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88 運命の伴侶 ①(クロウside)
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◆運命の伴侶 ①(クロウside)
夢の中で、ぼくは猫の姿のシオンを怒っていた。
島へ渡る前の時間軸。
心の片隅では、陛下やラヴェルたちと、会ったことを覚えているし。猫のときは、シオンをチョンと呼んでいたのに。夢だから、ハチャメチャなのだ。
そして猫のシオンは、まだ出会ってもいない陛下を、クソ陛下と呼んでいる。
もう、口が悪いんだから。
「シオンっ、クソ陛下って言っちゃダメって、いつも言ってるでしょっ! おとなしくしないと、島に連れてってあげないからな?」
シオンは、情けない声で『すみません、兄上ぇ』と言う。
よし。いつもどおりだな。
さぁ、ドリルをやれ。学園に行けないが、中学生年齢なのだから、勉強は大切だぞ?
ぼくは、子猫の姿でドリルを睨むシオンを見やりつつ。島への想いを馳せる。
海岸から、毎日のように眺めていた。あの三角屋根が印象的な、三本の塔が建つ、海に浮かぶお城。
明日には、その場所へ行けるのだ。
そこには、黄金の、たっぷりした長い髪をなびかせる、麗しの王がいる。
目に浮かぶのは、イアン様のお姿。
あぁ、イアン様に会いたい。
イアン様に会うために、ぼくは海を泳いだのだ。
あれ? チョンを見ていたはずなのに。ぼくはなんでか、一生懸命、海を泳いでいる。
そうだ、イアン様をお救いしないと。早く。
早くしないと、バミネが来ちゃうよ。
だけど、海水が口に入って、溺れてしまう。
おかしいな? 運動全般苦手だけど、泳ぎだけは得意だったのに。
でも、海の底に、沈んでいく。
深く。深く。
目の前がブルーに塗り潰される。
やだやだ、死ぬ前に、もう一度お会いしたかった…。
「…イアンさま」
その、自分の声に、驚いて。
目を覚ました。
あれ? 溺れてないじゃん。息も吸えるじゃん?
ぼくは、肺いっぱいに息を吸い込んだ。
はぁ、ぼく、生きてる。
「クロウ、目が覚めたか?」
目の前には、会いたい、会いたいと願っていた、イアン様がいる。
黄金色の髪、海色の瞳。
あぁ、確かに。陛下だ。
貴方の瞳の中なら、ぼくは溺れても構わない、なんて思って。臭すぎて、ヘラリと笑ってしまう。
でも、陛下は心配そうに、眉根を寄せている。
ちょっと涙ぐんでいるのか、海色の瞳がにじんで見えた。
「おまえは、公爵家の…いや、目覚めて最初に言うべき言葉は、これではないな」
そう言って、陛下は優しい色の光を帯びた眼差しで。寝台に横になるぼくを、しっかりとみつめた。
「クロウ、我も、愛している」
「イアンさ…」
ま、の言葉は。陛下の口の中に、溶けて消えた。
唇と唇が触れ合って。
舌が重なるのを、知覚して。
ぬくもりを感じて。
イアン様の香りを、鼻から吸い込んで。
あぁ。ぼくは陛下のそばに戻ってこられたのだと、実感した。
そして、愛していると言われて。ぼくは。陛下に大事な言葉を伝えられたのだと、知った。
島に上がった辺りから、記憶が。夢の中を漂っていたみたいな感じで、曖昧になっている。
さっき、シオンと風呂に入っていたような気がするが。
あれも、現実かなぁ?
