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弱気と本音
しおりを挟む「…は?」
まるで別人かのように、しおらしく下を向くレオンに、ディアは思わずこれは何かの間違いかと思った。驚かそうとしているのか?それともまた嘲笑おうとしているのか。
あまりにも吃驚しすぎて、ベッドの真横で突っ立ったまま自分を驚愕の目で見つめるディアを寝たまま見つめていたレオンは、さらに少し罰が悪い様な、それでいて悲しそうな顔をした。
「…今更、謝っても許してもらえないと思うんだが…どうしても、伝えたくて」
「……」
「その…容姿を貶したり、面倒くさいと言ったり……貴女に優しい言葉ひとつかけられずに、今まですまなかった。ごめんなさい」
「…頭を、打ったのですか?」
レオンにあやまられている最中、ディアはあまりにも信じられなくて何故彼がこんなにも突然謝罪を始めたのか、思考してみた。
その結果、やはりどこか打ちどころが悪くて性格が変わってしまったのではないか、これからの生活で迷惑をかけるとかそんな理由で謝りだしたのかと咄嗟に考えた。それならまだ、理解が追いつく。
けれど、ディアの言葉にレオンは形の良い目をくるりと丸くすると、自分の頭に軽く触れて小さく頷いた。
「?ああ、頭は打った。けれど大したことは無い。ただの打撲だ」
「打撲…打撲だけ」
「そうだ。ああ、あと足は捻ったが普通の捻挫だ。骨折もしていない」
「捻挫…」
「馬が上手く避けてくれたんだ。」
ただの打撲と捻挫。
では何故、彼はこんなに別人になってしまっているのだ?ディアは訳が分からず、しかし安心してしまったのかベッドの傍に備え付けられている椅子へとそのまま腰かけてしまった。緊張の中で止まっていた手の震えが、思い出したかのようにまた蘇って、思わず両手をギュッと強く握りしめた。
「わたし、私、てっきり…貴方が大怪我をしたと思って…」
「…急いで来てくれたのか?」
「ええ…」
そうだ、と言おうとして。ディアはその時になって初めて、急いできたので服も化粧もきちんとしていなかったことを思い出した。
部屋着にボサボサの頭。レオンからブスだと言われるのが嫌で嫌で仕方なくて、この十年間ずっと美容に力を入れて綺麗にして来たというのに。
(最悪だわ…!!)
ディアは両手で顔を覆いそうになったが、その一方の手をレオンが引っ張った。
驚いて何事か、と彼を見ると。
「ありがとう」
そう言って、彼は嬉しそうな顔をして頬を赤らめたのだ。
それは、子どもの時に見せてくれた、あの時の笑顔とよく似た笑みで。
その可憐な微笑みは、大人になった今では色んな人を色んな意味で魅了する程の攻撃力を持っていたけれど。
「はあ?」
しかし、ディアはまるで魔物を見たかのような顔をした。
あの時の少年がレオンだった事はずっと知っていたのに、いざ同じ顔をされると、どうして良いのか分からなくなってしまう。この十年以上求めていたものを、こうも簡単に提示されてしまうと喜びよりも戸惑いの気持ちの方がかなり大きかった。
彼の態度の変わりように対しても動揺が隠せないが、その間もずっと手は握られたままで。彼に触れられるのは夜会で義務的にエスコートされる時のみだったのだ。それを、こんな風に手を握られてとても気まずい。
「レ、レオン様…。一体どうされたんですか?貴方様からお礼を言われる日が来るなんて…何と言うか…」
「俺はそんなに…いや、そうだな。俺はそういう風に思われてもおかしくないくらいの事を貴女にしていた」
「…ほ、本当にどうされたと言うのです?!」
よもや別人ではないのか、とディアが混乱と恐怖に身体を震わせた時、レオンは「死ぬかと思ったんだ」とポツリと呟くように言った。
「頭から落ちると思った瞬間に、俺はこのまま死ぬのかな、と思った」
「……」
「その時に思い浮かんだのが、この前俺の顔を引っぱたいた君の泣きそうな顔で」
「はあ?!」
「俺は君に酷い事しか言ったことの無いまま死ぬのかと思って」
「…酷いことを言っていた自覚はあったんですね」
「…あったよ」
レオンは目を逸らし、そう言った。
「俺は君にずっと…、八つ当たりをしていたんだ。」
(やっぱり)
「君は既に知っていると思うけど、当時は母を亡くしたばかりで。それで、多分精神的におかしかったんだと思う。」
「……。」
「母が亡くなって悲しいと、誰にも言えなかった。父にも姉にも。最初の内は二人とも悲しんでいたんだ。けれど数日経つと、悲しんでいてもお母様は喜ばない。皆が前を向いて進むべきだって、言い始めた」
長い睫毛がレオンの瞳の色に濃い影を作る。当時の少年の悲しみがその目にありありと蘇るのを、ディアは痛ましい気持ちで見つめた。
「…貴方はまだ六歳だった」
「年齢を言い訳に、他人に当たることを正当化できるとは思っていないよ。
でもあの日、母が亡くなってからまだ二週間も経っていなかったあの日は。…情けないけれど、心に他人を受け入れる余裕がなかった。
あの日は天気もとても良くて、お母様が好きだった庭の花も綺麗に咲いていて。穏やかで、優しくて美しい日だった。
僕は絶望したんだ。お母様が居なくても何も変わらずに進む日常に。悲しみを忘れたように笑う父と姉に。…何も知らずに笑っている君に。
だから、君を傷つけた。八つ当たりだよ。ずっと未熟だったんだ。段々成長する中で、君に対する態度を改めるタイミングは幾らでもあったのに、それも意地を張ってしなかった。
本当にすまなかった。」
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