インテリヤクザは子守りができない

タタミ

文字の大きさ
18 / 51

失態

しおりを挟む
 しくじった。

 初瀬は倒れ込むように床に座り、ベッドサイドに寄りかかりながら思った。ジャケットを左手で無理やり脱ぐと、シャツの右側が血でほとんど赤くなっている。患部の右肩をジャケットで押さえて圧迫し、顔をしかめた。
 会沢の封筒にあった男は家族のいない独り身で日雇い労働者。いなくなっても誰も気にしない、本来手こずるわけのない相手だった。
 封筒を受け取った後男の自宅アパートを何度か下見し、雨予報だった今日実行に移した。実行日は雨と決めている。証拠が消えやすいからだ。皆木とマンションに戻った頃に雨が降り出したので決行した。安アパートの簡単な鍵をピッキングで開け、ワンルームに佇むまでは何の問題もなかったのだ。
 問題は、男が仕事帰りに何故かナイフを所持していたことだった。大抵いきなり襲われた人間は驚きと恐怖で数秒は隙だらけになる。初瀬はいつものように背後から紐で首を絞めたが、男はすぐに抵抗し服に忍ばせていたナイフで初瀬を刺した。男の見た目と経歴は地味で陰鬱なもので暴れ慣れている要素はなかったし、暴行歴のない人間がいきなり人を刺すというのも想定外の行動だった。

(襲われるとわかっていたような反応だった。刺し方も素人じゃない)

 もう男は死んでしまったので、誰かに吹き込まれたとしても真相はわからない。いや、本当はわからないと終わりにせずに今回の件をもっとよく考えるべきだったが、今の初瀬は頭が回らなかった。男が肉の中でナイフを捻ったせいで多くの血管が破れ、血が流れ過ぎていた。

「ハセさん!タオル使って!あとは、何、なにいる!?」

 寝室に駆け込んできた皆木は初瀬の肩にバスタオルを当てて、忙しなく目を動かす。いつもの飄々とした雰囲気はなく、顔は引きつっていた。初瀬の出血に動揺しているのだ。
 みるみるうちにバスタオルが赤くなっていくのを見て、早く縫わなければと初瀬はベッドから背中を離した。

「……ベッドの下に箱がある。それを」
「箱!?待って、あ、これか!」

 ベッド下に潜った皆木が収納箱を抱えて出てくる。応急処置用品が入っているその箱から初瀬は医療用のホチキスを取り出し、傷を塞ごうとシャツを引き裂いて脱いだ。皆木は自分の服が赤くなるのも厭わずに、初瀬の肩に新しいバスタオルを当てる。

「なぁ、顔色ヤバいっすよ。やっぱり病院行った方がいいんじゃ──」
「どう見ても刺し傷で、俺は背中に墨入ったヤクザだ。警察沙汰になる。なったら終わりだ」
「で、でもハセさん若頭でしょ?ヤクザ映画とかでよく下っ端が代わりに捕まったりするじゃん。あれ使えないの」
「組の仕事でもねえのに下を巻き込めない」
「え。その怪我、抗争とかでやられたんじゃないんすか」

 口が滑った。心配そうに不審がる皆木を見て、初瀬は自分に舌打ちをした。やはり頭に血が回っていない。

「……止血に氷を使う。袋に入れて持ってこい」

 初瀬は皆木の疑問を無視して指示を出しホチキスを肩に当てた。怪我の理由なんかより初瀬のことを純粋に心配している皆木は、素直にすぐ冷蔵庫へと走って行く。

「っ……!」

 ホチキスの芯が皮膚に食い込んで、初瀬は奥歯を噛んだ。連続で5回ほど打ち込み、止めていた息を一気に吐いて脱力する。今度は痛みよりも視界に火花が散り砂嵐が流れるような酷い吐き気に襲われ、うめき声が漏れた。相当失血してしまっている。怪我をしたことは数あれど、ここまでの状態になるのは初めてだった。
 雑魚だったはずの相手に見事な失態を犯して、自嘲もできない。餌を与えて誘惑した会沢だけが大笑いをするだろう。

「あぁ~……クソ……」

 初瀬は頭が白むのに抗えず、目を閉じた。ほんの一瞬閉じるだけのつもりだったが、氷を持って戻ってきた皆木の呼びかけに答えることは出来なかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

強面若頭は、懐っこいナースの献身に抗えない ―極道、はじめての恋を処方される―

たら昆布
BL
ウブで堅物な極道若頭×明るいわんこ系看護師

アンダーグラウンド

おもち
BL
本命には弱い関西のヤクザと、東京から転校したが高校に馴染めていない高校生の甘酸っぱい恋のお話です。 好きだからこそ手が出せない攻めが、唯一の心の拠り所の受け。二人がのんびりイチャイチャ生活しています。

交わることのない二人

透明
BL
憧れの大阪の大学に通うため、東京から単身やって来た白井菖蒲は、推している芸人が下積み時代によく訪れていた喫茶・トミーで働く事に。 念願だったトミーで働け、とても充実感で満たされていた。働き始めてから三日目までは。 朝の10時、振り子時計と共に、革靴を鳴らし店内に入って来たのはガタイの良く、真っ黒な髪を真ん中でかき上げ、目つきが悪い黒いスーツに身を包んだヤクザだった。 普通の大学生と、ヤクザのお客さん。決して交わるはずの無い二人。 な筈なのだが何故か、二人の仲はスイーツを通して深まっていくのだった。 ※一応BLですが、ブロマンス寄りです ※カクヨム様、小説家になろう様でも掲載しております。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

優等生αは不良Ωに恋をする

雪兎
BL
学年トップの優等生α・如月理央は、真面目で冷静、誰からも一目置かれる完璧な存在。 そんな彼が、ある日ふとしたきっかけで出会ったのは、喧嘩っ早くて素行不良、クラスでも浮いた存在のΩ・真柴隼人だった。 「うっせーよ。俺に構うな」 冷たくあしらわれても、理央の心はなぜか揺れ続ける。 自分とは正反対の不良Ω——その目の奥に潜む孤独と痛みに、気づいてしまったから。 番なんて信じない。誰かに縛られるつもりもない。 それでも、君が苦しんでいるなら、助けたいと思った。 王道オメガバース×すれ違い×甘酸っぱさ全開! 優等生αと不良Ωが織りなす、じれじれピュアな恋物語。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!

タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。 姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。 しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──? 全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!

龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜

中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」 大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。 しかも、現役大学生である。 「え、あの子で大丈夫なんか……?」 幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。 ――誰もが気づかないうちに。 専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。 「命に代えても、お守りします」 そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。 そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める―― 「僕、舐められるの得意やねん」 敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。 その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。 それは忠誠か、それとも―― そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。 「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」 最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。 極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。 これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。

処理中です...