【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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88 運命の伴侶 ①(クロウside)

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     ◆運命の伴侶 ①(クロウside)

 夢の中で、ぼくは猫の姿のシオンを怒っていた。
 島へ渡る前の時間軸。
 心の片隅では、陛下やラヴェルたちと、会ったことを覚えているし。猫のときは、シオンをチョンと呼んでいたのに。夢だから、ハチャメチャなのだ。
 そして猫のシオンは、まだ出会ってもいない陛下を、クソ陛下と呼んでいる。
 もう、口が悪いんだから。

「シオンっ、クソ陛下って言っちゃダメって、いつも言ってるでしょっ! おとなしくしないと、島に連れてってあげないからな?」

 シオンは、情けない声で『すみません、兄上ぇ』と言う。
 よし。いつもどおりだな。
 さぁ、ドリルをやれ。学園に行けないが、中学生年齢なのだから、勉強は大切だぞ?

 ぼくは、子猫の姿でドリルを睨むシオンを見やりつつ。島への想いを馳せる。

 海岸から、毎日のように眺めていた。あの三角屋根が印象的な、三本の塔が建つ、海に浮かぶお城。
 明日には、その場所へ行けるのだ。

 そこには、黄金の、たっぷりした長い髪をなびかせる、麗しの王がいる。
 目に浮かぶのは、イアン様のお姿。

 あぁ、イアン様に会いたい。
 イアン様に会うために、ぼくは海を泳いだのだ。
 あれ? チョンを見ていたはずなのに。ぼくはなんでか、一生懸命、海を泳いでいる。

 そうだ、イアン様をお救いしないと。早く。

 早くしないと、バミネが来ちゃうよ。
 だけど、海水が口に入って、溺れてしまう。
 おかしいな? 運動全般苦手だけど、泳ぎだけは得意だったのに。
 でも、海の底に、沈んでいく。
 深く。深く。
 目の前がブルーに塗り潰される。

 やだやだ、死ぬ前に、もう一度お会いしたかった…。

「…イアンさま」
 その、自分の声に、驚いて。
 目を覚ました。

 あれ? 溺れてないじゃん。息も吸えるじゃん?
 ぼくは、肺いっぱいに息を吸い込んだ。

 はぁ、ぼく、生きてる。

「クロウ、目が覚めたか?」
 目の前には、会いたい、会いたいと願っていた、イアン様がいる。
 黄金色の髪、海色の瞳。

 あぁ、確かに。陛下だ。
 貴方の瞳の中なら、ぼくは溺れても構わない、なんて思って。臭すぎて、ヘラリと笑ってしまう。
 
 でも、陛下は心配そうに、眉根を寄せている。
 ちょっと涙ぐんでいるのか、海色の瞳がにじんで見えた。
「おまえは、公爵家の…いや、目覚めて最初に言うべき言葉は、これではないな」
 そう言って、陛下は優しい色の光を帯びた眼差しで。寝台に横になるぼくを、しっかりとみつめた。

「クロウ、我も、愛している」

「イアンさ…」
 ま、の言葉は。陛下の口の中に、溶けて消えた。

 唇と唇が触れ合って。
 舌が重なるのを、知覚して。
 ぬくもりを感じて。
 イアン様の香りを、鼻から吸い込んで。
 あぁ。ぼくは陛下のそばに戻ってこられたのだと、実感した。

 そして、愛していると言われて。ぼくは。陛下に大事な言葉を伝えられたのだと、知った。

 島に上がった辺りから、記憶が。夢の中を漂っていたみたいな感じで、曖昧になっている。
 さっき、シオンと風呂に入っていたような気がするが。
 あれも、現実かなぁ?

 しっとりと合わされた唇が、吸いつきながら、チュッと音を立てて離されて。
 あぁ、キスに、溺れそうになっていました。
 ぼくは、またまた大きく息を吸い込んで、陛下にたずねた。

「イアン様、夢ではなかったのですね? ぼくは、たどり着けた。貴方の元に…」
 そう言うと、陛下がぼくの顔に、小さなキスをいっぱい散りばめてくれる。
 く、くすぐったいですぅ。
 まだ、あまり力の入らない手で、ぼくは陛下の、胸の前に垂れている髪を撫で。その存在を確かめた。

 良かった。生きて、もう一度陛下に会えるなんて。夢のようだ。

 何度もあきらめそうになったけど。
 陛下に触れて、陛下とキスして。もう、なにも思い残すことはない。そう思えるほど、とっても幸せ。
 陛下のそばにいられる幸運をかみ締め、そっとうなずく。

「もしも、ぼくが死んだなら。本当に死神になって。すぐさまバミネの首を跳ね。そのあとは…陛下が年老いて死ぬまで、そばで見守ろう…なんて。思っておりました」
「馬鹿な。おまえがひとり死んで、我がむざむざ、年老いるまで生き永らえるなんて、思うな」
 幸せ気分の中で微笑むと。陛下がぼくの手を取って、甲にキスする。
 それで、指に、バジリスクの指輪があるのを目にした。
 あぁ、そうだ。ぼくは、魔力を取り戻したんだっけ?

「そうだ、陛下、海に行きましょう。バミネが来る前に、ぼくの魔力が陛下のお役に立てるか、検証しなければっ」
 ぼくは起き上がろうとするが。それを、陛下に止められる。
 手で肩をおさえられて、布団の中にボスンと沈められてしまった。

「今、外はザーザー降りだ。嵐が来ているから、バミネもすぐには来られない」
「しかし…」
 魔力が戻ったのは、自分の中から湧き出る、なにかがあるので、わかるのだが。
 魔法って、使ったことないじゃん?
 どれくらいのことができるのかも、わからないし。
 とにかく、最低でも、陛下の炎を鎮火できないと。陛下は安心して、島を出ることができないわけだから。
 不安なのだ。陛下のお役に立てると立証できるまでは。

「それに、検証などしなくても、我にはわかる。クロウの中にある、潤沢で膨大な魔力があれば、我の炎など、たちどころに消してしまえると。だから慌てないで、今はゆっくり体を休めてくれ」
 陛下は、額を、ぼくの額に押し当てる。
 そうされると、なんだか、ホンワリと温かくて。不安や焦りが静まっていく。
 やわらぎの心地よさに、ぼくは目を細めた。

「クロウの水魔法と、我の炎魔法。王家とバジリスクが、対の関係であったように。我とクロウも、対の者同士だったのだな? 我らは、運命の伴侶だ」
「…運命の、伴侶?」

 そんなふうに言ってもらえるなんて。
 モブで、平民で、ただの仕立て屋だった、ぼくを。そんなふうに思ってくれるなんて。
 ぼくは。本当に感動してしまった。

「以前、クロウが城に来る前に。我は、バミネに言われたのだ。残り僅かな人生を、心のままに振る舞え。そして天上で、愚かな自分を悔いて、嘆いたらいい…と。あれは、我にバジリスクの者を殺させ、唯一の味方となりえたクロウを、我自身が潰すことで。死んでなお、悔いて苦しめと…そういう言葉だったのだな?」

 いたわる手つきで、陛下はぼくの頬を撫でてくれる。
 その指先は、少し震えていて。
 ぼくを失ってしまっていたら、と想像してしまったのかもしれない。

「だから、バミネは。我には、クロウが死に装束を作る者だと言い。クロウには、婚礼衣装を作れと言ったのだ。まるで違うことを言って、すれ違わせて。我がクロウを手にかけるよう。最後の望みを、我自身で断つように。仕組んだのだ。あの嵐の日、クロウを成敗したという報告がいつ来るかと、楽しみにしていたのにって。バミネがいかにも残念そうに、言っていただろう?」
 陛下は、痛々しくも、苦悶の表情を浮かべた。

 えぇ? そんなこと言っていたっけ?
 ほら、鳥ガラと、死に装束っていう強烈ワードしか、覚えていなかったから。
 それにしても、わーっ、バミネ、性格悪すぎ。知ってたけど。本当に、この残忍さには引くよっ。

「だが、クロウが頑張って、我の頑なな心を溶かしてくれたから、我はクロウを殺さずに済んだ。クロウが我のために、魔力を取り戻してくれたから。我は、この島から出ることができるのだ」
 ぼくをみつめる海色の瞳が、キラキラと蛍光のように光って、陛下の希望と歓喜を示していた。
 まるでエフェクトされているみたいに、陛下の黄金の髪も、白い肌も、表情も、なにもかもが輝いている。

 まぶしすぎて、ぼくは、魔物が聖魔法を受けたかのように、塵となって消し飛んでしまいそうですぅ。

 いえ、ぼくは魔物でも死神でもありませんが。
 陛下の体から放射される光輝が、神のごとくで、後光に焼け崩れそう…。

「偏屈な王であった我を、見捨てず、力を尽くし…そして、愛してくれて、ありがとう。クロウの愛の力で、我は救われたのだ」
「イアン様っ…」
 ぼくは、感極まって、陛下に抱きついた。
 その、頼もしい、太い首にすがりつき。ギュッと抱き締める。

 つい昨日まで、生きることをあきらめていた陛下を、脆く、儚いと感じていたのに。
 今、目の前にいる陛下は。生きる希望に満ちあふれ。ぼくを、力強く抱き締めてくれる。
 それが、嬉しかった。

