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2.魔物も居た

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 どれだけそうしていただろうか。
 すすり泣く男の背中をぽんぽんと叩いてあやす状況に慣れ始めた頃、やっと自分の状況も把握してきた。
 まず、僕は裸だった。
 この男は男の裸体を抱きしめているのだ。
 そして自分の体は濡れていて、水の中に寝かされていたのだと知った。
 その割には寒さなど感じなくて、とても居心地が良かった気がする。ただの水では無いのかもしれない。
 崩れたレンガを飲み込むように大きな木が生い茂っており、その根本に泉ができている。そこに、僕は居た。
 男の背中越しに自分の手を見ると、いつもガサついていた手はすべすべしていて──

「────……サク……」

「ふぁ!? は……はいっ!」

 状況把握をしている最中、急に名を呼ばれて驚く。
 虫の羽の音より小さな声だったが、確かに僕の名前を口にした。
 サク・クラッソが僕の名前だ。サクが名前で、クラッソは生まれた村の名前。
 僕はこの男を知らないのに、この男は僕を知っているらしい。
 男は名を呼んだくせに、返事をしてもまただんまりになってしまった。
 ただただ、僕の存在を確かめては泣いているのだ。
 これでは埒が明かない。
 だから怖いけど、思い切ってこちらから声をかける事にしたのだ。

「あー……、あの……あのー、あの……」

 思い切った、のは良いが、何と声をかけるべきか考えていなかった。
 僕はいつもそうだ。
「よしやるぞ!」と気合を入れるのは良いが、いざ動こうとして何をするのか決めていなくてから回る。
 おまけになんか怖そうな人だから、よけいに言葉が出てこない。
 謎の目覚めをしたのにダメダメな僕は何も変わってないらしい。ダメダメなままだ。
 こんな訳の分からない目覚め方をしているんだから少しぐらい成長しておいて欲しかった。
 しかし誰かが言っていた。バカは死んでも治らない、と。
 なのできっと仕方ないのだろうと諦めて──

「──あの、あのですね……たいへんお手数ですが、服をいただく事はできます、か──?」

 とりあえず、人間としての尊厳を取り戻す所から始めてみた。
 聞きたいことは山ほどあるが、まずは全裸をなんとかしたい。
 男はすすり泣きながらも、僕の声に耳を傾けている気配があった。
 そして僕の要望を聞き終えると、ゆっくり体を離す。抱きつかれているのも困るが、全裸なので体を離されるのもちょっと恥ずかしい。だって全裸を見られちゃうじゃないか。

「うおっとぉ……っ!」

 だが裸を見られて恥ずかしいなぁ、なんて言ってる場合では無かった。
 そのまま横抱きに、いわゆるお姫さま抱っこをされてしまったのだ。
 何度も言うが全裸だ。布一つ持たない僕は、卑猥な物をブラブラさせたまま落とされないよう男にしがみつくしかない。
 こんな所世間に見られたら、僕の人生詰むんじゃないだろうか。
 しかし幸いにもここは世間とかけ離れているようなので、世間体は保たれた。
 いや、そんな事を言ってる場合じゃないのは分かっているけれど……

「魔王さまー!」

「ひ……っ!」

 僕が無駄に世間体を気にしていたら、また知らない声が飛んできた。
 今度は何だと振り向けば、目がたくさんある子犬ぐらいの大きさのコウモリが忙しなく飛んでいた。そして頭に黄色いリボンが結ばれている。
 魔物じゃん。
 小さいけど、リボンついてるけど。
 目がたくさんあるし、口が異様に大きいし、足の爪が殺傷力高そうで立派な魔物だ。
 その魔物がこの男を『魔王』と呼んだ。

「──……っ」

 やっぱ魔王なんじゃんこの男……!!

「目覚めた! 目覚めた! 魔王さま! 良かったですね! 魔王さま!」

 パタタタと周りを飛ぶコウモリ型の魔物が、魔王魔王と連呼する。
 その魔王は構うことなくずんずん進み、建物の奥へと進んだ。
 廃墟に見えた建物だが、奥は思ったより建物としての形を留めていて、ちゃんと部屋があった。
 そのうち一つの扉の前に立ち止まり、男は開ける。
 男は僕を抱えているから手は使えない。代わりに扉を開けたのは、男から生えた黒い何かだった。
 怖いので黒い何かは見なかった事にして開けられた扉の先を見ると、広くて豪華な部屋が広がっていた。

「ワレ掃除した! ワレ! 褒める? 褒めて!」

 忙しなく飛ぶ魔物が自信満々にいうから、この魔物が綺麗に整えているようだ。
 魔物だからと警戒していたが、良く聞けば言ってる事は可愛い。
 そんな部屋のベッドに僕は下ろされる。
 そーっと、この世で最も繊細な物でも扱うように下ろされた。
 僕はこの世で最も雑に扱っても問題ない生物だと思うんだが。世の野郎の扱いなんてそんなもんだろ?
 何はともあれ、やっと男と離れられてホッと胸を撫で下ろす。
 背中にたっぷりクッションを敷き詰められたが、こんな事しなくてもべつに転けたりしないのに。
 男の成り行きを見守っていたら、男はどこからかどんどん服を出し始めた。
 取り出した服は豪華絢爛、ではなく見慣れた僕の服だった。

「服服服服! 集めた! 毎日! 魔王さま魔王さま!」

 ベッドに降り立った魔物が、これまた嬉しそうに鳴いている。
 ベッドでもピョンピョン飛び跳ねて落ち着きがない。その度に大きな口がカパカパ開いて牙が少し怖かった。

「ふぼ……っ」

 動き回る魔物に気を取られていたら、突然頭から服を被せられた。
 黒い何かに腕を絡め取られ、器用に僕に服を着せていく。
 あっという間に服を着終わり、豪華な部屋に似合わない、質素な服を着た平凡な男が出来上がった。
 人間としての尊厳を取り戻せたが、また男に抱え上げられそうになり、僕は慌てて手を突っぱねた。

「あの! 俺は一人で立てますんで!」

 この男とまた接触するのが怖くて、必死に逃げるようにベッドから飛び降り、ペチャリと潰れた。

「……はれ?」

 ググググ……、となんとか腕に力を入れて上半身は起き上がれたが、足は駄目だ。まったく立てる気配が無い。

「え? え……?」

 そうこうしている間に、目の前に手が差し伸べられる。
 この場には僕と男と小さな魔物しかいないので、当然男の手だ。

「……サク……」

 節くれだった大きな手が、僕を呼びながら差し出された。
 いつまでも床に潰れているわけにもいかず、縋れる物がこの手しかないから、僕は仕方なく差し出された手を取った。
 予想はしていたが、やはり横抱きにされた。

「ちょっとま……っ! ング……ッ」

 そして、ここでも嬉しそうにキスされてしまったのだ。
 
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