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エンドロール
2話 白髪の青年と猫
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彼は呆然としている私のそばを通り過ぎる。ひんやりとした微風が私の頬を撫で、ほんのり甘い香りを残した。青年は壁際に置かれているソファの近くでしゃがみ、「ちっちっち」と舌を鳴らし細い指を揺らす。
「おいで。怖がらなくていいですよ。怒りませんから」
ソファと壁の隙間には怖がって隠れているミルちゃんがいるはずだ。ミルちゃんはすごく人見知りで怖がりだから、あんなに近寄られたらストレスで死んでしまうかもしれない。私はおそるおそる青年に声をかけた。
「あ…あのぉ…」
「ん?」
青年は振り返る。私と目が合って驚いている様子だった。
「あなた、私が見えるのですか?」
「え?はあ、見えますけど…。それより出て行ってくれませんか…?け、警察呼びますよ…」
私の言葉に青年はクスクスと笑った。な、なにがおかしいのよ…。この人こわい。
「あなた、ヒトと勘違いしてしまうほど私の姿がはっきり見えているのですか?これは面白い」
「さっきから何を言っているんですか…?いい加減にしてください…」
「失礼。私のモノがあなたの家にお邪魔しているようでして。捕まえたらすぐ出ていきますので少しお待ちくださいね」
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたが言ってるのって、ミルちゃんのことじゃないですよね?!」
「みるちゃん?ええ、みるちゃんではありません。綾目というモノです」
青年は「綾目」と呼びながら再びミルちゃんに向かって指を揺らした。明らかにミルちゃんを捕まえようとしている。この人が私から唯一の癒しであるミルちゃんを奪おうとしていると気付き、青年がしゃがんでいる場所の反対側から愛猫を呼んだ。
「ミルちゃんおいで!こっちにおいで」
「みぃぁぅん」
ミルちゃんは震えながら私の胸に飛び込んだ。怖がりすぎてボールのように丸まっている。落ち着かせようと頭を撫でていると、青年は目を見開き私を指さした。
「あなた、綾目のことも見えているのですか?それどころか…綾目が私以外のモノに懐いているなんて…」
「ミルちゃんは私の飼い猫です!!あなたには渡しません!!」
「飼い猫…?綾目、あなたヒトに飼われているのですか?」
「みぃぃぁっ」
「その下手な猫の鳴きまねはおやめなさい」
青年は苛立ちのこもった声で呟き立ち上がった。ゆっくりと私たちに近づいてくる。私は恐怖でカタカタ震えながら精一杯の大声を出した。
「あなたさっきから何言ってるんですか?!本当に警察を呼びますよ!!早く出て行ってください!!」
「ふむ。困ったね。それは私のモノなのだが…」
「はっ!もしかして私が拾う前の飼い主ですか?!あなたねえ!あんな弱った猫を道端に捨てるなんてどうかしてますよ!!それを今更返せなんて都合が良すぎますって!!」
「ソレは猫ではありませんよ」
「あなたにはこの子が犬にでも見えるんですか!」
「いいえ」
話にならないとでも言いたげに、青年は眉を下げてため息をついた。袖に手を突っ込んだので包丁でも取り出されるんじゃないかと体をこわばらせたけど、彼が取り出したのは年季の入った扇子だった。彼は扇子を開き、傾けて扇面に息を吹きかける。扇子に触れた彼の息は柔らかい風となり、私とミルちゃんにまで届く。その花の香りをした風を受けたミルちゃんは、ポンっと小さな男の子の姿になった。
「な…」
「あなた、名は?」
「ひっ?!」
いつの間にか目の前に立っていた青年が、閉じた扇子を私の顎にかけて顔をじっと見た。意味が分からないことの連続で声が出ない。ぱくぱくと口を動かしていると、青年の冷たい手が私の頬に触れた。黄色い瞳が怪しく光ったかと思えば目を細めて不気味に笑う。
「花雫(かしず)さんというのですね。花の雫と書いてカシズ。素敵な名だ」
「ど…どうして…」
「ふふふ」
「いや、ふふふ、じゃなくて…」
「私の名は薄雪(うすゆき)」
「聞いてません…」
「そして彼の名は綾目」
薄雪と名乗る不審者がミルちゃんだった男の子を指さした。ミルちゃんと同じ黄土色の髪、薄雪と同じ白い着物。綾目と呼ばれたその少年はぷるぷる震えながら私にしがみついている。
「みぃぁぇぉぅ…」
「おや、化けの皮がはがれてもまだ猫の真似事を続けるのですか?なんと滑稽な。それとも長年猫に化け続けていたから言葉を忘れてしまったのかい?…花雫さん。綾目があなたのもとに現れたのは何年前ですか?」
「…5年前に拾いました」
「うん、私のもとを離れたのも5年前だ。よく私から5年も離れられたね綾目。まさかコッチに来てるとは思わなかった。見つけるのが遅くなってすまない」
「もぇぁん」
「…ふむ。かなり知能が落ちてしまっているね。私と5年も離れていたせいかな」
薄雪は再び扇子を開いてミルちゃん…綾目に息を吹きかけた。綾目のまわりに花びらが舞い、それらがふわりと彼の体内に溶けていく。すべての花びらを取り込んだ綾目は、しばらくぼうっとしていたがハッと我に返り私に抱きついた。
「花雫たすけて!!ころされる!!ころされるぅぅぅ!!!」
突然布団の隙間から現れた薄雪と名乗る青年。突然少年になって流暢にことばを話しだした、綾目と呼ばれるかつてのミルちゃん。おまけに残業続きでストレスマックスの金曜日の夜。受け入れられない目の前の光景に、私は意識を失った。
「おいで。怖がらなくていいですよ。怒りませんから」
ソファと壁の隙間には怖がって隠れているミルちゃんがいるはずだ。ミルちゃんはすごく人見知りで怖がりだから、あんなに近寄られたらストレスで死んでしまうかもしれない。私はおそるおそる青年に声をかけた。
「あ…あのぉ…」
「ん?」
青年は振り返る。私と目が合って驚いている様子だった。
「あなた、私が見えるのですか?」
「え?はあ、見えますけど…。それより出て行ってくれませんか…?け、警察呼びますよ…」
私の言葉に青年はクスクスと笑った。な、なにがおかしいのよ…。この人こわい。
「あなた、ヒトと勘違いしてしまうほど私の姿がはっきり見えているのですか?これは面白い」
「さっきから何を言っているんですか…?いい加減にしてください…」
「失礼。私のモノがあなたの家にお邪魔しているようでして。捕まえたらすぐ出ていきますので少しお待ちくださいね」
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたが言ってるのって、ミルちゃんのことじゃないですよね?!」
「みるちゃん?ええ、みるちゃんではありません。綾目というモノです」
青年は「綾目」と呼びながら再びミルちゃんに向かって指を揺らした。明らかにミルちゃんを捕まえようとしている。この人が私から唯一の癒しであるミルちゃんを奪おうとしていると気付き、青年がしゃがんでいる場所の反対側から愛猫を呼んだ。
「ミルちゃんおいで!こっちにおいで」
「みぃぁぅん」
ミルちゃんは震えながら私の胸に飛び込んだ。怖がりすぎてボールのように丸まっている。落ち着かせようと頭を撫でていると、青年は目を見開き私を指さした。
「あなた、綾目のことも見えているのですか?それどころか…綾目が私以外のモノに懐いているなんて…」
「ミルちゃんは私の飼い猫です!!あなたには渡しません!!」
「飼い猫…?綾目、あなたヒトに飼われているのですか?」
「みぃぃぁっ」
「その下手な猫の鳴きまねはおやめなさい」
青年は苛立ちのこもった声で呟き立ち上がった。ゆっくりと私たちに近づいてくる。私は恐怖でカタカタ震えながら精一杯の大声を出した。
「あなたさっきから何言ってるんですか?!本当に警察を呼びますよ!!早く出て行ってください!!」
「ふむ。困ったね。それは私のモノなのだが…」
「はっ!もしかして私が拾う前の飼い主ですか?!あなたねえ!あんな弱った猫を道端に捨てるなんてどうかしてますよ!!それを今更返せなんて都合が良すぎますって!!」
「ソレは猫ではありませんよ」
「あなたにはこの子が犬にでも見えるんですか!」
「いいえ」
話にならないとでも言いたげに、青年は眉を下げてため息をついた。袖に手を突っ込んだので包丁でも取り出されるんじゃないかと体をこわばらせたけど、彼が取り出したのは年季の入った扇子だった。彼は扇子を開き、傾けて扇面に息を吹きかける。扇子に触れた彼の息は柔らかい風となり、私とミルちゃんにまで届く。その花の香りをした風を受けたミルちゃんは、ポンっと小さな男の子の姿になった。
「な…」
「あなた、名は?」
「ひっ?!」
いつの間にか目の前に立っていた青年が、閉じた扇子を私の顎にかけて顔をじっと見た。意味が分からないことの連続で声が出ない。ぱくぱくと口を動かしていると、青年の冷たい手が私の頬に触れた。黄色い瞳が怪しく光ったかと思えば目を細めて不気味に笑う。
「花雫(かしず)さんというのですね。花の雫と書いてカシズ。素敵な名だ」
「ど…どうして…」
「ふふふ」
「いや、ふふふ、じゃなくて…」
「私の名は薄雪(うすゆき)」
「聞いてません…」
「そして彼の名は綾目」
薄雪と名乗る不審者がミルちゃんだった男の子を指さした。ミルちゃんと同じ黄土色の髪、薄雪と同じ白い着物。綾目と呼ばれたその少年はぷるぷる震えながら私にしがみついている。
「みぃぁぇぉぅ…」
「おや、化けの皮がはがれてもまだ猫の真似事を続けるのですか?なんと滑稽な。それとも長年猫に化け続けていたから言葉を忘れてしまったのかい?…花雫さん。綾目があなたのもとに現れたのは何年前ですか?」
「…5年前に拾いました」
「うん、私のもとを離れたのも5年前だ。よく私から5年も離れられたね綾目。まさかコッチに来てるとは思わなかった。見つけるのが遅くなってすまない」
「もぇぁん」
「…ふむ。かなり知能が落ちてしまっているね。私と5年も離れていたせいかな」
薄雪は再び扇子を開いてミルちゃん…綾目に息を吹きかけた。綾目のまわりに花びらが舞い、それらがふわりと彼の体内に溶けていく。すべての花びらを取り込んだ綾目は、しばらくぼうっとしていたがハッと我に返り私に抱きついた。
「花雫たすけて!!ころされる!!ころされるぅぅぅ!!!」
突然布団の隙間から現れた薄雪と名乗る青年。突然少年になって流暢にことばを話しだした、綾目と呼ばれるかつてのミルちゃん。おまけに残業続きでストレスマックスの金曜日の夜。受け入れられない目の前の光景に、私は意識を失った。
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