「僕は、浅はかでした。僕は、お金も家柄も魔力も、なにも持っていなくて。人付き合いも苦手だし。自信がなくて。とっても、臆病なのです。肉親には恵まれて、家族への愛情はわかるのですが。僕は今まで、他人を愛したことがなくて。いわゆる恋人も、出来たことがなくて。長い長い時間、他者と触れ合うことなど、なかったのです。だから、ぼく。どれだけ愛したら、どれだけ想いを募らせれば、愛しているって言ってもいいのか。伝えても、いいのか。わからなくって…」

 シオンにも言われたが、ぼくは難しく考え過ぎていたのだろう。
 言葉にしてみたら、バカみたい。

 アイキンの、ゲーム世界という意識に囚われて。アイキンに認められるくらい、愛さなければ。陛下を幸せにできないって、思い込んでいた。
 ぼくはモブだから、アイキンとは無関係。
 アイキンのキャラを、ぼくが幸せにできるはずがない。
 モブが、ゲームのストーリーに干渉できるわけがない。そう思ってきたけど。

 ぼくが一番、アイキンというゲームに縛られていたのだ。

 だけど、やっぱり。
 ぼくは、この世界に生きるクロウ・エイデン。
 ぼくの心の痛みも、失敗も、喜びも、愛も、全部、ぼく自身の行動で呼び起こされた、ぼくだけの感情なのだ。

 陛下を愛していると思うのなら。
 ぼくは、陛下を愛しているのだ。
 誰に否定されても。愛しているのだ。

「だから昨夜、イアン様に。一番大事な言葉を、お伝え出来なかった。だって、男の僕が、モブで冴えないただの仕立て屋の僕が、カザレニア国王であるイアン様を、愛してしまうなんて。無謀で、不躾で、神に馬鹿じゃね? となじられてもおかしくない、恐れ多い所業です」
 心を震わせ、心に向き合い、自身の心をみつめて。誠実に、胸の内を打ち明けていった。
「それに…陛下に嫌われたら。愛してると伝えて、拒否られたら。とても…とてもっ…こ、怖くって。イアン様に、嫌われたくないのですぅ…」
 それでも、まだ。臆病の芽は、出てくる。
 嫌われたくない。キモがられたくない。拒否られたくない。と思うのは。誰もが思うことだと思うけど。
 ぼくはその意識が人一倍強いタイプで。
 前世から培ってきた、この感情は、なかなか払しょくできないものなのだ。

 その感情をこじらせて、人と付き合うことに臆病になって、コミュ障になるわけなのです。でも。
 ぼくは少し身を離して、陛下の顔を間近でみつめる。
 ちゃんと目を見て。自分の言葉で。しっかり伝えなければ。
 アイリスも言っていた。愛と勇気を今こそ発揮するのよっ! って。

 コミュ障なんか、吹っ飛ばせ。

「だけど、それは愚かなことでした。たとえイアン様に、受け入れられなくても、手ひどく拒絶されても。き、嫌われても。ぼくはこの気持ちを、イアン様にお伝えするべきだった。死を覚悟した陛下が、愛されていることを知らずに、い、逝かれることに比べれば、自分が傷つくことなんか、些細な痛みだ」

 ぼくは、自信がなさ過ぎて。初めての恋に、戸惑い過ぎて。
 陛下は、ぼくと結婚してくれたというのに。陛下のお気持ちを考えずに、ひとりで怖がって。
 愛の言葉ひとつ、言えないなんて。臆病にもほどがある。

 ぼくに、これほど心を砕いてくれる陛下が。ぼくを、手ひどく拒絶するなんて。あるわけないのにな?

「海で、溺れそうになって。死ぬ前に、もう一度、陛下に会いたいって。そう願って。愛していると伝えられないまま、死ぬことなど、できないと。そう、思いました」
 そうだよ。死ぬ気になれば、なんでもできるって。よく言われる言葉で。
 他人に言われたら、そんな簡単に言うけどさぁと、若干イラッとする言葉でもあるけれど。
 マジで死ぬ直前まで行った、ぼくと陛下は。その言葉を胸を、張って言えるよ?
 死んで後悔する前に、大事な言葉はちゃんと言っておけって、ね?

「イアン様、愛しています。どうか、僕の命が尽きるまで、イアン様のおそばに置いてください」
「あぁ、我もクロウを愛している。ずっと、我のそばにいてくれ。ともに生きよう、クロウ。年老いて、互いに寿命が尽きるそのときまで…」

 そうして、どちらからともなく顔を寄せ、ぼくと陛下はキスをする。
 心の中で、ハッピーエンドの鐘の音が、鳴り響いたような気がした…。

 あ、まだ終わっていなかった。
 陛下を、ちゃんと、無事に、本土へお連れするまでは、気を抜いてはいけなかったね? 反省反省。

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