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9 主人公ちゃんに会いました
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◆主人公ちゃんに会いました
三月一日になり、ぼくは猫のシオン…猫のときはチョンと言いますが。そのチョンを連れて、王城へと向かう船に乗っていた。
王都の中でも、一番店が連なっている、海岸から王宮へと続くメインストリート。その一角に、ぼくが勤めているドレス専門店があるのだが。
そのメインストリートの突き当りの海岸からは、王城が見える。
おおよそ、海上、五キロほど先にある島に、王城が建っているからだ。
さながら、海の上に城が浮かんでいるように見えるんだ。
あれだよ、前世で、フランスの有名な観光地の、サン、モン、モン…モンサンミッシェル、みたいな。まんま、あんな感じ。
あんまり美しい情景なので、王城をモチーフにして刺繍をしたら。貴族の方々に気に入られ、手掛ける先から売れる人気商品になっちゃったよ。
特に、城、海、夕日を盛り込んだ風景が好評だね。
細めの絹糸を用いて細かく縫い重ねていく手法で。密度で濃淡を、色合いで立体感を表現できる。布地に点描画を書くイメージだ。
また、絹糸には光沢があり、角度によっては水面がきらめくみたいに光る。
刺繍するのに時間がかかって、枚数が出ないことから、プレミアがついちゃってさ。なんか、バズッちゃった。
人生、なにが当たるか、わからないもんだね?
それで大叔母様が、絵画と同じくらいの値段で取引しているらしいんだけど。
まぁ、商売のことは基本、口には出さず、大叔母様たちに一任しているけど、あんまり吹っ掛けないでね?
また話がそれてしまった。
そんなふうに、王城は本土からしっかりとシルエットが見えるほどの距離だから、近く感じ、簡単に行き来できるような気がするのだが。実は本土から孤島までの海は、遠浅で。船で渡ることができない。
王城に行くには、店から馬車で二時間ほど先にある港から、外海を渡って、島の南側にある港に着艦するしか方法はないのだ。
泳いで渡ることは、体力があれば可能だが。
でも島に泳ぎ着けても、上陸箇所は港しかないからな。上陸するには、王の警護をする騎士団の許可が必要で。
だから、無断で一般人がこの孤島に入り込むことは、まず不可能だった。
許可なく上陸すると、不敬罪で逮捕されちゃうからね。
でも。そこに見えているのに、城へ渡るのは簡単ではない。そんな得難さが、憧憬を深めるのかもしれない。
だって、カザレニア国民は、みな、一度でいいから、あの城のある孤島に足を踏み入れてみたいと思っているのだから。
昔は城下町に、庶民も店を出すことが許されて、大叔母様もそこで商売をしていたようだけど。
今は騎士団の許可が下りず、それもできなくなっている。
だからこそ余計に、人々は強く憧れるのだろう。
しかし、一見、王を警護するには最適である、この島の構造が。それゆえに、王を幽閉状態に追い込んでいる。
バミネ率いる騎士団が、本来は王側のメリットである部分を、逆手に利用し。狡猾に、王を孤立させ、権限を奪い取っていっているのだ。いやな感じ。
潮風がビューッと吹き抜け、ぼくの髪をかき乱す。
まだ三月の風は冷たくて、ぼくはコートの襟を手でおさえた。
仕事中はいつも、黒シャツに黒ズボンという格好が多いが。今日は、なんていったって、お城へ行くのだからね? 一張羅のスーツを着ているよ?
黒だけど。
なんていうか、モブはあまり目立っちゃいけないと思って。着替えは全部控えめな色目にした。
元々黒が好きだし。このおうとつのないのっぺりした顔に合う色は、黒ぐらいしかないんだよ。
シオンはぼくに、空色の明るい青とか、ワインレッドなんかをすすめてくるけど。
無理無理、絶対に似合わないからね?
で、今はその黒スーツの上に、自分で手掛けたコートをまとっているわけだ。
今やぼくの代名詞のようになってしまった、たっぷりとしたドレープをあしらい、裾がひらひらと揺らめく仕様の、Aラインのコート。
襟を大きめに作ったのは、シオンがそこに入れるようにするためだよ? 子猫が座っていても落っこちないよう、すごく丈夫な生地を加工して、工夫してあるんだ。
本当はフードがいいんだけど。さすがに国王の前に出るには相応しくないというか。礼儀正しくないからな。
でもそのせいで、なんだか悪者のラスボスみたいな装いに…なってない?
