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皆木冬馬はリビングの壁にかかった時計を見て首を傾げた。
「ハセさん全然帰ってこねーな~……」
初瀬が仕事に出かけて数時間が経過し、もう日付が変わってしまっている。夕飯をひとりで食べて洗い物を済ませ、シャワーを浴びて風呂掃除までやった。皆木はどれだけ部屋が汚くとも平気だが初瀬はそれを許さないので、掃除はこのマンションに来て1番最初にマスターした家事だ。リビングは初めて来た日より雑多になっているが、それはここが皆木の生活圏になっているからだった。
(……寝よっかな……)
何人掛けだよという大きさのソファに寝転ぶ。初瀬のマンションは3LDKで1つは初瀬の寝室になっており、残りの2部屋は空き部屋だ。どっちかが自分の部屋にならないかと皆木は期待していたが、初瀬にその気はないらしくソファで寝る生活が続いている。
テーブルに置いていたノートを手持ち無沙汰にペラペラめくり、『皆木冬馬』と書いてあるページを開いた。名前を書けるようになったことを褒めてもらえたなと反芻した途端、初瀬とのキスがぶり返してきて皆木はすぐにノートを閉じた。
「あの人エロすぎ……!うあ~……」
皆木が悶えてソファが揺れる。正直な話、初瀬が出かけたあとすぐに1回抜いていた。キスくらいで興奮するほど皆木は初心ではないが、元の生活と比べれば初瀬との生活は禁欲に次ぐ禁欲だ。初瀬は皆木がしようとするお礼をすべて性接待だと一蹴し禁じたので、相手は自分の手だけ。発散方法はトイレでこそこそとやる自慰しかない。そんな今の皆木にとって、キスは十分すぎる刺激になってしまっていた。
「……好きだって伝わってねーんだろうな~……」
高ぶりを抑えて天井に呟く。
マックと犬が好きなのと同じだとかなんだとか言われてはぐらかされたが、皆木にはよくわからない。初瀬の話はたまに何を言っているのか本当にわからないのだ。日本語なのに宇宙人と喋っているかのように思える。
(ま、そーいうとこも好きだけど。オレ頭いい人好きなんかも)
皆木は初瀬のことが好きだ。それがマックや犬に向ける『好き』とどう違うのか説明はできないが、とにかく好きだった。初瀬の顔がタイプなので初めて見た時からうっすら好きだったし、鉄拳制裁はあるものの皆木に衣食住を与え生活の基本や勉強まで教えてくれる上に見返りを求めない。そんな人間には人生で初めて会った。これで『好き』以外にどんな感情を抱けばいいというのか。
「……いやちょっとは見返り求めろよ。あ~!めちゃくちゃ抱かれてえ~!」
欲望丸出しの独り言を大きく言って、皆木は少し虚しくなった。肉体関係を持ったことは多々あれど恋愛関係になった相手は1人もいないので、初瀬との関係をどう進めればいいのかわからない。これまでの初瀬を見るに無理に迫ったら嫌われるということは皆木にもわかるので、よりどうすればいいのかわからなかった。しかも今日キスはしてくれたので諦めもつかない。
色々考え始めたら眠気は消え去ってしまい、皆木はソファから起き上がった。視線の先に寝室の扉がある。
(……中入っちゃおうかな)
皆木の頭に邪な考えが浮かぶ。初瀬は寝室に皆木が入るのを嫌い、掃除もさせてくれない。殺しありきの仕事をしている初瀬は、人一倍寝首をかかれる危険を考えているせいだろう。そのくせ鍵はかかっていないので、皆木は常に倫理観を試されているようなものだった。
(監視カメラがあって、オレが入ったらその瞬間にバレる。とかあるか……?)
なくもない可能性だが、皆木はもう扉の前に立っていた。別に何を暴こうというわけではなく、単純に純粋な欲望として初瀬のベッドに寝てみたかった。
「悪いことをするわけじゃない。バレたら謝ればいいし、ベッドに寝転がって楽しんですぐ出れば……」
──ガチャン、ドサッ。
言い訳をぶつぶつ言っていると、玄関が開く音がして皆木は反射的に背筋を伸ばした。初瀬がリビングに入ってくる前に急いで寝室から離れる。何事もなかったかのようにソファにくつろいでテレビをつけたが、初瀬はなかなかリビングに来なかった。しばし興味のない深夜番組を見て、それでも気配がしないので気になって廊下に出ると、初瀬は玄関からすぐの廊下に座っていた。
(酔ってんのか?)
