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失態
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しくじった。
初瀬は倒れ込むように床に座り、ベッドサイドに寄りかかりながら思った。ジャケットを左手で無理やり脱ぐと、シャツの右側が血でほとんど赤くなっている。患部の右肩をジャケットで押さえて圧迫し、顔をしかめた。
会沢の封筒にあった男は家族のいない独り身で日雇い労働者。いなくなっても誰も気にしない、本来手こずるわけのない相手だった。
封筒を受け取った後男の自宅アパートを何度か下見し、雨予報だった今日実行に移した。実行日は雨と決めている。証拠が消えやすいからだ。皆木とマンションに戻った頃に雨が降り出したので決行した。安アパートの簡単な鍵をピッキングで開け、ワンルームに佇むまでは何の問題もなかったのだ。
問題は、男が仕事帰りに何故かナイフを所持していたことだった。大抵いきなり襲われた人間は驚きと恐怖で数秒は隙だらけになる。初瀬はいつものように背後から紐で首を絞めたが、男はすぐに抵抗し服に忍ばせていたナイフで初瀬を刺した。男の見た目と経歴は地味で陰鬱なもので暴れ慣れている要素はなかったし、暴行歴のない人間がいきなり人を刺すというのも想定外の行動だった。
(襲われるとわかっていたような反応だった。刺し方も素人じゃない)
もう男は死んでしまったので、誰かに吹き込まれたとしても真相はわからない。いや、本当はわからないと終わりにせずに今回の件をもっとよく考えるべきだったが、今の初瀬は頭が回らなかった。男が肉の中でナイフを捻ったせいで多くの血管が破れ、血が流れ過ぎていた。
「ハセさん!タオル使って!あとは、何、なにいる!?」
寝室に駆け込んできた皆木は初瀬の肩にバスタオルを当てて、忙しなく目を動かす。いつもの飄々とした雰囲気はなく、顔は引きつっていた。初瀬の出血に動揺しているのだ。
みるみるうちにバスタオルが赤くなっていくのを見て、早く縫わなければと初瀬はベッドから背中を離した。
「……ベッドの下に箱がある。それを」
「箱!?待って、あ、これか!」
ベッド下に潜った皆木が収納箱を抱えて出てくる。応急処置用品が入っているその箱から初瀬は医療用のホチキスを取り出し、傷を塞ごうとシャツを引き裂いて脱いだ。皆木は自分の服が赤くなるのも厭わずに、初瀬の肩に新しいバスタオルを当てる。
「なぁ、顔色ヤバいっすよ。やっぱり病院行った方がいいんじゃ──」
「どう見ても刺し傷で、俺は背中に墨入ったヤクザだ。警察沙汰になる。なったら終わりだ」
「で、でもハセさん若頭でしょ?ヤクザ映画とかでよく下っ端が代わりに捕まったりするじゃん。あれ使えないの」
「組の仕事でもねえのに下を巻き込めない」
「え。その怪我、抗争とかでやられたんじゃないんすか」
口が滑った。心配そうに不審がる皆木を見て、初瀬は自分に舌打ちをした。やはり頭に血が回っていない。
「……止血に氷を使う。袋に入れて持ってこい」
初瀬は皆木の疑問を無視して指示を出しホチキスを肩に当てた。怪我の理由なんかより初瀬のことを純粋に心配している皆木は、素直にすぐ冷蔵庫へと走って行く。
「っ……!」
ホチキスの芯が皮膚に食い込んで、初瀬は奥歯を噛んだ。連続で5回ほど打ち込み、止めていた息を一気に吐いて脱力する。今度は痛みよりも視界に火花が散り砂嵐が流れるような酷い吐き気に襲われ、うめき声が漏れた。相当失血してしまっている。怪我をしたことは数あれど、ここまでの状態になるのは初めてだった。
雑魚だったはずの相手に見事な失態を犯して、自嘲もできない。餌を与えて誘惑した会沢だけが大笑いをするだろう。
「あぁ~……クソ……」
初瀬は頭が白むのに抗えず、目を閉じた。ほんの一瞬閉じるだけのつもりだったが、氷を持って戻ってきた皆木の呼びかけに答えることは出来なかった。
