インテリヤクザは子守りができない

タタミ

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思惑

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 会沢が本気で言っているのかどうか、判断する前に初瀬の口は動いていた。

「嫌です」
「トーマくんはイイのに?なんでなんで?」

 やっぱり見られていた。初瀬は感情を隠すのも忘れて口元を歪めた。会沢に皆木とのキスを目撃されるなんて最悪もいいところだ。それに会沢は『女だけの人生じゃつまらない』とかいう理由で時折男とも寝る。キスだけで終わりになるとは思えなかった。曖昧に濁していては押し切られるだろうと、初瀬は拒絶を心に決めた。

「申し訳ないですが、会沢さんは本当に嫌です。本当に。金を払うので勘弁してください」
「焼き入れるより僕とキスする方が嫌なんだ。ショック」

 口だけで傷ついたフリをする会沢を尻目に初瀬はベッドから降りた。皆木の言った通り血が足りないようで、少しふらつきを感じつつクローゼットを開けスーツケースを取り出す。「まだ動かない方がいいよ」と言うだけ言ってしっかり後ろをついてきた会沢に、中を見せた。

「好きなだけどうぞ」

 スーツケースの右側の収納部には札束がぎっしりと詰まっている。ヤクザとしての稼ぎや賄賂、遺産相続など入手元は色々だ。

「稼いでるねえ。ま、いいでしょう。僕はセックスよりお金の方が好きだしね」

 キスで終わる気ねえじゃねえか、と喉まで出かかって黙る。
 会沢はムスッとした初瀬に遠慮することなく、すぐに束を4つほど取って数えながら言った。

「てかトーマくんの躾、もしかしてキスを餌にしてんの?ご褒美ありきってダメな育児だよ」
「育児をやってるつもりはありませんし、キスを餌にしてるわけでもありません」

 だいたい会沢に子どもはいないし、ペットを飼えば軒並み死なせてしまう男に育児の何がわかると言うのだ。会沢の話を真剣に受け取ったら全部言い返したくなってしまう。しかしこれは無駄話をしたい会沢の思う壺で、答えのない話が長くなるだけだ。
 初瀬は反論するなと自分に言い聞かせて、無表情を作り直す。

「そしたらさ、今度はみんなの前でキスしてよ。絶対盛り上がる」
「絶対に嫌です」
「ええ?組長が知ったら絶対ノリノリで命令してくるからね。逃げらんないぞ」
「あと2つ持っていっていいので、見逃してください」
「ええ~?仕方ない子だね。じゃ3つ貰おっと」

 会沢は追加で300万を掴むと雑にポケットに突っ込む。これで本当に他言しないかはわからないが、これで会沢とセックスせずに済むなら安いものだ。

「組長には僕と一緒にいる時に半グレの報復で刺されたって話してあるよ。怪我がしっかり治るまで休んでていいって。カエシは任せろって意気込んでたよ。これであの半グレは壊滅になって、一石二鳥だ」
「わかりました。色々とありがとうございます」
「ガーゼとか包帯の替え方はトーマくんに教えてあるから、やってもらいな。じゃ、キスもしてもらえない可哀想なおじさんは帰るね」

 しくしくと音がつきそうな顔を初瀬に見せつけて、会沢は出て行こうとした。その後ろ姿に初瀬は気になっていたことを問いかけた。

「……本当はどさくさに紛れてうちの合鍵作ったんじゃないですか」

 会沢は振り返らず、首筋の蛇とだけ目が合う。

「そうだと思うなら、鍵替えたら?」
「言われなくとも替えます。確認のために聞いただけです」
「初瀬くんの危機感がまだ健在でよかったよ。トーマくんに当てられて平和ボケしてるんじゃないかと心配してたんだけど」

 会沢の蛇を睨みながら、初瀬は本題に触れた。

「……杞憂ですよ。今回は相手がおかしかった。俺の襲撃を知っていたかのようで。心当たりはありませんか」

 十中八九、相手に初瀬の襲撃を漏らしたのは会沢だと思っている。初瀬が死ねば次期組長は会沢で決定だ。そのために初瀬を信用させ、殺す機会を伺っていたのだろうと初瀬は考えていた。だから会沢がわざわざ初瀬を助けたことは、動機が分からず気持ち悪い。
 こちらを見ていた蛇が横を向き、会沢のにやけた口角が見えた。

「どうだろう。僕は初瀬くんが死んだらつまんないから嫌だけどね」

 それだけ言って、会沢は部屋を出て行った。
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