しっとりと合わされた唇が、吸いつきながら、チュッと音を立てて離されて。
あぁ、キスに、溺れそうになっていました。
ぼくは、またまた大きく息を吸い込んで、陛下にたずねた。
「イアン様、夢ではなかったのですね? ぼくは、たどり着けた。貴方の元に…」
そう言うと、陛下がぼくの顔に、小さなキスをいっぱい散りばめてくれる。
く、くすぐったいですぅ。
まだ、あまり力の入らない手で、ぼくは陛下の、胸の前に垂れている髪を撫で。その存在を確かめた。
良かった。生きて、もう一度陛下に会えるなんて。夢のようだ。
何度もあきらめそうになったけど。
陛下に触れて、陛下とキスして。もう、なにも思い残すことはない。そう思えるほど、とっても幸せ。
陛下のそばにいられる幸運をかみ締め、そっとうなずく。
「もしも、ぼくが死んだなら。本当に死神になって。すぐさまバミネの首を跳ね。そのあとは…陛下が年老いて死ぬまで、そばで見守ろう…なんて。思っておりました」
「馬鹿な。おまえがひとり死んで、我がむざむざ、年老いるまで生き永らえるなんて、思うな」
幸せ気分の中で微笑むと。陛下がぼくの手を取って、甲にキスする。
それで、指に、バジリスクの指輪があるのを目にした。
あぁ、そうだ。ぼくは、魔力を取り戻したんだっけ?
「そうだ、陛下、海に行きましょう。バミネが来る前に、ぼくの魔力が陛下のお役に立てるか、検証しなければっ」
ぼくは起き上がろうとするが。それを、陛下に止められる。
手で肩をおさえられて、布団の中にボスンと沈められてしまった。
「今、外はザーザー降りだ。嵐が来ているから、バミネもすぐには来られない」
「しかし…」
魔力が戻ったのは、自分の中から湧き出る、なにかがあるので、わかるのだが。
魔法って、使ったことないじゃん?
どれくらいのことができるのかも、わからないし。
とにかく、最低でも、陛下の炎を鎮火できないと。陛下は安心して、島を出ることができないわけだから。
不安なのだ。陛下のお役に立てると立証できるまでは。
「それに、検証などしなくても、我にはわかる。クロウの中にある、潤沢で膨大な魔力があれば、我の炎など、たちどころに消してしまえると。だから慌てないで、今はゆっくり体を休めてくれ」
陛下は、額を、ぼくの額に押し当てる。
そうされると、なんだか、ホンワリと温かくて。不安や焦りが静まっていく。
やわらぎの心地よさに、ぼくは目を細めた。
「クロウの水魔法と、我の炎魔法。王家とバジリスクが、対の関係であったように。我とクロウも、対の者同士だったのだな? 我らは、運命の伴侶だ」
「…運命の、伴侶?」
そんなふうに言ってもらえるなんて。
モブで、平民で、ただの仕立て屋だった、ぼくを。そんなふうに思ってくれるなんて。
ぼくは。本当に感動してしまった。
「以前、クロウが城に来る前に。我は、バミネに言われたのだ。残り僅かな人生を、心のままに振る舞え。そして天上で、愚かな自分を悔いて、嘆いたらいい…と。あれは、我にバジリスクの者を殺させ、唯一の味方となりえたクロウを、我自身が潰すことで。死んでなお、悔いて苦しめと…そういう言葉だったのだな?」
いたわる手つきで、陛下はぼくの頬を撫でてくれる。
その指先は、少し震えていて。
ぼくを失ってしまっていたら、と想像してしまったのかもしれない。
「だから、バミネは。我には、クロウが死に装束を作る者だと言い。クロウには、婚礼衣装を作れと言ったのだ。まるで違うことを言って、すれ違わせて。我がクロウを手にかけるよう。最後の望みを、我自身で断つように。仕組んだのだ。あの嵐の日、クロウを成敗したという報告がいつ来るかと、楽しみにしていたのにって。バミネがいかにも残念そうに、言っていただろう?」
陛下は、痛々しくも、苦悶の表情を浮かべた。
えぇ? そんなこと言っていたっけ?
