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三週目~四週目
36話 デート
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土曜日の朝10時ぴったりに北窪さんがボロアパートの前まで迎えに来てくれた。仕事のときよりもばっちりメイクをして、クリーニングに出したまま仕舞ってあったとっておきの服を着る。玄関で靴を履いていると、薄雪と綾目が見送りに来てくれた。気まずいよ。
「いってらっしゃい。花雫」
「楽しんできてね」
「…いってきます」
いつも通りの穏やかな表情をしている薄雪と、ワントーン低いテンションで見送ってくれる綾目。私は二人にどんな顔をしていいのか分からず、いそいそと家を出た。この罪悪感は…嫁と子どもを置いてパチンコにでも行く感じに似てる…。
「おまたせしましたぁ…」
家を出ただけでドッと疲れてしまった。助手席に座った私は、思わず「はぁー…」と深いため息をついてしまった。
「おはよう。朝から疲れてるね」
「あっ…。す、すみません。私、ため息なんて…」
「かまわないよ。…今もいるの?」
「へっ!?」
「あー…その、子連れの…」
「……」
まあ、知ってるか…。社内中に噂まわってたもんね。私の家に子連れのヒモが住みついてるって噂…。
「いるのか…いないのか…。いないって言えば、嘘になるっていうか…」
「今日よかったの?俺と出かけて」
「まあ、付き合ってるわけではないですし…」
「そっか。じゃあ、行こうか」
「はい。お願いします」
ゆっくりと車が動き出す。ハイブリッドカーなので社有車と違いエンジン音がほとんど聞こえない。すごいな。実家にある私の家の車なんて、エンジン音大きすぎて助手席に座ってる人の声が聞こえないくらいなのに。
北窪さんが液晶を操作して音楽をかけた。それが私の好きな歌手だったから驚いた。
「え?もしかして北窪さんもこの歌手好きなんですか!?わーすごい、私も大好きなんですよ!」
「知ってるよ。だからかけたんだ」
「え…もしかして」
「篠崎情報」
「篠崎ぃぃぃっ!!ちょ、ちょっと待って!?北窪さん、私のことどこまで知ってるんです!?こわい!」
「篠崎さんが知ってることはだいたい知ってるかも。はは」
「あいつ今度説教だな…」
「だから言っただろ?おしゃべりだから気を付けろって」
そんな話をしながら一時間半ほど車を走らせた。北窪さんは話が上手だから、気まずい沈黙が生まれたり退屈することがなかった。
都会へ到着して地下駐車場へ車を止めた北窪さんが、信じられないことを言った。
「そろそろ煙草吸いたいだろ?すぐそこに喫煙所があるから、そこで休憩しよう」
「…え。もしかして、喫煙所がある駐車場にわざわざ停めてくれたんですか?」
「観澤さんは人の車の中で煙草を吸わないだろうと思ってたからね。そろそろ手が震えて来てるんじゃない?」
「そこまで中毒者じゃないです!…でも、すごく助かります~。ありがとうございます」
正直に言うと、10分くらい前から煙草のことしか考えられなくなってた。だから彼の気遣いに感動してあやうく惚れてしまいそうになりました。この人こわいです。
この日のために綿密な計画を組んでいてくれたのか、私は頭空っぽにして彼についていくだけで目的地に到着した。そこでおいしいものを食べまくって、欲しいものを買いまくった。休日にお出かけをしてこんなに楽しかったのは、はじめてかもしれない。あと食べ過ぎておなかがぱんぱん。気を抜けば大音量のおならを盛大にこいてしまいそうだ。
最後にバルでおいしい白ワインとスペイン料理を食べて、北窪さんの車に乗った。帰りもアパートの前まで送ってくれるみたい。私と北窪さんの家、結構遠いのにわざわざ…。申し訳なさすぎる。
アパートの前で車が停まる。私はそおっと財布を取り出して、北窪さんに声をかけた。
「あのぉ…。せめてガソリン代だけでも出させてもらえないでしょうか…」
「ガソリン代?あはは!そんなこと言う子はじめてなんだけど」
「私は送り迎えをしていただくことがはじめてだったものでして…」
むしろ今まで私が送り迎えしてたんで…。
財布を取り出した私の手首を掴み、北窪さんが「いいって」と苦笑いした。迷惑なのは分かってる。分かってるんだけど、人に借りとかそういうの作りたくないんですよぉ…。
しばらくの間、私と北窪さんは「払わせろ」「いらない」を言い合った。北窪さんがちょっと苛立ち始めたのは分かってたけど、私ほんとにやられっぱなしいやだからさあ…。一向に首を縦に振らない北窪さんに縋り付き、金を払わせろと懇願した。
「お願いですよぉ北窪さん~!せめてっ…せめてガソリン代をぉ~…!」
「はあー…」
北窪さんが深いため息をついた。うんざりした顔で私を見てる。その顔が徐々に近づいてきて、北窪さんの唇が私の唇に触れた。え?はい?ほへ?