「おかえり~。遅かったすね。女とでも飲んで──ハセさん?え、どしたの」
皆木は初瀬の姿を見て動きを止めた。力なく壁に寄りかかっている様は泥酔のように見えたが、シャツが赤黒く濡れている。
血だ。血が滴っている。
「ハセさん!!」
駆け寄った皆木が身体を揺すると、初瀬はゆっくり目を開けた。
「よかった生きてる……!どっか刺された!?救急車呼ばねーと──」
「……やめろ」
初瀬のスマホを探そうとした皆木の手が掴まれる。
「は!?いや死にますよ!」
「……呼ばれたら、終わりなんだよ。自分でやる」
初瀬は皆木を支えに無理やり起き上がり、おぼつかない足取りで廊下を進む。血が点々と落ちていくのを見て、皆木は脱衣所のバスタオルを数枚掴んで追いかけた。
皮肉にもつい先ほど秘密裏に侵入しようとしていた初瀬の寝室に、初瀬と共に入ることになっていた。
「ハセさん全然帰ってこねーな~……」
初瀬が仕事に出かけて数時間が経過し、もう日付が変わってしまっている。夕飯をひとりで食べて洗い物を済ませ、シャワーを浴びて風呂掃除までやった。皆木はどれだけ部屋が汚くとも平気だが初瀬はそれを許さないので、掃除はこのマンションに来て1番最初にマスターした家事だ。リビングは初めて来た日より雑多になっているが、それはここが皆木の生活圏になっているからだった。
(……寝よっかな……)
何人掛けだよという大きさのソファに寝転ぶ。初瀬のマンションは3LDKで1つは初瀬の寝室になっており、残りの2部屋は空き部屋だ。どっちかが自分の部屋にならないかと皆木は期待していたが、初瀬にその気はないらしくソファで寝る生活が続いている。
テーブルに置いていたノートを手持ち無沙汰にペラペラめくり、『皆木冬馬』と書いてあるページを開いた。名前を書けるようになったことを褒めてもらえたなと反芻した途端、初瀬とのキスがぶり返してきて皆木はすぐにノートを閉じた。
「あの人エロすぎ……!うあ~……」
皆木が悶えてソファが揺れる。正直な話、初瀬が出かけたあとすぐに1回抜いていた。キスくらいで興奮するほど皆木は初心ではないが、元の生活と比べれば初瀬との生活は禁欲に次ぐ禁欲だ。初瀬は皆木がしようとするお礼をすべて性接待だと一蹴し禁じたので、相手は自分の手だけ。発散方法はトイレでこそこそとやる自慰しかない。そんな今の皆木にとって、キスは十分すぎる刺激になってしまっていた。
「……好きだって伝わってねーんだろうな~……」
高ぶりを抑えて天井に呟く。
マックと犬が好きなのと同じだとかなんだとか言われてはぐらかされたが、皆木にはよくわからない。初瀬の話はたまに何を言っているのか本当にわからないのだ。日本語なのに宇宙人と喋っているかのように思える。
(ま、そーいうとこも好きだけど。オレ頭いい人好きなんかも)
皆木は初瀬のことが好きだ。それがマックや犬に向ける『好き』とどう違うのか説明はできないが、とにかく好きだった。初瀬の顔がタイプなので初めて見た時からうっすら好きだったし、鉄拳制裁はあるものの皆木に衣食住を与え生活の基本や勉強まで教えてくれる上に見返りを求めない。そんな人間には人生で初めて会った。これで『好き』以外にどんな感情を抱けばいいというのか。
「……いやちょっとは見返り求めろよ。あ~!めちゃくちゃ抱かれてえ~!」
欲望丸出しの独り言を大きく言って、皆木は少し虚しくなった。肉体関係を持ったことは多々あれど恋愛関係になった相手は1人もいないので、初瀬との関係をどう進めればいいのかわからない。これまでの初瀬を見るに無理に迫ったら嫌われるということは皆木にもわかるので、よりどうすればいいのかわからなかった。しかも今日キスはしてくれたので諦めもつかない。
色々考え始めたら眠気は消え去ってしまい、皆木はソファから起き上がった。視線の先に寝室の扉がある。
(……中入っちゃおうかな)
皆木の頭に邪な考えが浮かぶ。初瀬は寝室に皆木が入るのを嫌い、掃除もさせてくれない。殺しありきの仕事をしている初瀬は、人一倍寝首をかかれる危険を考えているせいだろう。そのくせ鍵はかかっていないので、皆木は常に倫理観を試されているようなものだった。
(監視カメラがあって、オレが入ったらその瞬間にバレる。とかあるか……?)
なくもない可能性だが、皆木はもう扉の前に立っていた。別に何を暴こうというわけではなく、単純に純粋な欲望として初瀬のベッドに寝てみたかった。
「悪いことをするわけじゃない。バレたら謝ればいいし、ベッドに寝転がって楽しんですぐ出れば……」
──ガチャン、ドサッ。
言い訳をぶつぶつ言っていると、玄関が開く音がして皆木は反射的に背筋を伸ばした。初瀬がリビングに入ってくる前に急いで寝室から離れる。何事もなかったかのようにソファにくつろいでテレビをつけたが、初瀬はなかなかリビングに来なかった。しばし興味のない深夜番組を見て、それでも気配がしないので気になって廊下に出ると、初瀬は玄関からすぐの廊下に座っていた。
(酔ってんのか?)
「おかえり~。遅かったすね。女とでも飲んで──ハセさん?え、どしたの」
皆木は初瀬の姿を見て動きを止めた。力なく壁に寄りかかっている様は泥酔のように見えたが、シャツが赤黒く濡れている。
血だ。血が滴っている。
「ハセさん!!」
駆け寄った皆木が身体を揺すると、初瀬はゆっくり目を開けた。
「よかった生きてる……!どっか刺された!?救急車呼ばねーと──」
「……やめろ」
初瀬のスマホを探そうとした皆木の手が掴まれる。
「は!?いや死にますよ!」
「……呼ばれたら、終わりなんだよ。自分でやる」
初瀬は皆木を支えに無理やり起き上がり、おぼつかない足取りで廊下を進む。血が点々と落ちていくのを見て、皆木は脱衣所のバスタオルを数枚掴んで追いかけた。
皮肉にもつい先ほど秘密裏に侵入しようとしていた初瀬の寝室に、初瀬と共に入ることになっていた。
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