ほら、鳥ガラと、死に装束っていう強烈ワードしか、覚えていなかったから。
それにしても、わーっ、バミネ、性格悪すぎ。知ってたけど。本当に、この残忍さには引くよっ。
「だが、クロウが頑張って、我の頑なな心を溶かしてくれたから、我はクロウを殺さずに済んだ。クロウが我のために、魔力を取り戻してくれたから。我は、この島から出ることができるのだ」
ぼくをみつめる海色の瞳が、キラキラと蛍光のように光って、陛下の希望と歓喜を示していた。
まるでエフェクトされているみたいに、陛下の黄金の髪も、白い肌も、表情も、なにもかもが輝いている。
まぶしすぎて、ぼくは、魔物が聖魔法を受けたかのように、塵となって消し飛んでしまいそうですぅ。
いえ、ぼくは魔物でも死神でもありませんが。
陛下の体から放射される光輝が、神のごとくで、後光に焼け崩れそう…。
「偏屈な王であった我を、見捨てず、力を尽くし…そして、愛してくれて、ありがとう。クロウの愛の力で、我は救われたのだ」
「イアン様っ…」
ぼくは、感極まって、陛下に抱きついた。
その、頼もしい、太い首にすがりつき。ギュッと抱き締める。
つい昨日まで、生きることをあきらめていた陛下を、脆く、儚いと感じていたのに。
今、目の前にいる陛下は。生きる希望に満ちあふれ。ぼくを、力強く抱き締めてくれる。
それが、嬉しかった。
「僕は、浅はかでした。僕は、お金も家柄も魔力も、なにも持っていなくて。人付き合いも苦手だし。自信がなくて。とっても、臆病なのです。肉親には恵まれて、家族への愛情はわかるのですが。僕は今まで、他人を愛したことがなくて。いわゆる恋人も、出来たことがなくて。長い長い時間、他者と触れ合うことなど、なかったのです。だから、ぼく。どれだけ愛したら、どれだけ想いを募らせれば、愛しているって言ってもいいのか。伝えても、いいのか。わからなくって…」
シオンにも言われたが、ぼくは難しく考え過ぎていたのだろう。
言葉にしてみたら、バカみたい。
アイキンの、ゲーム世界という意識に囚われて。アイキンに認められるくらい、愛さなければ。陛下を幸せにできないって、思い込んでいた。
ぼくはモブだから、アイキンとは無関係。
アイキンのキャラを、ぼくが幸せにできるはずがない。
モブが、ゲームのストーリーに干渉できるわけがない。そう思ってきたけど。
ぼくが一番、アイキンというゲームに縛られていたのだ。
だけど、やっぱり。
ぼくは、この世界に生きるクロウ・エイデン。
ぼくの心の痛みも、失敗も、喜びも、愛も、全部、ぼく自身の行動で呼び起こされた、ぼくだけの感情なのだ。
陛下を愛していると思うのなら。
ぼくは、陛下を愛しているのだ。
誰に否定されても。愛しているのだ。
「だから昨夜、イアン様に。一番大事な言葉を、お伝え出来なかった。だって、男の僕が、モブで冴えないただの仕立て屋の僕が、カザレニア国王であるイアン様を、愛してしまうなんて。無謀で、不躾で、神に馬鹿じゃね? となじられてもおかしくない、恐れ多い所業です」
心を震わせ、心に向き合い、自身の心をみつめて。誠実に、胸の内を打ち明けていった。
「それに…陛下に嫌われたら。愛してると伝えて、拒否られたら。とても…とてもっ…こ、怖くって。イアン様に、嫌われたくないのですぅ…」
それでも、まだ。臆病の芽は、出てくる。
嫌われたくない。キモがられたくない。拒否られたくない。と思うのは。誰もが思うことだと思うけど。
ぼくはその意識が人一倍強いタイプで。
前世から培ってきた、この感情は、なかなか払しょくできないものなのだ。
その感情をこじらせて、人と付き合うことに臆病になって、コミュ障になるわけなのです。でも。
ぼくは少し身を離して、陛下の顔を間近でみつめる。
ちゃんと目を見て。自分の言葉で。しっかり伝えなければ。
アイリスも言っていた。愛と勇気を今こそ発揮するのよっ! って。
コミュ障なんか、吹っ飛ばせ。
「だけど、それは愚かなことでした。たとえイアン様に、受け入れられなくても、手ひどく拒絶されても。き、嫌われても。ぼくはこの気持ちを、イアン様にお伝えするべきだった。死を覚悟した陛下が、愛されていることを知らずに、い、逝かれることに比べれば、自分が傷つくことなんか、些細な痛みだ」
ぼくは、自信がなさ過ぎて。初めての恋に、戸惑い過ぎて。
陛下は、ぼくと結婚してくれたというのに。陛下のお気持ちを考えずに、ひとりで怖がって。
愛の言葉ひとつ、言えないなんて。臆病にもほどがある。
ぼくに、これほど心を砕いてくれる陛下が。ぼくを、手ひどく拒絶するなんて。あるわけないのにな?
