記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー

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4.夏はロマンチスト

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 秋達は夏の宣言通り同棲した。
 それは秋が退院したその日からだった。

「準備万端すぎるだろ……」

 秋の家の合鍵を持っていた夏は、秋が入院している間にせっせと同棲の準備を進めていたのだ。
 そして見事、退院と同時に同棲の流れに乗らざるを得なくなった訳である。
 この時点で、秋は諦めていた。
 今更記憶喪失が嘘だとも告げても手遅れである事を……。
 何より、ここまで来たらこのまま行ける所まで流された方が楽だと判断したのだ。

「いいトコ住んでんなぁ」

 相変わらず、の言葉を飲み込んで言えば、夏はいい笑顔で返事をする。

「はい、一緒に住む事を想定して二人で選びましたから」

「……そうか俺も一緒に選んだのか」

 ンな訳ねぇだろと心の中でツッコミながら自分の知らぬ間に引っ越しが済んでいたマンションのソファーに腰掛けた。
 秋が夏の家にお邪魔するのは初めてでは無い。
 夏が秋の家に来る事も多かったが、秋が夏の家に遊びに行く事も多々あった。大学から近いため便利だったのだ。
 夏の家に来る度に一人暮らしにしては広いなと思っていたが、もしかしたら本当に自分と住むことを想定していたのだろうか。

「病み上がりでお疲れでしょう。今コーヒー入れますね」

「あぁ、ありがとな」

 色々とツッコミどころはあるがどれも今更だろう、と秋はソファーに深々と体を沈めて瞳を閉じた。
 身体に溜まった疲れは病み上がりからなのか怒涛の展開からなのか分からないが、夏が用意してくれているコーヒーの香りでわずかに疲れが癒される。

「昼は少し遅くに作りましょうか?」

 少しうとうとし始めた頃に隣に夏が座る気配を感じ秋はまぶたを開く。

「俺はいつでも良いよ。それより夏も疲れてるだろ? コンビニで何か買ってくるか?」

「いえ、俺はこれぐらいでは疲れません。では、もう少ししたら消化に良いものを作ります」

 そう言って優しく微笑む夏は彼女に甲斐甲斐しく世話を焼く彼氏の顔で、秋は思わず顔をそむけた。

「……そう言えばさ……」

 妙に気恥ずかしい気分になった秋は、誤魔化すように口を開く。

「……俺たちってどっちから告ったんだ?」

 気恥ずかしさを誤魔化す為の会話だったが、咄嗟に出した話題は少し前から気になっていた事でもある。
 自分たちの関係を知っておかないと、これからの生活でどのように振る舞えば良いのか分からないからだ。
 こんな生活が長く続くとは思えないが、細かく設定しておいてもらった方が合わせやすそうだと思い秋は夏に尋ねるが、今度は夏が顔をそらした。

「それは……秋さんからです」

「俺からなの!?」

 驚く秋の隣で視線をさまよわせる夏の顔は赤い。

「俺ってどんな告り方したんだ?」

「えっと……夜景の見えるレストランで……」

 そんなレストランに行ったことは無い。

「……秋さんが『月が綺麗だ』と……」

「ぶふっ……」

 言わない。まず自分はそんな事絶対に言わない。
 しかし夏はそんなシチュエーションがお望みらしい。

「……で、それから?」

 秋が笑いをこらえながら更に尋ねれば、夏は少し気恥ずかしそうに、しかしどこか楽しそうに言葉を続ける。

「それから……俺は秋さんの言葉を告白と受け取り俺の方からも『好きです』と伝えました。それから俺たちは恋人同士になったんです」

「へ、へー」

 思いのほか夏がロマンチストだと判明したところでコーヒーメーカーから出来上がりの合図の音が鳴り、夏はそそくさと立ち上がってペアのマグカップに薫り高いコーヒーを注いだ。
 さて、これから俺たちの、夏曰く恋人同士らしい関係はどうなるのだろうかと秋は考えて、戸惑いの中に少しだけワクワクしている自分に気が付いた。
 
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