君の小さな手ー初恋相手に暴言を吐かれた件ー

須木 水夏

文字の大きさ
7 / 8

仲直りとそれから

しおりを挟む



「…なんですか、それ」
「…」
「どうして?どうして今頃、そんなことを言うのです?私が、どれだけ傷ついた、と…」



 泣きたくない。泣きたくないのだけれど。
 レオンの無事と、思いがけない謝罪の言葉と、そしてどう扱っていいのか分からない自分の内側の気持ちと。その全ての要因で、ディアの涙腺は弱くなっているようで、嗚咽が漏れ始めるのを止められなかった。
 真珠のような大粒の涙を零すディアに、レオンはますます眉尻を下げ、寝たまま身体をこちら側に向けると、空いていたもう片方の手を伸ばしてディアの濡れた頬にそっと触れた。少女がそれを避け無かったのをほっとしながら見つめて。
 そして、気まず気に目を伏せた。




「…最低な事をしておいてなんなんだけど」
「…」
「本当にどうしようもないと思ってくれて構わないんだけど」
「…何、ですか。言ってもらえないと、分かりません」


 混乱する気持ちの中、まだ泣きながらディアはレオンを恨めしそうに睨んだ。下らない内容だったら叫んでしまいそう、と思いながら。



「…一目惚れ、だったんだと分かったんだ」
「…は?」
「いやだから、その」


 ディアの手を強く握りしめたまま、レオンは観念したように強く一度目を閉じると、ぱっと開いて。
 昔と何一つ変わっていない煌めく宝石のような青い目で少女を見つめた。



「初めてであった日、ディアが、その、あまりにも可愛すぎて」
「…は?覚えてらしたんですか…?」
「勿論、覚えていたよ。僕の言葉ににこにこしていた君が可愛すぎて…。」
「はぁぁぁあ?!」



 ディアは、あまりの衝撃に叫んだ。覚えていたなんて、思いもしなかったから。そう言えば一度もレオンに確認した事がなかったことを今更ながらに少女は思い出した。



「本当にガキだった。素直に直ぐに謝れなくて、ごめんなさい。」
「な、…」



 あんなに傷ついて悩んで毎日毎日悲しかった日々の答え。回答には自分で辿り着いていたけれど、真逆それを本人に謝られる日が来るとは。
 
 あの日々は思い出すと、今でも胸が痛む。正直これ以上彼に付き合ってやる義理もない。そう分かっているのに、たった一言「一目惚れ」という言葉を聞いて。
 あの時のレオンとディアは同じ気持ちだったのだということを知って、それだけで幸せな心持ちになってしまう自分の、なんてチョロい事か。



(すごく腹立たしいわ。今までの事を一言で無かったことにしようとしてるんだわ)



 レオンにそんなつもりは無いことは分かっている。本当に心の底から謝っているのも理解している。
 でも、やられた本人の心が素直にそれを認めたくないとそう憤っているのだ。
 掴まれた手を振りほどこうとしても、ぎゅっと握りしめられていて出来ないから、肩を震わせながらレオンを泣き腫らした目で睨みつけた。自分の言葉遣いが荒くなるのも全部相手のせいだ。


「有り得ないです。なんで今更そんな事言うの。今まで十年もあったのに。その間にいくらでも、いくらでもタイミング、あったじゃない…!」
「本当にごめん!死ぬって思った時に気がついたんだ!」
「何に?!」
「好きなんだ!」
「はあ?!」
「俺はお前の事が好きなんだよ!」
「ばっ…」


 馬鹿なこと言わないで、と言おうとして最後までいえずにディアは目を見開いた。
 レオンが今まで見た事がないくらいに顔を赤く染めていたから。



「…死にかけて分かるなんて、何を言ってるんだと思ってるのは分かる。今までの俺が酷すぎる。それをどんなに責められてもそれも全部受け入れる。だからそばに居てくれないか?」
「そ…、な、なんですか、それ…」
「俺のことが嫌いか?…いや嫌われてるよな…。分かってるんだ、全部自業自得だ。俺が悪いんだ、ディアはこんなに優しくて健気で可愛いのに、俺がガキみたいな態度をずっととってたから…」