「海で、溺れそうになって。死ぬ前に、もう一度、陛下に会いたいって。そう願って。愛していると伝えられないまま、死ぬことなど、できないと。そう、思いました」
そうだよ。死ぬ気になれば、なんでもできるって。よく言われる言葉で。
他人に言われたら、そんな簡単に言うけどさぁと、若干イラッとする言葉でもあるけれど。
マジで死ぬ直前まで行った、ぼくと陛下は。その言葉を胸を、張って言えるよ?
死んで後悔する前に、大事な言葉はちゃんと言っておけって、ね?
「イアン様、愛しています。どうか、僕の命が尽きるまで、イアン様のおそばに置いてください」
「あぁ、我もクロウを愛している。ずっと、我のそばにいてくれ。ともに生きよう、クロウ。年老いて、互いに寿命が尽きるそのときまで…」
そうして、どちらからともなく顔を寄せ、ぼくと陛下はキスをする。
心の中で、ハッピーエンドの鐘の音が、鳴り響いたような気がした…。
あ、まだ終わっていなかった。
陛下を、ちゃんと、無事に、本土へお連れするまでは、気を抜いてはいけなかったね? 反省反省。
夢の中で、ぼくは猫の姿のシオンを怒っていた。
島へ渡る前の時間軸。
心の片隅では、陛下やラヴェルたちと、会ったことを覚えているし。猫のときは、シオンをチョンと呼んでいたのに。夢だから、ハチャメチャなのだ。
そして猫のシオンは、まだ出会ってもいない陛下を、クソ陛下と呼んでいる。
もう、口が悪いんだから。
「シオンっ、クソ陛下って言っちゃダメって、いつも言ってるでしょっ! おとなしくしないと、島に連れてってあげないからな?」
シオンは、情けない声で『すみません、兄上ぇ』と言う。
よし。いつもどおりだな。
さぁ、ドリルをやれ。学園に行けないが、中学生年齢なのだから、勉強は大切だぞ?
ぼくは、子猫の姿でドリルを睨むシオンを見やりつつ。島への想いを馳せる。
海岸から、毎日のように眺めていた。あの三角屋根が印象的な、三本の塔が建つ、海に浮かぶお城。
明日には、その場所へ行けるのだ。
そこには、黄金の、たっぷりした長い髪をなびかせる、麗しの王がいる。
目に浮かぶのは、イアン様のお姿。
あぁ、イアン様に会いたい。
イアン様に会うために、ぼくは海を泳いだのだ。
あれ? チョンを見ていたはずなのに。ぼくはなんでか、一生懸命、海を泳いでいる。
そうだ、イアン様をお救いしないと。早く。
早くしないと、バミネが来ちゃうよ。
だけど、海水が口に入って、溺れてしまう。
おかしいな? 運動全般苦手だけど、泳ぎだけは得意だったのに。
でも、海の底に、沈んでいく。
深く。深く。
目の前がブルーに塗り潰される。
やだやだ、死ぬ前に、もう一度お会いしたかった…。
「…イアンさま」
その、自分の声に、驚いて。
目を覚ました。
あれ? 溺れてないじゃん。息も吸えるじゃん?