いやいや、中身はモブだから。きっと誰も目に止めやしないよ。
ぼくはとにかく、黙々と衣装を仕立てるだけですからっ。
そして手には、ボックス型の鞄を持っている。
そこには、すでにあらかた刺繍を施してある生地や、さまざまな種類の針と糸、仕立てするための道具がぎっしり詰まっている。
仕立て中の衣装をかけておくトルソーなど、大きな道具は配送済み。
人頼みにしたくないものを、自身の手で運んでいるのだ。
「もうすぐ島につくが、覚悟はいいか? クロウ・エイデン」
ぱっつんぱっつんの騎士服姿であるバミネが、にやにやした薄笑いで近づいてくる。
大概の人が、袖を通せば格好良いと絶賛するカザレニア国の騎士服を、ひどい着こなしで台無しにして。服が泣くよ。もうあきらめて、大きめサイズに新調すればいいのに。
「陛下は気難しいお方だ。気を損ねたら、死は免れないが。おまえがどうなろうと惜しくはないな」
バミネはぼくに人差し指を向け、まるで占い師のように宣言した。
「俺にはおまえの未来が見えるぞ。無作法をして、陛下に斬って捨てられるのだ。おまえが本土の地を踏むことは、決してないだろう。可哀想になぁ…」
知っているよ、陛下が気難しい性格なのは。何回、成敗されたと思ってんだ?
でも、今のぼくは、陛下が怖くない。
だって、モブだもの。
陛下の目の端にも入らないキャラクターだものっ。お生憎様っ。
「ご心配くださり、ありがとうございます。陛下に礼節を尽くすよう、心掛けます」
慇懃無礼に、笑顔で言ってやると。バミネは面白くなさそうに鼻筋にしわを寄せ、どっか行った。
あぁ、むかつく。顔を合わせるだけで、こんなに不快な人物って、他にいるぅ? いや、いない。
「兄上ッ、あんなやつにお礼を言うなんて。口が腐ります」
シャーと言いながら、チョンが襟元から声を出した。
怒る気持ちは、わかります。
「まぁまぁ、チョン。落ち着いて。あんなやつでも、公爵家の者。ぼくらは平民。不用意に角を立てて、成敗されたくないだろう?」
「成敗?」
ぼくの声に反応したのは、チョンではない。
鈴がころころと響くような、耳に心地よい女性の声だった。
振り向くと、そこには。蛍光オレンジ色の髪を幅広の三つ編みにした、少女がいた。
目は、まぁるくて大きくて。まつ毛がバサバサで、笑顔がヒマワリのように華やか。
濃紺のワンピースは、ちょっと地味めだけど。その控えめさが、少女のまばゆさを逆に際立たせていた。
まるで。地味を装っても、内側からあふれ出る魅力を隠すことはできない…とでも言うかのように。
三つ編みや丸眼鏡で、顔の印象をぼかしているが。
ぼくは知っている。
眼鏡を外し、髪を下ろすと、圧倒的美少女に大化けする。この子はアイキンの主人公ちゃんだっ!
「うわぁ、本物、激ヤバ」
今のは、ぼくの言葉ではない。主人公ちゃんの口から出たものだ。
つか。え? 今、ぼくを見て激ヤバって言った?
ぼくって、そんなにヤバい顔してる?
「あっ、突然声をかけてしまって、ごめんなさい。私、アイリス・フローレンスと申します」
にっこり笑顔で、主人公ちゃん…アイリスはスカートの裾を手で少し持ち上げ、淑女の礼を取る。
何事もなかったかのようだ。
いや、先ほどの言葉は、聞き間違いということにしよう。ぼくの心の平穏のためにも。
とはいえ、激ヤバな顔を、少しでも印象良くするために。ぼくは精一杯、にこやかに笑った。
「はじめまして。僕はクロウ・エイデン。どうぞよろしくお願いします」
「はあぁぁぁ…よ、よろしくお願いします、クロウ様」
邪魔もののモブに出くわして、緊張しているのか、アイリスは声を震わせる。
そんな、怖がらないで。ぼくはなにもしないから。邪魔もしないからね?
