貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ

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 『ただ、愛させて』の観客はやはり圧倒的に女性が多く、次いで男女のカップルの割合が高かった。
 男同士の自分達は目立っているのではないかと気になったが、映画が始まってしまえばそんなことは関係なかった。
 許されない恋をした女性の片想いが描かれたストーリーは、今の自分と重なるようで、想像の何倍も感情移入し、最後の最後でふたりが結ばれた時は思わず泣いてしまうほどだった。

「巡、泣いてたね」

 劇場が明るくなったときに、千明さんに微笑まれた。

「うわ、バレましたか。恥ずかしい……」
「恥ずかしくなんてないよ。実際いい映画だったし」

 千明さんも満足している様子に、俺は安心する。
 とんでもない駄作だったらどうしようかと心配していた気持ちも、もうどこかに行ってしまった。

「お腹すかない?夕飯食べて帰ろうよ」
「え、いいんですか?」
「うん。この辺に美味しいイタリアンあるんだ」

 あっさり帰るのかと思っていた俺は、千明さんの提案に喜んで賛同した。
 まだ一緒に過ごせるなんて、今日は本当に良い日だ。


 千明さんに連れてこられた店は、隠れ家的でお洒落な、まさに『大人が知っている店』といった風体だった。
 そして、当たり前のように料理も『大人の値段』である。

(えっ、パスタが3000円!?うそ、水が800円……)

 店員から渡されたメニューを見ながら俺は絶句した。
 普段大衆店でしかイタリアンを食べない俺には、想像を越えた値段設定だ。
 水すらタダでは出てこないなんて。
 1番安い料理は何なんだと探しまくっていると、目の前の千明さんが軽く笑った。

「そんなに悩まなくても。決まらないなら頼んじゃおうか?」
「え、あ、お願いします……」

 これ以上千明さんを待たせたくない。折角誘ってもらったのだ、千明さんがオススメする料理を食べてみたい気持ちも強かった。
 今日財布には5000円くらい入っている。

(たぶん、なんとかなる。明日からの食費は、どうにかしよう……)

「あと赤ワインで。巡は飲み物どうする?」

 お金のことを気にしている間に、千明さんは注文をほぼ終えていた。

「え、あーコーラ、ありますか……?」
「ふふ、じゃあコーラで」

 かしこまりました、と店員も少し微笑んで離席する。
 なんでこの店でコーラなんて言ってしまったのか、もっと大人っぽいものを頼むべきだったと、俺はすぐ羞恥に見舞われた。
 少しすると千明さんが頼んだ料理が次々とテーブルに運ばれてきた。
 どれもこれもお洒落で、俺が今まで食べてきたイタリアンとは何だったのか疑問に思うような味だった。

「美味しい?」
「はい!こんなに美味しいもの初めて食べました……!」
「言い過ぎだよ。でも良かった、気に入ってくれたなら」

 そう言ってワインのグラスを傾ける千明さんは、完璧な大人の男性に見えた。
 今日だけで何回カッコいいと思ったことか。

(やっぱり、大好きだなぁ……)

 俺は言えない気持ちをパスタと一緒に飲み込んだ。


 最後に出たデザートを食べていると、千明さんが「トイレ行ってくるね」とおもむろに立ち上がる。千明さんの姿が見えなくなるのを見届け、フォークに刺していた苺を飲み込んでから急いで店員を呼んだ。
 どうしても自分がいくら払わないとなのか知りたかった。これだけの料理だ、たぶんもう手持ちでは足りない。

「すみません、ここの会計って…」
「あぁ、それでしたら既にお済みですので」
「え?」
「お連れ様に先程お支払いただきました」

 俺の疑問を制するように、店員は「ごゆっくり」と頭を下げた。
 まさか、またお金を払ってもらってしまうとは。
 どうやってお礼をしたらいいんだと悩む暇もなく、店員と入れ替わりで千明さんが戻ってくる。

「あの、お金払っていただいてしまって、すみません!」
「あぁ、全然。俺が使う金は俺が使いたい金だって言ったでしょ」
「でも俺ばっかり…」

 本当に申し訳ないと思って「すみません……」と言うと、千明さんは少し驚いたように目をしばたいてから笑った。

「じゃ、この間の約束をこれでチャラってことにしよう。俺がなんでもするって言ったやつ」
「え、あれまだ有効なんすか?」
「いいじゃん、そういうことで。ね?」

 千明さんの有無を言わせぬ笑顔に、俺はただ頷くしかなかった。
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