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3.奇妙な生活の始まり
しおりを挟む「んんん……っ!?」
長い腕と、いつの間にか出ていた黒い何かに拘束されたまま唇を奪われて、気がつけば男は窓際に立っていた。
黒い何かが窓を開けた時だ。
やっと唇を離されたから咄嗟に男から顔をそらしたら、すぐ側に大きくて立派な鏡がある事に気づいた。
そこに映る男に抱えられた自分は、やはりいつもの自分だ。
思わず抱きしめて泣き出したくなるような美少年なんかになってはない。間違っても男がキスしたくなるような見た目じゃない。
歳はたぶん十九のままだし、茶髪で茶色の瞳の、普通の男のままだった。
じゃあ何で、僕はこの男に執着されているんだろうか。
「……え」
不思議だらけで男を見上げたが、男は僕を見つめるだけだ。目つきが鋭すぎて怖い。
そして、大きな窓に足をかけた。
「えぇええっ!?」
そのまま窓枠を蹴る男。
当然僕を抱えたまま空に身が投げ出され、恐怖の浮遊感に襲われた。
落ちる! と目を強くつぶったら、今度はグンッと体が引っ張られるような重力を感じた。
恐る恐る目を開ければ、男の体から無数に出た黒い何かが建物を摑んで男をどんどん上へと運んでいる所だった。
ひとまず地面に叩きつけられる危険は無くなったが、いったいどこまで登るのか。
辿り着いたのは、元は綺麗だっただろう城の屋根の上だ。
ここでやっと建物の全貌が見れたが、やはりここは元は城だったようだ。
所々レンガが崩れ蔦の生い茂る城はもはや廃墟だが、きっと立派な城だったに違いない。
その証拠に、見下ろす景色にこれまた立派な城下町跡があったのだ。
きっともう人は住んでいないだろうが、大昔はたくさんの人が住んでいただろう事が想像できる。
しかしその城下町跡も木に覆い尽くされそうになっており、いったい人が去ってどれほどの年月がたっているのだろうか。
「サク……」
「あ、はい……?」
先程から僕の名しか口にしてない男は、屋根に腰を下ろしてから満足そうに僕を見る。
まともに立つ事すらできない僕は、男が気まぐれに手を離せばそれだけで死ぬ。
まさに男に命を握られてるので大人しく無抵抗でいるしか無かった。
「……」
「……」
けれどこの男、やっぱり名前を呼ぶだけで何もしない。
何度も言うが、僕の顔は見てるだけで幸せになれるような奇跡的な顔なんかじゃないんだよ。
なのになぜ男は飽きもせず、ずーっと眺めているのだろうか。
無表情のまま、けれどどこか幸せそうに……
「……あのぉ、質問しても……」
良くわからないが、怒ってはいないと思う。だからたぶん、すぐには殺されはしないだろうと思うようになり、僕は男に質問をしてみる事にした。
すると男はゆっくりまばたきをして、コツンと額をくっつけた。近い近い。
けれどきっとこれが男の肯定なのだと解釈し、僕はさらに話を続けてみた。
「まず、ここってどこでしょうか? あと、アナタはどなたなのかと、何で僕は寝てたのかも……」
何個までの質問が許されるか分からないし、どの質問に答えてもらえるかも分からない。
なのでとりあえず数で攻めてみた。一個ぐらい答えてもらえるかもしれないと望みをかけて。
さぁどうだ、と男を見れば、彼は少し顔を曇らせたように見えた。
曇らせた、というより悲しそう?
まるで僕の方が悪い事をしているみたいじゃないか。
どう見たって男の方が悪い事してそうなのに。
僕がうっかり罪悪感を感じていたら、パタタタタと羽音が聞こえてきた。
先程のコウモリ型の魔物だ。
魔物は一度クルリと俺たちの周りを飛び、横抱きにされた僕の腹の上に降りたった。
「ワレ! 服片付けた! 褒める?」
足の爪が服に食い込んでちょっと痛いけど、言ってる事が可愛いので許してしまう。
魔物なのにずいぶん人懐っこいな。
そして大きな口をカパカパさせながら褒めて褒めてとたくさんある目を輝かせるので、分かった分かったと頭を撫でてみた。
小さな頭を撫でてみたが、コウモリって意外とふかふかなんだ。
しかし、服とは先程男がやたらめったら出した服の事だろうが、こんな小さな体でどうやって片付けたのだろう。
そんな疑問が浮かんだ時、不意に撫でていた腕を取られた。
「ひっ……あ、ダメ、でしたか……?」
無言で僕を見つめる男。この魔物は男のペットで、無断で触ったから怒ったのだろうか。
「ダメじゃない! ずるい! 魔王さま! ダメじゃない! ほら! ほら!」
僕の撫でる手が無くなって不満そうに鳴く魔物が、腹でピョンピョン跳ねた。だから爪が痛いってば。
「──ここは城だ……」
「へ?」
「アンタはサク」
突然、男が僕の名前以外の言葉を喋った。
びっくりしていたら、男はさらにびっくりするような事を話しだした。
「サクは百年、眠ってた」
「百年……っ!?」
聞いていったん驚いたが、でも流石に嘘だろうと思い直す。
だって百年も眠れるはずがない。そんなに長生きできるとも思えないし、万が一できたとしても僕は百十九歳になってるはずだ。
ヨボヨボの爺さんじゃないか。確かにヨボヨボで立てないけれど、少なくとも見た目はヨボヨボじゃないよ。
「ひゃくはち! 寝てた! ひゃくとはち! ワレも! 待ってた!」
魔物……ワレと言っているのでワレと呼ぼう。
ワレも物騒な事を言っているが、何かの間違いだよね?
あと、男はなぜ僕なんかを大切そうに抱えるのか。
だって魔王なんでしょう?
魔王が一般市民の男なんかに構う理由はなんだ。
「……えっと……アナタは?」
ここは城で、俺は百年眠っていた。
せっかく答えてくれたのに、かえって分からない事が増えた気がする。
だからせめて、この男が何者なのか、それだけでも知りたかった。
魔王と呼ばれる明らかにヤバそうな人物。
その正体が分かれば、今のこの変な状態の理由も分かるのだろうか。
けれど、やはり男は寂しそうな顔をして、口をつぐんでしまったのだ。
もうこれ以上聞かないほうが良いのだろうか。
そう考えた時、男がまた動いた。
「へ? え……?」
僕の胸に手を当て、不思議な魔力を流しだしたのだ。
すると男の手を当てた所が熱くなり、むず痒いような感覚があったかと思えば、いつの間にか胸元に石が浮き出ていた。
「何、コレ……」
急に体から石が出て戸惑ったが、男はその石を僕の手に握らせて、上から大切そうに手で包んだ。
「俺は、サクの大切な人……に、なりたい男」
「大切な……?」
石は、ツルリとした石だった。
変わった色をしているわけでも、不思議な輝きを放つわけでもない。
そんなただの石ころを、男は僕に大切に握らせる。
「そして、サクを世界一……この世の何よりも、大切にする男だ……」
伸び放題の長い黒髪の隙間から、優しげな瞳が僕を見つめた。
濃いクマに縁取られた赤い目は、僕だけを見つめて離さない。
「世界が滅んででも……サクを大事にする……」
「ひぇ……っ」
「ワレも! ワレも!」
物騒な人物に物騒な事を囁かれながら、結局何一つ分からないまま、この奇妙な生活が始まったのだ。
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