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三週目~四週目

37話 腐れ縁

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慣れとはこわいもので、せっまい布団に私と綾目のふたりだけだとどうも落ち着かなかった。その夜も良い夢を見たような気がするのに、目が覚めて感じたのはスッキリしないモヤモヤとした感情。寝つきが悪かったのか、スマホを見るとまだ朝の5時だった。どおりで綾目がまだ私の腕の中で寝息を立ててるわけだ。

足を曲げて背後に探りを入れたけど、やっぱり薄雪は同じ布団にいない。ちらっと顔だけを後ろに向けると、薄暗い部屋に黄色い光が浮いていた。薄雪、起きてる。

「今日は早起きですね、花雫」

いつもより声が遠い。隣の布団ってだけでこうも距離を感じるのか。

「は、はい。薄雪も早いですね」

「あやかしは眠る必要がありませんから。綾目だけですよ。こんなに睡眠をとるのは」

「そうなんですね」

いつもどおりだ。話してる内容も、口調も、いつもとなんら変わらない。昨日私がなにをして、何を感じて帰ってきたのか分かってるのに。だから違う布団で眠るんでしょう?

「花雫」

「…はい」

「私はただそっとあなたの傍でいるだけでいいのです。あなたはあなたらしく、思うように生活してください。私の気持ちに変わりはありませんよ」

「…そのわりには、綾目と北窪さんに嫉妬してばっかりじゃないですか」

「それも楽しんでいます。新鮮で面白い。今では喜代春の気持ちも分かりますね」

「キヨハルって…風のあやかし、でしたっけ」

「はい」

「キヨハルも薄雪の眷属なんですか?」

「いいえ。私は花のあやかしで、彼は風のあやかしです。まったくの別物ですよ」

「キヨハルは薄雪のことを一番大切に想ってるんでしたっけ」

「ええ。自分の命よりも、私の方が大切なようですよ」

「そうだんだ…。恋人なんですか?」

「恋人?」

薄雪はきょとんと目を見開いたあと、プッと吹き出した。

「まさか。ただの腐れ縁ですよ。風と花は縁が深いので、互いがまだ幼い頃から共に過ごしていましてね。ただそれだけのことです。ちなみに私の名は、彼が付けたんですよ」

「そうなんですか!?へー!じゃあキヨハルの名づけは薄雪が?」

「はい。ヒトの名づけというならわしに憧れた私に付き合ってくれましてね。互いの名づけをしました。薄雪。良い名でしょう」

「とっても素敵な名前です。じゃあ恋人というよりも、家族のような感じですね」

「家族。…考えただけでゾッとしました」

「ええ…。仲良いんじゃないんですか…?」

「ただの腐れ縁です。彼のわがままに振り回されているのですよ、私は」

私はキヨハルの姿を想像した。わんこ系の大学生みたいな青年が、ワーワー騒ぎながら薄雪の後ろを追いかけ回す感じかな。え、ちょっとかわいいじゃんキヨハル。

「…喜代春はそんなのではありませんよ…」

「そうなんですか?ちょっと会ってみたいかも」

「やめておいたほうがいいです。彼は見境がないので」

「見境がない!?キヨハルは性欲おばけなの!?こわい!」

「…どうして花雫はすぐにソチラの方面に考えるのでしょうか。ちがいます。見境なく…」

「見境なく?」

「お仕置きします。私を傷つけようとするヒトを」

「お仕置き…?」

「それはもう、さまざまな方法で」

「……」

お仕置きってなに?ごめん私の想像力じゃ卑猥な方向でしか想像できない。私の中でキヨハルは、ワンコ系サイコパスドSという位置づけでイメージが固定された。

私の想像がツボに入ったらしく、薄雪は肩を震わせて笑いをこらえていた。そんな彼にホッとする。なんだ、いつもの薄雪じゃない。

「ねえ薄雪」

「はい」

「私に家族ができたら、どうするの?」

「どうもしませんよ。ずっとあなたのそばでいます。…あなたが離れろと言うまでは」

「…そっか」

私が離れろと言ったら、アチラ側に戻るのね。

「はい。もちろん、綾目も連れて帰りますが」

「えっ」

「当然です。綾目は私のモノなのですから」

「うぅぅ…」

「これが私の、精一杯の意地悪です」

黄色い光が徐々に暗闇に消えていく。薄雪が目を瞑った。会話はこれでおしまいみたいだ。
私は綾目のふわふわの頭に顔を押し付け、なぜかこみ上げてきた涙を必死でこらえた。


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