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1.目覚めたら
しおりを挟むどこだここ?
初めの感想はそれだった。
廃墟のような崩れたレンガが視界に入り、次に木の葉が見えた。隙間から見える空は青い。
どこかに寝ているようなのだが、体はふわふわと浮いているような、不思議な感覚だ。
だが、こんな摩訶不思議な体験をしているわけだが、それは至極些細な事に思えた。
別に良いじゃないか。良くわからない廃墟のような森のような所で目覚めたって。
たいした問題では無い。
そう、問題ないのだ。目覚めたら知らない男にキスされていた事に比べれば……──
「──…………っ!?」
なんだコレ。
ここが何処だとか、体の不思議な感覚は何だとか、もうどうでも良かった。
それより何より、コレは誰だ?
真っ黒で、整えられてない異常に長い髪を垂れさせた男は、良く見れば目の周りに不健康そうにクマがあった。
そして、ピリピリと感じるとてつもなく強い魔力と圧倒的な存在力。コイツ、魔王なんじゃないか? ってぐらい。
そんな男が僕の頬を、砂糖菓子を触るかのように優しく優しく触れ、キスしているのだ。ゆっくりと、そして何度も。
何で?
どうして?
何があった?
何なのこのヤバそうな男。
混乱している間に、未だ優しすぎるキスを繰り返す男のまぶたが開かれる。
真っ赤な瞳と目が合った。
「……ッッ!!」
「ひ……っ!?」
目が合ったとたん、男は目を見開いて飛び退いた。
心底驚いた様子の男に僕も驚く。いや、僕は最初から驚いているけれど。
男はいったん飛び退いたが、すぐに距離を詰められて僕は息を飲む。
殺される! と、咄嗟に思ってしまうのは仕方ないだろう。
だって相手は魔王みたいなヤバい男なのだから。
そんな僕の心境など知らないかのように、男は僕の両頬を掴み、信じられない物を見るように目を見開いたまま僕を凝視した。
信じられない状況なのは僕の方なのに。
「あ……あ……」
横たわる僕に覆いかぶさってきた男は、ゆっくりと手を僕に伸ばす。その手が震えているのは何故なのか。
揺れる指先が頬に触れ、鼻に触れ、唇に触れる。
そして──
「へ……?」
──男が、涙を流した。
「うひゃあっ!?」
突然の涙に驚いたのもつかの間、もっと驚いた事に、僕は男に抱きしめられた。
妙に力の入らない体の上半身を持ち上げられ、両腕で俺を包みこんだのだ。
もう意味が分からない。
何がって、何もかもだ。
明らかに普通じゃない場所で目覚めた事も、どう考えても普通じゃない男にキスされていた事も。
そして、僕を抱きしめながら泣き続ける男も。
何で? 何で泣いてんだよアンタは。
僕は間違いなく普通の男だ。特に得意な事も無くて、美形でもなくて、ちょっと気が弱いだけのどこにでも居るような平凡な男なんだ。
どう間違っても魔王みたいなヤバい人に泣いてすがられるような存在じゃないんだよ。
けれど、あんまりにも目の前の男が泣くから、抱きしめる指が震えているから。
僕もついつい、力の入らない頼りない腕で、抱きしめ返しちゃったんだ。
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