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仕事
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皆木は拳を握って震え、嬉しいのか恨めしいのかよくわからない顔を初瀬に向けた。
「でも今の流れでいきなり舌突っ込む!?エロくないキスの話してたじゃんオレたち!」
「エロくないキスじゃなくて、相手にどんな想いがあるかでキスに性的な要素が入るか否かが決まるって話だろ。下心がないならどんなキスでも性行為に準ずる行為にはならないっていう論の展開じゃないのか」
「え、なに……?ハセさん日本語しゃべって……オレわかんない……」
「とにかくこれで褒美は終わりだ。勉強と仕事、もっと頑張れよ」
隣で頭を抱える皆木をそのままにして、初瀬はアクセルを踏んだ。もう暗い車道を走りながら一瞬唇に指で触れる。
(こんなもんなのか)
男とキスをするなど初めてのことだった。皆木を黙らせるために仕方なくとはいえ、何らかの嫌悪感があると思っていた。しかし実際には想像以上に何の抵抗もなく、自分がおかしいのかと思うほどにすんなりと対応できた。
(……考えても無駄か。これで言うことを聞くなら別にいい)
ヤクザに生死を握られる共同生活をあっさり受け入れた皆木が、さっきのキスで赤面していた。幼い頃からの過酷な生活で感情が壊れているのかと思っていたが、そうではないとわかったのは収穫だ。
頭を抱えるのをやめて、室内灯をつけてしおらしく漢字ドリルを開く皆木の顔は、いまだに少し赤い。初瀬は何と言うべきかわからない気持ちになりそうで、運転に意識を戻した。
「ハセさん。なんか食べます?なに作れっかな~」
マンションにつく頃には皆木もいつものテンションになっていた。嘘でもキスが初めてとは言い難い経歴が本来あるべき気まずさを消している。
「お、ひき肉消費期限だ。ひき肉料理……」
冷蔵庫を覗く様は一丁前に料理ができそうだが、まだ初瀬が教えた炒めものか鍋くらいしかレパートリーはない。それでも卵も割ったことがなかった男にしてはかなりの上達ではあった。
「そろそろオレ、ハンバーグとか作ってみようかな。好きですか?」
「急にハードル上げんなよ。まずはカレーとかに挑戦しろ」
「あ、カレーのほうが好き?ルーあるけどひき肉カレーってあんのかな」
若干嚙み合っていない会話をしながら、初瀬は肘を掴んで身体を伸ばした。最近使っていなかった骨を鳴らし、気持ちを切り替える。
「今日はこの後仕事がある。お前のカレー作りを見てやる時間はない」
「ええ!もうすっかり夜っすよ。組長の呼び出しが最後の仕事かと思ったのに」
車内でネクタイを緩めてシャツを出しまくっていた皆木は、冷蔵庫を閉めると再びスーツを整えようとした。
「お前は連れて行かない。勝手に食って好きに寝ろ」
「えっなんで?今まで何でも同行だったじゃないっすか。シマの見回りとか色々──」
「下っ端が来る仕事じゃねえんだよ。首突っ込んでくるな」
皆木の不思議そうな視線が追ってきたが、初瀬はそれ以上説明せずに寝室へ入った。
時計を確認し、もう準備をして出発しようと決める。家を発つにはまだ早かったが、皆木に探られるのは面倒だった。顔を合わせれば皆木は話しかけてくる。
(……そんなに気にすることか?長居したくないほどに?)
