インテリヤクザは子守りができない

タタミ

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 マンションへ戻った皆木は、部屋に初瀬がいないことを確認してから買った食材を冷蔵庫に詰めた。そのまま一度も座ることなく部屋を後にし、非常階段で1つ上の階へ走る。目当ての部屋の前で止まるとインターフォンを鳴らした。

「……留守か?」

 応答がない。もう一度鳴らして出て来なければ諦めようと指を伸ばした時、ドアが開いた。スラックスにシャツ姿の会沢が皆木を見下ろしている。目が合うと一瞬で真顔が笑顔になった。

「あれ~こんばんは。どしたの」
「アイザワさん、急にすいません。今いいですか」

 会沢のシャツは羽織っただけで、首や手の甲にいる以外の蛇たちもよく見えた。腹や胸元に大蛇が巻き付いていて、背中に虎がいるだけの初瀬と比べたら会沢は見るからに反社だ。

「いいけど初瀬くんは?」
「用事あるらしくて出かけてて、オレひとりっす」
「あ、そう。じゃ上がっていいよ」

 会沢に従って中に入ると室内は薄暗かった。間接照明しかついていないせいだ。無駄にムーディーな雰囲気に、こういうことをするタイプは金持ちで変な性癖持ちが多いと過去の経験則から考えているうちにリビングに着く。もちろんリビングも薄暗かった。

「急に来るから、また初瀬くんが怪我でもしたのかと思った。ハハハ」

 会沢はテーブルにあったワイングラスを揺らして笑っている。テーブルに置かれた灰皿には火のついたタバコのようなものがあり、その煙の匂いが部屋に充満していた。匂いからして、タバコではなく大麻だ。ドラッグ売りはドラッグをしないと皆木は聞いたことがあったが、会沢には関係ないらしい。

「実はそれに関係したことを聞きに来たんです。ハセさんに聞いてもどうせ教えてくれないから、アイザワさんに聞こうと思って」

 皆木が切り出すと、会沢は『おやおや』と言いたげに眉を上げた。

「なんでハセさんってあんな怪我してたんすか。組の仕事じゃないっすよね。最近夜の外出も増えててまた怪我するんじゃないかって心配で……。何か知ってませんか」

 初瀬は会沢に対してだけ態度が異なると皆木は思っていた。上司とか先輩とか、そういう分かりやすい類の接し方ではない。関わりたくないが逆らえないから仕方ないという雰囲気が節々から出ている。初瀬の弱みを会沢が握っているのなら、初瀬の事情に最も詳しいはずだと目星をつけていた。
 会沢は真剣な皆木の視線を受けながら「うーん……そうだねえ」とワインを一口含み、口内で遊んでから飲み込む。じっとりとした所作を終えて肩をすくめた。

「その理由、僕は知ってるよ」

 教えようかどうしようか、品定めするように皆木を見る。

「でも初瀬くんはトーマくんに知ってほしくないと思う。初瀬くんは勝手に過去を探った僕を恨んでるよ。トーマくんも恨まれるかもしれない。それでも──」
「知りたいです。知ってもハセさんには何も言いません。オレの中で消化します」

 皆木が即答すると、会沢は目を細めてソファに座った。灰皿に置きっぱなしだった大麻を咥えて煙を吐く。

「みんなさ、初瀬くんのことを人の心がないとか言うでしょ。だからトーマくんの世話をまっとうにやってるのを見て驚いてる。みんな見る目がないんだよ。初瀬くんはハナからいい人だからね。だから本当は自分が人殺しに堕ちたことを気負ってる。どれだけ取り繕っても生き様に善性が出ちゃってる。罪のない一般人を巻き込むことを極端に嫌うんだ。そしてその反動か、犯罪者への当たりが人一倍強い。やり口が残虐で殺しも厭わないのはそのせいだね」

 会沢の話は皆木も同感だった。あの若頭に預けられるんじゃ、命がいくつあっても足りないと平組員に脅されることもあったが、実際皆木が命の危険を感じたことなどない。初瀬はヤクザとしては容赦がないが、家ではぶっきらぼうなだけで面倒見のいい善人だ。

「初瀬くんはそもそもヤクザなんかになる身分じゃない。父は医者で母は大学講師、姉は大学院に通い、初瀬くん本人は医学部生で本来なら今ごろ医者になっていただろう。都内の大きな戸建てに住んで、金も知性も余りある誰もが羨む一家だ。なら、なんで初瀬くんは大学を中退してまでヤクザになったと思う?」
「……本当は医者になりたくなかった、とか?実は親がヤバくて借金まみれだった……とか」

 皆木はとりあえず思いついたことを言ってみたが、言いながらどれもしっくりこなかった。初瀬から家族の話を少ししか聞いたことはないが、不仲な印象はまるでない。
 答えを求めて見つめると、会沢の目が弓のように弧を描いた。

「強盗に家族を皆殺しにされたからだよ」
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