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独りぼっち

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 『アンティーヌ、お前が男だったなら。せめて、器量よしだったなら。』
 

 それが男爵の地位を持ち、豪商であるお父様の口癖だった。

 クルーニー男爵家の有能な男児の跡取りが欲しかったお父様。
 自分に似た美しい子どもが欲しくて、私が産まれてから三年後に出産した愛らしい双子の弟達には、甲斐甲斐しく世話をして優しく接するお母様。


『お前がもっと役に立つ存在だったなら。』


 物心ついた時には、既にその言葉を何度も耳にしていた。

『せめて器量が良ければまだ使い用があったのにな。』

『貴方に似たのだから仕方ないでしょう?』



 艶やかな黒髪と漆黒の目を持つ麗美なお母様は、そう言って褐色の髪の私をまるで汚物でも見るかのような目で見た。

 お父様はその言葉を聞く度に大きなため息をつく。「女のお前から見てもこの子は役に立ちそうにないのか」とそう何度もお母様に聞く。その度にツンと澄ました顔で頷くお母様を見る度に、惨めな気持ちになった。

 そしてしつこく何度も繰り返し、お父様は私にこう言った。


『いいか。この家の恥にだけはなるな。』

『…はい、お父様。』



 私は産まれてからずっと、誰からも期待をされてこなかった。
 商売で軌道に乗り、これから発展していくばかりの男爵家にとって、アンティーヌお嬢様はお荷物だと侍女が裏で内緒話をしているのもうっかり聞いてしまい、あまりのショックで動けなくなったこともあった。


 両親の面子を保つ為に衣食住はしっかりと提供されているし、将来アンティーヌが誰かに嫁いで行く時、少しでも高位貴族との繋がりの可能性を広げる目的で、教養を身に付けさせる為だけに学園にも通わせてもらえている。

 でも、ただだ。






(ああ、また朝になってしまった…)

 私には昔から、毎晩と言っていいほど頻繁に見ている夢があった。
 夢の中では誰かが優しく自分の手を引き、穏やかにあたたかい陽気の中、何処までも歩いている。
 誰かに優しく頬を撫でられ、君が必要だと、愛しているのだと言ってもらえる。涙が出そうになるほど、幸福に満ち足りた夢だった。この夢を見続けていたからこそ、現実に冷遇されている世界の中で、私は生きてこれたのかもしれない。

 そうして朝になって目を覚ますと、さっきまでの多幸感は幻のように消え失せてしまい、途端に色の無い世界の中に取り残されて途方に暮れてしまうのだ。

 それでも時間は待ってくれない。

 せっつかれるように侍女に着替えさせられ案内されて、朝食の席につく。

 そこでは四人が家族で団欒しているのを、じっと黙って黙々と食事を続け耐えていた。
 弟達が生まれてくる前程に遠い過去に、誰かに優しく温かく守って貰えた夢は現実だと勘違いして、両親に思い切って話しかけた事がある。しかし夢はやはりただの夢で、彼らは冷たい目でアンティーヌを見ると何事も無かったかのように食事を続けた。
 今でも話しかければ冷たい目で見られて挙句に無視をされる。もしくは『女は役に立たない』や『器量が悪い』などと冷酷に罵られれた。

 弟達も、最初は時々一緒に遊んたりしていたが、両親の言っている言葉の意味が分かるようになると、私のような姉は恥ずかしいと思ったのだろう。目も合わせず口もきいてくれなくなった。



 要らない子なのだと、産まれてきてはいけなかったのだと、ずっと思っていた。

 自分の現状の立場をどうにかしたいという気持ちがあっても、どうして良いのかも分からずに途方に暮れて生きてきた。


 そんな時にジオスに出会った。

 8歳の頃だった。

 同じ男爵位の父親に連れられ、商会の催したパーティーに来ていた。同い年の少年は私に向けて、とても綺麗に笑った。
 大人達が会話をしている場所から少し離れ、戸惑いながらも二人で話をしてみたら、彼も私も本を読むことが好きだと分かった。
 お互いに面白かった本や、興味深かった本、共通して読んでいる本の話をして盛り上がり、気がついたらパーティーの終わり間際だった。
 
「僕、ジオスって言うんだ。今日はとても楽しかった。これからもよろしくね。」

 にっこり笑ってジオは私の手を軽く握りしめた。誰かにそんな事を言われたのは初めてで、そしてそんな風に触れられたのも初めてで。

 初めて出来た友達に、その日はなかなか寝付けなかった。



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