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4.マオと呼ぶ事にした
しおりを挟む夢を見た。
きっとこれは夢。
僕は傭兵の下っ端で、先輩に雑用を任されながらあくせく働く日々。
後輩はどんどん出世するのに、僕は情けなくも下っ端のまま。
けれど幸せな生活を送っていたんだ。
家に帰れば、小さな手を僕に一生懸命伸ばす可愛い子供。
僕の子じゃないけれど、自分の子供のように可愛がっていた。
でも、この子は誰だっけ?
とっても大切な、世界一大切な存在のはずなのに。
たとえ世界を敵に回そうとも、世界が滅ぼうとも、この子だけは守ると誓ったはずなのに──
✧ ✧ ✧
「──おきた!」
「……おはよう……ございます?」
「おはよう! こざいます!」
目覚めたら、ベッドの上だった。しかもローブ姿だ。
右手はツルリとした感触があり、開いてみたら昨日の石を握りしめていた。
誰かが、いやたぶん男がだろうが、石を麻紐で結んで僕の首にかけていた。
ひとまず、良かったと安堵する。今度はちゃんとした所で目覚めたし、いきなり男にキスされてなかったのだから。
しかし今度は知らない子供がこちらを覗いていた。
いや、子供なのだろうか。
形も大きさも人間の子供だが、目が六個あるし口が異様に大きい。
そしてパタタタと忙しなく走り回っている。
「…………、ワレ?」
「ワレ!」
「ワレかぁ」
うん、やっぱワレだった。
人型にもなれたようだ。
人型のワレは、五歳ぐらいの男の子の見た目で、銀色でふわふわの髪をしていた。
頭のてっぺんでは前髪が黄色いリボンで結ばれている。
そして小さな体にピッタリの燕尾服姿。
うん、頑張ってお澄まししてるの可愛いな。魔物なのに。
さてさて、とりあえず当たり前な目覚めができたので今日はこの調子で頑張りたい。
こう、あまりにも異常な、頭がついていかないほどの非常識で塗り固められた日にならないよう頑張りたいのだ。
昨日はあまりの事態に疲れ果てて寝てしまったから。
「ねぇワレ」
「はい! ワレはワレです!」
「うん、ワレさ……」
なので、まず自分のすべき事は……
「僕、外に出たいんだけど、できるかなぁ?」
……だと思う。
きっとこのままここに居たら、またあの男が来てしまうだろう。
ずっと捕まらないのは不可能かもしれないが、少しでも離れていたいのだ。
だって魔王だし。一般市民として逃げておくべきだと思う。
「ワレは凄いからできる!」
ワレは僕のお願いに胸を張って答える。
この小さな体では僕を引きずる事しか出来ないかもしれないが、少しでもこの場から離れれば良い。
そう思った、だけなのだが──
「──へ? ええぇええぇっ!?」
ワレの姿が消えたと思ったら、急に体が揺らいだ。
地震!? と焦ったが、違った。僕が乗っているベッドが揺れているのだ。
なんと、ワレがベッドごと担いでいた。
「嘘!? わ、ワレ! 大丈夫!?」
「大丈夫! ワレ凄い! ね! 魔王さま!」
「え……っ」
まさかあの小さな体でベッドを担げるとは思いもせず焦ったが、ワレの呼びかけでもっと焦る。
魔王様って……と視線を上げれば、居た。いつの間に入ってきたのか、扉の前に「何をしているんだ」と言いたげに立っていた。
逃げるのが一足遅かったようだ。
「……サク、おはよう」
「あ、はい……おはようございます」
「何をしている?」
「い、いや……ちょっと外に出たいなって、思っただけで逃げようなどとは……」
「……外に出るなら、着替えるべきだ」
「……で、ですね!」
なんと、魔王からマナーを説かれてしまった。
これはとても恥ずかしい。
魔王を怖がるべきか、寝間着姿で外に出ようとした自分を恥じるべきか、情緒が不安定のままとりあえずベッドを下ろしてもらった。
すると男は素早く近づいてきて、山ほど服を出してきた。そして昨日のように、あっという間に僕を着替えさせてしまったのだ。
「また! 散らかす! もぉ!」
ワレが服を散らかした魔王に文句を言いながらも、せっせと拾い集める。ワレは働き者だな。
ひとまず服に着替えたら、やっぱり今日も魔王に抱え上げられてしまった。
「あ、あの……魔王様?」
「……魔王じゃない」
「じゃあ、どう呼べば良いですか?」
魔王と呼ばれているのに、魔王では無いと言う。
どう見ても魔王なのだけど。
しかし本人が魔王じゃないと言うから、だったら何と呼んだら良いのか問う。
すると男は、赤い目で僕を見て囁いた。
「サクが……好きに呼べば良い」
「……」
じゃあ魔王でも良いのではないだろうか。
急に好きに呼べと言われても、情報量が少なすぎるのだ。
かといって男は自分の事を話さないし、それで好きに呼べとは、無茶振りが過ぎないか?
僕が困っている間に、男は部屋を出た。
「……それじゃあ、マオさん、とか……」
「マオ……」
「はい、マオさん」
魔王と呼ばれる、魔王のような男。
それしか情報がないのだから、そこから名を取るしか無い。
長い廊下を歩きながら、男は僕の声を反復するように「マオ、マオ」と繰り返した。
「マオ、マオで良い……マオが良い」
「じゃあマオさん」
「マオが良い」
「……マオ」
男からおねだりされて、当たり前のように聞いてあげたくなった。
なぜだろう、怖いからだろうか?
それとも、見た目と口調が似合ってないからむず痒くなった?
分からないけれど、男も上機嫌になったように見えるので、きっとこれで良かったのだろう。
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