無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ

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7話

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 テレビ局の楽屋で、明樹は天井を見つめることに時間を費やしていた。
 これ以上なく整えられたヘアメイクと、美形にしか許されない総柄の衣装に身を包み、絵と見紛う様相になっている明樹は、ソファの上で微動だにしないので本当に絵のようだった。
 仁に出された宿題が難しいせいで、明樹には天井を見つめることしかできなかったのだ。考えても考えてもうまい答えは1個も出てこなくて、正直今は「腹減ったな」とか別のことを考えかけていた。
  
「どうした、明樹。死んだときのキリストのマネか?」
「俺似てますか、キリスト」
「や、ホンモノ見たことないから知らんけど」

 キリストの話題を振ってきた高嶺が無責任に笑って、隣に座る。
 明樹はすぐに身体を寄せて、高嶺の広い肩に頭を乗せた。高嶺はそれに応えるようにポンと明樹の太ももに触れる。
 明樹はスキンシップが好きだ。してもらうのはもっと好きだった。高嶺の肩に頭をぐりぐりしながら、優成だったら肩組んでくれたかなとか思って前を見ると、優成が立っていた。

「お、ヘアメ終わった?」
「はい」

 舞台用になった美しい顔を見て明樹は笑いかけたが、優成は短く答えて険しい顔でコアラのマーチを口に放り込み、高嶺を見た。見られたリーダーは曖昧な笑みを称えて、明樹の太ももから手を退ける。

「俺にもちょうだい」
「どうぞ」
悠人はると~収録前に寝るなよ~」

 受け取ったコアラのマーチを明樹が高嶺にも分けようとすると、彼はサッと立ち上がりパイプ椅子を並べて寝ようとしているメインラッパー・伊部悠人いべはるとの方に去っていった。そして空いた明樹の隣に優成がどかりと座り、長さを見せつけるように脚を組む。
 なんか治安悪いなと思いながら、明樹が「あーん」とコアラを差し出すと、無表情だったイケメンは途端に少年みたいな笑顔を見せて素直に口を開けた。

「うまい?」
「まぁ。コアラのマーチの味ですよ」

 そう言いつつも優成はニコニコしていて、明樹を抱き寄せるように肩を組んできた。ふふ、と思わずニヤけると仁がこちらをジッと見ているのが目に入る。

(そうだ、仁からの宿題考えないと)

 目線を優成に戻すと、優成は変わらず明樹を見つめていた。
 キスしたいな、とまた思った。でも、なんで優成にだけそう思うのか自分ではわからない。それで、優成がキスしたいって言ったのはなんでなのか知れば、答えに近づける気がして。

「優成」
「ん?」
「優成はなんで俺とキスしたいって言った?」

 瞬間、優成を筆頭にその場にいたメンバー全員が固まった。
 あ、しまったと気づいて、明樹は慌てて口を押さえたが遅すぎた。

「あー!みんな!ちょっと俺、次の収録でやりたいパフォーマンスがあるんだった!廊下で打合せしたい!」
「あ、ああ!そうでしたね高嶺さん!明樹と優成以外でやるやつ!」

 高嶺と仁が率先して立ち上がり、空気を読んだグループ唯一の大卒であるリードラッパーの佐久間翔真さくましょうまがそれに続いて立った。今にも大笑いしそうなメインダンサー・高井冬弥たかいとうやと寝たふりをするラッパー悠人を高嶺が引っ張りドアに引きずっていく。

「ってことだから!俺たちちょっといなくなるけど、明樹と優成は収録遅れないようにな!」

 ── バタンッ!

 嵐のような勢いでメンバーが出ていき、明樹は優成と楽屋に取り残された。呆然とドアを見ていた優成が、ゆっくりと明樹に顔を向けたので明樹は急いで謝る。

「ごめん!なんで優成が俺とキスしたいって言ったのか知りたいな~って思ってたら……つい」
「はー、へぇ~なるほど……?」

 わかっているのかわかってないのか、よく分からない返答をした優成は明樹の肩から腕を離して、そのまま頭をかいた。

「……なんでそんなこと、知りたいんですか?」
「なんでって……」

 今日だけでなんでなんでと聞かれすぎて、明樹は頭が痛くなってくる。

「えーっと……まず、俺たち今日キスしたじゃん。で、それを見た仁に事情を聞かれて、俺からキスしようって言ったって話したら、なんで優成とキスしたいのか考えてこいって言われて。で、考えてたんだけどわかんないから、まず俺とキスしたいって言った優成の意見を知りたくなった、みたいな……」

 明樹が話すうちに、優成の眉間には段々シワが寄っていった。怒っているのではなく、真剣に何かを考えている顔だが、顔自体はただ怖い。
 話が終わっても黙り続ける優成を、明樹は覗き込んだ。

「優成もわかんないか」 
「いや、わかってますよ」

 優成は即座に、脊髄反射的に言い返した。これは優成が負けず嫌いであることと、明樹の前でカッコつけたいというプライドが合わさってなされた返答だった。ここに仁か高嶺がいれば、嘘言うなと怒ったところだが、残念ながら明樹しかいないので誰も優成の強がりに気づかなかった。

「へえ!さすが~。で、なんでなの」
「それは、ですね……」

 優成は脚を組み替えて足先を揺らして、結局脚を組むのをやめる。

「俺が、明樹さんの……」

 眉間にシワを寄せたまま、優成は明樹を見た。明樹からすれば、普通に睨まれている構図だった。

「…………顔が好きだから……?」

(なんで睨みながら俺に聞くんだよ)

 と思ったが、明樹は優成の返答をまずは噛み砕いた。

(『顔が好きだから』……)

 確か最初にキスする前にも優成は、明樹の顔が好きだと言っていた。
 好きな顔にキスしたくなる気持ちはわかる気がする。自分たちだって、キスしたいと思わせたファンが星の数ほどいるだろう。

「まー俺も、優成の顔好きだけど」

 アイドルとファンの構図なら納得できるが、明樹と優成は何年も苦楽を共にしている仲間だ。なんか、何かがおかしくないか?と首を捻りかけた明樹の頭に、突如愛くるしいペットの愛犬が浮かんだ。

「あ!俺、マシュにもキスしたくなるわ」
「は、え?マシュ?」
「実家で飼ってる犬だよ」
「あ、ああ。マシュ……」

 いきなり犬の話題を出された優成は眉間のシワをそのままに、腑抜けた声を出した。

「マシュの顔見てるとどうしようもなくキスしたくなって、しちゃうんだよな」
「あー、なるほど……?」
「つまり、俺がキスしたくなるのは優成とマシュだけで、共通点はどっちも顔が好き。どう?これ正解じゃない?」
「え、あー……まぁ……?」

  犬と同列にされた優成がここで何か異議を唱えられればよかったのだが、『顔が好きだから』と最初に言い出した彼には反対材料が何もなかった。

「あ~スッキリした!あとで仁に言ってやろ」
「マシュと、俺……」

 優成はちょっと複雑そうな、いやかなり腑に落ちない顔をしていたが、「ありがと、優成」とハンサムな美男が頭を撫でてきたので、溶けるように破顔してそのまま深く考えるのをやめてしまった。
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