自分で自分に問いかけて、初瀬は少し己の感情と向き合った。思考を集中させた途端に皆木の赤い顔が思い返され、想定外のキスをしたことに多少なりとも心を乱されているのかもしれないと結論付ける。いずれ消える雑念だ。
自問自答を早々に切り上げた初瀬はクローゼットを開け、スーツケースに隠された金庫を取り出した。数字を合わせ、中から拳銃と小型のナイフ、医療用のゴム手袋を掴み、ジャケットの下に着込んだホルスターへ仕舞う。この準備はもう慣れたものだった。
「ふー……」
呼吸を整えて、ベッドサイドの引き出しを開ける。初瀬は会沢に渡された水色の封筒を手に取り眺めた。
「……また一人、送るよ」
呟いて、引き出しを閉めた。
「でも今の流れでいきなり舌突っ込む!?エロくないキスの話してたじゃんオレたち!」
「エロくないキスじゃなくて、相手にどんな想いがあるかでキスに性的な要素が入るか否かが決まるって話だろ。下心がないならどんなキスでも性行為に準ずる行為にはならないっていう論の展開じゃないのか」
「え、なに……?ハセさん日本語しゃべって……オレわかんない……」
「とにかくこれで褒美は終わりだ。勉強と仕事、もっと頑張れよ」
隣で頭を抱える皆木をそのままにして、初瀬はアクセルを踏んだ。もう暗い車道を走りながら一瞬唇に指で触れる。
(こんなもんなのか)
男とキスをするなど初めてのことだった。皆木を黙らせるために仕方なくとはいえ、何らかの嫌悪感があると思っていた。しかし実際には想像以上に何の抵抗もなく、自分がおかしいのかと思うほどにすんなりと対応できた。
(……考えても無駄か。これで言うことを聞くなら別にいい)
ヤクザに生死を握られる共同生活をあっさり受け入れた皆木が、さっきのキスで赤面していた。幼い頃からの過酷な生活で感情が壊れているのかと思っていたが、そうではないとわかったのは収穫だ。
頭を抱えるのをやめて、室内灯をつけてしおらしく漢字ドリルを開く皆木の顔は、いまだに少し赤い。初瀬は何と言うべきかわからない気持ちになりそうで、運転に意識を戻した。
「ハセさん。なんか食べます?なに作れっかな~」
マンションにつく頃には皆木もいつものテンションになっていた。嘘でもキスが初めてとは言い難い経歴が本来あるべき気まずさを消している。
「お、ひき肉消費期限だ。ひき肉料理……」
冷蔵庫を覗く様は一丁前に料理ができそうだが、まだ初瀬が教えた炒めものか鍋くらいしかレパートリーはない。それでも卵も割ったことがなかった男にしてはかなりの上達ではあった。
「そろそろオレ、ハンバーグとか作ってみようかな。好きですか?」
「急にハードル上げんなよ。まずはカレーとかに挑戦しろ」
「あ、カレーのほうが好き?ルーあるけどひき肉カレーってあんのかな」
若干嚙み合っていない会話をしながら、初瀬は肘を掴んで身体を伸ばした。最近使っていなかった骨を鳴らし、気持ちを切り替える。
「今日はこの後仕事がある。お前のカレー作りを見てやる時間はない」
「ええ!もうすっかり夜っすよ。組長の呼び出しが最後の仕事かと思ったのに」
車内でネクタイを緩めてシャツを出しまくっていた皆木は、冷蔵庫を閉めると再びスーツを整えようとした。
「お前は連れて行かない。勝手に食って好きに寝ろ」
「えっなんで?今まで何でも同行だったじゃないっすか。シマの見回りとか色々──」
「下っ端が来る仕事じゃねえんだよ。首突っ込んでくるな」
皆木の不思議そうな視線が追ってきたが、初瀬はそれ以上説明せずに寝室へ入った。
時計を確認し、もう準備をして出発しようと決める。家を発つにはまだ早かったが、皆木に探られるのは面倒だった。顔を合わせれば皆木は話しかけてくる。
(……そんなに気にすることか?長居したくないほどに?)
自分で自分に問いかけて、初瀬は少し己の感情と向き合った。思考を集中させた途端に皆木の赤い顔が思い返され、想定外のキスをしたことに多少なりとも心を乱されているのかもしれないと結論付ける。いずれ消える雑念だ。
自問自答を早々に切り上げた初瀬はクローゼットを開け、スーツケースに隠された金庫を取り出した。数字を合わせ、中から拳銃と小型のナイフ、医療用のゴム手袋を掴み、ジャケットの下に着込んだホルスターへ仕舞う。この準備はもう慣れたものだった。
「ふー……」
呼吸を整えて、ベッドサイドの引き出しを開ける。初瀬は会沢に渡された水色の封筒を手に取り眺めた。
「……また一人、送るよ」
呟いて、引き出しを閉めた。
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