 しょんぼりとしながら、話し続けるレオンに、ディアは生まれて初めて感じる程の複雑な気持ちで胸がいっぱいになり、言葉が紡げなかった。

 ずるい。ずるいわよ。嫌いなわけがない。こっちはずっと好きだったんだから。でも嫌い。好きだけど嫌い。酷いこと言われたし。でもそんなこと言われたら、直ぐにでも許して受け入れたくなっちゃうじゃない…。


「あ、いてて」


 相手は怪我人だったことを、ディアはその瞬間まで忘れていた。慌ててレオンを見ると、ディアの手を捕らえている反対の手で頭をそっと触り、顔を顰めていた。けれど少女の視線に気がつくと、ふんわりと微笑む。


(あー、だめだわ。その笑顔に恋したのよ。無理じゃない。)


 何も言えずに黙っていると、ふと握り締められていた手を、またぎゅっとされた。彼の手は、日陰で眠る猫の背中のようにひんやりとしていて。ディアの中の色んな感情が、その心地よい冷たさに吸い取られていくようで。




「…君の手は、こんなに小さかったんだな。…そして温かい」
 と呟いた。
 なんなの、そのしみじみとした感想みたいな言葉は。私だって貴方の手がこんなに大きいなんて知らなかったわよ、とは言わずに。



「…今、知ることが出来て良かったでしょう?」



 と、少し上から目線で言ってやった。手は握らせてあげるけど、握り返してなんて、今はしてあげない。それくらいしか、ディアは思いつく仕返しがなくて。


 ディアの言葉に、レオンは嬉しそうに笑って。そして「うん」と頷いたのだった。











 そう言えば。


「…サニーさんは」
「サニー?サニーがどうかしたのか?」
「本当に従妹なのですか?」
「当たり前だ。それ以上でもそれ以下でもない。…まあ、少し相談には乗ってもらっていたけれど。」
「そ、相談?」


 ディアが濡れた目を上げると、レオンが何とも言えない顔で頷いた。


「…どうやって、ディアに接したら良いのか分からなくて。」
「はい?」
「同じ女性に聞けば何か分かるかと思ったんだ。」
「…何か分かったのですか?」
「……何も。からかわれただけだった」


(駄目じゃないの)












【終わり】







 最後までお読み頂きまして、ありがとうございました!(´ᴗ ·̫ ᴗ`)
 素直になれない系男子&初恋諦められない系女子の組み合わせでした!暴言、ダメですよね。無視する系男子と暴言系男子ならどっちかなあ。どっちも嫌だなあ。


 面白かったと思ってくださいましたらお気に入りよろしくお願いします~!次の作品に繋がります(   ܸ. .ܸ )゛



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

私と結婚したいなら、側室を迎えて下さい!

Kouei
恋愛
ルキシロン王国 アルディアス・エルサトーレ・ルキシロン王太子とメリンダ・シュプリーティス公爵令嬢との成婚式まで一か月足らずとなった。 そんな時、メリンダが原因不明の高熱で昏睡状態に陥る。 病状が落ち着き目を覚ましたメリンダは、婚約者であるアルディアスを全身で拒んだ。 そして結婚に関して、ある条件を出した。 『第一に私たちは白い結婚である事、第二に側室を迎える事』 愛し合っていたはずなのに、なぜそんな条件を言い出したのか分からないアルディアスは ただただ戸惑うばかり。 二人は無事、成婚式を迎える事ができるのだろうか…? ※性描写はありませんが、それを思わせる表現があります。  苦手な方はご注意下さい。 ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

やめてくれないか?ですって?それは私のセリフです。

あおくん
恋愛
公爵令嬢のエリザベートはとても優秀な女性だった。 そして彼女の婚約者も真面目な性格の王子だった。だけど王子の初めての恋に2人の関係は崩れ去る。 貴族意識高めの主人公による、詰問ストーリーです。 設定に関しては、ゆるゆる設定でふわっと進みます。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。 アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。 ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから─── 「殿下。婚約解消いたしましょう!」 アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。 『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。 途中、前作ヒロインのミランダも登場します。 『完結保証』『ハッピーエンド』です!

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た

青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。 それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。 彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。 ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・ ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。

処理中です...