インテリヤクザは子守りができない

タタミ

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キス

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「キスしたい、というかしてほしい。ハセさんに」

 言い直されたところで同じことだった。ふざけんなと怒るとか何も言わずに殴るとか終わらせ方はいくらでもあったのに、初瀬は沈黙する間に妙に冷静になってしまった。

「……なんで」
「してほしいからっすよ。さっき組長の前でも言いましたけど、ハセさんのこと好きなんで。だから」

 そういう意味の『好き』だったのか?
 初瀬はそう聞き返しそうになって、曖昧なことを事実にしてどうすると寸でのところで思い直した。色恋などに頭を悩ませたくない。自分の人生に必要のないものだ、と皆木から目を逸らす。

「お前の言う『好き』って、マックが好きとか犬が好きとかと同じだろ」
「え?なに、むずかしい話?そんなの考えたことないっすよ。でもとにかく好きは好きなんです。ハセさんみたいにオレの面倒見てくれた人なんて今までいなかったもん」
「今まで出会った大人が全部最悪だったから、真っ当な距離感で接する俺にバグった感情を抱いてんだよ。今の関係はストックホルム症候群にも近い。つまりキスが入り込んでくる好意じゃない。わかったか?」
「いや全然何言ってるかわかんないっす。オレはハセさんにキスされたいだけなんですけど」

 即答した皆木を横目で見て、初瀬はシートベルトを締めた。運転を始めようとハンドルに手をかけると、やっと流されているのがわかったのか皆木が慌てて腕を掴んでくる。

「ま、待った!話終わらせないでよ!ハセさん、オレが何やってもセーセッタイだからやめろって怒るじゃん!そうなったらもう、ハセさんからオレにちゅーしてもらうしかもうないでしょ!?」
「いやそうはならねえだろ。大体キスも性接待に──」
「入りません!オレ調べました!」

 いつの間に辞書を引けるようになったのか、足元に置いてあった勉強箱──いらない段ボールに勉強道具が雑に突っ込まれているだけ──の中から広辞苑を引っ張り出してきた皆木は、か行『キス』の項目を見せてくる。ページにはわざわざ折り目がついていた。

「ソンケイ、ユウアイの表現でもやるって書いてある。つまりキスはエロいことだけじゃないんですよ」

 堂々と言われ、初瀬は黙った。法の抜け穴を見つけたかのように自信に満ち溢れている様に、これ以上反論しても堂々巡りだろうと見切りをつける。初瀬は議論を放棄して今度こそアクセルを踏もうとしたが、諦める選択肢を失っているらしい皆木は「ちょっと!キスして!ください!」と腕を引っ張った。

「は~、ったく。お前これ以上ガタガタ言うなら飯もなしだからな」
「別にえっちしたいって言ってるわけじゃないんだからいいじゃないっすか~ケチ~!スキンシップ好きなんですよオレ!したい!キスをエロいと思ってんなら、それはハセさんの心が汚れてるせい!興味ないみたいな顔してホントはむっつりなんでしょ──」
「わかった。いい加減静かにしろ」

 これだけ食い下がるなら今適当にいなせても、またすぐ再燃するだろう。兼城や会沢の前でキスしてくれなどとねだられてしまえば、面白いから今してみせろと強要される未来が見える。ヤクザという品のないホモソーシャルは、キスどころではない見せ物を強制される可能性すら普通にある。

(あ~面倒くせえ。全部が)

 初瀬は起こりうる色んなことを想定した結果、騒ぐ皆木の顔を掴んで強引に引き寄せた。黙らせてやるということだけ考えて、噛みつくように皆木の唇を食った。唇を、というか皆木の口が開いていたので舌が触れ合う。騒いでいたのが嘘のようにぴたりと動きを止めた皆木は大人しくキスを受け入れ、初瀬は勢いに任せてそのまま何度か舌を食んでから顔を離した。
 意外にも顔を赤らめていた皆木は、あれだけ駄々をこねてねだったくせに喜びのリアクションもなしに顔を手で覆ってうなだれる。

「……なんで、ベロチューなの……」
「お前がしたいって散々言ったんだろ。嫌なのかよ」
「イヤなわけないでしょうが!!」
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