「……」
「やっと静かになってくれた。俺は受け取る気ないから。はい、早く車から降りてください。帰れないだろう」
「あ…はい、すみません…」
「じゃあ、また来週ね」
「はい…また来週…」
車を降りると、ぴゅーと走り去ってしまった。私は呆然と立ちすくむ。
(今、キスされた?)
私は唇を指でなぞった。実感が湧いてきて、顔がボッと赤くなる。待って?いま私キスされたよね?
鼓動が激しくなる。今日はたくさん歩いて疲れたんです。これ以上私を疲れさせないで北窪さん。今日で何回私をときめかせたと思ってるんですか。私、三十路ですよ。どうして女子大生みたいに、こんなにドキドキしなきゃいけないんですか。
フラフラしながら玄関のドアを開けると、薄雪と綾目が迎えに来てくれた。二人を見たらホッとする。でも今は、薄雪と北窪さん、どちらにも罪悪感を抱いてしまう。それに、無性に切なくなった。
(あなたは私にとってのなんなんですか、薄雪?)
私の心を癒してくれる、男性のカタチをしたあやかし。人の目に映らないヒトではない存在。
あなたは私の元を、私が死ぬまで離れないと言った。それは、私にあなたより大切な人ができても、あなたとは違う人との家庭を持っても続くことなの?それはあなたにとって辛いことなのではないのですか?
あなたはとても素敵なあやかしです。でも、ヒトではない。
あなたが私をどれほど愛してくれても、私はなにも返せません。
私の心の声に、薄雪も綾目も反応しなかった。いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべるだけだった。
ただその日から薄雪が、私と同じ布団で寝ることはなくなった。
「いってらっしゃい。花雫」
「楽しんできてね」
「…いってきます」
いつも通りの穏やかな表情をしている薄雪と、ワントーン低いテンションで見送ってくれる綾目。私は二人にどんな顔をしていいのか分からず、いそいそと家を出た。この罪悪感は…嫁と子どもを置いてパチンコにでも行く感じに似てる…。
「おまたせしましたぁ…」
家を出ただけでドッと疲れてしまった。助手席に座った私は、思わず「はぁー…」と深いため息をついてしまった。
「おはよう。朝から疲れてるね」
「あっ…。す、すみません。私、ため息なんて…」
「かまわないよ。…今もいるの?」
「へっ!?」
「あー…その、子連れの…」
「……」
まあ、知ってるか…。社内中に噂まわってたもんね。私の家に子連れのヒモが住みついてるって噂…。
「いるのか…いないのか…。いないって言えば、嘘になるっていうか…」
「今日よかったの?俺と出かけて」
「まあ、付き合ってるわけではないですし…」
「そっか。じゃあ、行こうか」
「はい。お願いします」
ゆっくりと車が動き出す。ハイブリッドカーなので社有車と違いエンジン音がほとんど聞こえない。すごいな。実家にある私の家の車なんて、エンジン音大きすぎて助手席に座ってる人の声が聞こえないくらいなのに。
北窪さんが液晶を操作して音楽をかけた。それが私の好きな歌手だったから驚いた。
「え?もしかして北窪さんもこの歌手好きなんですか!?わーすごい、私も大好きなんですよ!」
「知ってるよ。だからかけたんだ」
「え…もしかして」
「篠崎情報」
「篠崎ぃぃぃっ!!ちょ、ちょっと待って!?北窪さん、私のことどこまで知ってるんです!?こわい!」
「篠崎さんが知ってることはだいたい知ってるかも。はは」
「あいつ今度説教だな…」
「だから言っただろ?おしゃべりだから気を付けろって」
そんな話をしながら一時間半ほど車を走らせた。北窪さんは話が上手だから、気まずい沈黙が生まれたり退屈することがなかった。
都会へ到着して地下駐車場へ車を止めた北窪さんが、信じられないことを言った。
「そろそろ煙草吸いたいだろ?すぐそこに喫煙所があるから、そこで休憩しよう」
「…え。もしかして、喫煙所がある駐車場にわざわざ停めてくれたんですか?」
