1 / 12
好きだった
しおりを挟む『ねえ、ジオ。』
『どうしたの?アンティーヌ。』
私が愛称で問いかけると、優しく言葉を返してくれた人。決して私を愛称では呼んでくれなかったけれど。
彼の名前はジオス・セルージャ。
太陽の光を映して煌めく宝石のような青い瞳に、麦藁畑のような優しい黄金色の髪。白い肌に優しい輪郭の頬。
すらりと伸びた手足は、まだ15歳の線の細い少年っぽさが残っていたけれど、それでも当時の私よりは随分と背が高かった。
ずっとずっと、子供の頃から彼のことが好きだった。それは友情から始まり、恋情に変わっていく淡い初恋だった。
私に無関心な両親に育てられ、まるで鳥籠の中に飾られ忘れられた小鳥のように生きてきた。
孤独と不安で息もできない程に苦しかったあの日々の中、彼がいれさえすれば窓から見える景色は魔法のように綺麗に見えたし、空気も澄んでいるように感じられた。
私は柔らかいウェーブがかった褐色の髪に薄茶色の目の、特徴のない人並みの容姿をしていたけれど、ジオスはそんな私を可愛いと言って頭を撫でてくれた。
それに、鏡をよく覗き込めば自分の瞳の細孔に深緑色の花びらのような模様が入っているのが、唯一のお気に入りだった。
8歳で出会い、『友だち』として過ごして、そのあと恋に落ちたのはとても些細な事で。
一緒に歩いていた時、石に躓きそうなったのを支えてくれたとか、二人ともお喋りが苦手だった、とか。
両親に愛されていない事をぽつりと零してしまった時、何も言わずにそばに居てくれた事だったり、その後も変わらずに接してくれた事とか。
一番好きな隠れ場所が、図書館の右隅にある、立ち入りが禁止されていて誰も行かない三角天板の渦巻き階段の上、丁度窓の外の見える位置だったとか。選ぶ本が同じだった事とか。
放課後にそこで初めて顔を合わせた時、お互い目を丸くしてそして小さく吹き出した。
『同じだね』と。
その日は、誰かが隠してた恋愛小説をその階段下で見つけて、その切なくなる内容が何だかむず痒くて、二人で密やかに笑いながら読んでいた。
頁を捲る音、春の風でカーテンのはためく音。連なる本棚の向こう側、聞こえてくる誰かの寝息。下の階で、カリカリとペンを走らせる音。何もかもが一瞬の出来事で。
初めてのキスをしたのもその時だった。
触れるだけの子どものキス。それでも心臓は壊れそうなぐらい震えたし、目の前のジオがぼやけて見えなくなるくらいに、喜びに涙が溢れた。
『アンティーヌ?いやだった?』
ぽろり、と涙がこぼれた瞬間に真っ直ぐとこちらを見つめるジオスの瞳が不安げに揺れているのを見て。
胸がいっぱいで声にはならなかったけれど、私は首を横に震る。嫌なわけがない。
あなたが好きなの、ジオ。
あなたがずっとずっと、好きだったのジオ。
けれど。
けれど、貴方はそうじゃなかったのね。
667
あなたにおすすめの小説
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
【完結】ハーレム構成員とその婚約者
里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。
彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。
そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。
異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。
わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。
婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。
なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。
周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。
コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
ただずっと側にいてほしかった
アズやっこ
恋愛
ただ貴方にずっと側にいてほしかった…。
伯爵令息の彼と婚約し婚姻した。
騎士だった彼は隣国へ戦に行った。戦が終わっても帰ってこない彼。誰も消息は知らないと言う。
彼の部隊は敵に囲まれ部下の騎士達を逃がす為に囮になったと言われた。
隣国の騎士に捕まり捕虜になったのか、それとも…。
怪我をしたから、記憶を無くしたから戻って来れない、それでも良い。
貴方が生きていてくれれば。
❈ 作者独自の世界観です。
半日だけの…。貴方が私を忘れても
アズやっこ
恋愛
貴方が私を忘れても私が貴方の分まで覚えてる。
今の貴方が私を愛していなくても、
騎士ではなくても、
足が動かなくて車椅子生活になっても、
騎士だった貴方の姿を、
優しい貴方を、
私を愛してくれた事を、
例え貴方が記憶を失っても私だけは覚えてる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるゆる設定です。
❈ 男性は記憶がなくなり忘れます。
❈ 車椅子生活です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる