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89 運命の伴侶 ②(イアンside)
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◆運命の伴侶 ②(イアンside)
愛していると、伝えあって。情熱的に、くちづけて。
我は、体中が熱烈な愛に満たされ、望外の幸せに感じ入っていた。
今朝方は、クロウがいなくなり。片翼がもがれてしまったほどの痛みに、さいなまれたが。
クロウのぬくもりが、今は、我の腕の中にある。
ただそれだけで、至福なのだった。
愛する、ということについては、我も悩んだが。
クロウも同時に、苦悩していたらしい。
本当なら、思春期に、学園のような大勢の人と関わる場所で、経験値を重ねていき。自然に愛を学ぶのだろうが。我らはどうやらふたりとも、その機会を逸していたようなのだ。
我は、十年も、孤島で変わらぬ顔ぶれと過ごしたことで、そういう経験がなかったし。
クロウも。シオンに言わせれば、長年、バミネの脅威から逃れるため、店にこもっていたという。人との付き合いも極力避けていたようだ。
クロウは清楚で、神秘的な美しさを持つ。本土で、さぞやモテたのではないかと思うのだが。
クロウ自身『僕のような地味な男はモテないのです』みたいなことを言っていた。
それを、とても不思議に思っていたのだが。
身をひそめるようにして、暮らしていたのだと聞き。合点がいく。
そうでもなければ。クロウが町中を歩いていれば、誰もが目を引きつけられるだろうし。
我だって、きっと。彼の姿に、目を奪われるはずだ。
初めて会った日に、悪い印象しか持っていなかったはずのクロウに、我が目を奪われたように。
しかし…。クロウには、つらい日々だっただろうが。
クロウが我に初めて恋をしたというのは、そういう環境だったからだと思うと。我としては、喜ばしいことである。
我もクロウも、初恋同士というのは。とても奇跡的なことだと思うからだ。
クロウが誰かに恋をした、なんてことがあったなら。我は見もしないその者に、苛烈な殺意を抱いてしまいそうだしな。
うむ。我の心的平和のためにも、良かった、良かった。
そうして、クロウは、初めての愛や恋に、戸惑って。愛している、という言葉を、重くとらえて。容易に口にできなかったようだ。
我も、それについては同意見だ。
己の、クロウへの気持ちは。自分でも引くほどに、凶暴で、荒々しくて、とてつもなく重くて、狭量で。軽々しく、口にはできない。しかしながら、大事な想いである。
だが、そんな複雑で、とがった想いを、愛と呼んで良いのか? そんなふうに、悩んで。我も胸を張って、クロウに、愛していると告げることができずにいた。
それを、己の胸にしっかりと落とし込めたのは、つい先ほど。クロウが目を覚ましたときだった。
海で冷えたクロウの体を、弟のシオンが風呂で温めて。今は、我の寝台で横になっているが。
彼が意識を取り戻すまでは、気が気でなく、生きた心地がしなかった。
しかし。やがて、あのまろやかに響くクロウの声が、我の名を呼んだとき。
本当に、心の底から安堵した。
一重の、重く見える目蓋が、ゆっくりと開き。
以前と変わらず、キラキラと光っている黒真珠が、我の顔をしっかり映して。
あぁ、クロウが戻ってきた、と。実感すると、胸がウズウズした。
死ななくて良かった、とか。再び会えてうれしい、とか。いろいろな、感謝や歓喜の想いを、クロウの顔中に小さなキスをいっぱい散りばめることで、示した。
クロウが生きて、我のそばにいる。それだけで、嬉しい。
それだけで、良い。
そんな気持ちが『愛している』なのだと。我はこのとき、ようやく知ったのだ。
愛の数は、人の数だけあり。その形は様々なのだろうが。
我の愛の形は、彼が生きていることの喜びであった。
昨夜、我は。凶暴で、荒々しく、欲望のままに、クロウを求めた。
己の欲が先行した、その想いの大部分は、恋だったのだろう。
セドリックの言では、恋も愛もぐちゃぐちゃなのが、恋愛らしいが。
欲の発露が、愛の場合もあるだろうけど。
きっと、昨夜の我は、愛も恋もぐちゃぐちゃの、ドロドロの、愛欲、情欲、恋慕、執着、依存の、混ぜこぜ状態だったのだろうな?
とにかく、我の中には。クロウを組み敷いて、屈服させて、なにもかも奪いたいと思う、欲ばかりではなく。
クロウを守りたい、大事にしたい、小鳥の卵を温めるように、優しく優しく抱きかかえたい、そのような愛の部分も確かにあったのだ。
クロウは、どれだけ想いを募らせれば、愛していると言っていい? なんて、可愛いことを言っていたが。
彼の愛の形こそ、至極、わかりやすいものなのにな?
我の未熟でとがった欲望を、クロウは柔らかく受け止めた。
我が欲しがれば、欲しがるだけ与え。
我の幸せを強く望む。
そんな。我を包み込む、大きくて温かな、まさしく愛の塊だったではないか。
なにも、惑うことも迷うこともないと思うのに。
くちづけをほどいて。うっとりと我をみつめるクロウに、語り掛けた。
「思えば…初めて塔に登った日。おまえを己の手で守りたいと思った、あのときから。我はおまえを愛していたのだ。ずっと、愛していたのだ」
肩口まで伸びるクロウの黒髪を、ひと筋手に取って。その髪の先に、そっとくちづける。
ホールで、ずぶ濡れのクロウがしてくれた告白を聞いたとき。我が受けた感動を、彼にも感じてほしかった。
先ほどは、クロウがバジリスクの者だから、対の象徴として、運命の伴侶などと言ったが。
それを知る前から、我はクロウを愛していて。
だから。魔力なんかなくても。
クロウは我の、運命の伴侶なのだ。
「我は、おまえが、我の分まで生きて、本土で幸せに暮らすことを願っていた。だから、断腸の思いで、この城から出したのだ。なのに、そのおまえが、バミネに殺されそうになっただなんて…愛する者の命すら守れず、王を名乗るなど、おこがましい真似は出来ぬ。すぐにも、バミネを成敗しに、飛んでいきたい気持ちだ」
クロウと別れてから、半日も経っていないというのに。こんなにも衰弱してしまうなんて。
なんて可哀想で、痛々しいのだ。
我の大事な宝を、ここまで追い込んだバミネを、許すことなどできない。
ギリギリと奥歯を食いしばり、怒りをたぎらせるが。
腕の中にはクロウがいるから。かろうじて気持ちをおさえられる。
「そもそも、なぜ、クロウは海を泳ぐ羽目になったのだ? クロウは約束通り、衣装を作り上げたではないか?」
「それは、バミネがネックレスを海に投げたので、ぼくもそれを追って海に…」
「は? なんだと?」
「たぶん、バミネは、最初から僕を生かしておく気はなかった…みたいな?」
ヘラッと、クロウは笑って言うが。
聞き捨てならないことを、さらっと言われ。我は…雷に撃たれたみたいな衝撃を感じた。
つい先ほどまで、我はクロウが、バジリスクの者だとは知らなかった。
ラヴェルの事前説明によれば、クロウの後継の地位に、バミネが取って代わったらしいが。
ならば、一言で確執というには軽すぎるくらいの、執念、執着、執心がふたりの間には渦巻いていただろう。
我は、平民であるクロウが、命を脅かされる可能性などないと、思い込んでいた。
しかし、そんなの。浅慮の理由にはならないぞっ。
バミネは油断のならない男だと、我は充分に理解していた。
公爵家絡みの確執が、たとえなかったとしても。この城の内情を知ったクロウを、それだけの理由で殺すことも、充分にあり得たのだ。
それに思い至って、我は心底ゾッとした。
もっと、深く考えるべきだった。
もしもクロウが、即刻命を絶たれていたら。そう思うと。そら恐ろしくて。足が震えた。
「なぜ、そんな無茶を…」
「ここからの説明は、ぼくも加わらせていただきますよ、陛下」
そう言って、寝室に、シオンが入ってきた。
騎士や、アイリスたちも一緒だ。
ゆるいウェーブの、首にかかる長さの黒髪。切れ長の目元に、鋭利な眼差し。
黒シャツ黒ズボンの、シオンが。
ほわわんとした雰囲気のクロウと並ぶと。
夜の湖に浮かぶ月の情景ように、妙にしっくりくる。
闇と月という、夜のワンセットを感じさせる、その兄弟の親密さに。
我は、狭量な心を刺激され。それでも、聞かなければならなかった。