初瀬は倒れ込むように床に座り、ベッドサイドに寄りかかりながら思った。ジャケットを左手で無理やり脱ぐと、シャツの右側が血でほとんど赤くなっている。患部の右肩をジャケットで押さえて圧迫し、顔をしかめた。
会沢の封筒にあった男は家族のいない独り身で日雇い労働者。いなくなっても誰も気にしない、本来手こずるわけのない相手だった。
封筒を受け取った後男の自宅アパートを何度か下見し、雨予報だった今日実行に移した。実行日は雨と決めている。証拠が消えやすいからだ。皆木とマンションに戻った頃に雨が降り出したので決行した。安アパートの簡単な鍵をピッキングで開け、ワンルームに佇むまでは何の問題もなかったのだ。
問題は、男が仕事帰りに何故かナイフを所持していたことだった。大抵いきなり襲われた人間は驚きと恐怖で数秒は隙だらけになる。初瀬はいつものように背後から紐で首を絞めたが、男はすぐに抵抗し服に忍ばせていたナイフで初瀬を刺した。男の見た目と経歴は地味で陰鬱なもので暴れ慣れている要素はなかったし、暴行歴のない人間がいきなり人を刺すというのも想定外の行動だった。
(襲われるとわかっていたような反応だった。刺し方も素人じゃない)
もう男は死んでしまったので、誰かに吹き込まれたとしても真相はわからない。いや、本当はわからないと終わりにせずに今回の件をもっとよく考えるべきだったが、今の初瀬は頭が回らなかった。男が肉の中でナイフを捻ったせいで多くの血管が破れ、血が流れ過ぎていた。
「ハセさん!タオル使って!あとは、何、なにいる!?」
寝室に駆け込んできた皆木は初瀬の肩にバスタオルを当てて、忙しなく目を動かす。いつもの飄々とした雰囲気はなく、顔は引きつっていた。初瀬の出血に動揺しているのだ。
みるみるうちにバスタオルが赤くなっていくのを見て、早く縫わなければと初瀬はベッドから背中を離した。
「……ベッドの下に箱がある。それを」
「箱!?待って、あ、これか!」
ベッド下に潜った皆木が収納箱を抱えて出てくる。応急処置用品が入っているその箱から初瀬は医療用のホチキスを取り出し、傷を塞ごうとシャツを引き裂いて脱いだ。皆木は自分の服が赤くなるのも厭わずに、初瀬の肩に新しいバスタオルを当てる。
「なぁ、顔色ヤバいっすよ。やっぱり病院行った方がいいんじゃ──」
「どう見ても刺し傷で、俺は背中に墨入ったヤクザだ。警察沙汰になる。なったら終わりだ」
「で、でもハセさん若頭でしょ?ヤクザ映画とかでよく下っ端が代わりに捕まったりするじゃん。あれ使えないの」
「組の仕事でもねえのに下を巻き込めない」
「え。その怪我、抗争とかでやられたんじゃないんすか」
口が滑った。心配そうに不審がる皆木を見て、初瀬は自分に舌打ちをした。やはり頭に血が回っていない。
「……止血に氷を使う。袋に入れて持ってこい」
初瀬は皆木の疑問を無視して指示を出しホチキスを肩に当てた。怪我の理由なんかより初瀬のことを純粋に心配している皆木は、素直にすぐ冷蔵庫へと走って行く。
「っ……!」
ホチキスの芯が皮膚に食い込んで、初瀬は奥歯を噛んだ。連続で5回ほど打ち込み、止めていた息を一気に吐いて脱力する。今度は痛みよりも視界に火花が散り砂嵐が流れるような酷い吐き気に襲われ、うめき声が漏れた。相当失血してしまっている。怪我をしたことは数あれど、ここまでの状態になるのは初めてだった。
雑魚だったはずの相手に見事な失態を犯して、自嘲もできない。餌を与えて誘惑した会沢だけが大笑いをするだろう。
「あぁ~……クソ……」
初瀬は頭が白むのに抗えず、目を閉じた。ほんの一瞬閉じるだけのつもりだったが、氷を持って戻ってきた皆木の呼びかけに答えることは出来なかった。
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