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無表情のその訳は
アリエットの率直な言葉に、こちらを見ていたアシェルの顔は徐々に真っ赤に染まっていった。まるで薇仕掛けの人形のように手をぎこちなく左右に動かし、あ、う、と何か言葉を発しようとして上手くいかず、あうあうと声にならない声で口をぱくぱくさせている。それは何よりも雄弁に彼の気持ちを語っていた。
と、言うことはナディアの行った不思議な牽制もあながち的外れではなかったという事だ。周りから見てアシェルがアリエットに対して特別な扱いをしているように見えたからこその行動だったのだろう。
正直、アシェルの自分に向ける好意に対しての嫌悪感は生まれてこない。こないけれども。
「…私、ランドーソン子息様の事を何も知らないのです。こちらを睨んだり嘲笑っているところは良く見た事があるのですが、それ以外は何も。」
「…そんなつもりは」
「いいえ、確かにそうされていると私は感じました。
あと、リエナ様とは出会った最初の頃に挨拶を交わしましたが、実は貴方とはそれもしていないのです。気がついてらっしゃいましたか?」
「え…」
「リエナ様と挨拶を交わしている時、貴方はリエナ様の後ろに立っているだけでした。生徒会でもそういう儀礼的なものは全てすっ飛ばしてて、ただこちらを馬鹿にしたように見る人という認識でしかなかったんです。」
「……」
「そうなんです。」
追い討ちをかけた訳では無いが、今までの行動を自身で振り返ってみて欲しかった。好かれようと思っている異性に対しての行動では無い。
アリエットがそう繰り返すと、真っ赤だったアシェルの顔は急速に色を失い、どんどんと頭を下げてゆき、遂には左手で顔を覆って完全に項垂れてしまった。もう声も出ないらしく、完璧に黙ってしまった彼の代わりに。
「やっぱりそう見えますわよね。そうよね、普通はそう思うものよね」
「…」
しみじみと、独り言を呟くようにそう言ったリエナへとアリエットは目を向けた。いつもの貼り付けたような笑顔はそこになく、無機質に思えるほどに無表情で、まるで何時ものアシェルを見ているようだ。
そして、まるで彼の行動が普通では無かったことを解っているかのような言い方だった。いや、そりゃ普通では無いけれど。
「シェリー、貴方がアリエット様に対してだけでも変わらないと、いつまでもどうにもならないわよ」
「う……」
形の良い目を眇めるようにして、リエナはアシェルを見つめていた。その視線を受けて、彼はゆっくりと瞬きをしてへにゃ、と困ったように眉毛を下げた。それはまるで飼い主に怒られた大型犬のような、そんな表情で、それはアリエットが初めて見るものだった。
あまりの驚きに思わず、手にしていた紅茶のカップを取り落としそうになる。
(そんな顔もできたのね…いつもと全然違うわ。こっちの方が親しみ易いのに隠しているのかしら?)
そんな事をふと考えたアリエットの頭の中に突如として母の声が響いた。
『学生の頃なんて、私の後ろに隠れて吃りながら喋ってたもの。それが他の人から見ると、怒っているように見えていたのよ。喋るのも好きじゃなくて今よりもかなり無口だったし。』
そしてそれに続くようにメーベリナの言葉が聞こえてきた。
『ランドーソン男爵の方って相当なツンデレとか言うやつなんですって』
『家族以外は誰に対しても心を開かない主人公が、好きになってしまった女の子に対して不器用に誘いの文句をかけるの』
ん?もしかして?
「…もしかして、アシェル様は人見知り…?」
ぽつり、と零れ落ちたアリエットの小さな呟きが耳に届いたのだろう。一拍置いて、アシェルの目が大きく見開かれた。そして、その顔が一瞬でボッと再びトマト色へと変わった。
…え、そういうこと?本当に?お父様と一緒なの?
驚いて目を見開くアリエットに聞こえてきたのは。
「な、名前、呼ばれた…」
というアシェルの掠れた声だった。
(そっちかーい!)
名前を呼ばれたことに対して照れて見悶えるアシェルを、アリエットは困惑したように口をぽかんと開けたまま見つめた。リエナが「引かれてるわよ」と言い放ち、その瞬間に少年はピタリと動きを止める。そして瞬く間に顔色も落ち着いた。何とも忙しい。
リエナの言葉に思うところがあったのか、それともアリエットの言葉に動かされたのか、両方なのだろう。暫くの間、押し黙っていたが。
「…すみませんでした」
「…何に対しての謝罪でございますか?」
「様々な内容にて…。まず、アリエット嬢の仰る通り…で、ぼ…、私は、あまり他者と接することが得意では、ありません」
(今、僕って言おうとしたわね)
「人と話す時に緊張をしてしまい、相手の顔を見られないのが常ですので、吃ったりするので、成る可く表情を動かさないように、声が揺れないように心掛けております。」
(なるほど確かに。その成果はとても出ているわ。)
精巧な人形かと思うほどの無表情っぷりの理由に十分になりうるだろう。けれど。
「アリエット嬢、貴女に対しては…それが、出来ないのです。」
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