彼ら兄弟の、たくらみを。
愛していると、伝えあって。情熱的に、くちづけて。
我は、体中が熱烈な愛に満たされ、望外の幸せに感じ入っていた。
今朝方は、クロウがいなくなり。片翼がもがれてしまったほどの痛みに、さいなまれたが。
クロウのぬくもりが、今は、我の腕の中にある。
ただそれだけで、至福なのだった。
愛する、ということについては、我も悩んだが。
クロウも同時に、苦悩していたらしい。
本当なら、思春期に、学園のような大勢の人と関わる場所で、経験値を重ねていき。自然に愛を学ぶのだろうが。我らはどうやらふたりとも、その機会を逸していたようなのだ。
我は、十年も、孤島で変わらぬ顔ぶれと過ごしたことで、そういう経験がなかったし。
クロウも。シオンに言わせれば、長年、バミネの脅威から逃れるため、店にこもっていたという。人との付き合いも極力避けていたようだ。
クロウは清楚で、神秘的な美しさを持つ。本土で、さぞやモテたのではないかと思うのだが。
クロウ自身『僕のような地味な男はモテないのです』みたいなことを言っていた。
それを、とても不思議に思っていたのだが。
身をひそめるようにして、暮らしていたのだと聞き。合点がいく。
そうでもなければ。クロウが町中を歩いていれば、誰もが目を引きつけられるだろうし。
我だって、きっと。彼の姿に、目を奪われるはずだ。
初めて会った日に、悪い印象しか持っていなかったはずのクロウに、我が目を奪われたように。
しかし…。クロウには、つらい日々だっただろうが。
クロウが我に初めて恋をしたというのは、そういう環境だったからだと思うと。我としては、喜ばしいことである。
我もクロウも、初恋同士というのは。とても奇跡的なことだと思うからだ。
クロウが誰かに恋をした、なんてことがあったなら。我は見もしないその者に、苛烈な殺意を抱いてしまいそうだしな。
うむ。我の心的平和のためにも、良かった、良かった。
そうして、クロウは、初めての愛や恋に、戸惑って。愛している、という言葉を、重くとらえて。容易に口にできなかったようだ。
我も、それについては同意見だ。
己の、クロウへの気持ちは。自分でも引くほどに、凶暴で、荒々しくて、とてつもなく重くて、狭量で。軽々しく、口にはできない。しかしながら、大事な想いである。
だが、そんな複雑で、とがった想いを、愛と呼んで良いのか? そんなふうに、悩んで。我も胸を張って、クロウに、愛していると告げることができずにいた。
それを、己の胸にしっかりと落とし込めたのは、つい先ほど。クロウが目を覚ましたときだった。
海で冷えたクロウの体を、弟のシオンが風呂で温めて。今は、我の寝台で横になっているが。
彼が意識を取り戻すまでは、気が気でなく、生きた心地がしなかった。
しかし。やがて、あのまろやかに響くクロウの声が、我の名を呼んだとき。
本当に、心の底から安堵した。
一重の、重く見える目蓋が、ゆっくりと開き。
以前と変わらず、キラキラと光っている黒真珠が、我の顔をしっかり映して。
あぁ、クロウが戻ってきた、と。実感すると、胸がウズウズした。
死ななくて良かった、とか。再び会えてうれしい、とか。いろいろな、感謝や歓喜の想いを、クロウの顔中に小さなキスをいっぱい散りばめることで、示した。
クロウが生きて、我のそばにいる。それだけで、嬉しい。
それだけで、良い。
そんな気持ちが『愛している』なのだと。我はこのとき、ようやく知ったのだ。
愛の数は、人の数だけあり。その形は様々なのだろうが。
我の愛の形は、彼が生きていることの喜びであった。
昨夜、我は。凶暴で、荒々しく、欲望のままに、クロウを求めた。
己の欲が先行した、その想いの大部分は、恋だったのだろう。
セドリックの言では、恋も愛もぐちゃぐちゃなのが、恋愛らしいが。
欲の発露が、愛の場合もあるだろうけど。
きっと、昨夜の我は、愛も恋もぐちゃぐちゃの、ドロドロの、愛欲、情欲、恋慕、執着、依存の、混ぜこぜ状態だったのだろうな?
