40 / 71
三週目~四週目
38話 そんなの私が聞きたいです
しおりを挟む
地獄の平日がやってきた。今日もアポ、アポ、アポ、アポ、アポ祭り。毎度同じ保険の説明をしているうちに、自分が何を話しているのか分からなくなってきた。連日のアポで、今話してるお客さんの名前すら覚えてない。この人誰だ。ちらちらと見積書に打ってあるお客さんの苗字を盗み見ながら、さも覚えますよ、という雰囲気で喋るしかない。
「…ということで、やはり建物には2500万円は設定しておいた方がいいと思います」
「そうだなあ。じゃあそうしようかねえ」
「補償内容は…川も近いですし、ハザードマップを見る限り危険区域なので、水災の補償もつけておいたほうがいいかなーと思いますが、いかがですか?」
「うーん…。でも水災つけたら高くなるしなあ…」
「そうなんですよねえ…」
「年金生活だしなあ…」
今私の目の前でうんうん唸っている男性のお客様は、73歳のおじいさんの臼井さん。30年満期を迎えた家の保険…火災保険の提案をしているんだけど、昔に比べてグッと上がっている保険料に尻込みしてしまっている。まあ、びっくりするくらい高くなってるし、仕方ない。
「ねえちゃん。どうしたらいいと思う…?」
「うーん。もちろん補償が良いに越したことないです。ただ、補償と保険料は比例します。補償の厚い保険に入ろうと思ったら、すっごく高い保険料になります」
「そりゃそうだわなあ…」
「ですが、そうなると日々の生活に負担がかかってしまって元も子もないです。なので、無理のない範囲で、最低限必要な補償をつけるのが、臼井さんにとっての”良い保険”だと思います」
「そうだな。そうしてくれるとありがたいなあ」
「では、その方向でプランを決めていきましょう。まず最低限必要な補償なのですが、水災は入れておくべきだと思います。その代わり、保険金額を少し減らして保険料を抑える、というのはいかがでしょうか」
「ふむ…。じゃあ、一度それで計算してもらおうかねえ」
「かしこまりました」
初回アポが一番時間がかかる。まず火災保険自体の説明から入り、見積もりをお客さまのニーズに合わせて作り直していく。だいたいは「保険料が高い」と言われるけれど、補償を削りすぎたら保険を入る意味がない。意味のない保険を入るくらいなら、入らない方がマシだというのが私の持論。だから私の仕事はほぼほぼが「保険が必要なものだとお客さま自身に思ってもらうこと」になる。
臼井さまのプランを決めるのに1時間ほどかかった。でも、最終的に臼井さまも私も納得できるプランに仕上げることができた。こういうときはなかなか気持ちがいい。
「よし、じゃあそれでいこうかね」
「はい!とっても良いプランになりました!うわぁ~惚れ惚れする~!!」
「あはは。そんな良いのができたかい。わしもこのくらいの保険料ならなんとか払えそうだ」
「よかったです!どうしますか?今すぐ申し込み手続きに進むこともできますし、もしくは日を改めて伺うこともできますが」
「今やっとこうかあ」
「かしこまりました!」
やった!1件成約だ!申し込み手続きは10分もあればできるので、サクっと終わらせて証券発送時期や振替日の案内をした。これで仕事のお話はおしまい。
それを察してか、奥さまがコーヒーを出してくれた。げ…。コーヒー飲めないんだよね…。
「コーヒー飲める?」
「あっ!はい!大好きですー!」
はい出た。言っちゃうよね、これ。条件反射できらいなものを大好きだって言ってしまうんですよ、私。
コーヒーを飲んでいる私を、臼井さまがじっと見ている。私と目が合うと彼はふふっと笑った。
「ねえちゃん、今いくつだ?」
「えっと…。いつもなら24歳ってサバ読むんですが…実は29歳です…」
「はっは!結婚はしてるんかい?」
はいこれも出た。幾度となく聞かれてきたこの質問。この返答に関してはもうプロだよ任せて。
「結婚はしていないんです~。今は独身貴族を楽しんでます!」
「ほーそうなのかあ。ねえちゃんならすぐ結婚できそうなのになあ。なんでしないんだ?」
「どうしてでしょうね~。また、良い人いたら紹介してください!」
「あっはっは。分かったよ~」
なんで結婚しないのか?そんなの私が聞きたいです。たぶん努力が足りないのかも。この年になると結婚する努力をしないと結婚できないと思うし。結婚できたことないので分からないですが。
「じゃあ今は親と暮らしてるのかい?」
「いいえ。一人暮らししてます。と言っても実家から車で30分くらいのところでですが」
「そうかあ。親は大事にしなきゃいけないよ、ねえちゃん」
「はい、そうですね」
