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8.慣れすぎた光景
しおりを挟む休日のほとんどをベッドの上で過ごすと言う自堕落な生活をした後の、待ちに待ってない月曜日。
大学校内を気怠げに歩く秋に後方から知った声がかかった。
「おーい秋おはよ。何か疲れてね?」
「秋さんに気安く声をかけるな」
秋が男へ朝の挨拶を返す前に夏から横入りされ、更に腰まで引き寄せられる。
「お前んトコのセ○ム怖いんだけど」
「夏ー、学校で問題おこすなよー」
「はい秋さん!」
「いやそれだと学校の外なら良いみたいじゃん」
やれやれと言うように苦笑いを返す男は秋が大学に入って仲良くなった友人で、名を山尾飛鳥と言う。
短めの髪をアッシュグレーに染めた男は一見軽薄そうな、俗に言うチャラそうな服装であったが、中身はゲームオタクである。
その為、秋と良く話が合ったのだ。
「お前らホント仲いいよなー」
威嚇する夏の反対側に回った飛鳥が秋に話しかける。
未だ飛鳥を不機嫌に睨む夏であったが、そんな彼の腰に回された手をぽんぽんと叩けば、とたんに眉間のシワの数が減った。
「そーいや前言ってたゲームあるじゃん? あれ手に入ったんだけど秋貸そうか?」
「まじで!? 良く手に入ったなぁ、借りる借りる! 俺一番な!」
「じゃあ終わったらお前んち持って……やっぱ学校で渡すわ」
別に今まで通り家に持ってくれば良いじゃないか。その後宅飲みしてゲーム談義に花を咲かせるのがいつもの流れなのだから。と思う秋であったが、己の腰を引き寄せる男のせいだと気づき、今度は飛鳥を威圧する夏の頭を叩いた。
「じゃあさ、俺が飛鳥んちに取り行くよ」
「っ!? ダメです秋さん!」
「じゃあ飛鳥に家に来てもらっても良いな?」
「……っ」
夏の中で葛藤がなされているのだろう、視線を忙しなく動かして、そして何かに耐える様に強く目をつぶる。
「お、俺が居るときにしてください絶対にっ」
「つーわけで持ってきてくれよ。酒用意しとくから」
「おぅ……」
そんな二人のやり取りを、やはり飛鳥は苦笑いで見守った。
「なんつーか……ますます猛獣使いの腕が上がったよなお前……」
「なんだよ猛獣使いって。ドッグトレーナーぐらいにしとけ」
「それもどうかと思うがな」
それじゃあ二人の愛の巣にお邪魔しますよ、と冗談めかしたセリフを置き土産に飛鳥は去って行った。
飛鳥を見送る間も秋の腰から夏の手は退く事は無く、そのまま校内に向かう。
スマホをいじりながら歩く秋と、秋の腰を抱きながら眉間のシワなんか消え去った顔で秋を眺める夏。そんな二人の光景をジロジロと興味深げに眺める人は居ない。
そう言えば、と秋はふと数週間前の出来事を思い出す。
退院して初めて学校に登校した時の出来事だ。
その日もやはり夏が秋の隣を誰にも譲らなくて、やはり飛鳥が寄ってきた。
『おーい秋! お前もぉ来て大丈夫なのか?』
『俺がそばに居るから問題ない』
『……らしいよ』
『……あっそ』
入院を心配してくれたらしい飛鳥であるが、二人の、いや主に夏の様子に大丈夫そうだなと飛鳥は安堵した。
『つっても夏がずっと一緒に居られる訳じゃないだろ? 家族とかに迎えに来てもらうのか?』
『行きも帰りも俺がそばに居る。同居しているからな。彼氏として恋人のそばにいるのは当然だ』
『おい夏……!』
登校したら今の状況を知人達にどう説明するべきか。まずは、友人には様子を見てどこまで本当の事を話すかを考えて……なんて言う秋の思惑など関係なしに夏はぶっ込んで来たもんだから秋は慌てた。
お前もうちょい順序ってもんを考えてだな! と夏を小突こうとしたが、夏の言葉を聞いて驚くと思っていた飛鳥は特に動揺する様子も無く『へー同居始めたのかー』なんて呑気に言っている。
動揺しているのは自分だけで、拍子抜けした秋が確かめるように口を開いた。
『あんさ、飛鳥……俺たち付き合ってるんだけど』
『は? おぅ、知ってるけど?』
と、なにを今更と言いたげな顔で返された。
解せん! 何度目かの心の叫びを響かせて、恋人宣言を会う人会う人にする夏を冷や冷やしながら見守っていたが、そんな秋を尻目にその日は何事もなく過ぎたのだった。
「……やっぱり解せねぇよ」
「何が解せないのですか秋さん? 秋さんを煩わせる奴がいるなら俺が潰して──」
「──校内で問題を起こすなよ」
「はい秋さん!」
校内でじゃれ合う二人のそばをやはり周りは何事もないように通り過ぎる。まるで慣れてしまったいつもの光景に向けるような、温かい視線を少しだけ二人に投げよこして。
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