とにかく、我の中には。クロウを組み敷いて、屈服させて、なにもかも奪いたいと思う、欲ばかりではなく。
クロウを守りたい、大事にしたい、小鳥の卵を温めるように、優しく優しく抱きかかえたい、そのような愛の部分も確かにあったのだ。
クロウは、どれだけ想いを募らせれば、愛していると言っていい? なんて、可愛いことを言っていたが。
彼の愛の形こそ、至極、わかりやすいものなのにな?
我の未熟でとがった欲望を、クロウは柔らかく受け止めた。
我が欲しがれば、欲しがるだけ与え。
我の幸せを強く望む。
そんな。我を包み込む、大きくて温かな、まさしく愛の塊だったではないか。
なにも、惑うことも迷うこともないと思うのに。
くちづけをほどいて。うっとりと我をみつめるクロウに、語り掛けた。
「思えば…初めて塔に登った日。おまえを己の手で守りたいと思った、あのときから。我はおまえを愛していたのだ。ずっと、愛していたのだ」
肩口まで伸びるクロウの黒髪を、ひと筋手に取って。その髪の先に、そっとくちづける。
ホールで、ずぶ濡れのクロウがしてくれた告白を聞いたとき。我が受けた感動を、彼にも感じてほしかった。
先ほどは、クロウがバジリスクの者だから、対の象徴として、運命の伴侶などと言ったが。
それを知る前から、我はクロウを愛していて。
だから。魔力なんかなくても。
クロウは我の、運命の伴侶なのだ。
「我は、おまえが、我の分まで生きて、本土で幸せに暮らすことを願っていた。だから、断腸の思いで、この城から出したのだ。なのに、そのおまえが、バミネに殺されそうになっただなんて…愛する者の命すら守れず、王を名乗るなど、おこがましい真似は出来ぬ。すぐにも、バミネを成敗しに、飛んでいきたい気持ちだ」
クロウと別れてから、半日も経っていないというのに。こんなにも衰弱してしまうなんて。
なんて可哀想で、痛々しいのだ。
我の大事な宝を、ここまで追い込んだバミネを、許すことなどできない。
ギリギリと奥歯を食いしばり、怒りをたぎらせるが。
腕の中にはクロウがいるから。かろうじて気持ちをおさえられる。
「そもそも、なぜ、クロウは海を泳ぐ羽目になったのだ? クロウは約束通り、衣装を作り上げたではないか?」
「それは、バミネがネックレスを海に投げたので、ぼくもそれを追って海に…」
「は? なんだと?」
「たぶん、バミネは、最初から僕を生かしておく気はなかった…みたいな?」
ヘラッと、クロウは笑って言うが。
聞き捨てならないことを、さらっと言われ。我は…雷に撃たれたみたいな衝撃を感じた。
つい先ほどまで、我はクロウが、バジリスクの者だとは知らなかった。
ラヴェルの事前説明によれば、クロウの後継の地位に、バミネが取って代わったらしいが。
ならば、一言で確執というには軽すぎるくらいの、執念、執着、執心がふたりの間には渦巻いていただろう。
我は、平民であるクロウが、命を脅かされる可能性などないと、思い込んでいた。
しかし、そんなの。浅慮の理由にはならないぞっ。
バミネは油断のならない男だと、我は充分に理解していた。
公爵家絡みの確執が、たとえなかったとしても。この城の内情を知ったクロウを、それだけの理由で殺すことも、充分にあり得たのだ。
それに思い至って、我は心底ゾッとした。
もっと、深く考えるべきだった。
もしもクロウが、即刻命を絶たれていたら。そう思うと。そら恐ろしくて。足が震えた。
「なぜ、そんな無茶を…」
「ここからの説明は、ぼくも加わらせていただきますよ、陛下」
そう言って、寝室に、シオンが入ってきた。
騎士や、アイリスたちも一緒だ。
ゆるいウェーブの、首にかかる長さの黒髪。切れ長の目元に、鋭利な眼差し。
黒シャツ黒ズボンの、シオンが。
ほわわんとした雰囲気のクロウと並ぶと。
夜の湖に浮かぶ月の情景ように、妙にしっくりくる。
闇と月という、夜のワンセットを感じさせる、その兄弟の親密さに。
我は、狭量な心を刺激され。それでも、聞かなければならなかった。
彼ら兄弟の、たくらみを。
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