ぼくは、肺いっぱいに息を吸い込んだ。
はぁ、ぼく、生きてる。
「クロウ、目が覚めたか?」
目の前には、会いたい、会いたいと願っていた、イアン様がいる。
黄金色の髪、海色の瞳。
あぁ、確かに。陛下だ。
貴方の瞳の中なら、ぼくは溺れても構わない、なんて思って。臭すぎて、ヘラリと笑ってしまう。
でも、陛下は心配そうに、眉根を寄せている。
ちょっと涙ぐんでいるのか、海色の瞳がにじんで見えた。
「おまえは、公爵家の…いや、目覚めて最初に言うべき言葉は、これではないな」
そう言って、陛下は優しい色の光を帯びた眼差しで。寝台に横になるぼくを、しっかりとみつめた。
「クロウ、我も、愛している」
「イアンさ…」
ま、の言葉は。陛下の口の中に、溶けて消えた。
唇と唇が触れ合って。
舌が重なるのを、知覚して。
ぬくもりを感じて。
イアン様の香りを、鼻から吸い込んで。
あぁ。ぼくは陛下のそばに戻ってこられたのだと、実感した。
そして、愛していると言われて。ぼくは。陛下に大事な言葉を伝えられたのだと、知った。
島に上がった辺りから、記憶が。夢の中を漂っていたみたいな感じで、曖昧になっている。
さっき、シオンと風呂に入っていたような気がするが。
あれも、現実かなぁ?
しっとりと合わされた唇が、吸いつきながら、チュッと音を立てて離されて。
あぁ、キスに、溺れそうになっていました。
ぼくは、またまた大きく息を吸い込んで、陛下にたずねた。
「イアン様、夢ではなかったのですね? ぼくは、たどり着けた。貴方の元に…」
そう言うと、陛下がぼくの顔に、小さなキスをいっぱい散りばめてくれる。
く、くすぐったいですぅ。
まだ、あまり力の入らない手で、ぼくは陛下の、胸の前に垂れている髪を撫で。その存在を確かめた。
良かった。生きて、もう一度陛下に会えるなんて。夢のようだ。
何度もあきらめそうになったけど。
陛下に触れて、陛下とキスして。もう、なにも思い残すことはない。そう思えるほど、とっても幸せ。
陛下のそばにいられる幸運をかみ締め、そっとうなずく。
「もしも、ぼくが死んだなら。本当に死神になって。すぐさまバミネの首を跳ね。そのあとは…陛下が年老いて死ぬまで、そばで見守ろう…なんて。思っておりました」
「馬鹿な。おまえがひとり死んで、我がむざむざ、年老いるまで生き永らえるなんて、思うな」
幸せ気分の中で微笑むと。陛下がぼくの手を取って、甲にキスする。
それで、指に、バジリスクの指輪があるのを目にした。
あぁ、そうだ。ぼくは、魔力を取り戻したんだっけ?
「そうだ、陛下、海に行きましょう。バミネが来る前に、ぼくの魔力が陛下のお役に立てるか、検証しなければっ」
ぼくは起き上がろうとするが。それを、陛下に止められる。
手で肩をおさえられて、布団の中にボスンと沈められてしまった。
「今、外はザーザー降りだ。嵐が来ているから、バミネもすぐには来られない」
「しかし…」
魔力が戻ったのは、自分の中から湧き出る、なにかがあるので、わかるのだが。
魔法って、使ったことないじゃん?
