6 / 25
6話
しおりを挟む
「あのさ明樹。優成にどこまでされてる?」
リビングで優成が明樹を押し倒しキスしているのをばっちり見た仁は、優成に鉄拳を加えてから明樹だけを自室に連れ込んでいた。
「どこまでって……舌突っ込んだかとかそういう?」
ベッドに腰かけた明樹が訝しげにいやらしいことを言ってきて、仁の喉がつまる。
「っ、ちょっと違う。キス以上の関係を迫られたかってこと」
仁は言いながら、親友の生々しい話を知るのは思ったよりダメージがあるなと心臓を押さえる。
「やだな、キス以上なんて全然ないない。キスだってフツーのだし」
「ホントに?でも、キス自体は迫られてんだよね」
「あー、さっきのは俺からしようって言った」
「え、明樹から言ったの!?」
一瞬、こいつら付き合うことになったのかと淡い期待が仁の頭を過ったが、そしたらさっき優成に殴りかかったときに言われるはずだ。
「……優成と付き合ってる、とか?」
それでも期待を捨てきれなくて、仁は明樹に耳打ちした。
「なに言ってんだよ。違うよ」
おかしそうに笑う明樹を見て、わかっていたことだが仁は一旦項垂れた。それから、優成が明樹に迫ったという前提が崩れたことで、先程の優成への鉄拳が制裁ではなくただの暴力になってしまうことに気付き、後で謝らなければとこめかみをかいた。
「じゃなんで、優成とキスしてんの?」
「それは、したいから」
「いや、なんでしたいと思うんだって聞いてんの」
明樹はきょとんと仁を見上げた。
そこまで深く考えたことなかった、という顔に仁はため息が出そうになる。明樹と優成がお互いに想い合っているのは周知の事実だ。正直、同じグループで長年仲良くやってきたメンバーからすれば、見ているだけで嫌でもわかるレベルだ。
なのにどうして、当事者ふたりが片想い状態にもなれないのか。
「普通、付き合ってもないのにキスしないでしょ」
「それは……まぁ」
好きなんだって、と言ってしまえば楽だが、そう教えてなお好意を自覚できない前例──もちろん優成のことだが──を知っている仁としては、明樹には自分の力で自分の気持ちに気付いてもらいたかった。
「……なんでだろ」
背中を丸めて考え出す明樹の隣に仁は静かに腰かけた。急かしても焦らせるだけなのは長年の付き合いでわかっている。
「……なんでっていう答えになってるかわかんないけど……俺、愛されたくて。というか、愛されてるって思いたい、みたいな願望があって。優成はそれを叶えてくれるっていうか……」
明樹の言葉に仁は一度開いた口を閉じた。返すべき言葉を探したが、結局いつも通りの返答しか思い付けなかった。
「……明樹はみんなに愛されてるよ」
仁がそう言っても、明樹の心に響かないのもわかっていた。この美男は、ファンから惜しみ無い歓声を浴びせられメンバー全員から愛を注がれても、常に『愛されなくなること』への不安にかられている。ある意味職業病ではある。
愛されているという実感を直に得られて、不安を解消できる手段が優成とのキス、ということなのだろう。『惚れているから』というとてもわかりやすいはずの気付きをすっ飛ばして、共依存のような関係に行き着くふたりに、仁は今度こそため息が出た。
「あ~でも、そうは言っても、キスとかあんましない方がいいか。しない方がいいよな、ごめん」
仁のため息を己への呆れだと思ったのか、明樹は唇を噛んで仁の顔色を伺う素振りを見せた。仁はそれを見て、こんなに魅惑的な造形で産まれても、人は満たされないものなのかと少し哲学的な気分になる。
「じゃあさ……愛されてると感じるためなら他の誰か──例えば、俺とのキスでもいいってこと?」
「え、仁と?」
「うん。それか他のメンバーとか、友達とかさ」
仁が続けると、明樹は黙り込んだ。
「……んー……他の人とはしようと思わない、かな」
「優成には思うのに?」
詰めるように顔を覗き込むと、明樹の目がわかりやすく泳いだ。
「俺や友達としたいと思わないのに、優成とキスしたいと思うのはなんで」
明樹の回答を待たずに仁が畳み掛けると、明樹は「えっいや、うーん」と仁を見たり壁を見たりして落ち着きを失う。気付きを促す、ということを意識するあまり、明樹の肩を掴む仁には隠せない圧があった。
「優成は特別ってこと?そうじゃない?」
「え、ちょっと待って。えーっと……」
仁の詰めに気圧されながら、明樹は一生懸命に腕を組んだ。明樹の悩む姿は新しいグッズになりそうな仕上がりだったが、ベッドサイドの時計を見れば仕事に向かうべき時間が迫っている。
仁はスプリングが軋む勢いでベッドから立ち上がり、明樹の前で手を叩いた。
「はい!ってことで今の質問の答えを考えるのが宿題な!解散!」
「ぇえっ?急になに。待ってよ、今考えてるから……!」
「待ちません!もう現場行く時間だから、明樹も準備しろ!」
明樹が唇をムッとさせて上目で見てきたが、仁は「可愛い顔しても俺には効かんぞ」と追いやるようにベッドから立たせた。
リビングで優成が明樹を押し倒しキスしているのをばっちり見た仁は、優成に鉄拳を加えてから明樹だけを自室に連れ込んでいた。
「どこまでって……舌突っ込んだかとかそういう?」
ベッドに腰かけた明樹が訝しげにいやらしいことを言ってきて、仁の喉がつまる。
「っ、ちょっと違う。キス以上の関係を迫られたかってこと」
仁は言いながら、親友の生々しい話を知るのは思ったよりダメージがあるなと心臓を押さえる。
「やだな、キス以上なんて全然ないない。キスだってフツーのだし」
「ホントに?でも、キス自体は迫られてんだよね」
「あー、さっきのは俺からしようって言った」
「え、明樹から言ったの!?」
一瞬、こいつら付き合うことになったのかと淡い期待が仁の頭を過ったが、そしたらさっき優成に殴りかかったときに言われるはずだ。
「……優成と付き合ってる、とか?」
それでも期待を捨てきれなくて、仁は明樹に耳打ちした。
「なに言ってんだよ。違うよ」
