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エンドロール
1話 エンドロール
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入社7年目。今年で29歳。仕事前にお洒落なカフェに寄ってコーヒーを一杯飲んでから出社、なんて学生時代に思い描いていた社会人生活とは程遠い、ギリギリまで寝て最低限の化粧だけしてカッスカスの二車両編成の電車に飛び乗る毎日。仲の良い友人はみんな東京だの大阪だのに出てしまい休日にぱっと会える人なんていない。もちろん彼氏もいない。その代わりに猫がいるが、三十路の一人暮らし独身女性が猫を飼い始めたらもう救済の余地がない。
私は電車の窓に反射して映る自分の姿をぼんやり眺めた。疲れ切ったアラサー女性の背景には、田舎の寂しい夜景がちらちらと流れている。まるでエンドロールだ。29歳にして自分の人生のエンドロールを眺めている気分。
(はやく終わらないかな)
その日も終電ギリギリの電車に乗ってボロアパートに帰宅する。ドアの向こうで「みぃぁんぇ」と鳴き声が聞こえてきて思わず頬が緩んだ。乱暴にドアの鍵を開け、玄関で寝転がりくねくねしている飼い猫のおなかに顔をうずめた。
「ミルちゃんただいまぁぁ!!会いたかったよぉぉぉ!!スゥゥゥーーーハァァァーーー!!」
「んなみぇぁ」
ミルちゃんは喉を鳴らしながら飼い主の頭に前足を乗せた。私はそれを掴み肉球を鼻に押し付ける。猫の肉球ってなんでこんなにいい匂いするの?!この匂いの柔軟剤誰か作ってください。
「ふぎゃっ」
ひとしきり肉球の匂いを堪能したあと、私はがぶりと肉球に噛みついた。ミルちゃんはびっくりして私から逃げていく。それでもしばらくしたら私のあとをついて来るミルちゃんが愛しくて仕方がない。さっきは痛いことしてごめんね。
コンビニで買ったビールとつまみをテーブルに置き、着ていたスーツをソファに脱ぎ捨てヨレヨレのスウェットに着替える。私はおっさんのようなため息をつきながら座椅子の上で胡坐をかきパソコンの電源を付けた。ビールを片手にタバコを吸い、疲れた頭で動画を眺める。虚無の表情で一点を見つめ、ときどき低く「ははっ」と笑う私をミルちゃんが眠そうな目で見ていた。これが金曜の過ごし方。一週間の中で一番好きな夜だ。
真夜中を過ぎても動画を眺めていると、布団をしまっているふすまが突然大きな音をたてて開いた。驚いた私は思わず振り返ったけど、それからはまた静寂が続いた。
「……?」
鼓動は速いままだったけど、私はまたパソコンに視線を戻した。きっとふすまが開いていたのは元からで、さっきのは隣の住人が壁ドンした音だったと思うことにした。別に迷惑をかけるほど大声を出した記憶はないんだけどな…。
「もし」
「ん…?」
私はそっと一時停止ボタンを押して耳を澄ませた。今、男の人の声聞こえなかった?
「……」
「……」
「……め」
「……」
「あやめ…」
「……」
ゆっくりと視線だけを動かすとミルちゃんと目が合った気がした。ミルちゃんにも聞こえたようで、耳だけがピクピク動いている。そのすぐあとにミルちゃんは起き上がり、毛を逆立てて威嚇した。猫の視線は開いたふすまに向いている気がしたので、私はおそるおそる振り返った。
「ぎゃっ、ぎゃあああああ!!!」
深夜に思わず大声を出してしまった。今度こそ本当に隣人の壁ドンが飛んでくる。今の私にはそんなの気にしてる余裕はない。なぜならふすまにしまっている布団の間から一本の腕が出ていたから。
「う、うで…っ。ひっ…」
布団から覗いている青白い腕。細いけど角ばってるから多分男のひとの腕だ。え、もしかしてス、ストーカー…?それとも一人暮らしの女性を狙う殺人者…?死ぬのわたし?
