無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ

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18話

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「パフォーマンスお疲れ様です」
「そちらこそ。でも今日ステージ狭くなかった?」

  優成の問いかけに、リハの時から狭いと思ってましたと色白の女性アイドルが笑う。
  舞台袖、楽屋へと続く廊下でふたりは壁を背に喋っていた。ステージ上や席で目を合わせただけで交際を疑われる職業なので表立って絡むことは少ないが、メンバーそれぞれ仲が良い異性の同業者はいる。

(それが1番多いのは、明樹さんだけど)

 高嶺と仁のアドバイスに従って接触を増やし現在3回目のお喋りをしているが、女の子と絡んだくらいであの天然美男が意識してくるのか、優成は甚だ疑問だった。明樹の交流関係は異性の同業者どころではなく多岐にわたって広く、常にやきもきしているのは優成の方だ。
 女性アイドルの話に相槌を打つ傍ら、優成の頭には個室居酒屋でのやり取りが浮かんでくる。


「いや、ちょっと待ってください。明樹さんは『告白まがいのことをした俺』すら意識してないんですよ。『女性と絡む俺』なんて今さら見せて、何を意識するってんですか」

 優成としては鋭い指摘をしたつもりだったが、年上ふたりは『うるせーな』という顔をした。

「優成が何を心配しようが、明樹は絶対意識するから」
「お前は難しいこと考えるな。何も考えずに女子と絡んでおけ」


 素人は黙っていろと言わんばかりの返答に不満はあったが、この恋で自分が正しい行いをできた覚えがないので、優成は深く考えるのをやめていた。笑う女性アイドルに何も考えずに微笑みを返したとき、彼女がスタッフに呼ばれる。

「それじゃまた、一原さん」

 手を振って去っていく痩身に、優成は手を振り返した。常日頃グループの最年少である優成は、自分より年下の女性アイドルに慕われたことで多少気が浮わついて、彼女に振った手を大きい手に掴まれるまで、真横に明樹がいることに気付かなかった。

「うわっ明樹さん、いたんですか」

 ちょっとのけ反ると、何も答えない明樹の無表情が優成に向く。掴んだ手をぐんっと引いて明樹が廊下を歩きだして、優成は足をもつれさせながら後に続いた。

「あの、どこいくんですか」

 それにも答えない明樹は、メンバー用の控え室の前につくと、優成を部屋に押し込んだ。後ろ手にドアを閉め、明樹がやっと口を開く。

「優成」

 表情のない顔と違い、声は不安そうだった。

「さっきの子、仲いいの」

 さっきの子、が先程の女性アイドルであると優成が思いつくまでの間に「前からあの子とよく喋ってるよね」と明樹が続ける。

 (ま、まさかホントに気にしてくれたのか?)

 明樹の感性が想定通りに動いたことに驚きつつも、少しでも意識してもらえたことが嬉しくて優成は表情が緩んだ。

「それなりですよ。会えば喋るって感じで」

 しかしその緩んだ顔を見た明樹は、眉を寄せて黙る。どうしたんだと思った時には、頬を両手で挟まれていた。どう見てもキスがくる流れに、優成は明樹の肩を押した。

「ちょ、ダメだって、っ……!」

 忠告虚しく、すぐに明樹が顔を引き寄せて舌を差し込んできて、途端に優成の理性が弱まる。入ってきたときに部屋に誰もいないのはわかっていたが、いつ誰が来るとも知れない控え室でキスなんてしていられない。ちゃんとわかっているのに、優成は結局明樹の舌を舐め返した。
 リップ音をさせながらお互いの唇と口内を味わう。キスをされたのは優成だが、気付けば優成が明樹を壁際に追い詰めていた。明樹から舌を舐め合うようなキスを仕掛けてきたのは初めてで、正直言って優成は興奮していた。

 ──ガチャッ

「!」

 止められずに舌を絡ませていると物音が響いて、ふたりは弾かれるように離れた。
 その矢先、控え室のドアが大きな音を立てて開いて、笑い合う冬弥と翔真を筆頭にメンバー全員が入ってくる。優成と明樹は誤魔化すように手を振り、テーブルそばのパイプ椅子に座った。
 先程の話はキスで頓挫してしまったが、さすがの明樹もこの場で話を蒸し返す気はないらしく、俯いて黙っている。

「優成、水飲む?」
「あ、はい。ありがとうございます」

 テーブルの向こう側に立つ高嶺がペットボトルを投げてきて、その横で仁がこちらを伺う視線を投げてくる。何とも言えない状況を表すように優成は曖昧に目をそらして、ミネラルウォーターのキャップを外した。
 数分前に明樹と口の中を舐め合った事実が消えるわけではないが、ヒョンたちへの禊のつもりで優成は水を含む。

「あのさ。ふたりで旅行いかない?」
「ゴフッ、げほっ!え?!」

 明樹が唐突に顔を上げて、優成は口に入れたばかりの水を口から出した。

(今、旅行って言った?言ったよな?え、ふたりで?)

 優成が混乱する頭で混乱し続けているうちに、明樹は優成がテーブルに吹いた水をティッシュで拭き始める。

「どこでもいいんだけど、全然近場でも」
「あの、本気で……?」

 もはや目を見開いているのは優成だけではない。動揺を誤魔化せていないメンバーたちが、見合って固まっているのが視界に入った。まさかこんな方向に話が行くとは予想していなかったのか、高嶺と仁が眉をひそめて囁き合いを始める。

「あー俺と行くの、イヤ?」
「え、いや!イヤじゃないですよ……!?」

 優成の驚愕をネガティブに受け取ったらしい明樹が気まずそうに目を伏せて、優成は思わず立ち上がっていた。

「ほんと?今度の長期休暇まだ空いてる?」
「あのー、はい。空いてる日あります」
「やった。じゃ仕事終わったらスケジュール合わせよ」
「あ、はい」

 明樹はニッと口角を上げて優成を見上げたかと思えば、もう鼻歌交じりにテーブルのお菓子を引き寄せている。一方優成は、今のやりとりでとんでもないことを決めてしまった気がして、しばしただ立っていた。

「優成、ちょっと」

 いつの間にか隣にいた仁に腕を引かれ、やっと優成はただ立つのをやめる。腕を引かれるままついていくと、仁は控え室のドアを開けた。

「ちょっと廊下出て」

 仁は言いながら優成の胸を押し、優成だけ廊下に出す。「なんですか」と怪訝な顔をする優成に、仁は廊下の右奥を指し示した。

「あっちにアイスクリームの機械あったから俺の分取ってきて」
「え?自分で行ってくらひゃ」

 言い返し半ばで仁に顎を掴まれた優成は、抵抗の隙なく力ずくで引き寄せられた。

「旅行な。告白せずにキス以上のことしたら、わかってるよな?」

 据わった目で低く囁いた仁は「イチゴ味のね♡」と、語尾にハートマークをつけて返事も聞かずにドアを閉めた。
 優成は鼻先で閉まったドアを数秒見つめて、瞬きを忘れたままアイスクリームの機械へ向かった。

 キス、旅行、明樹とふたりきり、仁からの牽制、己の理性。

 怒涛のごとく襲いかかる問題たちが頭をかき乱す中、優成は覚束ない手でレバーを引き、ピンク色のアイスクリームがカップに落ちるのを凝視した。
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