29 / 176
番外 モブを尊ぶ、ラヴェル・ウォリックの忠誠 ①
しおりを挟む
◆モブを尊ぶ、ラヴェル・ウォリックの忠誠
仕事用に、クロウ様にあてられたサロン。その続きの間から出るとき。
私こと、ラヴェルに、クロウ様が声をかけてきた。
「ラヴェル。十年前に、父上にお会いしたか?」
「いいえ。私の父、ロイドも。アナベラとバミネが公爵家に乗り込んできた時点から、旦那様とはお会いできなくなったと」
「そうか。生死だけでも、知れたらと思ったが…」
公爵家の内情がわからず、残念そうに、クロウ様はうつむいた。
艶やかなストレートの黒髪が、さらりと揺れて、目の前にかかる。
父を心配するそのお姿は、まるで湖の精霊のごとく、お美しかった。
「生きて、おられます。私は、魔法のことは詳しくはありませんが。旦那様がクロウ様の魔力を封じた。その効力がある限りは。旦那様は御存命だと思うのです」
「なるほど。僕も、魔力を自分で感じたことがないから、よくわからないんだけど。そう言われたら、そうかもね」
力づける私の言葉に、クロウ様は微笑んで返し。
だがすぐに思い悩む。
「しかし。だとすると。やはり大胆な動きはできないな。父上が本気で、アナベラに力を貸しているのか。アナベラに脅され、おとなしく奥にこもっているのか。どちらかなのだろうが。どちらにせよ、父上の真意がわからないうちは、バジリスク公爵は人質同様。金も権力も魔力もない僕が、手を出せる相手じゃない」
黒色のシンプルな美を身にまとわれたクロウ様は、聡明さと怜悧さを瞳の色ににじませ、つぶやく。
この御方はもしかしたら、陛下や公爵の窮状を救いに来た、神の使いなのかもしれない。と、私はそのときそう思った。
「公爵家の方々に危害があってはならぬと、私たちはアナベラの言うまま、城から出なかった。しかし、クロウ様が公爵家に入っていないというのは、私からしてみれば契約違反です。私が城から出て、今度こそ公爵家の内情を探ってきましょう」
私は十年前、公爵家の情報を持ってクロウ様の元へ戻れなかったことを、悔いていた。
その、汚名をそそぎたい。
しかしクロウ様は、首を横に振って、私を止める。
「それは、しないでくれ。公爵は人質だと言っただろう? ラヴェルも。十年前は城勤めをすることで、公爵家から追い出されるだけで済んだのだろうが。今度は命が危ないよ。自分たちに歯向かう者は容赦しない類の者たちだ。いつか、やつらと対峙するにせよ。今は城で、為すべきことを成すしかない」
クロウ様に言われ、私はハッとした。
もしも私が公爵家を探り、敵に捕まったとしたら。
旦那様の、ひいてはクロウ様の立場も悪くなるかもしれないのだ。
一刻も早く、クロウ様を本来の地位へ。と気が逸り。大局が見えていなかった。
「考え及ばず、申し訳ありません」
「慎重にね。それに、ラヴェルはもう、公爵家の執事ではないんだから。僕たちのことは気にしないでいいんだよ。だからもし、病気になったら。ちゃんと本土へ渡って治療して? ロイドは…申し訳ないことをしてしまった。僕たちのせいで城から出られなかったなんて。可哀想に…」
病で死んだ私の父のことを、自分のことのように心を痛めるクロウ様。
あぁ、なんて慈悲深く。純粋な心根をお持ちなのだろう。
そんなクロウ様を、憂いさせてはならないと。私は誤りを正した。
「クロウ様のせいではありません。アナベラとバミネのせいです」
「それもそうだね。あいつらさえいなければ…だ。けど。僕はもう。公爵の地位には固執していないんだよ。十年、平民として暮らしてきた。それも、大叔母様の庇護下で。とても恵まれた生活だったと思う。たとえ公爵家に戻れないとしても。手に職をつけたから、僕たちはもう生活していける…。母上とシオンがそばにいれば、僕は幸せなんだ」
クロウ様はそう言うが。
私に旦那様のことを聞いてきたのだから。公爵様のことも気に掛けているのだろう。
守るべき者がいる、今は動けなくても。いつかは…。
そういう気持ちを。私はクロウ様の憂いた表情の中に見た。