どれくらいのことができるのかも、わからないし。
とにかく、最低でも、陛下の炎を鎮火できないと。陛下は安心して、島を出ることができないわけだから。
不安なのだ。陛下のお役に立てると立証できるまでは。
「それに、検証などしなくても、我にはわかる。クロウの中にある、潤沢で膨大な魔力があれば、我の炎など、たちどころに消してしまえると。だから慌てないで、今はゆっくり体を休めてくれ」
陛下は、額を、ぼくの額に押し当てる。
そうされると、なんだか、ホンワリと温かくて。不安や焦りが静まっていく。
やわらぎの心地よさに、ぼくは目を細めた。
「クロウの水魔法と、我の炎魔法。王家とバジリスクが、対の関係であったように。我とクロウも、対の者同士だったのだな? 我らは、運命の伴侶だ」
「…運命の、伴侶?」
そんなふうに言ってもらえるなんて。
モブで、平民で、ただの仕立て屋だった、ぼくを。そんなふうに思ってくれるなんて。
ぼくは。本当に感動してしまった。
「以前、クロウが城に来る前に。我は、バミネに言われたのだ。残り僅かな人生を、心のままに振る舞え。そして天上で、愚かな自分を悔いて、嘆いたらいい…と。あれは、我にバジリスクの者を殺させ、唯一の味方となりえたクロウを、我自身が潰すことで。死んでなお、悔いて苦しめと…そういう言葉だったのだな?」
いたわる手つきで、陛下はぼくの頬を撫でてくれる。
その指先は、少し震えていて。
ぼくを失ってしまっていたら、と想像してしまったのかもしれない。
「だから、バミネは。我には、クロウが死に装束を作る者だと言い。クロウには、婚礼衣装を作れと言ったのだ。まるで違うことを言って、すれ違わせて。我がクロウを手にかけるよう。最後の望みを、我自身で断つように。仕組んだのだ。あの嵐の日、クロウを成敗したという報告がいつ来るかと、楽しみにしていたのにって。バミネがいかにも残念そうに、言っていただろう?」
陛下は、痛々しくも、苦悶の表情を浮かべた。
えぇ? そんなこと言っていたっけ?
ほら、鳥ガラと、死に装束っていう強烈ワードしか、覚えていなかったから。
それにしても、わーっ、バミネ、性格悪すぎ。知ってたけど。本当に、この残忍さには引くよっ。
「だが、クロウが頑張って、我の頑なな心を溶かしてくれたから、我はクロウを殺さずに済んだ。クロウが我のために、魔力を取り戻してくれたから。我は、この島から出ることができるのだ」
ぼくをみつめる海色の瞳が、キラキラと蛍光のように光って、陛下の希望と歓喜を示していた。
まるでエフェクトされているみたいに、陛下の黄金の髪も、白い肌も、表情も、なにもかもが輝いている。
まぶしすぎて、ぼくは、魔物が聖魔法を受けたかのように、塵となって消し飛んでしまいそうですぅ。
いえ、ぼくは魔物でも死神でもありませんが。
陛下の体から放射される光輝が、神のごとくで、後光に焼け崩れそう…。
「偏屈な王であった我を、見捨てず、力を尽くし…そして、愛してくれて、ありがとう。クロウの愛の力で、我は救われたのだ」
「イアン様っ…」
ぼくは、感極まって、陛下に抱きついた。
その、頼もしい、太い首にすがりつき。ギュッと抱き締める。
つい昨日まで、生きることをあきらめていた陛下を、脆く、儚いと感じていたのに。
今、目の前にいる陛下は。生きる希望に満ちあふれ。ぼくを、力強く抱き締めてくれる。
それが、嬉しかった。
「僕は、浅はかでした。僕は、お金も家柄も魔力も、なにも持っていなくて。人付き合いも苦手だし。自信がなくて。とっても、臆病なのです。肉親には恵まれて、家族への愛情はわかるのですが。僕は今まで、他人を愛したことがなくて。いわゆる恋人も、出来たことがなくて。長い長い時間、他者と触れ合うことなど、なかったのです。だから、ぼく。どれだけ愛したら、どれだけ想いを募らせれば、愛しているって言ってもいいのか。伝えても、いいのか。わからなくって…」
シオンにも言われたが、ぼくは難しく考え過ぎていたのだろう。
言葉にしてみたら、バカみたい。
アイキンの、ゲーム世界という意識に囚われて。アイキンに認められるくらい、愛さなければ。陛下を幸せにできないって、思い込んでいた。
ぼくはモブだから、アイキンとは無関係。
アイキンのキャラを、ぼくが幸せにできるはずがない。
モブが、ゲームのストーリーに干渉できるわけがない。そう思ってきたけど。
ぼくが一番、アイキンというゲームに縛られていたのだ。
だけど、やっぱり。
ぼくは、この世界に生きるクロウ・エイデン。
ぼくの心の痛みも、失敗も、喜びも、愛も、全部、ぼく自身の行動で呼び起こされた、ぼくだけの感情なのだ。
陛下を愛していると思うのなら。
ぼくは、陛下を愛しているのだ。
誰に否定されても。愛しているのだ。
「だから昨夜、イアン様に。一番大事な言葉を、お伝え出来なかった。だって、男の僕が、モブで冴えないただの仕立て屋の僕が、カザレニア国王であるイアン様を、愛してしまうなんて。無謀で、不躾で、神に馬鹿じゃね? となじられてもおかしくない、恐れ多い所業です」
心を震わせ、心に向き合い、自身の心をみつめて。誠実に、胸の内を打ち明けていった。
「それに…陛下に嫌われたら。愛してると伝えて、拒否られたら。とても…とてもっ…こ、怖くって。イアン様に、嫌われたくないのですぅ…」
それでも、まだ。臆病の芽は、出てくる。
嫌われたくない。キモがられたくない。拒否られたくない。と思うのは。誰もが思うことだと思うけど。
ぼくはその意識が人一倍強いタイプで。
前世から培ってきた、この感情は、なかなか払しょくできないものなのだ。
その感情をこじらせて、人と付き合うことに臆病になって、コミュ障になるわけなのです。でも。
ぼくは少し身を離して、陛下の顔を間近でみつめる。
ちゃんと目を見て。自分の言葉で。しっかり伝えなければ。
アイリスも言っていた。愛と勇気を今こそ発揮するのよっ! って。
コミュ障なんか、吹っ飛ばせ。
「だけど、それは愚かなことでした。たとえイアン様に、受け入れられなくても、手ひどく拒絶されても。き、嫌われても。ぼくはこの気持ちを、イアン様にお伝えするべきだった。死を覚悟した陛下が、愛されていることを知らずに、い、逝かれることに比べれば、自分が傷つくことなんか、些細な痛みだ」
ぼくは、自信がなさ過ぎて。初めての恋に、戸惑い過ぎて。
陛下は、ぼくと結婚してくれたというのに。陛下のお気持ちを考えずに、ひとりで怖がって。
愛の言葉ひとつ、言えないなんて。臆病にもほどがある。
ぼくに、これほど心を砕いてくれる陛下が。ぼくを、手ひどく拒絶するなんて。あるわけないのにな?
「海で、溺れそうになって。死ぬ前に、もう一度、陛下に会いたいって。そう願って。愛していると伝えられないまま、死ぬことなど、できないと。そう、思いました」
そうだよ。死ぬ気になれば、なんでもできるって。よく言われる言葉で。
他人に言われたら、そんな簡単に言うけどさぁと、若干イラッとする言葉でもあるけれど。
マジで死ぬ直前まで行った、ぼくと陛下は。その言葉を胸を、張って言えるよ?
死んで後悔する前に、大事な言葉はちゃんと言っておけって、ね?
「イアン様、愛しています。どうか、僕の命が尽きるまで、イアン様のおそばに置いてください」
「あぁ、我もクロウを愛している。ずっと、我のそばにいてくれ。ともに生きよう、クロウ。年老いて、互いに寿命が尽きるそのときまで…」
そうして、どちらからともなく顔を寄せ、ぼくと陛下はキスをする。
心の中で、ハッピーエンドの鐘の音が、鳴り響いたような気がした…。
あ、まだ終わっていなかった。
陛下を、ちゃんと、無事に、本土へお連れするまでは、気を抜いてはいけなかったね? 反省反省。
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異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
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