「あの、フローレンス嬢は、お貴族様ですよね? 僕は、平民の仕立て屋です。どうかクロウとお呼びください」
主人公ちゃんは、キャラ設定だとフローレンス子爵令嬢だ。身分はぼくより格上である。
それに、主人公ちゃんに様をつけられるなんて。ただのモブなのに恐れ多いですぅ。
「とんでもないっ、呼び捨てなんてできません。それにクロウ様こそ。フローレンス嬢だなんて、硬い言い回しだわ? 私のことはアイリスと呼んでください。王城で働くのなら、同僚だもの。貴族とか、身分は関係なく、どうか仲良くしてくださいね? クロウ様」
主人公ちゃんを呼び捨てとか、こちらこそ無理です。
なんか、桃色の瞳がきらきらしているし。
「あぁ。本当に、お可愛らしいわぁ…」
うっとり、つぶやくような調子で言われ。
ぼくは首を傾げる。
可愛いという誉め言葉は、自分に当てはまらないような気がしたからだ。
でも、ハッとした。チョンが襟から顔を出している。
そうか、そうか。チョンが可愛いんだなぁ? そりゃ、チョンは可愛いよ。納得した。
「あぁ、猫のことですね? この子はチョンです。よろしければ、この子のこともよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いしますね、チョン様?」
アイリスは猫にまでも様をつけるようだ。きっと、出会う人みんなに様をつけるタイプなんだな?
彼女は、身分を問わず、分け隔てなく、みんなを、猫までも、平等な目で見るのだろう。
素晴らしく清らかな心根だな。
それに笑顔がとびっきりに明るくて、ビタミンカラーの髪色と相まって、元気印な印象。キラキラの圧が激しいです。
さすが主人公ちゃん、一味違うな。
きっと、誰も彼もが、これから彼女を愛するのだろう。もちろん、国王様も。
どうか、早く王様を愛の力で救ってほしい。
そして、王様とダンスをするあのラストシーンを、ぼくに見せてくださいっ。
どうかどうか、と。ぼくは、心の内で彼女を拝んだ。
とりあえず、アイリスとの初対面は割と好感触だったと思う。
良かった。まぁ、激ヤバな顔で驚かせてしまったかもしれないが。
大丈夫、ゲーム内のように、ぼくは絶対にアイリスの恋路を邪魔したりしないからね。
でもさ、こうして船の中で、可愛い笑顔で『仲良くしてくださいね』なんて言われちゃったら。恋しちゃうかもしれないよね?
アイリスのそばに、誰も近寄らせたくなくなっちゃうかもしれないよね?
ゲーム内のクロウくん。気持ちはわかるよ。
でも、アイリスは王様とくっついてもらわないとならないんだからね。今のカザレニア国の未来のためにも…。
三月一日になり、ぼくは猫のシオン…猫のときはチョンと言いますが。そのチョンを連れて、王城へと向かう船に乗っていた。
王都の中でも、一番店が連なっている、海岸から王宮へと続くメインストリート。その一角に、ぼくが勤めているドレス専門店があるのだが。
そのメインストリートの突き当りの海岸からは、王城が見える。
おおよそ、海上、五キロほど先にある島に、王城が建っているからだ。
さながら、海の上に城が浮かんでいるように見えるんだ。
あれだよ、前世で、フランスの有名な観光地の、サン、モン、モン…モンサンミッシェル、みたいな。まんま、あんな感じ。
あんまり美しい情景なので、王城をモチーフにして刺繍をしたら。貴族の方々に気に入られ、手掛ける先から売れる人気商品になっちゃったよ。
特に、城、海、夕日を盛り込んだ風景が好評だね。
細めの絹糸を用いて細かく縫い重ねていく手法で。密度で濃淡を、色合いで立体感を表現できる。布地に点描画を書くイメージだ。
また、絹糸には光沢があり、角度によっては水面がきらめくみたいに光る。
刺繍するのに時間がかかって、枚数が出ないことから、プレミアがついちゃってさ。なんか、バズッちゃった。
人生、なにが当たるか、わからないもんだね?
それで大叔母様が、絵画と同じくらいの値段で取引しているらしいんだけど。
まぁ、商売のことは基本、口には出さず、大叔母様たちに一任しているけど、あんまり吹っ掛けないでね?