おかしそうに笑う明樹を見て、わかっていたことだが仁は一旦項垂れた。それから、優成が明樹に迫ったという前提が崩れたことで、先程の優成への鉄拳が制裁ではなくただの暴力になってしまうことに気付き、後で謝らなければとこめかみをかいた。
「じゃなんで、優成とキスしてんの?」
「それは、したいから」
「いや、なんでしたいと思うんだって聞いてんの」
明樹はきょとんと仁を見上げた。
そこまで深く考えたことなかった、という顔に仁はため息が出そうになる。明樹と優成がお互いに想い合っているのは周知の事実だ。正直、同じグループで長年仲良くやってきたメンバーからすれば、見ているだけで嫌でもわかるレベルだ。
なのにどうして、当事者ふたりが片想い状態にもなれないのか。
「普通、付き合ってもないのにキスしないでしょ」
「それは……まぁ」
好きなんだって、と言ってしまえば楽だが、そう教えてなお好意を自覚できない前例──もちろん優成のことだが──を知っている仁としては、明樹には自分の力で自分の気持ちに気付いてもらいたかった。
「……なんでだろ」
背中を丸めて考え出す明樹の隣に仁は静かに腰かけた。急かしても焦らせるだけなのは長年の付き合いでわかっている。
「……なんでっていう答えになってるかわかんないけど……俺、愛されたくて。というか、愛されてるって思いたい、みたいな願望があって。優成はそれを叶えてくれるっていうか……」
明樹の言葉に仁は一度開いた口を閉じた。返すべき言葉を探したが、結局いつも通りの返答しか思い付けなかった。
「……明樹はみんなに愛されてるよ」
仁がそう言っても、明樹の心に響かないのもわかっていた。この美男は、ファンから惜しみ無い歓声を浴びせられメンバー全員から愛を注がれても、常に『愛されなくなること』への不安にかられている。ある意味職業病ではある。
愛されているという実感を直に得られて、不安を解消できる手段が優成とのキス、ということなのだろう。『惚れているから』というとてもわかりやすいはずの気付きをすっ飛ばして、共依存のような関係に行き着くふたりに、仁は今度こそため息が出た。
「あ~でも、そうは言っても、キスとかあんましない方がいいか。しない方がいいよな、ごめん」
仁のため息を己への呆れだと思ったのか、明樹は唇を噛んで仁の顔色を伺う素振りを見せた。仁はそれを見て、こんなに魅惑的な造形で産まれても、人は満たされないものなのかと少し哲学的な気分になる。
「じゃあさ……愛されてると感じるためなら他の誰か──例えば、俺とのキスでもいいってこと?」
「え、仁と?」
「うん。それか他のメンバーとか、友達とかさ」
仁が続けると、明樹は黙り込んだ。
「……んー……他の人とはしようと思わない、かな」
「優成には思うのに?」
詰めるように顔を覗き込むと、明樹の目がわかりやすく泳いだ。
「俺や友達としたいと思わないのに、優成とキスしたいと思うのはなんで」
明樹の回答を待たずに仁が畳み掛けると、明樹は「えっいや、うーん」と仁を見たり壁を見たりして落ち着きを失う。気付きを促す、ということを意識するあまり、明樹の肩を掴む仁には隠せない圧があった。
「優成は特別ってこと?そうじゃない?」
「え、ちょっと待って。えーっと……」
仁の詰めに気圧されながら、明樹は一生懸命に腕を組んだ。明樹の悩む姿は新しいグッズになりそうな仕上がりだったが、ベッドサイドの時計を見れば仕事に向かうべき時間が迫っている。
仁はスプリングが軋む勢いでベッドから立ち上がり、明樹の前で手を叩いた。
「はい!ってことで今の質問の答えを考えるのが宿題な!解散!」
「ぇえっ?急になに。待ってよ、今考えてるから……!」
「待ちません!もう現場行く時間だから、明樹も準備しろ!」
明樹が唇をムッとさせて上目で見てきたが、仁は「可愛い顔しても俺には効かんぞ」と追いやるようにベッドから立たせた。
58
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています
大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。
冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。
※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛
虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」
高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。
友だちゼロのすみっこぼっちだ。
どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。
そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。
「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」
「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」
「俺、頑張りました! 褒めてください!」
笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。
最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。
「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。
――椿は、太陽みたいなやつだ。
お日さま後輩×すみっこぼっち先輩
褒め合いながら、恋をしていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる