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好きだった
しおりを挟む『ねえ、ジオ。』
『どうしたの?アンティーヌ。』
私が愛称で問いかけると、優しく言葉を返してくれた人。決して私を愛称では呼んでくれなかったけれど。
彼の名前はジオス・セルージャ。
太陽の光を映して煌めく宝石のような青い瞳に、麦藁畑のような優しい黄金色の髪。白い肌に優しい輪郭の頬。
すらりと伸びた手足は、まだ15歳の線の細い少年っぽさが残っていたけれど、それでも当時の私よりは随分と背が高かった。
ずっとずっと、子供の頃から彼のことが好きだった。それは友情から始まり、恋情に変わっていく淡い初恋だった。
私に無関心な両親に育てられ、まるで鳥籠の中に飾られ忘れられた小鳥のように生きてきた。
孤独と不安で息もできない程に苦しかったあの日々の中、彼がいれさえすれば窓から見える景色は魔法のように綺麗に見えたし、空気も澄んでいるように感じられた。
私は柔らかいウェーブがかった褐色の髪に薄茶色の目の、特徴のない人並みの容姿をしていたけれど、ジオスはそんな私を可愛いと言って頭を撫でてくれた。
それに、鏡をよく覗き込めば自分の瞳の細孔に深緑色の花びらのような模様が入っているのが、唯一のお気に入りだった。
8歳で出会い、『友だち』として過ごして、そのあと恋に落ちたのはとても些細な事で。
一緒に歩いていた時、石に躓きそうなったのを支えてくれたとか、二人ともお喋りが苦手だった、とか。
両親に愛されていない事をぽつりと零してしまった時、何も言わずにそばに居てくれた事だったり、その後も変わらずに接してくれた事とか。
一番好きな隠れ場所が、図書館の右隅にある、立ち入りが禁止されていて誰も行かない三角天板の渦巻き階段の上、丁度窓の外の見える位置だったとか。選ぶ本が同じだった事とか。
放課後にそこで初めて顔を合わせた時、お互い目を丸くしてそして小さく吹き出した。
『同じだね』と。
その日は、誰かが隠してた恋愛小説をその階段下で見つけて、その切なくなる内容が何だかむず痒くて、二人で密やかに笑いながら読んでいた。
頁を捲る音、春の風でカーテンのはためく音。連なる本棚の向こう側、聞こえてくる誰かの寝息。下の階で、カリカリとペンを走らせる音。何もかもが一瞬の出来事で。
初めてのキスをしたのもその時だった。
触れるだけの子どものキス。それでも心臓は壊れそうなぐらい震えたし、目の前のジオがぼやけて見えなくなるくらいに、喜びに涙が溢れた。
『アンティーヌ?いやだった?』
ぽろり、と涙がこぼれた瞬間に真っ直ぐとこちらを見つめるジオスの瞳が不安げに揺れているのを見て。
胸がいっぱいで声にはならなかったけれど、私は首を横に震る。嫌なわけがない。
あなたが好きなの、ジオ。
あなたがずっとずっと、好きだったのジオ。
けれど。
けれど、貴方はそうじゃなかったのね。
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