【完結】うちの大公妃は肥満専攻です!

ariya

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37 消えた公女

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 あれほど頼りになり大事なメイドだったアンが今はとても恐ろしく感じる。
 思えば、今まで彼女の言動はひっかかる部分があった。
 何がどこがと聞かれると具体的に言えない。ただ怪しまれないように提案する彼女の言葉はいつもビアンカ公女の心理を荒す結果へとなった。
 それでも信じて傍に置いていたのはビアンカ公女が赤ん坊の頃からずっと見守っていた存在だったからだ。

「どうして」

 いつからアンはこのように変わってしまったのだろうか。

「怯えて……可哀そうな公女様。私が怖いのですか? でも私はあなたに感謝しているのですよ」

 アンは笑う。

「だって公女様が私のことを言わなかったから未だに大公城の者たちは大公妃が犯人だと決めつけている。私は被害者として疑われる心配もなく自由に動けます」

 ビアンカ公女溺水事件の犯人はアンであった。

「どうして」
「大公妃様は予想外でした。まさか、あの見るからに汚らしい池に飛び込むなど。おかげで公女様が助かってしまいました」

 もう少し発見が遅れていれば、ビアンカ公女はあのまま溺水死していたことであろう。その後に捕えられたルドヴィカは罪を否定し続け、牢獄で毒を飲み自害をする。

「筋書き通りにはいかないものですね」

 アンは残念そうにつぶやいた。

「だから筋書きを考えなければなりません」

 アンの後ろに隠れていた黒ずくめの男たちはビアンカ公女を捕えた。
 暴れて避けぼうとすると口元に塗れた布をあてられた。
 もがき続けたビアンカ公女の肩に治癒魔法使いが注射器を当てた。薬が十分入ったところでビアンカ公女の体は動かなくなった。

「効果は2時間程です」

 治癒魔法使いがアンに薬の効果を説明した。

「それくらい時間あれば十分よ。静かに彼女を城から出しましょう」

 ビアンカ公女を洗濯袋の中へと詰め込む。荷台へと運ばれるとアンは医務室を通り過ぎ、廊下へと出ようとした。
 廊下へ出る前に黒ずくめの男に伝える。

「しばらくした後に大公妃の方も外へ出すように」

 勿論だと黒ずくめは頷いた。
 アンは素知らぬふりで廊下を出た。

「あら、アン。どうしたの?」

 メイド仲間に途中声をかけられる。

「医務室の洗濯ものよね」
「ええ、公女様に会えないけど、できる限りあの方の助けをしたくて」
「あなたも大変だったのに」

 メイドたちはアンを絶賛し、応援してその場から離れた。
 アンは洗濯袋の乗った荷台を押しながら、建物の外へ出て、一人の騎士の誘導で難なく大公城へと出た。馬車へと洗濯袋を放り込み、自身も乗り込んだ。

「一時はどうなると思いましたが、公女様が黙ってくれて助かりました」

 動く馬車の中でアンは袋の中の頭の部分を撫でた。

「だから、苦しまないように殺してさしあげます」

 ◆◆◆

 オリンドが操るネズミが立ち去った後にメイドがルドヴィカへ声をかけた。

「大公妃様、お助け下さい!」

 アンではない別のメイドである。

「どうしたの?」
「公女様の姿がないのです。アンの姿も」

 泣きながらメイドは訴えかけた。

「きっとアンが公女様を誘拐したのです。部屋に書き置きが残されていて、大公妃を連れて来いと、さもなければ公女を殺すと……」
「大公殿下に報せましょう。彼の指示を仰いで」
「既にご存じです。大公様も大公妃様へお願いしたいと」
「でも、私は罪人の疑いをかけられているから何の権限もないわ」
「私がそこから解放します! 私、知っているのです。アンが全ての犯人だというのを。本当は大公妃様が突き落としたわけではない。アンが突き飛ばしました」

 メイドは震えながら訴えた。

「今までアンが怖くて言えませんでした。私の家族を人質にとられて……ですが、再び主人が危険に晒されていると知り私は自分の愚かさを思い知りました。私があなたをそこからお救いしますので、どうか公女様を!」

 必死に訴えかけるメイドを無下にできず、ルドヴィカは思わずうなずいた。

「さぁ、こちらです」

 今まで尋問以外で出ることがなかった部屋から解放された。
 既に見張りの者たちにも話がいっているようで、ルドヴィカは難なく東の塔から出ることができた。
 外にはメイドが言うように騎士が待機していた。
 ヴァリー卿や部下たちではない。
 メイドが事前に伝えて協力してもらう騎士だという。
 彼らは恭しくルドヴィカに膝をつき、挨拶をした。

「公女様がどこへ行ったかわかりますか?」
「追跡ではベルベイ港へと向かいました」

 大公領は海に面していない土地であるが、海に繋がる巨大な河があった。その河を利用した貿易で流通は盛えていった。
 すぐに航海可能な船が無数並んでいたのを今も覚えている。

「ご指示を大公妃様」

 騎士の言葉にルドヴィカはどうしたものかと悩んだ。
 メイドの訴えに応えて出てしまったが、それでも騎士を指示するだけの能力をルドヴィカは持たない。

 オランド卿にも協力を求めたいが、それだけの時間は惜しいという。
 誘拐犯のアンの要望ではルドヴィカが後を追うことだという。

「何だかおかしい。本当に大公殿下はこのことを知っているの?」

 今更ながら不気味に感じた。
 もし、ジャンルイジ大公がルドヴィカに頼むのであれば同席する騎士はルドヴィカが知る者であろう。オルランド卿、もしくはトヴィア卿、ガヴァス卿である。
 知りもしない、この前までルドヴィカへ批判的だった騎士を用意するのだろうか。
 目の前の騎士は数日前、尋問の時に一度同席していた騎士であった。ルドヴィカを罪人のように睨んでいたのを今も忘れられない。

「もがっ」

 疑問を口にすると騎士がルドヴィカの口を覆った。

「大人しく一緒に来ればいいのに」

 いらだった声であった。仕方ないと言わんばかりに騎士はメイドへ目配せした。
 メイドは懐に入れていた箱を取り出し、中から注射器を取り出した。
 いかにも怪しい薬である。
 それをルドヴィカの体へと刺し込もうとした。

 びゅん。

 風を切る音と共に、メイドの頭に命中するものがった。それなりに重みのあるものらしくメイドは痛そうにし体制を崩した。
 注射器は無惨に地面へと落ちてしまった。

 メイドの頭に命中したのは白いネズミであった。
 ジャンルイジ大公やオリンドが通信に利用していた使い魔である。
 さすがに目をくるくると回していた。

 何が起きたのかと隙を見せた騎士も強い力によりルドヴィカを解放した。
 ルドヴィカを助けたのはオルランド卿であった。

「大公妃、大丈夫か」

 後から追いかけたオリンドはルドヴィカの安否を確認した。

「だ、大丈夫よ」
「全く、大公妃はもう少し人を疑うことを覚えていただきたい」

 呆れたようにオルランド卿はため息をついた。

 ここまでに至ったのはルドヴィカに頼られてオリンドがまず向かったのはビアンカ公女の病室であった。しかし、治癒魔法使いたちが命を落としていた。
 ネズミの姿で身を隠して病室の方へいくとビアンカ公女が薬で眠らせて洗濯袋の中へ詰め込まれるところだった。
 ネズミを通じてアンの言葉を聞き、オリンドは応援魔法を使った。
 オルランド卿と合流し、ルドヴィカの元へと走った。

 今やオルランド卿に組み敷かれる形で先ほどルドヴィカに無体を働いた騎士は身動きがとれなくなった。

「さぁ、言え! 大公妃様に危害を加えようとした目的は!」

 オルランド卿は容赦なく締め上げる。騎士はここまでと考え、口を大きく開けてガリっと音をたて何かをかみしめた。
 どうやら毒を口の中に忍び込ませていたようだ。気づいた時には騎士は絶命していた。

「っく……」

 メイドは立ち上がり逃げようとするが、させるかとオリンドが体当たりした。その上でオリンドは呪文を唱え、メイドを捕縛する。

「どうしてこんなことをしたの?」

 ルドヴィカはメイドへ質問した。

「ふふ、あはは……。早く公女様を追いかけたらどうでしょうか」

 そう叫びながらメイドも同じように口の中にあるものをかみしめた。

「ベルベイ港」

 ルドヴィカは立ち上がり、場所を確認した。

「大公妃、まずは大公殿下の部屋へ行きましょう」
「こうしている間にまた疑われて投獄されてしまうかもしれない」

 何しろビアンカ公女失踪に合わせてルドヴィカは幽閉から脱出しているのだ。

「問答している時間は惜しいわ」

 アンやメイドの言葉を思い出した。
 一刻も早く追い付かなければ、公女の命が危うい。
 あの池へ突き飛ばしたのがアンであれば、アンは本気で公女を殺すだろう。

「オルランド卿、私が大公城へ出られるように手伝ってちょうだい」
「……」

 無言のオルランド卿にルドヴィカは苦笑いした。
 彼は比較的ルドヴィカに良好に接しているが、こうしている間ルドヴィカを疑っているかもしれない。
 残念だが、彼の立場は理解できない訳ではない。

「オリンド、手伝ってくれる?」
「ああ! 実は使い魔を使って後を追いかけているんだ。俺が連れていってやる」

 豪語するオリンドは頼もしい。後で何かあろうと彼の身の保障だけはジャンルイジ大公に願うつもりだ。

「お待ちください」

 オルランド卿は困ったようにルドヴィカを見つめた。

「二人だけでは心配です。私もついていきましょう」
「大丈夫?」
「監視です。あなたに怪しい点がないか……証人は必要でしょう」

 これでビアンカ公女に何かあれば、彼の立場は危うくなる。
 騎士位返上もありえるかもしれない。
 それでも彼の助けを得られると知りルドヴィカはこれだけ心強いと感じたことはなかった。
 内心、まだ子供のオリンドと二人で夜の道を走るのは不安であった。
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