「ごめん、引き留めてしまって。早く、執事の業務に戻らなきゃ、だね?」
柔らかい微笑みを浮かべ、クロウ様は、とにかく私の心配をしてくださる。
そんなクロウ様に、私は。これだけは伝えなくてはならないと思った。
「クロウ様。とても大きく御成りで。ラヴェルはとても嬉しく思います。大局を見る洞察力も、公爵子息としての気品も、高潔な美しさも、すべてが、私の思い描いた次期公爵のお姿以上のもので。とても感動いたしました。私は、今、陛下の執事でありますが。貴方様の執事を返上などいたしません。どうか、おそばに置いてください」
私は、クロウ様の手を取り、恭しく、その甲にくちづけた。
十年前の誓いと同じように。
「う…ぇ? あ、あぁ。うん。僕が公爵令息に戻れたらね? 考えておく…」
クロウ様は私の宣誓に、目を瞬きしたり、頬を赤くしたりしつつも、微笑む。純朴なのですね。
でも、きっと。
私の言葉に応えてくださらないのは。私が現在、王城に勤務しているからだろう。
クロウ様は、陛下をとても敬愛しているご様子だ。
陛下の執事を、奪ってはならない。それは恐れ多いとお考えなのだろう。
陛下への忠誠心が、とても厚い証拠です。
ですが、クロウ様。
私の、貴方への忠誠心を。あなどらないでもらいたい。
私が立てた誓いは、十年ごときで消失するものではないのです。
貴方が陛下を敬愛するように。私も貴方を十年前から敬愛しているのですから。
私は、代々公爵家の執事を務めてきたウォリック家に生まれた。
父のロイドは、私が物心ついたときには公爵家の筆頭執事として働いており。その背中を見て育ったから。
私もいつか、公爵家の筆頭執事になるのだ、という夢を描いていた。
そして、私が八歳のとき。公爵家に待望の男児が生まれる。
それがクロウ様だった。
クロウ様は。髪や瞳の深みのある黒色は、旦那様から。優しげな顔立ちは、夫人から受け継ぎ。赤ん坊のときから利発そうな、お顔立ちであった。
実際、クロウ様は。外で転げ回って遊ぶより、部屋でおとなしく絵本を読むのが好きだった。
他家の貴族のお子様は、家の権威を笠に着て傍若無人に振舞ったり。
お茶会で茶器を破壊しても謝らなかったり。
上等なお衣装のまま外で遊び回って汚したり。
使用人に悪戯をして喜んだり。…まぁ、手に負えないという話を、聞き及んでいたのだが。
クロウ様は、そういう点で、手をわずらわせることがなかった。
子供のときから大人びた印象というのか。
駄々をこねたり、泣きわめいたり、怒って暴れたり。そういう、普通の子供が見せる一面を、自分の知る限りでは一切見たことがない。
いわゆる神童だったのだ。
私はクロウ様のお世話係、兼、遊び相手、兼、勉強仲間として。おそばに仕え。彼の成長を見守った。
彼は、ひとつを教えれば、自分でさらに調べて十を会得するような、優れた方で。クロウ様が六歳に、私が十四歳になる頃には。私がお教えできることがなくなった。
なので、王国一の才を誇る、王立セントカミュ学園で教師をされていたという方に、家庭教師に来てもらうようになったのだ。
しかし、その彼も。学園で習う課題はすべて修了しているようだと言って。別邸を後にしていった。
素晴らしいです、クロウ様。
その教師は、飛び級で学園に入学されては? と打診してきたが。
当時クロウ様は、公爵家第二夫人のお子様で。第一夫人に配慮して、後継としてのお披露目を先送りにしていた。そのような中、目立つような行いはできないということで。学園の入学の話もなくなったのだ。
しかし、もしもそれが叶っていたら。天才少年、異例の最年少入学と言われて、注目の的であったと。容易に想像ができます。
だが、残念なことばかりではなく。ちょうどその折に、公爵家第二子であるシオン様がお生まれになりました。
クロウ様は、弟の誕生に、とても喜んで。勉強よりも弟をかまって遊ぶようになった。
…少し子供らしくて。それはそれで嬉しいことです。
学園で学ぶべきことをすでに修了しているのだから。弟と仲睦まじくされる時間をたくさんとっても良いのではないですか?