「やっと見つけましたよ。綾目(あやめ)」
布団の間から、腕の次は頭が出てきた。その次は胴体、足…。声の主は布団の間から這い出て畳にふわりと着地する。白い髪に黄色い猫のような目、白い着物に紺色の羽織を身に付けている青年。浮世離れしたいでだちをした彼は息を飲むほど美しく、不審者であるにもかかわらず私は見とれてしまっていた。
私は電車の窓に反射して映る自分の姿をぼんやり眺めた。疲れ切ったアラサー女性の背景には、田舎の寂しい夜景がちらちらと流れている。まるでエンドロールだ。29歳にして自分の人生のエンドロールを眺めている気分。
(はやく終わらないかな)
その日も終電ギリギリの電車に乗ってボロアパートに帰宅する。ドアの向こうで「みぃぁんぇ」と鳴き声が聞こえてきて思わず頬が緩んだ。乱暴にドアの鍵を開け、玄関で寝転がりくねくねしている飼い猫のおなかに顔をうずめた。
「ミルちゃんただいまぁぁ!!会いたかったよぉぉぉ!!スゥゥゥーーーハァァァーーー!!」
「んなみぇぁ」
ミルちゃんは喉を鳴らしながら飼い主の頭に前足を乗せた。私はそれを掴み肉球を鼻に押し付ける。猫の肉球ってなんでこんなにいい匂いするの?!この匂いの柔軟剤誰か作ってください。
「ふぎゃっ」
ひとしきり肉球の匂いを堪能したあと、私はがぶりと肉球に噛みついた。ミルちゃんはびっくりして私から逃げていく。それでもしばらくしたら私のあとをついて来るミルちゃんが愛しくて仕方がない。さっきは痛いことしてごめんね。
コンビニで買ったビールとつまみをテーブルに置き、着ていたスーツをソファに脱ぎ捨てヨレヨレのスウェットに着替える。私はおっさんのようなため息をつきながら座椅子の上で胡坐をかきパソコンの電源を付けた。ビールを片手にタバコを吸い、疲れた頭で動画を眺める。虚無の表情で一点を見つめ、ときどき低く「ははっ」と笑う私をミルちゃんが眠そうな目で見ていた。これが金曜の過ごし方。一週間の中で一番好きな夜だ。
真夜中を過ぎても動画を眺めていると、布団をしまっているふすまが突然大きな音をたてて開いた。驚いた私は思わず振り返ったけど、それからはまた静寂が続いた。
「……?」
鼓動は速いままだったけど、私はまたパソコンに視線を戻した。きっとふすまが開いていたのは元からで、さっきのは隣の住人が壁ドンした音だったと思うことにした。別に迷惑をかけるほど大声を出した記憶はないんだけどな…。
「もし」
「ん…?」
私はそっと一時停止ボタンを押して耳を澄ませた。今、男の人の声聞こえなかった?
「……」
「……」
「……め」
「……」
「あやめ…」
「……」
ゆっくりと視線だけを動かすとミルちゃんと目が合った気がした。ミルちゃんにも聞こえたようで、耳だけがピクピク動いている。そのすぐあとにミルちゃんは起き上がり、毛を逆立てて威嚇した。猫の視線は開いたふすまに向いている気がしたので、私はおそるおそる振り返った。
「ぎゃっ、ぎゃあああああ!!!」
深夜に思わず大声を出してしまった。今度こそ本当に隣人の壁ドンが飛んでくる。今の私にはそんなの気にしてる余裕はない。なぜならふすまにしまっている布団の間から一本の腕が出ていたから。
「う、うで…っ。ひっ…」
布団から覗いている青白い腕。細いけど角ばってるから多分男のひとの腕だ。え、もしかしてス、ストーカー…?それとも一人暮らしの女性を狙う殺人者…?死ぬのわたし?
「やっと見つけましたよ。綾目(あやめ)」
布団の間から、腕の次は頭が出てきた。その次は胴体、足…。声の主は布団の間から這い出て畳にふわりと着地する。白い髪に黄色い猫のような目、白い着物に紺色の羽織を身に付けている青年。浮世離れしたいでだちをした彼は息を飲むほど美しく、不審者であるにもかかわらず私は見とれてしまっていた。
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