あ、なんかお客さんのスイッチが入ったな、と察した私はちらりと腕時計を見た。あと三十分くらいなら話に付き合える。…昼ごはんは抜きだけど。
「…ということで、やはり建物には2500万円は設定しておいた方がいいと思います」
「そうだなあ。じゃあそうしようかねえ」
「補償内容は…川も近いですし、ハザードマップを見る限り危険区域なので、水災の補償もつけておいたほうがいいかなーと思いますが、いかがですか?」
「うーん…。でも水災つけたら高くなるしなあ…」
「そうなんですよねえ…」
「年金生活だしなあ…」
今私の目の前でうんうん唸っている男性のお客様は、73歳のおじいさんの臼井さん。30年満期を迎えた家の保険…火災保険の提案をしているんだけど、昔に比べてグッと上がっている保険料に尻込みしてしまっている。まあ、びっくりするくらい高くなってるし、仕方ない。
「ねえちゃん。どうしたらいいと思う…?」
「うーん。もちろん補償が良いに越したことないです。ただ、補償と保険料は比例します。補償の厚い保険に入ろうと思ったら、すっごく高い保険料になります」
「そりゃそうだわなあ…」
「ですが、そうなると日々の生活に負担がかかってしまって元も子もないです。なので、無理のない範囲で、最低限必要な補償をつけるのが、臼井さんにとっての”良い保険”だと思います」
「そうだな。そうしてくれるとありがたいなあ」
「では、その方向でプランを決めていきましょう。まず最低限必要な補償なのですが、水災は入れておくべきだと思います。その代わり、保険金額を少し減らして保険料を抑える、というのはいかがでしょうか」
「ふむ…。じゃあ、一度それで計算してもらおうかねえ」
「かしこまりました」
初回アポが一番時間がかかる。まず火災保険自体の説明から入り、見積もりをお客さまのニーズに合わせて作り直していく。だいたいは「保険料が高い」と言われるけれど、補償を削りすぎたら保険を入る意味がない。意味のない保険を入るくらいなら、入らない方がマシだというのが私の持論。だから私の仕事はほぼほぼが「保険が必要なものだとお客さま自身に思ってもらうこと」になる。
臼井さまのプランを決めるのに1時間ほどかかった。でも、最終的に臼井さまも私も納得できるプランに仕上げることができた。こういうときはなかなか気持ちがいい。
「よし、じゃあそれでいこうかね」
「はい!とっても良いプランになりました!うわぁ~惚れ惚れする~!!」
「あはは。そんな良いのができたかい。わしもこのくらいの保険料ならなんとか払えそうだ」
「よかったです!どうしますか?今すぐ申し込み手続きに進むこともできますし、もしくは日を改めて伺うこともできますが」
「今やっとこうかあ」
「かしこまりました!」
やった!1件成約だ!申し込み手続きは10分もあればできるので、サクっと終わらせて証券発送時期や振替日の案内をした。これで仕事のお話はおしまい。
それを察してか、奥さまがコーヒーを出してくれた。げ…。コーヒー飲めないんだよね…。
「コーヒー飲める?」
「あっ!はい!大好きですー!」
はい出た。言っちゃうよね、これ。条件反射できらいなものを大好きだって言ってしまうんですよ、私。
コーヒーを飲んでいる私を、臼井さまがじっと見ている。私と目が合うと彼はふふっと笑った。
「ねえちゃん、今いくつだ?」
「えっと…。いつもなら24歳ってサバ読むんですが…実は29歳です…」
「はっは!結婚はしてるんかい?」
はいこれも出た。幾度となく聞かれてきたこの質問。この返答に関してはもうプロだよ任せて。
「結婚はしていないんです~。今は独身貴族を楽しんでます!」
「ほーそうなのかあ。ねえちゃんならすぐ結婚できそうなのになあ。なんでしないんだ?」
「どうしてでしょうね~。また、良い人いたら紹介してください!」
「あっはっは。分かったよ~」
なんで結婚しないのか?そんなの私が聞きたいです。たぶん努力が足りないのかも。この年になると結婚する努力をしないと結婚できないと思うし。結婚できたことないので分からないですが。
「じゃあ今は親と暮らしてるのかい?」
「いいえ。一人暮らししてます。と言っても実家から車で30分くらいのところでですが」
「そうかあ。親は大事にしなきゃいけないよ、ねえちゃん」
「はい、そうですね」
あ、なんかお客さんのスイッチが入ったな、と察した私はちらりと腕時計を見た。あと三十分くらいなら話に付き合える。…昼ごはんは抜きだけど。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる