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アチラ側の来客
40話 デジャブ
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薄雪がうちに棲みついて三カ月が経った。
平日、仕事から帰ると、ちょうどいい湯加減のお湯が浴槽に溜められていて、お風呂から出ると浴室の外にバスタオルと着替えが用意されている。髪を乾かしている間に、薄雪が晩酌の用意をしてくれる。2、3杯お酒を飲んだら眠くなり、綾目と一緒に布団に潜りこむ。
土曜日は決まって買い物に行く日。だいたい私がぐずっちゃって夕方になることがほとんど。土曜日の夜は食卓がいつもよりかは豪華だ。私はこの日に料理をたくさんして、一週間分のストックを冷凍する。
薄雪と綾目の食費でずいぶんな出費だけど、自炊してる分ちょっとはまだマシかな。…それでも貯金残高が結構な速度で減っていきますがね…。人を養うって大変。
日曜日はひたすらダラダラしてる。最近は日曜日をミルちゃんになってもらう日にしてる。布団の中でスマホをいじったり、動画を観ながらミルちゃんの匂いを嗅いでたらあっと言う間に一日が終わる。非情すぎる。
ほんとに時々、北窪さんとお出かけする日もあった。その日はドッと疲れるけど結構楽しい。薄雪も前みたいに嫌な顔はしない。でも、私は少なからず二人に罪悪感を抱いていた。
薄雪と綾目が私の日常に溶け込み始めていた矢先にそれをぶち壊されそうになるなんて、そのときの私は思いもしなかった。
◇◇◇
ある金曜日の夜のことだった。その日も終電ギリギリの電車に乗ってボロアパートに帰宅する。ドアの向こうで生活音が聞こえてきて思わず頬が緩んだ。乱暴にドアの鍵を開け、リビングで川柳を書いている綾目に抱きついた。
「綾目ただいまあぁぁあ!会いたかったよぉぉぉ!!スゥゥゥーーーハァアァァーーーー!!」
「おかえり花雫!相変わらず気持ち悪いね!」
「ひどい!!綾目がかわいいのが悪いのに!!」
「なんでだよぉ!」
「花雫。綾目でなくて私にすぅはぁしたらどうですか?私ならそんなこと言いません」
「いえ、しませんけど」
「なぜ」
「少年相手にスーハーはまだ大丈夫だけど、ただのかっこいい人相手にスーハーは絵面的にやばいんで」
「どっちもやばいよ!どちらかというと少年相手のほうがやばいよ!」
「なんだとっ!このおぉー!」
「あははっ!もぉ花雫それやめてっあははは!!」
綾目は脇をくすぐったらすぐ笑い転げるからかわいい。好き。あー噛みたい。
「噛まないで!?」
「ぐっ、心を読むのは卑怯だって!!」
「花雫、噛むなら私を」
「いえ、結構です」
「なぜ」
「だって薄雪は喜ぶから」
「だめですか」
「だめ」
「なぜ」
ひとしきりくだらない会話を交わしたあと、私はお酒と晩食をテーブルに置いた。着ていたスーツをハンガーにかけ、ヨレヨレのスウェットに着替える。おっさんのようなため息をつきながら、座椅子の上で胡坐をかき薄雪と乾杯をした。ビール片手に煙草を吸い、疲れた頭を薄雪との談笑で癒す。ときどき大きな声で「あっはっは!」と笑う私を、薄雪と綾目が目じりを下げて眺めていた。これが今の金曜の過ごし方。一週間の中で一番好きな夜だ。
真夜中を過ぎても晩酌をしていると、布団をしまっているふすまが突然大きな音を立てて開いた。驚いた私は思わず振り返ったけど、そこからはまた静寂が続いた。
「……?」
鼓動は速いままだったけど、私はまたビールに視線を戻した。きっとふすまが開いていたのは元からで、さっきのは隣の住人が壁ドンした音だったと思うことにした。結構騒がしくしてたからなあ。
「…ん?待って。この感じ…一度経験したことがあるような…」
「もし」
「いや、ちょっと待って、うそ」
私は薄雪にしがみついて耳を澄ませた。今、男の人の声聞こえなかった?
「……」
「……」
「……き」
「……」
「うすゆき…」
「……」
ゆっくりと視線だけ動かすと薄雪と目が合った。彼も笑みが消えて眉をひそめている。早々に何かを察知した綾目は脱兎のごとく逃げ出しトイレに閉じこもった。薄雪の視線が開いたふすまに向いていたので、私はおそるおそる振り返った。
「ぎゃっ、ぎゃぁぁぁああぁ!!!」
「花雫。静かに」
深夜に大声を出した私の口を、薄雪が塞いだ。今度こそ本当に隣人の壁ドンが飛んでくる。どこまでも同じじゃん!!デジャブ!!デジャブですこれ!!ほら!ふすまにしまってある布団の間から腕が垂れてるところまで一緒!!もうこわい!!やだあああああ!!!
「も、やぁ…。うで…うでぇ…」
「まさか。そんなことありえない」
布団から覗いている青白い腕。がっちりしてるから間違いなく男の人の腕だ。なに…今度は誰ですか…。またあやかしですかぁ…?
