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番外 モブの弟、シオン・エイデンの悩み ⑦
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ぼくは、しっかりと兄上が温まったのを確認してから、湯船を上がり。脱衣場で、水滴を布で拭き上げてから。用意されていた寝間着を、兄上に着せた。
上からすっぽりかぶせるタイプの寝間着。兄上は、このタイプの着替えは持っていなかったから、たぶんラヴェルが。意識のない兄上の世話をしやすいように、客用の寝間着を貸してくれたのだろう。
兄上至上主義の、いけ好かない執事だが。仕事は出来る奴だ。
ぼくは、いつもの黒シャツ黒ズボンに着替える。
兄上を横抱きにして、浴場を出ると。陛下が彼の寝台に寝かせるように、うながしてきた。
どうやら、陛下は。兄上と離れたくないご様子。
まぁ。サロンの寝台は、ひとり用の簡易なものだし。王の寝台は、ふかふか布団に天蓋付きの、大の大人が三人寝ても余裕があるくらいの、立派なベッドなので。良いでしょう。
寝室に入り、兄上をベッドに横たえて。布団を胸までかけて、パフパフすると。兄上はモゾりと動いて、布団の外に手を出した。
陛下は、その兄上の手にはまる指輪に、目を止める。
「この指輪は?」
ぼくは、まず右手の指輪をさして、説明する。
「これが、バジリスクの指輪です。兄上が幼い頃、魔力が強すぎたことで。怪我などを恐れた両親が、魔力を封印したのですが。それを解放する鍵となるのが、その指輪でした。バミネに長らく奪われておりましたペンダントに、くっついていたのです」
「ペンダントを奪い返して、クロウに魔力が戻ったのだな? ペンダントを取り戻せば、弟を救う手立てになると、クロウは言っていたが。貴殿が?」
「はい。ぼくは、昼は猫になり、夜は人型に戻る、月影の呪いを誘発する液体を、バミネにかけられ。四歳の頃からそのような生活を送ってまいりました。液体を作った魔女は、バミネによって殺されたので。呪いを解く方法は、魔力で跳ね返すしかないと言われており。兄上の魔力が戻ったら、ぼくのことも直せるだろうと。ペンダントを取り戻すべく、兄上はバミネの依頼を受けて、この島に来たのです」
「おまえが、あの黒猫だったなんて…ちょっと想像つかねぇなぁ?」
ぼくと陛下の話に、セドリックが割って入るが。
そのとき、寝室の入り口で、声がした。
「私、クロウが戻ってきたと聞いて、来たのだけど。貴方が、チョンちゃん?」
シャーロットが、驚愕の眼差しでこちらを見ていた。
「キャーッ…」
そして、悲鳴を上げて、逃げていく。
ぼくは、呆気にとられた。
猫のときは、ぼくになんでも話してくれて、心を開いた友人のような気に、なったこともあったのだけど。
「…シオン、妹が、すまない。シャーロットはまだ子供で、人の心を思いやれない未熟なところがあるようだ」
陛下が、フォローしてくれるが。
「いいえ、仕方がありません。ぼくは、化け物のようなものです。ありのままのぼくを受け入れてくれるのは。いつだって、兄上と家族だけでしたから」
愛おしい気持ちで、ぼくは眠る兄上の頬にキスをする。
ぼくが猫になっても、兄上が態度を変えることはなかった。
いつだって、ぼくを可愛がってくれた。
大きな愛を示してくれた。かけがえのない兄上。
「島へ渡る前、王城の方が兄上の身辺を調べたみたいだけど。でも、なにも出なかったでしょう? 当然です。兄上は。第一には、バミネから身を隠し、これ以上の危害を加えられないよう配慮するため。そして、第二に、ぼくの、猫になる呪いを、誰にも知られぬために。店の最上階にこもって、日がな針仕事をしていたのです。まだ若いのに、外出も、娯楽も、人付き合いも、極力避けて。ひたすらチクチクと。ぼくの…ために」
本来なら、普通の若者のように、店の者と友達になったり、ランチで外に出掛けたり、女性とデートなんかも、してみたかっただろう。
でも、兄上は家族のために、いろんなものを我慢して。
でも、そんなの大したことないと言って、笑うのだ。
そんな献身の心にあふれた兄を、愛さずにはいられないだろう?
賢くて、美しくて、優しい兄上を、ぼくもみんなに自慢したかった。
でも。隠れているしかなかったのだ。
「だから、兄上の姿を見る者は、数少なく。情報も、ほぼなかったはずだ」
そして、ぼくは左の薬指にはまる指輪をさした。
「こちらのシロツメ草の指輪は。兄上は、陛下の頂き物を大層喜んで、すぐにも枯れるとわかっていても、その日のうちに巾着を作って、大事に取っておいたのです。ネックレスにして、肌身離さず持ち歩いていた。たぶん、兄上は。ほんの少し魔力の発露があったのでしょう。シロツメ草を無意識に枯らさぬようにして。今回の魔力解放で、氷のようなダイヤのような、硬い物質でコーティングした」
ぼくは、鋭い眼差しを陛下に向けて、憤りをあらわにした。
はっきり言ってやらないと、このクソ陛下に、兄上の純粋で、優しすぎる、愛情は伝わらないのだっ。
「道端の草を、結晶化するくらい。兄上は、陛下を愛しているんだっ。陛下のために、命を懸けて、海を泳いだんだっ。これほどの愛情を示しても、まだ、その重い腰を上げないというのなら。唯々諾々と、死の運命をのみ込むというのなら。ぼくは、兄上と陛下の結婚を認めない。兄上を、世界で一番、幸せな王妃にしてくださらないのなら。ヘタレのクソ陛下なんかに、ぼくの大切な兄上を渡せるものかっ」
すると、ぼくの言葉に、陛下のそばにいたセドリックが怒った。
「はぁ? ヘタレのクソ陛下だと? 不敬が過ぎるぞっ」
「シオン。クソ陛下って言っちゃダメって、いつも言ってるでしょっ?」
セドリックの言葉に同調して。突然、兄上も、そう叫んだから。
ぼくは反射的に、頭を下げる。
ぼくは、兄上に怒られるのが、一番こたえるのだっ。
「すみません、兄上。しかし、ぼくは…」
そして、ぼくもセドリックも陛下も、一斉に兄上の顔を見やるが…。
でも、兄上は、まだ目をつぶっていて。
口の中で、むにゃむにゃ言っている。
「おとなしくしていないと、島に連れて行ってやらないからなっ」
寝言だ。
ぼくは。猫耳があったら、イカ耳にしていただろう。
ついさっきまで憤っていた、ぼくが。兄上に怒られて、ペションとなっているところを見て。
セドリックが、笑いを吹き出した。
「ふはっ、クロウのやつ、夢の中で弟を怒っている。マジで、兄弟なんだな?」
ぼくは、さっきセドリックに…いや、誰にでも。ぼくと兄上は、確かに兄弟なのだと認めてもらいたかった。
顔つきが、似ていなくても。
ぼくは。兄上に育ててもらった。兄上の弟なのだ。
大好きな兄上と、似ていないとか。本当に兄弟か、なんて疑われるのが。ぼくは心底嫌なのだが。
そんな憂いを、兄上はたった一言で吹き飛ばしてしまう。
あぁ、やはり。ぼくの兄上はすごい。
ぼくの兄上なのだっ。
兄弟だと認められ、内心で誇らしい気分になっているぼくに。陛下が告げた。
「シオン、確かに我は腑抜けだ。自分では、この状況を打破できなかった。クロウの献身には、もちろん報いよう。ここで立たねば、王以前に、男ではない。万一、クロウがこの先、憂うことがあるようなら。我を殴りに来い!」
威厳と風格を漂わせた、この国の王が。ぼくに向かって、決然と言い放った。
さすがに、喉になにかが詰まるような、畏怖がある。兄上的に言うと、圧がすごい。
それに、セドリックが苦言を呈する。
「陛下? シオンに陛下を殴らせるなんて…」
「良い。我を殴る権利を、シオンに与える。無論、我がクロウを不幸にするなど、万にひとつもないことだがな?」
ぼくと、陛下は。
いけ好かないと思いながらも、向かう先は同じだ。
兄上の幸せを、一番に望む、同志。
兄上が、陛下と一緒でなければ、幸せではないと言うのなら。ぼくは、それをのみ込むしかないのだ。
「ところで、シオン。ずっと気になっていたのだが。夜は人型になると言っていたが、サロンのあの小さいベッドに、クロウと寝ていたのか?」
は? そこに引っかかるんですか? 陛下よ。
先ほどは王の風格とやらを感じたのに。なんか…小さいな。
ぼくは、兄上が言うところの、エロっぽい挑発的な笑みを浮かべて。うなずいた。
「えぇ。小さいベッドだったから。毎晩。ギューッ、と抱き合って、寝ていましたけど?」
「…だ、だき?」
陛下はこめかみをヒクヒクさせながら、絶句した。
いいね。溜飲が下がりますっ。
「待て、食事はどうしていたんだ? 一食分しか出していなかったぞ」
居間で軽食を用意していたアルフレドが、ぼくに質問してきた。
「兄上は少食なので、一食をふたりで分けて食べていましたけど? 足りない分は、パンを多めにもらっていたので、それで食いつなぎました」
「マジかっ? 俺はクロウがこの城にいる間、大きくなってもらいたくて、多めに食事を出していたのに。ふたりで食べていたら、太るわけねぇ!」
青色の短い髪をかきむしって、アルフレドはノーッと叫んだ。
料理人の誇りが傷ついてしまったかな? ごめんな。
パンはとても美味しかったよ。
「モグラは? 弟がモグラを捕まえてきたと、クロウが…」
陛下が、つぶやくように口にする。
先ほどから、引っかかる点が少しおかしいんですけど? 兄上に似てきましたね?
「猫のときに決まっているでしょう? この住居城館の花壇に、よくいるんですよ。猫になると、愛する人に貢ぎたくなるんですよねぇ?」
「あ、愛する人…」
またもや、ショックを受けたような顔でつぶやく陛下と。
「モグラが貢物…」
と、つぶやいて、腹を抱えて笑うセドリック。変な人たちだな。
「…イアン、さま」
そうしたら、ようやく兄上が、本当に目覚めた。
ぼくは嬉しくなって、声をかけようとしたが。
セドリックに肩を抱かれて、寝室から連れ出されてしまう。
くそぉ、わかっていますよ。恋人の時間を邪魔しちゃダメだってことでしょ?
でも、ぼくは兄弟ですよ? 身内っ。
しかし、まぁ。兄上が、命を懸けて会いに来たのは、陛下なのですから。ここは譲りましょう。
ちょっと、ですよ? ほんのちょっとの時間だけですからね?
「シオン様、少々、よろしいですか?」
居間に入ると、眉毛を下げた情けない顔のアイリスが、声をかけてきた。
うなずくと、手で、おいでおいでされる。
こういう仕草が、なんとなく、兄上と似ている感じがするな?
でもアイリスは、宇宙人だから。気は許さない。
兄上を気に入って、宇宙に連れ帰ってしまうかもしれないだろう? 怖い怖い。
そして、アイリスについて行くと。階段のところで、シャーロットが座り込んでいた。
王族の女性が、床に座るなんて。はしたないと、ぼくの母上なら怒るところです。
「ぼくが顔を出したら、気持ち悪がられるのではありませんか?」
女性を怖がらせる趣味はないです。
ちょっと拗ねた気持ちもあるが。ツンとして、言うと。アイリスは首を横に振る。
「殿下はチョン様に、内心を打ち明けていたのでしょう? でも、心の友であった子猫が、このような美男子だったと知って、恥ずかしくなったのです。決して、チョン様のことを、化け物だとか、怖いだとか、思って逃げたのではないのですよ?」
本当かよぉ? と、疑いの眼差しで、アイリスを見やる。
でも、まぁ。階段で丸くなっているシャーロットが可哀想にも思って。とりあえず、声をかけてみた。
「シャーロット殿下」
振り返ったシャーロットは、ぼくの顔を見て、顔をトマトみたいに真っ赤にして。
立ち上がると、ドレスの裾を払って身繕いした。
ああぁ、そんな、乱暴にするな。兄上は、この国一番のドレス職人である。そのそばにいつもいたぼくは、ドレスがぞんざいに扱われると、気が気でない。
兄上のように、ふわりと、やんわりと、指先で優しくしわを整えなさいっ。
「ごめんなさい、つい、びっくりして、逃げてしまって。だって、勉強が嫌で、さぼっちゃったところとか、もっとお兄様と遊びたいの、とか。子供っぽい、恥ずかしいところばかり、見られてしまったのだもの」
そう言いながら、両手で頬をおさえるが。トマト顔は、さらに赤くなっていく。
「アイリスのお菓子を食べちゃったところも、見ていたわよね? ああぁぁ、恥ずかしいわっ。チョンちゃん、人間なら、もっと早く言ってよぉ」
そんな無茶な、とぼくは思うが。
でも、アイリスが言うように、本当に怖がっているわけではないようだ。
それだけで、なんだか心が軽くなる。
シャーロットのこと、高飛車な小娘だと思っていたけど。拒否られて、それなりにがっかりしていたみたいだ。
なので。ぼくは…どういう意味かはわからないが。麗しいえろえろぼんばーだと、兄上が身悶える、とっておきの笑みを浮かべて。殿下に言った。
「フッ、シャーロット殿下、大丈夫ですよ。殿下が半泣きで刺繍ができないと叫んで、ベッドの上に大の字になって、足をバタバタさせていたことは。誰にも言いません」
すると、シャーロットは。赤い顔を、見事に青く変化させて。またもや、いやあぁぁぁーっと叫びながらどこかへ逃げていった。
どうした? 大丈夫か?
「もう、シオン様は女心がわかっていませんね? 陛下とクロウ様のラブラブチュッチュを見習って、勉強してください」
アイリスにも怒られてしまったが。
え? 嫌です。
つか、なんで怒られた? さっぱりわかりません。
まぁ、それは良いとして。
ぼくの悩みは、まだまだ尽きない。
兄上が危なっかしいのは、変わらないし。のほほんとして、ぽややんとして。放っておくと、ご飯を食べるの忘れて仕事しているし。暗くなっても気づかないで、いつまでもチクチクしているし。
ぼくがそばにいないと、本当に駄目なんだから。
それに、兄上が結婚したって。弟は一生、弟。
ぼくらは一生、兄弟なのですからね?
離婚したら即、縁が切れる陛下より、一生縁が切れないぼくの方が、上ですっ。
だから、そう簡単に、陛下に兄上を渡しはしませんよ。
ぼくの大切な、愛する兄上ですから。
上からすっぽりかぶせるタイプの寝間着。兄上は、このタイプの着替えは持っていなかったから、たぶんラヴェルが。意識のない兄上の世話をしやすいように、客用の寝間着を貸してくれたのだろう。
兄上至上主義の、いけ好かない執事だが。仕事は出来る奴だ。
ぼくは、いつもの黒シャツ黒ズボンに着替える。
兄上を横抱きにして、浴場を出ると。陛下が彼の寝台に寝かせるように、うながしてきた。
どうやら、陛下は。兄上と離れたくないご様子。
まぁ。サロンの寝台は、ひとり用の簡易なものだし。王の寝台は、ふかふか布団に天蓋付きの、大の大人が三人寝ても余裕があるくらいの、立派なベッドなので。良いでしょう。
寝室に入り、兄上をベッドに横たえて。布団を胸までかけて、パフパフすると。兄上はモゾりと動いて、布団の外に手を出した。
陛下は、その兄上の手にはまる指輪に、目を止める。
「この指輪は?」
ぼくは、まず右手の指輪をさして、説明する。
「これが、バジリスクの指輪です。兄上が幼い頃、魔力が強すぎたことで。怪我などを恐れた両親が、魔力を封印したのですが。それを解放する鍵となるのが、その指輪でした。バミネに長らく奪われておりましたペンダントに、くっついていたのです」
「ペンダントを奪い返して、クロウに魔力が戻ったのだな? ペンダントを取り戻せば、弟を救う手立てになると、クロウは言っていたが。貴殿が?」
「はい。ぼくは、昼は猫になり、夜は人型に戻る、月影の呪いを誘発する液体を、バミネにかけられ。四歳の頃からそのような生活を送ってまいりました。液体を作った魔女は、バミネによって殺されたので。呪いを解く方法は、魔力で跳ね返すしかないと言われており。兄上の魔力が戻ったら、ぼくのことも直せるだろうと。ペンダントを取り戻すべく、兄上はバミネの依頼を受けて、この島に来たのです」
「おまえが、あの黒猫だったなんて…ちょっと想像つかねぇなぁ?」
ぼくと陛下の話に、セドリックが割って入るが。
そのとき、寝室の入り口で、声がした。
「私、クロウが戻ってきたと聞いて、来たのだけど。貴方が、チョンちゃん?」
シャーロットが、驚愕の眼差しでこちらを見ていた。
「キャーッ…」
そして、悲鳴を上げて、逃げていく。
ぼくは、呆気にとられた。
猫のときは、ぼくになんでも話してくれて、心を開いた友人のような気に、なったこともあったのだけど。
「…シオン、妹が、すまない。シャーロットはまだ子供で、人の心を思いやれない未熟なところがあるようだ」
陛下が、フォローしてくれるが。
「いいえ、仕方がありません。ぼくは、化け物のようなものです。ありのままのぼくを受け入れてくれるのは。いつだって、兄上と家族だけでしたから」
愛おしい気持ちで、ぼくは眠る兄上の頬にキスをする。
ぼくが猫になっても、兄上が態度を変えることはなかった。
いつだって、ぼくを可愛がってくれた。
大きな愛を示してくれた。かけがえのない兄上。
「島へ渡る前、王城の方が兄上の身辺を調べたみたいだけど。でも、なにも出なかったでしょう? 当然です。兄上は。第一には、バミネから身を隠し、これ以上の危害を加えられないよう配慮するため。そして、第二に、ぼくの、猫になる呪いを、誰にも知られぬために。店の最上階にこもって、日がな針仕事をしていたのです。まだ若いのに、外出も、娯楽も、人付き合いも、極力避けて。ひたすらチクチクと。ぼくの…ために」
本来なら、普通の若者のように、店の者と友達になったり、ランチで外に出掛けたり、女性とデートなんかも、してみたかっただろう。
でも、兄上は家族のために、いろんなものを我慢して。
でも、そんなの大したことないと言って、笑うのだ。
そんな献身の心にあふれた兄を、愛さずにはいられないだろう?
賢くて、美しくて、優しい兄上を、ぼくもみんなに自慢したかった。
でも。隠れているしかなかったのだ。
「だから、兄上の姿を見る者は、数少なく。情報も、ほぼなかったはずだ」
そして、ぼくは左の薬指にはまる指輪をさした。
「こちらのシロツメ草の指輪は。兄上は、陛下の頂き物を大層喜んで、すぐにも枯れるとわかっていても、その日のうちに巾着を作って、大事に取っておいたのです。ネックレスにして、肌身離さず持ち歩いていた。たぶん、兄上は。ほんの少し魔力の発露があったのでしょう。シロツメ草を無意識に枯らさぬようにして。今回の魔力解放で、氷のようなダイヤのような、硬い物質でコーティングした」
ぼくは、鋭い眼差しを陛下に向けて、憤りをあらわにした。
はっきり言ってやらないと、このクソ陛下に、兄上の純粋で、優しすぎる、愛情は伝わらないのだっ。
「道端の草を、結晶化するくらい。兄上は、陛下を愛しているんだっ。陛下のために、命を懸けて、海を泳いだんだっ。これほどの愛情を示しても、まだ、その重い腰を上げないというのなら。唯々諾々と、死の運命をのみ込むというのなら。ぼくは、兄上と陛下の結婚を認めない。兄上を、世界で一番、幸せな王妃にしてくださらないのなら。ヘタレのクソ陛下なんかに、ぼくの大切な兄上を渡せるものかっ」
すると、ぼくの言葉に、陛下のそばにいたセドリックが怒った。
「はぁ? ヘタレのクソ陛下だと? 不敬が過ぎるぞっ」
「シオン。クソ陛下って言っちゃダメって、いつも言ってるでしょっ?」
セドリックの言葉に同調して。突然、兄上も、そう叫んだから。
ぼくは反射的に、頭を下げる。
ぼくは、兄上に怒られるのが、一番こたえるのだっ。
「すみません、兄上。しかし、ぼくは…」
そして、ぼくもセドリックも陛下も、一斉に兄上の顔を見やるが…。
でも、兄上は、まだ目をつぶっていて。
口の中で、むにゃむにゃ言っている。