また話がそれてしまった。
そんなふうに、王城は本土からしっかりとシルエットが見えるほどの距離だから、近く感じ、簡単に行き来できるような気がするのだが。実は本土から孤島までの海は、遠浅で。船で渡ることができない。
王城に行くには、店から馬車で二時間ほど先にある港から、外海を渡って、島の南側にある港に着艦するしか方法はないのだ。
泳いで渡ることは、体力があれば可能だが。
でも島に泳ぎ着けても、上陸箇所は港しかないからな。上陸するには、王の警護をする騎士団の許可が必要で。
だから、無断で一般人がこの孤島に入り込むことは、まず不可能だった。
許可なく上陸すると、不敬罪で逮捕されちゃうからね。
でも。そこに見えているのに、城へ渡るのは簡単ではない。そんな得難さが、憧憬を深めるのかもしれない。
だって、カザレニア国民は、みな、一度でいいから、あの城のある孤島に足を踏み入れてみたいと思っているのだから。
昔は城下町に、庶民も店を出すことが許されて、大叔母様もそこで商売をしていたようだけど。
今は騎士団の許可が下りず、それもできなくなっている。
だからこそ余計に、人々は強く憧れるのだろう。
しかし、一見、王を警護するには最適である、この島の構造が。それゆえに、王を幽閉状態に追い込んでいる。
バミネ率いる騎士団が、本来は王側のメリットである部分を、逆手に利用し。狡猾に、王を孤立させ、権限を奪い取っていっているのだ。いやな感じ。
潮風がビューッと吹き抜け、ぼくの髪をかき乱す。
まだ三月の風は冷たくて、ぼくはコートの襟を手でおさえた。
仕事中はいつも、黒シャツに黒ズボンという格好が多いが。今日は、なんていったって、お城へ行くのだからね? 一張羅のスーツを着ているよ?
黒だけど。
なんていうか、モブはあまり目立っちゃいけないと思って。着替えは全部控えめな色目にした。
元々黒が好きだし。このおうとつのないのっぺりした顔に合う色は、黒ぐらいしかないんだよ。
シオンはぼくに、空色の明るい青とか、ワインレッドなんかをすすめてくるけど。
無理無理、絶対に似合わないからね?
で、今はその黒スーツの上に、自分で手掛けたコートをまとっているわけだ。
今やぼくの代名詞のようになってしまった、たっぷりとしたドレープをあしらい、裾がひらひらと揺らめく仕様の、Aラインのコート。
襟を大きめに作ったのは、シオンがそこに入れるようにするためだよ? 子猫が座っていても落っこちないよう、すごく丈夫な生地を加工して、工夫してあるんだ。
本当はフードがいいんだけど。さすがに国王の前に出るには相応しくないというか。礼儀正しくないからな。
でもそのせいで、なんだか悪者のラスボスみたいな装いに…なってない?
いやいや、中身はモブだから。きっと誰も目に止めやしないよ。
ぼくはとにかく、黙々と衣装を仕立てるだけですからっ。
そして手には、ボックス型の鞄を持っている。
そこには、すでにあらかた刺繍を施してある生地や、さまざまな種類の針と糸、仕立てするための道具がぎっしり詰まっている。
仕立て中の衣装をかけておくトルソーなど、大きな道具は配送済み。
人頼みにしたくないものを、自身の手で運んでいるのだ。
「もうすぐ島につくが、覚悟はいいか? クロウ・エイデン」
ぱっつんぱっつんの騎士服姿であるバミネが、にやにやした薄笑いで近づいてくる。
大概の人が、袖を通せば格好良いと絶賛するカザレニア国の騎士服を、ひどい着こなしで台無しにして。服が泣くよ。もうあきらめて、大きめサイズに新調すればいいのに。
「陛下は気難しいお方だ。気を損ねたら、死は免れないが。おまえがどうなろうと惜しくはないな」
バミネはぼくに人差し指を向け、まるで占い師のように宣言した。
「俺にはおまえの未来が見えるぞ。無作法をして、陛下に斬って捨てられるのだ。おまえが本土の地を踏むことは、決してないだろう。可哀想になぁ…」
知っているよ、陛下が気難しい性格なのは。何回、成敗されたと思ってんだ?
でも、今のぼくは、陛下が怖くない。
だって、モブだもの。
陛下の目の端にも入らないキャラクターだものっ。お生憎様っ。
「ご心配くださり、ありがとうございます。陛下に礼節を尽くすよう、心掛けます」
慇懃無礼に、笑顔で言ってやると。バミネは面白くなさそうに鼻筋にしわを寄せ、どっか行った。
あぁ、むかつく。顔を合わせるだけで、こんなに不快な人物って、他にいるぅ? いや、いない。
「兄上ッ、あんなやつにお礼を言うなんて。口が腐ります」
シャーと言いながら、チョンが襟元から声を出した。
怒る気持ちは、わかります。
「まぁまぁ、チョン。落ち着いて。あんなやつでも、公爵家の者。ぼくらは平民。不用意に角を立てて、成敗されたくないだろう?」
「成敗?」
ぼくの声に反応したのは、チョンではない。
鈴がころころと響くような、耳に心地よい女性の声だった。
振り向くと、そこには。蛍光オレンジ色の髪を幅広の三つ編みにした、少女がいた。
目は、まぁるくて大きくて。まつ毛がバサバサで、笑顔がヒマワリのように華やか。
濃紺のワンピースは、ちょっと地味めだけど。その控えめさが、少女のまばゆさを逆に際立たせていた。
まるで。地味を装っても、内側からあふれ出る魅力を隠すことはできない…とでも言うかのように。
三つ編みや丸眼鏡で、顔の印象をぼかしているが。
ぼくは知っている。
眼鏡を外し、髪を下ろすと、圧倒的美少女に大化けする。この子はアイキンの主人公ちゃんだっ!
「うわぁ、本物、激ヤバ」
今のは、ぼくの言葉ではない。主人公ちゃんの口から出たものだ。
つか。え? 今、ぼくを見て激ヤバって言った?
ぼくって、そんなにヤバい顔してる?
「あっ、突然声をかけてしまって、ごめんなさい。私、アイリス・フローレンスと申します」
にっこり笑顔で、主人公ちゃん…アイリスはスカートの裾を手で少し持ち上げ、淑女の礼を取る。
何事もなかったかのようだ。
いや、先ほどの言葉は、聞き間違いということにしよう。ぼくの心の平穏のためにも。
とはいえ、激ヤバな顔を、少しでも印象良くするために。ぼくは精一杯、にこやかに笑った。
「はじめまして。僕はクロウ・エイデン。どうぞよろしくお願いします」
「はあぁぁぁ…よ、よろしくお願いします、クロウ様」
邪魔もののモブに出くわして、緊張しているのか、アイリスは声を震わせる。
そんな、怖がらないで。ぼくはなにもしないから。邪魔もしないからね?
「あの、フローレンス嬢は、お貴族様ですよね? 僕は、平民の仕立て屋です。どうかクロウとお呼びください」
主人公ちゃんは、キャラ設定だとフローレンス子爵令嬢だ。身分はぼくより格上である。
それに、主人公ちゃんに様をつけられるなんて。ただのモブなのに恐れ多いですぅ。
「とんでもないっ、呼び捨てなんてできません。それにクロウ様こそ。フローレンス嬢だなんて、硬い言い回しだわ? 私のことはアイリスと呼んでください。王城で働くのなら、同僚だもの。貴族とか、身分は関係なく、どうか仲良くしてくださいね? クロウ様」
主人公ちゃんを呼び捨てとか、こちらこそ無理です。
なんか、桃色の瞳がきらきらしているし。
「あぁ。本当に、お可愛らしいわぁ…」
うっとり、つぶやくような調子で言われ。
ぼくは首を傾げる。
可愛いという誉め言葉は、自分に当てはまらないような気がしたからだ。
でも、ハッとした。チョンが襟から顔を出している。
そうか、そうか。チョンが可愛いんだなぁ? そりゃ、チョンは可愛いよ。納得した。
「あぁ、猫のことですね? この子はチョンです。よろしければ、この子のこともよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いしますね、チョン様?」
アイリスは猫にまでも様をつけるようだ。きっと、出会う人みんなに様をつけるタイプなんだな?
彼女は、身分を問わず、分け隔てなく、みんなを、猫までも、平等な目で見るのだろう。
素晴らしく清らかな心根だな。
それに笑顔がとびっきりに明るくて、ビタミンカラーの髪色と相まって、元気印な印象。キラキラの圧が激しいです。
さすが主人公ちゃん、一味違うな。
きっと、誰も彼もが、これから彼女を愛するのだろう。もちろん、国王様も。
どうか、早く王様を愛の力で救ってほしい。
そして、王様とダンスをするあのラストシーンを、ぼくに見せてくださいっ。
どうかどうか、と。ぼくは、心の内で彼女を拝んだ。
とりあえず、アイリスとの初対面は割と好感触だったと思う。
良かった。まぁ、激ヤバな顔で驚かせてしまったかもしれないが。
大丈夫、ゲーム内のように、ぼくは絶対にアイリスの恋路を邪魔したりしないからね。
でもさ、こうして船の中で、可愛い笑顔で『仲良くしてくださいね』なんて言われちゃったら。恋しちゃうかもしれないよね?
アイリスのそばに、誰も近寄らせたくなくなっちゃうかもしれないよね?
ゲーム内のクロウくん。気持ちはわかるよ。
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