリと笑う。
「なんだ、おまえも踊りたかったのか?」
っていうか、ぼくは、いつでも兄上と踊りたい。
ただ踊りたいのではなく。兄上と手をつないで、兄上のぬくもりを感じたいのだ。
「兄上が嬉しそうにしているのだから、僕も嬉しいのですよ」
駄目ですか? という、うかがう眼差しを向ければ。
兄上はぼくの手を取り。ホールドする。
今はぼくの方が、兄上より頭半分くらい背が高い。
なので兄上は自然、女性のパートを踊ることになるが。
その身のこなしは、どんな女性よりも華麗で、妖精のように軽やかだと思う。
少し下げた目線の先に、ぼくを見上げる兄の顔がある。
楽しそうに微笑んでいる。うーん、ベストバランス。
満足し、ぼくは目を細める。そしてダンスをしながら、かつてから気になっていたことを兄上に聞いた。
「兄上が、たまに口にする、モブとはなんですか?」
兄上は、ぼくが知らない言葉を口にすることがある。
自分が知識不足なのか、と思ったこともあるのだが。
母上や大叔母様に聞いても、その言葉は知らないと言われた。
しかも、モブという言葉だけではない。
アイキンとかイケメンとかもわからない。
「うーん、モブっていうのは。その他大勢って意味だな。顔面も性格も能力も身分もパッとしない、通りすがりの人物ってほどに印象の薄い感じ、かなぁ?」
「しかし、兄上は以前、モブだから女性店員に相手にされない、というようなことをおっしゃっていましたよ? でも、今の要素は兄上にすべて当てはまっていないではありませんか。兄上は母上に似て、面差しの柔らかな、ふんわりした笑顔が素敵な、美形です。針仕事のときの真剣な顔は、ちょっと色気もあるし。職人として大成していますから、人並み以上の能力もお持ちで。性格も穏やかで気品があって、清楚で正義感が…」
「待て待て、身内の欲目は良くないぞ。まぁ、シオンは優しいから、僕を慰めてくれるんだろうけど」
えっ、ぼくの本音を、全部弾かれた? 兄上、どんだけ過小評価なんですかっ?
あんまり自然な感じで、誉め言葉をスルリとかわされてしまい。驚きに目を丸くしていると。
兄上は、ぼくをうっとりした顔でみつめてくる。
ヤバいですよ、その顔は、色っぽすぎます。
「そんなことより、シオン…」
そんなこと…ぼくの渾身の兄賛辞を、そんなこと呼ばわりっ。ひどいです、兄上。
「おまえは。トモエトシズカがキョウキランブした、あのカミエシが、モブに弟がいたらこんな感じぃ? とか言いながら、面白半分に格差の象徴として、総力をあげて作り出した、究極イケメンの体現のような男に育ったな?」
は?
ぼくは。兄上のことが大好きだ。
でも、たまについていけません。
「…兄上。今の話、半分しかわかりませんでした」
「父上に似て、麗しい美形に育ったな、と言ったんだ」
嘘ですよね? そんなこと言っていませんでしたよね?
「そうは聞こえませんでしたし。言葉数も、もっと多かったように思いますが? それに麗しい美形は兄上の方ですからね?」
「モブはイケメンスパダリ弟にデロアマジゴクでトロトロにされなさーい、とカミエシが言っているかのようだ」
「…はい?」
「少々欲目が過ぎて目が腐っているが、弟に愛されて、兄は幸せだと言ったんだ」
絶対嘘だと、ぼくは思ったが。
兄の魅惑の黒い瞳がキラキラつやつやしているものだから。気が抜けた。
「…ま、いいです。それで、大筋あっていますから」
愛している。そう、胸の内でつぶやいて。ぼくは、兄上の体を抱き締めた。
ぼくは、早く大きくなりたかった。
大きくなったら、大好きな兄上を、この手で守ってあげられるから。
そして、今。ぼくは、兄上の体を、腕の中にすっぽりとおさめられるくらい、大きな体になった。
兄上を守れる剣技も、身につけている。
けれど。小さな体だったときのように、兄上に、もうギュッとはしてもらえない。
兄上の膝の上に座って『だぁいすき』と言って、思うさま抱きつくこともできない。
それだけが悲しい。
いや、でも。兄上が、ぼくの体を腕の中に包んで抱き締められなくなったのなら。
ぼくが兄上を抱き締めればいい。強く、熱く、甘く…。
「僕が、必ず貴方を守ります…兄上」
耳元に囁いて、なんだか甘い香りがする兄上の首筋に鼻先をうずめた。良い匂い。
兄上は、少しだけ体をピクリと震わせて。またよくわからない言葉をつぶやいた。
「イケボの破壊力、パネェ…」
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