「観澤さんは人の車の中で煙草を吸わないだろうと思ってたからね。そろそろ手が震えて来てるんじゃない?」
「そこまで中毒者じゃないです!…でも、すごく助かります~。ありがとうございます」
正直に言うと、10分くらい前から煙草のことしか考えられなくなってた。だから彼の気遣いに感動してあやうく惚れてしまいそうになりました。この人こわいです。
この日のために綿密な計画を組んでいてくれたのか、私は頭空っぽにして彼についていくだけで目的地に到着した。そこでおいしいものを食べまくって、欲しいものを買いまくった。休日にお出かけをしてこんなに楽しかったのは、はじめてかもしれない。あと食べ過ぎておなかがぱんぱん。気を抜けば大音量のおならを盛大にこいてしまいそうだ。
最後にバルでおいしい白ワインとスペイン料理を食べて、北窪さんの車に乗った。帰りもアパートの前まで送ってくれるみたい。私と北窪さんの家、結構遠いのにわざわざ…。申し訳なさすぎる。
アパートの前で車が停まる。私はそおっと財布を取り出して、北窪さんに声をかけた。
「あのぉ…。せめてガソリン代だけでも出させてもらえないでしょうか…」
「ガソリン代?あはは!そんなこと言う子はじめてなんだけど」
「私は送り迎えをしていただくことがはじめてだったものでして…」
むしろ今まで私が送り迎えしてたんで…。
財布を取り出した私の手首を掴み、北窪さんが「いいって」と苦笑いした。迷惑なのは分かってる。分かってるんだけど、人に借りとかそういうの作りたくないんですよぉ…。
しばらくの間、私と北窪さんは「払わせろ」「いらない」を言い合った。北窪さんがちょっと苛立ち始めたのは分かってたけど、私ほんとにやられっぱなしいやだからさあ…。一向に首を縦に振らない北窪さんに縋り付き、金を払わせろと懇願した。
「お願いですよぉ北窪さん~!せめてっ…せめてガソリン代をぉ~…!」
「はあー…」
北窪さんが深いため息をついた。うんざりした顔で私を見てる。その顔が徐々に近づいてきて、北窪さんの唇が私の唇に触れた。え?はい?ほへ?
「……」
「やっと静かになってくれた。俺は受け取る気ないから。はい、早く車から降りてください。帰れないだろう」
「あ…はい、すみません…」
「じゃあ、また来週ね」
「はい…また来週…」
車を降りると、ぴゅーと走り去ってしまった。私は呆然と立ちすくむ。
(今、キスされた?)
私は唇を指でなぞった。実感が湧いてきて、顔がボッと赤くなる。待って?いま私キスされたよね?
鼓動が激しくなる。今日はたくさん歩いて疲れたんです。これ以上私を疲れさせないで北窪さん。今日で何回私をときめかせたと思ってるんですか。私、三十路ですよ。どうして女子大生みたいに、こんなにドキドキしなきゃいけないんですか。
フラフラしながら玄関のドアを開けると、薄雪と綾目が迎えに来てくれた。二人を見たらホッとする。でも今は、薄雪と北窪さん、どちらにも罪悪感を抱いてしまう。それに、無性に切なくなった。
(あなたは私にとってのなんなんですか、薄雪?)
私の心を癒してくれる、男性のカタチをしたあやかし。人の目に映らないヒトではない存在。
あなたは私の元を、私が死ぬまで離れないと言った。それは、私にあなたより大切な人ができても、あなたとは違う人との家庭を持っても続くことなの?それはあなたにとって辛いことなのではないのですか?
あなたはとても素敵なあやかしです。でも、ヒトではない。
あなたが私をどれほど愛してくれても、私はなにも返せません。
私の心の声に、薄雪も綾目も反応しなかった。いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべるだけだった。
ただその日から薄雪が、私と同じ布団で寝ることはなくなった。
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