記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー

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19.切り替えの速さには自信がある

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「はぁー、疲れた。早くメシにしようぜ」

「……」

 家に帰り着きほっと息をつく秋だったが、夏は未だ思い悩んだようにうつむいていた。

「……夏?」

「……あ、すみません秋さん! すぐに晩御飯作ります!」

 秋に顔を覗き込まれて我に返った夏が、バタバタとキッチンに入っていく。
 やはり様子がおかしい夏に、よっぽど喧嘩に巻き込んだ事を気にしているのだろうかと秋は首をかしげる。
 だがまぁそのうち調子も戻るだろうと思考を切り替え、とりあえずお風呂の準備でもする事にした。
 風呂の準備と言っても掃除は終わっているので、後はボタン一つで自動で沸く。
 実家の風呂とは大違いだと文明に感謝しながら、秋はリビングでオムライスが出来上がるのを待った。

「おまたせしました」

「おぉっ、うまそう! さんきゅーな夏」

 卵がとろりととろける秋の理想的なオムライスに、頬がゆるむ。
 ケチャップをかけてほくほく顔でオムライスを頬張る秋は、そのあまりの美味しさに夢中になり気づかなかった。
 目の前に座って同じようにオムライスを食べる男の顔が、まだ沈んでいる事に……。
 その様子に気が付いたのは、オムライスを完食した後であった。

「あれ? 夏、食欲ないのか?」

 美味しい晩御飯に満足して顔を上げると、まだ目の前の男は食事の半分ほどしか手が進んでいない。
 少し顔を伏せた夏の様子に、まだ龍也達の事を気にしているのかと笑う。
 もういい加減気にするなと声をかけようとしたタイミングで、夏が顔を伏せたまま話しだした。

「秋さん、今日は本当に申し訳ありませんでした……」

「やっぱりか、お前まだ気にしてたのかよ……」

 予想通りの言葉に秋はやはりかと笑う。

「俺が恋人だと名乗らなければこんな事には……」

「いやいやいや、喧嘩相手の恋人を攫って脅そうとしたアイツらが悪いんであって、お前は悪くないだろ」

 悪いのは夏では無い。悪いのは龍也達であるし、夏も巻き込まれた被害者だ。
 そう言って励ましても、夏の表情は一向に晴れない。

「……俺が謝らなければならないのはそれだけじゃ無いんです……」

「夏……?」

 まだ何かあるのか、と夏の言葉を待つ。
 しかしテーブルの上でグッと拳を握りしめた夏は、迷うように口を開いては、また閉じてしまう。
 よっぽど言い難いのだろうと、秋は急かす事はせず夏の言動を見守った。
 すると急に伏せていた顔を上げ、強い眼差しで秋を見た。ようやく決心したようだと、秋も視線をそらさずに見つめ返す。
 そして、意を決した夏が口を開いた。

「実は……俺と夏さんが恋人同士だと言ったのは嘘なんです……っ」

「な……」

 何をいまさら……とは、かろうじて口に出さなかった。しかし夏の今までに無いほどの真剣な眼差しがいたたまれない。

「すみません、呆れて言葉も出ませんよね……」

 秋の沈黙をどう感じたのか、夏の表情が増々悲哀に満ちていく。

「本当は、俺たち付き合ってなんかいなかったんです……! なのに、俺は記憶喪失の秋さんに嘘をつきました……」

「いや、あのさ……」

「……今まで騙していて、すみませんでした! 俺は……っ」

 テーブルの上の拳が震えている。まるで自分自身に怒りをぶつけている様だ。
 落ち着け夏、と言葉をかけようとしたが、それより早く夏が立ち上がった。

「俺……っ、頭を冷やして来ます……!」

「は? 夏!?」

 止める間も無く玄関に向かう夏を、秋は立ち上がって唖然と見送る事しか出来ない。
 バタンッとドアが閉まる音が響く。静かになった部屋で秋は一人立ち尽くしていた。

 夏が出ていった玄関をぽかんと見つめる。
 最後に見た夏の顔は、恋人と偽った自分自身を責めるように歪んでいた。

「……夏?」

 名を呼んだところで、当然返事などない。
 夏が出ていった。頭を冷やすと言っていたが、戻ってくる気はあるのだろうか。

「……っ」

 そう考えて、胸が妙にざわめいた。
 夏が、戻ってこない? 居なくなる?
 それは困る、とても困る。けれど、なぜ困るのだろうか。
 家をシェア出来なくなるから? 美味しい卵料理が食べられなくなるから?
 考えたがどれもしっくり来なくて、ただ漠然とした不安だけが募っていく。

 夏の泣きそうな顔が頭から離れない。
 それほどまでに、夏は思い悩んでいたのだ。
 ほんのいたずら心だった。かわいい後輩をちょっとからかってやろうと思っただけだった。
 それが、これほどまで夏を苦しめる事になるなんて思いもよらなかったのだ。

「……俺のせいか……」

 記憶喪失のふりなんかしなければ、夏に真実を打ち明けていたならばこんな事には……

「…………いや、記憶喪失につけ込んで嘘を吹き込もうとした夏も悪いよな?」

 よしよし悪いのは俺だけじゃない。
 秋は手のひらを返したようにスッキリしたところで上着を羽織る。そしてもう一枚上着を持ち玄関を出た。

 夏が居なくなると困る。それがなぜかって?
 まぁとりあえず、俺は夏と一緒に居たい。今はそれが分かるだけで良いじゃないか。
 さて、秋の夜長に夏を探そう。今宵は月が綺麗だと良いな。
 
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