「そろそろ満足しただろう、薄雪」
布団の間から、腕の次は頭が出てきた。その次は胴体、足…声の主は布団から這い出て畳にふわりと着地する。黒い髪に茶色い瞳、紺色の着物に黒い羽織を身に付けている…四十歳前後の外見をした男性。彼に続き二人の少女が現れた。そのうちの一人は見たことがある。その子を連れているということは、一見ヒトにしか見えない彼もまた、あやかしなのだろう。
平日、仕事から帰ると、ちょうどいい湯加減のお湯が浴槽に溜められていて、お風呂から出ると浴室の外にバスタオルと着替えが用意されている。髪を乾かしている間に、薄雪が晩酌の用意をしてくれる。2、3杯お酒を飲んだら眠くなり、綾目と一緒に布団に潜りこむ。
土曜日は決まって買い物に行く日。だいたい私がぐずっちゃって夕方になることがほとんど。土曜日の夜は食卓がいつもよりかは豪華だ。私はこの日に料理をたくさんして、一週間分のストックを冷凍する。
薄雪と綾目の食費でずいぶんな出費だけど、自炊してる分ちょっとはまだマシかな。…それでも貯金残高が結構な速度で減っていきますがね…。人を養うって大変。
日曜日はひたすらダラダラしてる。最近は日曜日をミルちゃんになってもらう日にしてる。布団の中でスマホをいじったり、動画を観ながらミルちゃんの匂いを嗅いでたらあっと言う間に一日が終わる。非情すぎる。
ほんとに時々、北窪さんとお出かけする日もあった。その日はドッと疲れるけど結構楽しい。薄雪も前みたいに嫌な顔はしない。でも、私は少なからず二人に罪悪感を抱いていた。
薄雪と綾目が私の日常に溶け込み始めていた矢先にそれをぶち壊されそうになるなんて、そのときの私は思いもしなかった。
◇◇◇
ある金曜日の夜のことだった。その日も終電ギリギリの電車に乗ってボロアパートに帰宅する。ドアの向こうで生活音が聞こえてきて思わず頬が緩んだ。乱暴にドアの鍵を開け、リビングで川柳を書いている綾目に抱きついた。
「綾目ただいまあぁぁあ!会いたかったよぉぉぉ!!スゥゥゥーーーハァアァァーーーー!!」
「おかえり花雫!相変わらず気持ち悪いね!」
「ひどい!!綾目がかわいいのが悪いのに!!」
「なんでだよぉ!」
「花雫。綾目でなくて私にすぅはぁしたらどうですか?私ならそんなこと言いません」
「いえ、しませんけど」
「なぜ」
「少年相手にスーハーはまだ大丈夫だけど、ただのかっこいい人相手にスーハーは絵面的にやばいんで」
「どっちもやばいよ!どちらかというと少年相手のほうがやばいよ!」
「なんだとっ!このおぉー!」
「あははっ!もぉ花雫それやめてっあははは!!」
綾目は脇をくすぐったらすぐ笑い転げるからかわいい。好き。あー噛みたい。
「噛まないで!?」
「ぐっ、心を読むのは卑怯だって!!」
「花雫、噛むなら私を」
「いえ、結構です」
「なぜ」
「だって薄雪は喜ぶから」
「だめですか」
「だめ」
「なぜ」
ひとしきりくだらない会話を交わしたあと、私はお酒と晩食をテーブルに置いた。着ていたスーツをハンガーにかけ、ヨレヨレのスウェットに着替える。おっさんのようなため息をつきながら、座椅子の上で胡坐をかき薄雪と乾杯をした。ビール片手に煙草を吸い、疲れた頭を薄雪との談笑で癒す。ときどき大きな声で「あっはっは!」と笑う私を、薄雪と綾目が目じりを下げて眺めていた。これが今の金曜の過ごし方。一週間の中で一番好きな夜だ。
真夜中を過ぎても晩酌をしていると、布団をしまっているふすまが突然大きな音を立てて開いた。驚いた私は思わず振り返ったけど、そこからはまた静寂が続いた。
「……?」
鼓動は速いままだったけど、私はまたビールに視線を戻した。きっとふすまが開いていたのは元からで、さっきのは隣の住人が壁ドンした音だったと思うことにした。結構騒がしくしてたからなあ。
「…ん?待って。この感じ…一度経験したことがあるような…」
「もし」
「いや、ちょっと待って、うそ」
私は薄雪にしがみついて耳を澄ませた。今、男の人の声聞こえなかった?
「……」
「……」
「……き」
「……」
「うすゆき…」
「……」
ゆっくりと視線だけ動かすと薄雪と目が合った。彼も笑みが消えて眉をひそめている。早々に何かを察知した綾目は脱兎のごとく逃げ出しトイレに閉じこもった。薄雪の視線が開いたふすまに向いていたので、私はおそるおそる振り返った。
「ぎゃっ、ぎゃぁぁぁああぁ!!!」
「花雫。静かに」
深夜に大声を出した私の口を、薄雪が塞いだ。今度こそ本当に隣人の壁ドンが飛んでくる。どこまでも同じじゃん!!デジャブ!!デジャブですこれ!!ほら!ふすまにしまってある布団の間から腕が垂れてるところまで一緒!!もうこわい!!やだあああああ!!!
「も、やぁ…。うで…うでぇ…」
「まさか。そんなことありえない」
布団から覗いている青白い腕。がっちりしてるから間違いなく男の人の腕だ。なに…今度は誰ですか…。またあやかしですかぁ…?
「そろそろ満足しただろう、薄雪」
布団の間から、腕の次は頭が出てきた。その次は胴体、足…声の主は布団から這い出て畳にふわりと着地する。黒い髪に茶色い瞳、紺色の着物に黒い羽織を身に付けている…四十歳前後の外見をした男性。彼に続き二人の少女が現れた。そのうちの一人は見たことがある。その子を連れているということは、一見ヒトにしか見えない彼もまた、あやかしなのだろう。
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