記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー

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7.夏は本気だ

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 夕方独特の橙色の光がリビングに射し込む。
 どこからかカナカナと聞こえてくるひぐらしの鳴き声が夏の終りを告げる。
 ぼおっとする頭でそれらを感じ取りながら、この状態を何と呼ぶのだろうと考えるのは秋だった。
 朝チュンならぬ夕方カナと言うのだろうか。
 そんな現実逃避をする秋は、ベッドで夏に抱きしめられている。もちろん裸で。

「……なんてこった」

 人知れず呟いた秋は己を背後から抱きしめて眠る夏に振り返る。
 その顔は至極満足げで、それはそうだろうと秋は思う。
 なんせ思う存分好き勝手されたのだから。あれだけしておいて満足していなかったらもう付き合いきれない。

 散々むちゃくちゃにされた体を動かして、絡んでいた腕から抜け出す。
 そっとベッドから立ち上がれば少し体がきしむものの、なんとか歩けることを確認してのろのろとキッチンに向かった。
 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを飲むとよく冷えた水がかれていた喉にしみる。

「……秋さん……」

 ペットボトルの半分ほどを一気飲みして一息ついていた秋を、たくましい腕が背後からふわりと抱きしめた。

「よぉ、お前も飲むか?」

 裸のままの夏が掠れた妙に色っぽい声で名を呼び、頬ずりをする。
 秋がくすぐったいなと思っている間に流れるようにキスをされて、この男は本当に先程まで童貞だった男だろうかと、頭の片隅で考えながら夏の髪に指を絡めた。

「はぁ……秋さん、体は平気ですか……?」

「ん、まぁ……ちょっと腰が痛いかな」

 ついばむようなキスを数回して気が済んだのか、唇を離した夏が愛おしそうに秋の頬を撫でながら尋ねる。
 そして秋の返答を聞くと「すみません」と謝るものの背後から秋を包み込んだまま離れようとはしなかった。

 秋は思う。どうしたものかと。
 半ば投げやりのように夏の要望を受け入れた秋であったが、どうせできるはずが無いとたかをくくっていた。
 たとえキス出来たとしてもこれじゃない感に無駄に高まった敬愛の熱も冷めて理性を取り戻すだろうと、思っていたのだ。
 それがどうだ。
 躊躇なくキスしてくるは、そのまま押し倒されるは、おまけに用意されていたように何処からともなく出されたゴムや潤滑剤、嫌になるほど熱っぽく呼ばれる名前。
 こいつもしかして俺の事が……なんて考えるまでもない。
 夏は本気だ。

「……なんてこった」

「どうしました?」

「いや、お前は俺の事が好きなんだなぁって思って」

「当然です。恋人同士なんですから」

「そうな、恋人だもんな……」

 キラキラと輝く夏の笑顔が眩しくて少しげんなりしたら、腕を引かれて今度は正面から夏の胸の中におさまる。
 下顎に手を添えられたから上を向けば、頬を染めた嬉しそうな夏の顔が落ちてくる。
 キスされるなと考える頃にはもう唇は合わさっていて、当然のように舌が忍び込んできた。
 絡んだ舌を受け入れてしまったら、キッチンカウンターに座らせられて、ギラギラ光る瞳とかち合う。
 満足……していなかったのか。
 そう察して焦る秋だったが、極上の肉の味を知ってしまった猛獣のように迫る夏から、逃れる術は持ち合わせていなかった。
 
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