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14話
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そして件の水曜日。
約束通り、明樹と優成はキッチンに集まっていた。
「で、作るものっていうのは」
「これだよ」
見慣れた赤いパッケージの袋を、明樹は手に持って振った。
ふたりで何を作るのか。
その答えはホットケーキであった。
「ホットケーキって料理と言えるんですか」
「サンドイッチ作るって高嶺さんに言ったら、ホットケーキでもいいからせめてコンロを使うものにしろって言われた」
高嶺の言い分に納得したのか、優成は片眉を上げながらホットケーキの袋を明樹から取って裏面を見た。
「まずは卵と牛乳を混ぜる」
「俺やる」
明樹はさっそく意気揚々と卵を割る。しかしやる気と裏腹に、卵は一気に欠けて殻がボウルへと落ちていった。
「うっそ!」
「ちょっと明樹さんは粉の袋でも開けといてください」
ボウルと割ってない卵を取り上げられて、明樹は渋々粉の袋を開ける。優成はボウルに入った殻を綺麗に取り除いてから、卵を手に取った。
「あ」
優成がカウンターに卵を打ち付けた瞬間、ひびが入るどころか卵が潰れる。
「うわーアハハッ、何してんの優成!はい、俺のこと言えない~」
「うそ、卵ってこんな脆かった?」
明樹が大きく笑って肘で小突くと、優成も笑った。それを契機に、数週間漂っていたぎこちなさが急速に小さくなっていった。
(やっぱり楽しいな)
優成が笑うたびに、明樹は嬉しくなって笑顔を返した。やいやいと喋りながら作業を進めるうちに、気付けばホットケーキ作りも最終段階に入る。
「あとは焼けるの待つだけですね」
「は~大仕事だった」
生地を流したフライパンに蓋をすると、少しだけ沈黙が流れた。何の気なしに明樹が優成の襟足を撫でたら、優成は笑うでも受け流すでもなく、ゆっくりと明樹を見た。
視線が絡んで、久しぶりの感覚が首をもたげる。
(キスしたい。していいかな)
ホテルでの事故以降、1度もしていない。
明樹は思うままに、優成に顔を寄せた。しかし唇が重なる寸でのところで優成が身を引いて、勢い余って背中を棚にぶつける。
「な、なんですか」
「えっと、キスしようかと」
優成の瞳が揺れて明樹から視線がずれる。何か言いたげに開かれた口は、何も発しなかった。消えたかと思ったぎこちなさが、ふたりの間に舞い戻ってきていた。
「あー……俺ともうしたくない?」
「いや……あの、そういうこと聞かないでください」
頭を振る優成は放っておいたらいなくなってしまいそうで、明樹は繋ぎ止めるために見て見ぬふりをしてきた話題に触れた。
「ホテルでのキスは、俺も悪かったと思ってる」
言及に動揺したのか、優成が棚に肘をぶつける。
「ただあれは、なんていうか……お互いに事故っていうか。俺は普通に今まで通りのでいいんだけど」
「そういうことじゃなくて」
優成は明樹を止めるように声を張った。
「……明樹さんとのキスは、俺にとって意味がありすぎるんです」
「意味ってなに。前は普通にしてただろ」
明樹が近づくと、背に棚を控えてこれ以上後退できない優成は口を腕で隠した。
「逆に、なんであんなキスしちゃったのに、まだキスしようとしてくるんですか」
口に当てた腕を離さないので、優成の声はくぐもっていた。
「見てたらキスしたくなるから。じゃダメなの?」
「それ……前言ってたマシュとキスしたくなるのと同じ理由ってことですよね」
「え。あー、うん」
優成は眉間に皺を作って黙る。マシュと優成相手では全然違うと仁に言われたことが頭を掠めたが、明樹がその件を話す前に優成が腕を下ろした。
「……俺は、マシュと同列なんですね」
聞こえてきた声が湿りかけていて、明樹は狼狽えた勢いでカウンターに手をぶつけた。
「えっと、そうか。いや、ごめん。マシュと優成を同じって言うのは違ったかも。でもマシュは最高に可愛いんだから、優成も最高に可愛いってことだし」
焦るままフォローになってるのかわからない言葉を述べたが、優成が潤んだ瞳で見つめてき明樹の焦りは増すばかりだ。
「したくないなら、もう絶対しないから。そう言って」
「……だから、そういうことじゃないんですよ」
「じゃ、どういうことなんだよ。していいの?」
目を伏せて答えない優成が、1歩足を踏み出す。
そう認識した次の瞬間には優成の両手が後頭部に回っていて、明樹は反射的に身体に力を入れた。しかしそんな抵抗など関係なく引き寄せられて、そのまま唇が重なる。優成の筋力を前に、明樹はすぐに身体の強張りを解いてキスに応じた。だいたいが自分からしたいと言ったのだから、応じないという選択肢はない。
薄く口を開くとすぐに舌が入ってきて、明樹の粘膜を撫でた。1度舌を絡めてしまえば、あとはもうなし崩しに互いの口内を味わうだけだった。何度も角度を変えて、歯列さえなぞる。優成に上顎を舐められながら、明樹は唾を飲んだ。
気持ちよさを追いかけるキスは、もう事故とは呼べなかった。
数週間ぶりのキスは、今までで1番長くて。
「っはぁ……」
唇が離れる頃には、お互い息が上がっていた。
「……すみません」
「や、謝んないでいい、けど」
優成は鼻先が触れ合う距離で明樹の唇を拭ってから離れた。明樹は今のキスをどう処理するか考えるために、深く息を吸う。
「……好きだって言ったらどうしますか」
「っ、なに?」
約束通り、明樹と優成はキッチンに集まっていた。
「で、作るものっていうのは」
「これだよ」
見慣れた赤いパッケージの袋を、明樹は手に持って振った。
ふたりで何を作るのか。
その答えはホットケーキであった。
「ホットケーキって料理と言えるんですか」
「サンドイッチ作るって高嶺さんに言ったら、ホットケーキでもいいからせめてコンロを使うものにしろって言われた」
高嶺の言い分に納得したのか、優成は片眉を上げながらホットケーキの袋を明樹から取って裏面を見た。
「まずは卵と牛乳を混ぜる」
「俺やる」
明樹はさっそく意気揚々と卵を割る。しかしやる気と裏腹に、卵は一気に欠けて殻がボウルへと落ちていった。
「うっそ!」
「ちょっと明樹さんは粉の袋でも開けといてください」
ボウルと割ってない卵を取り上げられて、明樹は渋々粉の袋を開ける。優成はボウルに入った殻を綺麗に取り除いてから、卵を手に取った。
「あ」
優成がカウンターに卵を打ち付けた瞬間、ひびが入るどころか卵が潰れる。
「うわーアハハッ、何してんの優成!はい、俺のこと言えない~」
「うそ、卵ってこんな脆かった?」
明樹が大きく笑って肘で小突くと、優成も笑った。それを契機に、数週間漂っていたぎこちなさが急速に小さくなっていった。
(やっぱり楽しいな)
優成が笑うたびに、明樹は嬉しくなって笑顔を返した。やいやいと喋りながら作業を進めるうちに、気付けばホットケーキ作りも最終段階に入る。
「あとは焼けるの待つだけですね」
「は~大仕事だった」
生地を流したフライパンに蓋をすると、少しだけ沈黙が流れた。何の気なしに明樹が優成の襟足を撫でたら、優成は笑うでも受け流すでもなく、ゆっくりと明樹を見た。
視線が絡んで、久しぶりの感覚が首をもたげる。
(キスしたい。していいかな)
ホテルでの事故以降、1度もしていない。
明樹は思うままに、優成に顔を寄せた。しかし唇が重なる寸でのところで優成が身を引いて、勢い余って背中を棚にぶつける。
「な、なんですか」
「えっと、キスしようかと」
優成の瞳が揺れて明樹から視線がずれる。何か言いたげに開かれた口は、何も発しなかった。消えたかと思ったぎこちなさが、ふたりの間に舞い戻ってきていた。
「あー……俺ともうしたくない?」
「いや……あの、そういうこと聞かないでください」
頭を振る優成は放っておいたらいなくなってしまいそうで、明樹は繋ぎ止めるために見て見ぬふりをしてきた話題に触れた。
「ホテルでのキスは、俺も悪かったと思ってる」
言及に動揺したのか、優成が棚に肘をぶつける。
「ただあれは、なんていうか……お互いに事故っていうか。俺は普通に今まで通りのでいいんだけど」
「そういうことじゃなくて」
優成は明樹を止めるように声を張った。
「……明樹さんとのキスは、俺にとって意味がありすぎるんです」
「意味ってなに。前は普通にしてただろ」
明樹が近づくと、背に棚を控えてこれ以上後退できない優成は口を腕で隠した。
「逆に、なんであんなキスしちゃったのに、まだキスしようとしてくるんですか」
口に当てた腕を離さないので、優成の声はくぐもっていた。
「見てたらキスしたくなるから。じゃダメなの?」
「それ……前言ってたマシュとキスしたくなるのと同じ理由ってことですよね」
「え。あー、うん」
優成は眉間に皺を作って黙る。マシュと優成相手では全然違うと仁に言われたことが頭を掠めたが、明樹がその件を話す前に優成が腕を下ろした。
「……俺は、マシュと同列なんですね」
聞こえてきた声が湿りかけていて、明樹は狼狽えた勢いでカウンターに手をぶつけた。
「えっと、そうか。いや、ごめん。マシュと優成を同じって言うのは違ったかも。でもマシュは最高に可愛いんだから、優成も最高に可愛いってことだし」
焦るままフォローになってるのかわからない言葉を述べたが、優成が潤んだ瞳で見つめてき明樹の焦りは増すばかりだ。
「したくないなら、もう絶対しないから。そう言って」
「……だから、そういうことじゃないんですよ」
「じゃ、どういうことなんだよ。していいの?」
目を伏せて答えない優成が、1歩足を踏み出す。
そう認識した次の瞬間には優成の両手が後頭部に回っていて、明樹は反射的に身体に力を入れた。しかしそんな抵抗など関係なく引き寄せられて、そのまま唇が重なる。優成の筋力を前に、明樹はすぐに身体の強張りを解いてキスに応じた。だいたいが自分からしたいと言ったのだから、応じないという選択肢はない。
薄く口を開くとすぐに舌が入ってきて、明樹の粘膜を撫でた。1度舌を絡めてしまえば、あとはもうなし崩しに互いの口内を味わうだけだった。何度も角度を変えて、歯列さえなぞる。優成に上顎を舐められながら、明樹は唾を飲んだ。
気持ちよさを追いかけるキスは、もう事故とは呼べなかった。
数週間ぶりのキスは、今までで1番長くて。
「っはぁ……」
唇が離れる頃には、お互い息が上がっていた。
「……すみません」
「や、謝んないでいい、けど」
優成は鼻先が触れ合う距離で明樹の唇を拭ってから離れた。明樹は今のキスをどう処理するか考えるために、深く息を吸う。
「……好きだって言ったらどうしますか」
「っ、なに?」
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