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リエナは知っていた
しおりを挟む「緊張で上手く話す事が出来ないというのは、感情は理解できます。……同じような方の話を聞いた事があるのです。あ、本人では無いのですが」
母から聞いた父の話ですけど。
「貴族としては致命的な気もしますが、ランドーソン子息様(あ、なんか悲しそうな顔になった)…アシェル様(あ、笑った)は、それを補える程の外面をお持ちのようですのでそれは問題ないかと。
ですが、私にはどうしてあの様な態度を取られたのでしょう?」
「違うのです!」
(何が違うって?)
アシェルが焦ったように大きな声を上げた。他の席とは距離があるとは言え、同じクラスの子達が聞き耳を立てているのは分かっている筈なので、アリエットは吃驚して目を見開いた。怖いくらいに真剣な面持ちのアシェルとぴったり目が合う。
「…けして、嘲笑っていた、訳では無いのです」
「え?」
「普通に笑っていた、つ、つもりだったのですが。緊張で上手く笑えなくて…」
そう言いながら、女のように美しい顔を苦悩に歪める。悩ましい様子がどことなく艶かしいのでそういう顔はあんまりしない方がいいんじゃないかなあ、とアリエットは頭の隅で思った。
「……生徒会でこちらを見ていたのは…」
「すみません、何度止めようとしても勝手に目が貴女の姿を追ってしまって……」
「…それも『自意識過剰だ』って言ってましたよね?」
「あ、あれは!君を見ている事を気づかれてしまって…咄嗟に誤魔化そうとしたんだ…緊張で頭がはち切れそうになってあんな言い方になってしまった……ほんとうにごめんなさい…」
「リエナ様の後ろでいつもじっとこちらを見ていらしたのも…」
「あれは、…気づかれていないと思って……」
(いや視界に入ってきてるから気が付かないわけないでしょう)
全てが緊張のせいだったと言われても納得いかないこともあるのだが、目の前の男は嘘をついているようには見えない。常時の無表情を崩してまでこちらへと訴えかけてくる様子から、アリエットは素直にそう思えたが、疑問もひとつ芽生えた。必死な顔をしたアシェルから目を離し、その隣で飄々とした空気を纏う彼の姉に話しかけた。
「…リエナ様は人見知りはされないのですか?」
「私ですか?しているように見えます?」
「いえ全然」
「そうでしょう?私は、子どもの頃よりシェリーを『魑魅魍魎』から護る防波堤役ですの」
語尾は先程から戻っていない。やはりあれは態とだったのだなと思った。しかし魑魅魍魎とは。…まあ、色々あったんだろうなと賢いアリエットは察した。
「私、王女だった曾祖母に似たのかシェリーに比べて性格が少々苛烈なのです」
「確かに。」
真顔でそう返事をしたアリエットにリエナは品良く、けれど面白そうに微笑んだ。
「私はこの子に近づいてくる得体の知れない猛獣どもをずっと否してきた訳だけれど。学園に入った途端にシェリーは貴女に一目惚れしてしまったわけなの。その時の私の気持ちが分かります?」
「…複雑?」
「そんな生易しいものではありませんわ。何処の悪女がシェリーを誑かしたのかと思ったもの」
その言葉を聞いてそういう事ね、とアリエットは今までの事が腑に落ちた。
初めて会話を交わした時にリエナに言われた『煤けた色の髪』という言葉は、余りにも差別的で攻撃的で強烈だったのではっきりと覚えているのだが、背景にそんな気持ちがあったらしい。
成程、アシェルが誑かされたと思ったわけね。何処に関わる時間があったように見えたのかとアリエットが考えていると「自分の参加していない生徒会の時に誘惑したのかと思った」と彼女は言った。
少なくとも、当時はまだ婚約者がいたのだからそんな事するはずないでしょうに、とアリエットは呆れたようにため息をついた。
「だから私を口撃していたわけですね」
「その通りよ。まあ、途中からは貴女の反応が面白くてそうしていたけれど」
「面白い?」
面白いとは?こちらは一々突っかかられてイライラしていたんですけど?リエナの言葉にアリエットはちょっとばかしムッとした。
「だって、アリエット様ったら顔はきちんと作っておられるのに、声に感情が現れ過ぎなのですもの」
「…そうだったでしょうか?」
「今もよ。何時もよりもワントーン声が低いの。」
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