「おとなしくしていないと、島に連れて行ってやらないからなっ」
寝言だ。
ぼくは。猫耳があったら、イカ耳にしていただろう。
ついさっきまで憤っていた、ぼくが。兄上に怒られて、ペションとなっているところを見て。
セドリックが、笑いを吹き出した。
「ふはっ、クロウのやつ、夢の中で弟を怒っている。マジで、兄弟なんだな?」
ぼくは、さっきセドリックに…いや、誰にでも。ぼくと兄上は、確かに兄弟なのだと認めてもらいたかった。
顔つきが、似ていなくても。
ぼくは。兄上に育ててもらった。兄上の弟なのだ。
大好きな兄上と、似ていないとか。本当に兄弟か、なんて疑われるのが。ぼくは心底嫌なのだが。
そんな憂いを、兄上はたった一言で吹き飛ばしてしまう。
あぁ、やはり。ぼくの兄上はすごい。
ぼくの兄上なのだっ。
兄弟だと認められ、内心で誇らしい気分になっているぼくに。陛下が告げた。
「シオン、確かに我は腑抜けだ。自分では、この状況を打破できなかった。クロウの献身には、もちろん報いよう。ここで立たねば、王以前に、男ではない。万一、クロウがこの先、憂うことがあるようなら。我を殴りに来い!」
威厳と風格を漂わせた、この国の王が。ぼくに向かって、決然と言い放った。
さすがに、喉になにかが詰まるような、畏怖がある。兄上的に言うと、圧がすごい。
それに、セドリックが苦言を呈する。
「陛下? シオンに陛下を殴らせるなんて…」
「良い。我を殴る権利を、シオンに与える。無論、我がクロウを不幸にするなど、万にひとつもないことだがな?」
ぼくと、陛下は。
いけ好かないと思いながらも、向かう先は同じだ。
兄上の幸せを、一番に望む、同志。
兄上が、陛下と一緒でなければ、幸せではないと言うのなら。ぼくは、それをのみ込むしかないのだ。
「ところで、シオン。ずっと気になっていたのだが。夜は人型になると言っていたが、サロンのあの小さいベッドに、クロウと寝ていたのか?」
は? そこに引っかかるんですか? 陛下よ。
先ほどは王の風格とやらを感じたのに。なんか…小さいな。
ぼくは、兄上が言うところの、エロっぽい挑発的な笑みを浮かべて。うなずいた。
「えぇ。小さいベッドだったから。毎晩。ギューッ、と抱き合って、寝ていましたけど?」
「…だ、だき?」
陛下はこめかみをヒクヒクさせながら、絶句した。
いいね。溜飲が下がりますっ。
「待て、食事はどうしていたんだ? 一食分しか出していなかったぞ」
居間で軽食を用意していたアルフレドが、ぼくに質問してきた。
「兄上は少食なので、一食をふたりで分けて食べていましたけど? 足りない分は、パンを多めにもらっていたので、それで食いつなぎました」
「マジかっ? 俺はクロウがこの城にいる間、大きくなってもらいたくて、多めに食事を出していたのに。ふたりで食べていたら、太るわけねぇ!」
青色の短い髪をかきむしって、アルフレドはノーッと叫んだ。
料理人の誇りが傷ついてしまったかな? ごめんな。
パンはとても美味しかったよ。
「モグラは? 弟がモグラを捕まえてきたと、クロウが…」
陛下が、つぶやくように口にする。
先ほどから、引っかかる点が少しおかしいんですけど? 兄上に似てきましたね?
「猫のときに決まっているでしょう? この住居城館の花壇に、よくいるんですよ。猫になると、愛する人に貢ぎたくなるんですよねぇ?」
「あ、愛する人…」
またもや、ショックを受けたような顔でつぶやく陛下と。
「モグラが貢物…」
と、つぶやいて、腹を抱えて笑うセドリック。変な人たちだな。
「…イアン、さま」
そうしたら、ようやく兄上が、本当に目覚めた。
ぼくは嬉しくなって、声をかけようとしたが。
セドリックに肩を抱かれて、寝室から連れ出されてしまう。
くそぉ、わかっていますよ。恋人の時間を邪魔しちゃダメだってことでしょ?
でも、ぼくは兄弟ですよ? 身内っ。
しかし、まぁ。兄上が、命を懸けて会いに来たのは、陛下なのですから。ここは譲りましょう。
ちょっと、ですよ? ほんのちょっとの時間だけですからね?
「シオン様、少々、よろしいですか?」
居間に入ると、眉毛を下げた情けない顔のアイリスが、声をかけてきた。
うなずくと、手で、おいでおいでされる。
こういう仕草が、なんとなく、兄上と似ている感じがするな?
でもアイリスは、宇宙人だから。気は許さない。
兄上を気に入って、宇宙に連れ帰ってしまうかもしれないだろう? 怖い怖い。
そして、アイリスについて行くと。階段のところで、シャーロットが座り込んでいた。
王族の女性が、床に座るなんて。はしたないと、ぼくの母上なら怒るところです。
「ぼくが顔を出したら、気持ち悪がられるのではありませんか?」
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「殿下はチョン様に、内心を打ち明けていたのでしょう? でも、心の友であった子猫が、このような美男子だったと知って、恥ずかしくなったのです。決して、チョン様のことを、化け物だとか、怖いだとか、思って逃げたのではないのですよ?」
本当かよぉ? と、疑いの眼差しで、アイリスを見やる。
でも、まぁ。階段で丸くなっているシャーロットが可哀想にも思って。とりあえず、声をかけてみた。
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振り返ったシャーロットは、ぼくの顔を見て、顔をトマトみたいに真っ赤にして。
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ああぁ、そんな、乱暴にするな。兄上は、この国一番のドレス職人である。そのそばにいつもいたぼくは、ドレスがぞんざいに扱われると、気が気でない。
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「ごめんなさい、つい、びっくりして、逃げてしまって。だって、勉強が嫌で、さぼっちゃったところとか、もっとお兄様と遊びたいの、とか。子供っぽい、恥ずかしいところばかり、見られてしまったのだもの」
そう言いながら、両手で頬をおさえるが。トマト顔は、さらに赤くなっていく。
「アイリスのお菓子を食べちゃったところも、見ていたわよね? ああぁぁ、恥ずかしいわっ。チョンちゃん、人間なら、もっと早く言ってよぉ」
そんな無茶な、とぼくは思うが。
でも、アイリスが言うように、本当に怖がっているわけではないようだ。
それだけで、なんだか心が軽くなる。
シャーロットのこと、高飛車な小娘だと思っていたけど。拒否られて、それなりにがっかりしていたみたいだ。
なので。ぼくは…どういう意味かはわからないが。麗しいえろえろぼんばーだと、兄上が身悶える、とっておきの笑みを浮かべて。殿下に言った。
「フッ、シャーロット殿下、大丈夫ですよ。殿下が半泣きで刺繍ができないと叫んで、ベッドの上に大の字になって、足をバタバタさせていたことは。誰にも言いません」
すると、シャーロットは。赤い顔を、見事に青く変化させて。またもや、いやあぁぁぁーっと叫びながらどこかへ逃げていった。
どうした? 大丈夫か?
「もう、シオン様は女心がわかっていませんね? 陛下とクロウ様のラブラブチュッチュを見習って、勉強してください」
アイリスにも怒られてしまったが。
え? 嫌です。
つか、なんで怒られた? さっぱりわかりません。
まぁ、それは良いとして。
ぼくの悩みは、まだまだ尽きない。
兄上が危なっかしいのは、変わらないし。のほほんとして、ぽややんとして。放っておくと、ご飯を食べるの忘れて仕事しているし。暗くなっても気づかないで、いつまでもチクチクしているし。
ぼくがそばにいないと、本当に駄目なんだから。
それに、兄上が結婚したって。弟は一生、弟。
ぼくらは一生、兄弟なのですからね?
離婚したら即、縁が切れる陛下より、一生縁が切れないぼくの方が、上ですっ。
だから、そう簡単に、陛下に兄上を渡しはしませんよ。
ぼくの大切な、愛する兄上ですから。
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そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
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