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病院
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「こんにちは、杉崎さん。前回の診療から少し間が空いてしまいましたね」
汚れひとつない白衣を着てフレームの細い眼鏡をかけた、いかにも『医者』という風情の男が俺を見る。
「すいません。ちょっと仕事忙しくてキャンセル続いちゃって」
「杉崎さんのせいじゃないですよ。ただマネージャーさんに言って少し仕事量は調整した方がいいかもしれません」
高そうなボールペンがメモ用紙の上を走る。仕事が減る分には嬉しいので、俺は黙ってペンを見ていた。
「最近はどうです。眠れてますか」
「そう……ですね。薬はあんまり飲まずに寝てます」
「あぁ。例の眠れるセックスフレンドと続いてるんですね」
『セフレ』と略すわけでも言葉を濁すわけでもなく正式名称を言うこの医者──八藤京介は、いつも同じ笑みを浮かべている。
「いや、そいつとはもう縁切りました。実は新しく友達が出来て」
「なるほど。それは良いことですね。その新しいお友達とはどういった関係なのか聞かせてもらえますか」
にこやかに微笑む八藤先生は、『ハートフルメンタルクリニック』と書かれたバインダーを取った。
ここは自由が丘にある心療内科。芸能人も利用することが多く、スタッフ全員口が固くて信頼できると業界では評判らしい。1度も他の芸能人を見たことがないので本当に業界で評判なのかは知らないけど、おそらくは芸能人同士を会わせないように診療時間を配慮しているのだと思う。
5年前、精神がやられた俺を当時のマネージャーがこのハートフルメンタルクリニックに担ぎ込んだのが八藤先生との出会いだった。
「例のセフレは、ヤると眠れるんでヤってただけで全然、ホントに全然好きじゃなかったんですけど」
「ええ。身勝手で最悪、面食いのDVクソ野郎って言ってましたね」
そこまで罵ったことを正確に覚えている先生に信頼感を覚えつつも、品のある顔立ちで言われるとシュールさが目立つ。
「そう、そのクソ野郎とずっと関係終わらせたいと思ってたんです。眠れなくなるのは怖かったですけど、もう限界で。それでちょっと距離置こうとしたら、クソ野郎がいきなり部屋に来たことあって。こういう勝手なことやめろって怒って、勢いでもう会う気はないって言ったんですよ。そしたら、殴られて」
「おやそれは……身体は大丈夫なんですか」
にこやかだった先生の眉が下がり、同情の面構えになる。
「はい。アイツは病院に行かずに済むギリギリの暴力しか振るわないんで。なんの才能だか知らないですけど」
「うーん、お相手はやはり生粋のサディストなんでしょうかね」
「俺はマゾじゃないんで、願い下げです。アイツのセックスで眠れる自分もイヤでした」
あの西野のセックスで『必要とされてる』『愛されてる』とか脳が感じて眠りに繋がってるなんて、我ながら俺は卑屈が過ぎる。
先生は否定も肯定もせず静かに頷いて、続きを促した。
「それで、暴力受けて抵抗する気が失せたら服脱がせようとしてきたんですよ」
先生の言うとおり、西野はサディストだ。普段は抑えているけど、加虐心が爆発すると殴ってきて傷付いた俺に興奮する。イラついたから殴ってくると言うより、殴れるタイミングを伺っていると言った方が正確な気がする。
「その時、部屋のチャイムが鳴ったんです。相手は無視しようとしましたけど、続けて何度も鳴って。セールスか何か分からなかったんですけど、俺その訪問者に助けを求めたんです。そしたらその人、えーっと隣の部屋の人だったんですけど、喧嘩の声聞いてホントに助けようと来てくれた人で」
「なんと、良い人がいてよかったですね」
そう、その隣の部屋の人──つまり一太くんはとんでもなく良い人だった。俺の人生で出会った中で1番良い人だと断言できる。
「で、その助けてくれた人と友達になれたんです」
「なるほど、その優しい方が新しいお友達なんですね。会ったりはしてるんですか」
「はい。その、本当にただの純粋な友達です。セックスもなにもしてません」
先生が微笑みを讃えたままペンで何かのメモを取っていく。『新しい友人、肉体関係なし』とか書かれてるんだろうか。
「最近薬なしでも眠れているのなら、そのお友達が杉崎さんの心に良い影響を与えていると考えられますね」
「俺もそう思います。実は友達が一緒にいてくれると眠れるんです」
「ほう、それは一緒に部屋に泊まったりすると?」
「あーはい、えっと添い寝してもらってて……子供みたいで恥ずかしいですけど」
一太くんの温かい体温が思い返される。そばにいると本当に安心できるぬくもりだ。
「いわゆる『添い寝フレンド』というものですね。最近はそういう友達がいる方も増えていますよ。肉体関係なしに心の安寧を得られますし、なにより暴力的なセックスフレンドよりは随分良いお相手だと思います」
添い寝フレンドなんて言葉、定着してるんだ。
俺は世の中の流行りにあまり敏感ではないので初耳だった。
「そのお友達の添い寝効果を見込んで、少し弱い薬にしてみましょうか」
「あ、はい。ありがとうございます」
「また眠れないようならいつでも言ってくださいね。さて、他になにか話したいことはありますか?」
先生がちらりとデスクトップの時計を見た。そろそろ次の診察なんだろう。