日が射し込むサンルーフ、色とりどりの花が咲く部屋で、第二夫人に抱かれたシオン様。そこに寄り添うクロウ様。
その光景は。まぎれもなく幸せの形であった。
しかしその、幸福家族の肖像は、長く続かなかったのです。
クロウ様が十歳。私は十八歳のとき。
公爵家の第一夫人が亡くなり。クロウ様の母である第二夫人が公爵家本邸に入ることになった。
もちろん、クロウ様とシオン様も、公爵家に迎えられる。
そしてようやく、クロウ様は公爵家の跡取りとして正式にお披露目されることが決まったのだ。
当時、クロウ様の世話係から、執事見習いに昇格していた私は。喜びに胸を躍らせていた。
それはもう。クロウ様の両手を掴んで、グルグル回ってしまうほどの、浮かれようだ。
四歳のシオン様が、ぼくもやるぅ、と。駄々をこね。
私はシオン様をグルグル回しました。
そうです、クロウ様。子供というのは、こういう駄々をこねるものです。
ついぞ、クロウ様は。このような子供らしい場面を見せてくださらなかった。
ですが。シオン様が回るところを、はんなりした笑みでみつめるクロウ様は。本当にお可愛らしく。可憐な百合の花のような方で。そのおとなしやかで清廉で、賢く、繊細なところが、クロウ様の真価なのです。
自然、頭が下がるほどに、次期公爵に相応しい、優秀なお方だ。
私は筆頭執事となって、クロウ様に仕えたいと、切に願った。
しかし、公爵家からの迎えは、いつまで経っても来ず。
あまつさえ、すぐにも別邸から出て行けと、本邸から来た見知らぬ使用人に言われ。
私たちは驚愕し。息をのんだ。
「これはなにかの間違いです。私が公爵家に行って、これからの予定をたずねてまいります。きっと、なにか、伝え間違いでもあったのでしょう?」
このときの私は、楽観的だった。
筆頭執事である父に話せば、すぐにでも解決できる、ちょっとした行き違いだとばかり思っていて。
背後にうごめく陰の気配すら、認知していなかった。
それを、私はひどく後悔することになる。
「早く帰ってきて。ラヴェルがいないと、心細いから」
クロウ様は、足にしがみつくシオン様をなだめつつ。私にはすがる目を向けた。
幼い弟に不安を気取られないよう、気丈に振舞っているが。私には弱味をさらしてくれる。
不安に揺れる黒い瞳を見て。私は、クロウ様に頼られているのだと知り、心が高揚した。
この小さき主の期待に応えなければ。優秀な執事になどなれるものか。
クロウ様の隣に立つに相応しい、主の要求になんでも応えられる、有能な執事に私はなりたいのだ。
私はクロウ様の前にひざまずき。彼の手の甲にくちづけを落とした。
「私は、未来永劫、貴方様の執事です。永遠の忠誠を貴方に誓います。だから、大船に乗った気でいてください」
「わかった。ラヴェルが帰ってくるの、待っているからね」
私はクロウ様に約束をして、公爵家に向かったのだ。
だが。その約束は果たせなかった…。
仕事用に、クロウ様にあてられたサロン。その続きの間から出るとき。
私こと、ラヴェルに、クロウ様が声をかけてきた。
「ラヴェル。十年前に、父上にお会いしたか?」
「いいえ。私の父、ロイドも。アナベラとバミネが公爵家に乗り込んできた時点から、旦那様とはお会いできなくなったと」
「そうか。生死だけでも、知れたらと思ったが…」
公爵家の内情がわからず、残念そうに、クロウ様はうつむいた。
艶やかなストレートの黒髪が、さらりと揺れて、目の前にかかる。
父を心配するそのお姿は、まるで湖の精霊のごとく、お美しかった。
「生きて、おられます。私は、魔法のことは詳しくはありませんが。旦那様がクロウ様の魔力を封じた。その効力がある限りは。旦那様は御存命だと思うのです」
「なるほど。僕も、魔力を自分で感じたことがないから、よくわからないんだけど。そう言われたら、そうかもね」
力づける私の言葉に、クロウ様は微笑んで返し。
だがすぐに思い悩む。
「しかし。だとすると。やはり大胆な動きはできないな。父上が本気で、アナベラに力を貸しているのか。アナベラに脅され、おとなしく奥にこもっているのか。どちらかなのだろうが。どちらにせよ、父上の真意がわからないうちは、バジリスク公爵は人質同様。金も権力も魔力もない僕が、手を出せる相手じゃない」
黒色のシンプルな美を身にまとわれたクロウ様は、聡明さと怜悧さを瞳の色ににじませ、つぶやく。
この御方はもしかしたら、陛下や公爵の窮状を救いに来た、神の使いなのかもしれない。と、私はそのときそう思った。
「公爵家の方々に危害があってはならぬと、私たちはアナベラの言うまま、城から出なかった。しかし、クロウ様が公爵家に入っていないというのは、私からしてみれば契約違反です。私が城から出て、今度こそ公爵家の内情を探ってきましょう」
私は十年前、公爵家の情報を持ってクロウ様の元へ戻れなかったことを、悔いていた。
その、汚名をそそぎたい。
しかしクロウ様は、首を横に振って、私を止める。
「それは、しないでくれ。公爵は人質だと言っただろう? ラヴェルも。十年前は城勤めをすることで、公爵家から追い出されるだけで済んだのだろうが。今度は命が危ないよ。自分たちに歯向かう者は容赦しない類の者たちだ。いつか、やつらと対峙するにせよ。今は城で、為すべきことを成すしかない」
クロウ様に言われ、私はハッとした。
もしも私が公爵家を探り、敵に捕まったとしたら。
旦那様の、ひいてはクロウ様の立場も悪くなるかもしれないのだ。
一刻も早く、クロウ様を本来の地位へ。と気が逸り。大局が見えていなかった。
「考え及ばず、申し訳ありません」
「慎重にね。それに、ラヴェルはもう、公爵家の執事ではないんだから。僕たちのことは気にしないでいいんだよ。だからもし、病気になったら。ちゃんと本土へ渡って治療して? ロイドは…申し訳ないことをしてしまった。僕たちのせいで城から出られなかったなんて。可哀想に…」
病で死んだ私の父のことを、自分のことのように心を痛めるクロウ様。
あぁ、なんて慈悲深く。純粋な心根をお持ちなのだろう。
そんなクロウ様を、憂いさせてはならないと。私は誤りを正した。
「クロウ様のせいではありません。アナベラとバミネのせいです」
「それもそうだね。あいつらさえいなければ…だ。けど。僕はもう。公爵の地位には固執していないんだよ。十年、平民として暮らしてきた。それも、大叔母様の庇護下で。とても恵まれた生活だったと思う。たとえ公爵家に戻れないとしても。手に職をつけたから、僕たちはもう生活していける…。母上とシオンがそばにいれば、僕は幸せなんだ」
クロウ様はそう言うが。
私に旦那様のことを聞いてきたのだから。公爵様のことも気に掛けているのだろう。
守るべき者がいる、今は動けなくても。いつかは…。
そういう気持ちを。私はクロウ様の憂いた表情の中に見た。
「ごめん、引き留めてしまって。早く、執事の業務に戻らなきゃ、だね?」
柔らかい微笑みを浮かべ、クロウ様は、とにかく私の心配をしてくださる。
そんなクロウ様に、私は。これだけは伝えなくてはならないと思った。
「クロウ様。とても大きく御成りで。ラヴェルはとても嬉しく思います。大局を見る洞察力も、公爵子息としての気品も、高潔な美しさも、すべてが、私の思い描いた次期公爵のお姿以上のもので。とても感動いたしました。私は、今、陛下の執事でありますが。貴方様の執事を返上などいたしません。どうか、おそばに置いてください」