俺は最後に、どうしても先生に聞いておきたいことがあった。
「あの……恋人とかって作った方が、症状にいいですか」
汚れひとつない白衣を着てフレームの細い眼鏡をかけた、いかにも『医者』という風情の男が俺を見る。
「すいません。ちょっと仕事忙しくてキャンセル続いちゃって」
「杉崎さんのせいじゃないですよ。ただマネージャーさんに言って少し仕事量は調整した方がいいかもしれません」
高そうなボールペンがメモ用紙の上を走る。仕事が減る分には嬉しいので、俺は黙ってペンを見ていた。
「最近はどうです。眠れてますか」
「そう……ですね。薬はあんまり飲まずに寝てます」
「あぁ。例の眠れるセックスフレンドと続いてるんですね」
『セフレ』と略すわけでも言葉を濁すわけでもなく正式名称を言うこの医者──八藤京介は、いつも同じ笑みを浮かべている。
「いや、そいつとはもう縁切りました。実は新しく友達が出来て」
「なるほど。それは良いことですね。その新しいお友達とはどういった関係なのか聞かせてもらえますか」
にこやかに微笑む八藤先生は、『ハートフルメンタルクリニック』と書かれたバインダーを取った。
ここは自由が丘にある心療内科。芸能人も利用することが多く、スタッフ全員口が固くて信頼できると業界では評判らしい。1度も他の芸能人を見たことがないので本当に業界で評判なのかは知らないけど、おそらくは芸能人同士を会わせないように診療時間を配慮しているのだと思う。
5年前、精神がやられた俺を当時のマネージャーがこのハートフルメンタルクリニックに担ぎ込んだのが八藤先生との出会いだった。
「例のセフレは、ヤると眠れるんでヤってただけで全然、ホントに全然好きじゃなかったんですけど」
「ええ。身勝手で最悪、面食いのDVクソ野郎って言ってましたね」
そこまで罵ったことを正確に覚えている先生に信頼感を覚えつつも、品のある顔立ちで言われるとシュールさが目立つ。
「そう、そのクソ野郎とずっと関係終わらせたいと思ってたんです。眠れなくなるのは怖かったですけど、もう限界で。それでちょっと距離置こうとしたら、クソ野郎がいきなり部屋に来たことあって。こういう勝手なことやめろって怒って、勢いでもう会う気はないって言ったんですよ。そしたら、殴られて」
「おやそれは……身体は大丈夫なんですか」
にこやかだった先生の眉が下がり、同情の面構えになる。
「はい。アイツは病院に行かずに済むギリギリの暴力しか振るわないんで。なんの才能だか知らないですけど」
「うーん、お相手はやはり生粋のサディストなんでしょうかね」
「俺はマゾじゃないんで、願い下げです。アイツのセックスで眠れる自分もイヤでした」
あの西野のセックスで『必要とされてる』『愛されてる』とか脳が感じて眠りに繋がってるなんて、我ながら俺は卑屈が過ぎる。
先生は否定も肯定もせず静かに頷いて、続きを促した。
「それで、暴力受けて抵抗する気が失せたら服脱がせようとしてきたんですよ」
先生の言うとおり、西野はサディストだ。普段は抑えているけど、加虐心が爆発すると殴ってきて傷付いた俺に興奮する。イラついたから殴ってくると言うより、殴れるタイミングを伺っていると言った方が正確な気がする。
「その時、部屋のチャイムが鳴ったんです。相手は無視しようとしましたけど、続けて何度も鳴って。セールスか何か分からなかったんですけど、俺その訪問者に助けを求めたんです。そしたらその人、えーっと隣の部屋の人だったんですけど、喧嘩の声聞いてホントに助けようと来てくれた人で」
「なんと、良い人がいてよかったですね」
そう、その隣の部屋の人──つまり一太くんはとんでもなく良い人だった。俺の人生で出会った中で1番良い人だと断言できる。
「で、その助けてくれた人と友達になれたんです」
「なるほど、その優しい方が新しいお友達なんですね。会ったりはしてるんですか」
「はい。その、本当にただの純粋な友達です。セックスもなにもしてません」
先生が微笑みを讃えたままペンで何かのメモを取っていく。『新しい友人、肉体関係なし』とか書かれてるんだろうか。
「最近薬なしでも眠れているのなら、そのお友達が杉崎さんの心に良い影響を与えていると考えられますね」
「俺もそう思います。実は友達が一緒にいてくれると眠れるんです」
「ほう、それは一緒に部屋に泊まったりすると?」
「あーはい、えっと添い寝してもらってて……子供みたいで恥ずかしいですけど」
一太くんの温かい体温が思い返される。そばにいると本当に安心できるぬくもりだ。
「いわゆる『添い寝フレンド』というものですね。最近はそういう友達がいる方も増えていますよ。肉体関係なしに心の安寧を得られますし、なにより暴力的なセックスフレンドよりは随分良いお相手だと思います」
添い寝フレンドなんて言葉、定着してるんだ。
俺は世の中の流行りにあまり敏感ではないので初耳だった。
「そのお友達の添い寝効果を見込んで、少し弱い薬にしてみましょうか」
「あ、はい。ありがとうございます」
「また眠れないようならいつでも言ってくださいね。さて、他になにか話したいことはありますか?」
先生がちらりとデスクトップの時計を見た。そろそろ次の診察なんだろう。
俺は最後に、どうしても先生に聞いておきたいことがあった。
「あの……恋人とかって作った方が、症状にいいですか」
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