私は、クロウ様の手を取り、恭しく、その甲にくちづけた。
十年前の誓いと同じように。
「う…ぇ? あ、あぁ。うん。僕が公爵令息に戻れたらね? 考えておく…」
クロウ様は私の宣誓に、目を瞬きしたり、頬を赤くしたりしつつも、微笑む。純朴なのですね。
でも、きっと。
私の言葉に応えてくださらないのは。私が現在、王城に勤務しているからだろう。
クロウ様は、陛下をとても敬愛しているご様子だ。
陛下の執事を、奪ってはならない。それは恐れ多いとお考えなのだろう。
陛下への忠誠心が、とても厚い証拠です。
ですが、クロウ様。
私の、貴方への忠誠心を。あなどらないでもらいたい。
私が立てた誓いは、十年ごときで消失するものではないのです。
貴方が陛下を敬愛するように。私も貴方を十年前から敬愛しているのですから。
私は、代々公爵家の執事を務めてきたウォリック家に生まれた。
父のロイドは、私が物心ついたときには公爵家の筆頭執事として働いており。その背中を見て育ったから。
私もいつか、公爵家の筆頭執事になるのだ、という夢を描いていた。
そして、私が八歳のとき。公爵家に待望の男児が生まれる。
それがクロウ様だった。
クロウ様は。髪や瞳の深みのある黒色は、旦那様から。優しげな顔立ちは、夫人から受け継ぎ。赤ん坊のときから利発そうな、お顔立ちであった。
実際、クロウ様は。外で転げ回って遊ぶより、部屋でおとなしく絵本を読むのが好きだった。
他家の貴族のお子様は、家の権威を笠に着て傍若無人に振舞ったり。
お茶会で茶器を破壊しても謝らなかったり。
上等なお衣装のまま外で遊び回って汚したり。
使用人に悪戯をして喜んだり。…まぁ、手に負えないという話を、聞き及んでいたのだが。
クロウ様は、そういう点で、手をわずらわせることがなかった。
子供のときから大人びた印象というのか。
駄々をこねたり、泣きわめいたり、怒って暴れたり。そういう、普通の子供が見せる一面を、自分の知る限りでは一切見たことがない。
いわゆる神童だったのだ。
私はクロウ様のお世話係、兼、遊び相手、兼、勉強仲間として。おそばに仕え。彼の成長を見守った。
彼は、ひとつを教えれば、自分でさらに調べて十を会得するような、優れた方で。クロウ様が六歳に、私が十四歳になる頃には。私がお教えできることがなくなった。
なので、王国一の才を誇る、王立セントカミュ学園で教師をされていたという方に、家庭教師に来てもらうようになったのだ。
しかし、その彼も。学園で習う課題はすべて修了しているようだと言って。別邸を後にしていった。
素晴らしいです、クロウ様。
その教師は、飛び級で学園に入学されては? と打診してきたが。
当時クロウ様は、公爵家第二夫人のお子様で。第一夫人に配慮して、後継としてのお披露目を先送りにしていた。そのような中、目立つような行いはできないということで。学園の入学の話もなくなったのだ。
しかし、もしもそれが叶っていたら。天才少年、異例の最年少入学と言われて、注目の的であったと。容易に想像ができます。
だが、残念なことばかりではなく。ちょうどその折に、公爵家第二子であるシオン様がお生まれになりました。
クロウ様は、弟の誕生に、とても喜んで。勉強よりも弟をかまって遊ぶようになった。
…少し子供らしくて。それはそれで嬉しいことです。
学園で学ぶべきことをすでに修了しているのだから。弟と仲睦まじくされる時間をたくさんとっても良いのではないですか?
日が射し込むサンルーフ、色とりどりの花が咲く部屋で、第二夫人に抱かれたシオン様。そこに寄り添うクロウ様。
その光景は。まぎれもなく幸せの形であった。
しかしその、幸福家族の肖像は、長く続かなかったのです。
クロウ様が十歳。私は十八歳のとき。
公爵家の第一夫人が亡くなり。クロウ様の母である第二夫人が公爵家本邸に入ることになった。
もちろん、クロウ様とシオン様も、公爵家に迎えられる。
そしてようやく、クロウ様は公爵家の跡取りとして正式にお披露目されることが決まったのだ。
当時、クロウ様の世話係から、執事見習いに昇格していた私は。喜びに胸を躍らせていた。
それはもう。クロウ様の両手を掴んで、グルグル回ってしまうほどの、浮かれようだ。
四歳のシオン様が、ぼくもやるぅ、と。駄々をこね。
私はシオン様をグルグル回しました。
そうです、クロウ様。子供というのは、こういう駄々をこねるものです。
ついぞ、クロウ様は。このような子供らしい場面を見せてくださらなかった。
ですが。シオン様が回るところを、はんなりした笑みでみつめるクロウ様は。本当にお可愛らしく。可憐な百合の花のような方で。そのおとなしやかで清廉で、賢く、繊細なところが、クロウ様の真価なのです。
自然、頭が下がるほどに、次期公爵に相応しい、優秀なお方だ。
私は筆頭執事となって、クロウ様に仕えたいと、切に願った。
しかし、公爵家からの迎えは、いつまで経っても来ず。
あまつさえ、すぐにも別邸から出て行けと、本邸から来た見知らぬ使用人に言われ。
私たちは驚愕し。息をのんだ。
「これはなにかの間違いです。私が公爵家に行って、これからの予定をたずねてまいります。きっと、なにか、伝え間違いでもあったのでしょう?」
このときの私は、楽観的だった。
筆頭執事である父に話せば、すぐにでも解決できる、ちょっとした行き違いだとばかり思っていて。
背後にうごめく陰の気配すら、認知していなかった。
それを、私はひどく後悔することになる。
「早く帰ってきて。ラヴェルがいないと、心細いから」
クロウ様は、足にしがみつくシオン様をなだめつつ。私にはすがる目を向けた。
幼い弟に不安を気取られないよう、気丈に振舞っているが。私には弱味をさらしてくれる。
不安に揺れる黒い瞳を見て。私は、クロウ様に頼られているのだと知り、心が高揚した。
この小さき主の期待に応えなければ。優秀な執事になどなれるものか。
クロウ様の隣に立つに相応しい、主の要求になんでも応えられる、有能な執事に私はなりたいのだ。
私はクロウ様の前にひざまずき。彼の手の甲にくちづけを落とした。
「私は、未来永劫、貴方様の執事です。永遠の忠誠を貴方に誓います。だから、大船に乗った気でいてください」
「わかった。ラヴェルが帰ってくるの、待っているからね」
私はクロウ様に約束をして、公爵家に向かったのだ。
だが。その約束は果たせなかった…。
253
あなたにおすすめの小説
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる